切なすぎて~実年・愛のクロスロード~ <Vol.エイジフリー>
<旧友>
もう午後2時を周っていた
詩織はあまりの空腹感に耐えられず、課長には伏せて先に軽食を取ってから店に戻ろうといつもとは違う道を進んだ。
がしかし、都会の割に手軽な喫茶店がなく、一番近い場所にあったレストランに入ってコーヒーとケーキのセットを注文した。
歯医者の後に甘いものも何だけどと思ったが、調度いい軽食メニューも見当たらず仕方なくそれを注文。
(本当はサンドイッチでもと思ってたのに~!)と今にも口にしそうな言葉をぐっとしまい込んだ。
詩織は店に入った時に、店内のちょっとレトロで内装の醸し出す格調高い雰囲気に少し嫌な予感はしていた。
注文してから出てくるまでが意外とかかり、思わず
「はぁ~↓↓ 今日は待つ日だな~ ┐(´0`)┌ 」とため息をついた。
それもそのはず。午前中一度出勤したが、歯医者の予約があった為時間休をとり出てきたのだ。
予約時間には間に合ったのに混み方が半端なく1時間以上は待たされ、治療にかかった時間はわずか20分。。。
予定通りに終わって昼食を済ませれば午後には間に合うはずだったのだ
仕方なく歯医者を出た時に、急遽課長に遅れる旨だけ連絡。
そうしている間にケーキが運ばれて来て、彼女はその思いの他小さいケーキに(あっ、やられた!)と思った。
そう、嫌な予感は当たったのだ。
(オスマシレストランだわ~)
彼女は量が少ない割に値段設定の高いレストランを勝手に"オスマシレストラン"と呼んでいる。
(何でこのサイズで650円?)
(店内の内装高級感の付加価値料って奴ね!)とまたため息。そして店のチョイスをミスったと後悔。
ただでさえ時間が押しているのにと急いで済ませ、慌しく店を後にした。
繁華街の駅は平日の昼間でも人が多い。歩道のそこそこ集まる人通りをかき分けるように急いで駅へ向かう。
それにしても今日は小学生の見学集団が多い!と心の中でつぶやいた。
朝の通勤途中のバス停でも"これから社会見学に行きますw~"という低学年集団がアラサーの若い引率教師と共に乗車していた。
そしてこれから乗ろうとしているホームでも、別の小学生集団が揃いのカラーバッグと筆記用具を手に、電車を待っている。
引率の先生が周囲に気遣い必死に生徒たちを静かにさせようとしている様子。
電車が定刻にホームへ来ると、そこそこ混みあう車内へ流れ込んだ。
電車の揺れに踏ん張りながら、詩織は出口際のてすりにつかまり、読みかけの小説を片手にふと車窓に目をやった。
今時のツールは皆電子機器で済ませられる。電子手帳に電子辞書。電子書籍もかなり普及してきて、詩織もご他聞にもれずさっそく電子書籍で時間をつぶす事が多くなった。
仕事場は繁華街からは離れたちょっと内陸の山に近い場所にあり、近づくにつれ景色は晴れた空からどんよりとした曇り空になっていった。
季節は秋も半ばのはずなのに、前日から急に季節はずれの夏の熱さがやってきている。
(本当、今年のこの天気の変わりようは普通じゃないし!)
詩織は「今日はまたサービス残業かも…」とこれからの仕事のことを思案して少し気が重かった。
その時電車が駅で停車し、ボーっと考えている詩織の横から声がした。
「し~ちゃん?詩織じゃない?」その長身で紅いヒールを履いた、同い年には見えないスレンダーなルックスの女性が詩織に声をかけていた。
ふと我に返った詩織が「あれ? もしかして絵美?」と横にいる男性客をよける様に身をそらして相槌を打った。
「何年ぶりかしら?し~ちゃんに会うの…今何してるの?」
詩織は学生時代、友達から"し~ちゃん"と呼ばれていた。
「う~ん子供が学校上がってから一応仕事続けてるけどね…」少しうつむき加減に答える
「でもし~ちゃんも変わらないわね。し~ちゃんの結婚式で会って以来だからもう・・・20年ぶりかしら?」
「絵美もだよ!いつまでも若さを保っていられるのが羨ましいわ!ところで絵美は今何してるの?」
「私?お蔭様で今はあの会社の商品管理部の部長として部下を仕切っているってところかしら?」照れ笑いをしながら答える。
「電子機器流通関係の仕事だっけ?やっぱり違うよね♪絵美は。」
「何が?」
「だってしっかり自分の仕事持ってるし、アイデンティティもぶれてないし・・・私なんか、全然だよ~」
「仕事もなかなかでね~、中途半端というか・・・」詩織が言葉を濁す。
「今の仕事始めてもう12年以上経つけど、うだつが上がらないというか・・・この不況で去年正社員からパートに降格されたし...」諦め顔で答える
「パートか~…」宙を見上げるような視線で絵美はつぶやいた。
「そう。だから時給制に変わっちゃってさ~、年数勤めていて仕事も比較的責任ある立場で量も正社員の時と変わりないにも関わらず、待遇も手当ても減額よ~」詩織は口を尖らせて言った。
「会社の都合上定時を過ぎての残業は計算外。。。」
「………」
「その上パートはオーバーワークで手当てをつけなきゃならなくなるからって時間の計算からカットされて、その分の時間は他の日に代わりに当てるように言われているの。それでも厳密にはサービス残業扱いの時間が多いし。」
「正直に労働時間を出すと労基法に触れるらしいよ。」口を尖らせながら言う。
(全く、何で会社の事情とやらで、こんな扱いにならなきゃいけないのか)喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「そっか~…でもし~ちゃんも元気で頑張っていられるからいいよ!」
「絵美はいつもこの電車?」
「ううん。今日はね、たまたま仕事先のトラブルで駆り出されていてようやくけりが付いて解放されたところよ」
「いわゆる部下の尻拭いみたいな?色々あるのよ~」僅かに苦笑いの笑みを浮かべながら多くを語らず絵美は言葉を濁した。
「そうか~。私もこれから職場に戻る途中なの。もういつもより時間遅いくらいなんだけどね」
そうこう二人が話しているうちに終点の駅に到着し、お互いのメアド交換をし、また会う約束をして別れた。
詩織と絵美とは大学時代に知り合ってからのつきあいだった。
それでも全くタイプの対照的な二人で、絵美は躍動的でアクティブな性格だった。人当たりもよく、みんなを引っ張っていく力を持っていた。
それに比べ詩織は地味で、インドアタイプ。不器用でなかなか誰とでも付き合うというのは上手くできない方。
そんな二人が当時はうまいこと補い合いながらバランスよく付き合えていた。
その後詩織が結婚したのを境に、つきあいも遠ざかってしまっていたが、決して仲が悪くなってという訳じゃなかった。
絵美も一度は結婚を考えた時期があったが、どうしても仕事を捨てる気にもなれず、かといって相手は家庭に入って欲しいと言う人だったから、断念した経緯があった。
それ以来遠ざかっていた二人の久々の再会である。
・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・
「今日は美歌月は何時に帰るの?」
夜台所から詩織が圭に聞いた。
「うん、今日はバイトで夜9時は回るらしいよ」
「そう」
大学に通う美歌月はバイトを掛け持ちながらの目一杯のスケジュールだ。
小さい頃からパパっ子で育って圭には何でも話すようで、いつも詩織より圭の方に話したりメールすることが多い
「あの子昨日も夜のバイトだったわよね?」
「あぁ、そうだっけ?」
「そうよ~、学校の勉強とバイトとどっちが大事なのかわからないわね」
「まだ2年だからそう慌てるなよ~」圭が詩織をなだめる。
どうも圭は娘の美歌月のこととなるといつも甘くなる。
「そうだ!今日ね久しぶりに大学時代の旧友に会ったのよ!絵美っていうんだけどね」
「ふ~ん」
「彼女ね~、キャリアウーマンで仕事命で生きてるような子だからずっと独身通してるのよ!私なんかとは対照的でしょ?」笑みを浮かべて話す。
「すごいな~、でもそういう人が増えると少子化も進むんだろうな~」圭は複雑な表情を見せた。
「あら~少子化の原因が女性のキャリアアップだけにあるみたいな言い方ね~むしろそういう見方する男の人が未だに多いから女性が仕事力をつけるほど結婚も出産もし辛い環境になって少子化に拍車がかかるんじゃないの?」
「女性議員にやたら「結婚しろ!」とか「子供産め!」なんてパワハラやセクハラ発言をする議員が当たり前のようにいるくらいですからね~」
「俺にそれを言われても困るけどな~」圭は閉口してしまう
「あら、あなたが少子化の原因がキャリアウーマンが増えることにあるみたいに言ったから疑問を呈しただけよ」にっこり笑いながらしかし勝気に言った
圭は家電メーカーの営業部長だが、部下の顧客対応のフォローに追われてこのところ疲れ気味だ。面白くない顔をしながら、「ふん」と一言溜息混じりに返事をしてテーブルの新聞に目を落とした。
家電もデジタル化が進み電子精密部品の部分で不具合が生じやすくなった。時には新聞に出るようなリコール品も出ることがある。
圭は辛うじてパソコンを扱えるが普段は殆ど若手の部下に端末作業を指示する。その代わり元から接客が得意なこともあり、顧客からの問い合わせやクレーム相談の対応で部下をフォローすることが多い。
職場での部下や同僚の受けも良く、外では人当たりの良い人で通っている。それでも家ではその反動なのか結構無神経だったり気まぐれで一方的なことが多い。
それでもそんな圭を詩織はいつも広い心で「しょうがないわね~」と受け止め意見をすることはあっても、拒絶することはないほど愛していた。
「太陽はどうした?」不意に圭が聞いてきた。
「部活で少し遅くなったみたいよ。でももうすぐ帰って来ると思うけど…」詩織は答える。
「そうか。あいつももう少し勉強に身を入れないと再来年の大学受験危ういのにな~ …どうする気なんだ本当に…」誰に言うでもなく言い放つ。
それから30分もしないうちに太陽は帰ってきた。
「ただいま」
「あっ、おかえり」詩織が大きな声で台所から玄関に向けて返した。
「今日は今度の連休に試合があるからその練習で長引いた」
「そう、太陽はレギュラーで出るの?」詩織が尋ねる。
「一応ね。」言葉少なく太陽は答える。
日ごろから太陽はあまり親に多くは話そうとしない。詩織もこの位の年の男の子は皆大なり小なり親にはあまり話さない子が多いと思って、特にそれを気にすることもなかった。
「もう少しで夕飯出せるからね。」そう言うと詩織は炊事作業のピッチを上げ始める。
「圭も、先にお風呂なら済ませて来たほうがいいんじゃない?」そう言うと圭の方に視線を移した。
「あぁ、そうするよ」
そんなごく日常的な他愛の無い会話をしながら、夕食の終わる頃まで歓談していた。
予定通りの時刻にようやく娘の美歌月が戻ってみんなより遅い夕食を詩織は出してやった。
・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・
―――翌朝9時
朝に強い圭はもう7時前には起きて自分で適当に朝食を済ませてテーブルに落ち着き、コーヒーを片手に一服しながら情報番組をみていた。
外からはすっかり晴れきった空の青と眩しい光が窓に差し込んでいる。
「おはよう~」外の道路工事の開始の音に目を覚ました詩織が、寝ぼけ眼で眩しそうに目をこすりながら起きてきた。
「お~、おはよう!」
「おまえ随分幸せそうな顔して寝てたな~」笑いながら圭が言う
「え~?な~にそれ~?」少し照れ笑いしながら聞き返す。
幸せ色のまどろむ空気の漂う中にそれを断ち切るように詩織の携帯のメール着信音が鳴る。
―――
差出人:【職場】
件 名:【仕事の日程の件】
本文
おはようございます
今度の出番ですが、一日ずらして
21日の金曜にお願いできますか?
できればお昼までに連絡下さい。
野本
―――
メールを見た詩織はすぐOKの返事を返した。
「どうしたって?」圭が覗き込む
「ん? 何か野本課長が出勤日を変更して欲しいみたいでOKしといた」
「そうか~」
「今日の予定は?」
「俺はちょっと2時過ぎから連れのところに出掛けてくるわ」
「そう。私は予約してあった美容院で午後一に出掛けるから」
「そうか~。今日は確かみっきーが帰ってくる日だったよな?」
(みっきーとは娘の美歌月のことだ。初めの"み"と終わりの"き"をつなげて通称"みっきー"と呼ばれ親しまれている)
「そうだね。美容院も終わるのが遅くて3時過ぎだと思うから、その後なら連絡できると思うわ」
「あっそう♪どうする?お昼ちょっと早めの時間に外へ食べにでようか?」
「うん♪」微笑んで答えた
――――その日の夜
みっきーが帰ってきて3日ぶりの親子の食卓には明るい家族の日常が戻っていた。
食事も一息ついて娘の美歌月は自室へ移動し過ごしてから、就寝前のシャワー浴びに浴室へ入った。
そろそろ眠くなってきた圭はいつものように詩織の部屋の前でおやすみハグ&キスをしにやってくる。
詩織はいつもなら普通に気軽に受けておやすみを交わすのだが、どうも今日は物足りなさそうな表情で圭からなかなか離れようとしない。
――夕べのキスの余韻が残っているのだろうか?――圭は心の中でつぶやく。
「寂しいよ~」ポツリと詩織はつぶやいた。
「何だよ~どうしたんだよ~」笑顔で優しく聞き返す。
「だって寂しいんだも~ん」少し気弱な声で甘え気味に答える。
「本当はいつも一緒の部屋で普通に二人で寝たいんだもん。殆どの仲良し夫婦はそうでしょ~?」少し口を尖らせて言う。
「う~~ん…でもしょうがないじゃないか~仕事の資料も置いてるし~」圭は言葉をつまらせながら言う。
「私のことなんかいつも放ったらかしだしぃ~…あんまり気まぐれにしか一緒にいてくれないと、あのアーティストに恋しちゃうよ~」
拗ねた表情で圭に抱きつきながらつぶやいた。
「昨日愛し合っただろ~?」少し苦笑いの表情で上目使いに圭は言った。
その表情に何とも言えない可愛いさを覚えた詩織はこれ以上拗ねる気になれず
――しょうがないな~ ┐(´-`)┌ ――という表情を浮かべて軽くうつむきながら仔猫のような小さい声で「う・ん、おやすみ~」と答えて部屋へ入った。
"あのアーティスト"とは詩織が独身時代からファンでいるソロシンガー"悠治"で、厳密に言えば元バンドメンバーだったが、解散後ソロで活動していた。その悠治のライブに何十年ぶりかで行ってきたばかりだった。
結婚・出産ととても自分の余暇に時間もお金も使えず、ずっと遠のいて二十年以上が過ぎていたのだ。遠ざかっていた分記憶にある若かった頃の面影が今の悠治にあるのかどうかも知らずに、とりあえずライブへ行ってきたのだった。
詩織はその日を境に一気に悠治にのめりこんでしまっている。完落ち状態である。
ライブ会場は小規模で客席から舞台がかなり近い至近距離。
舞台からもお客の一人一人の顔がよく見えてしまう。
実のところそのライブで貫禄ある姿で熱唱する悠治の姿を間近に見て、そのグラスの奥に光る瞳と何度も目が合ってメロメロになって帰ってきてた。
今もその情景が頭に焼き付いて離れないでいる。思い出すだけで胸が高鳴り、目が熱くなってしまう。
お陰で夜も眠れない日が多いのだ。
(どうしようこの震える心…悠治さんに完全にfallin' love状態よ)部屋に入った詩織はファンサービスで撮ってもらって待ち受けに入れた悠治とのツーショット写真を眺め両手で熱くなる頬を押さえながら一人溜息をついた。
決して夫婦仲が悪い訳じゃない。むしろ昔よりずっと密な関係になっている。圭を愛おしむ想いは今も変わらない。
それでもライブで見た悠治のCoolで感動的な熱唱をする姿と美声が忘れていたうぶな乙女心に火を点けてしまったのだ。
留めは客席から見ているだけだと思っていた詩織に、ライブ終了後のファンサービスで一人一人直に握手やツーショット写真を撮ってくれたことで完全ノックアウト状態にされてしまったのだった。
それ以来ブックレットに入れてもらったサインや携帯に保存した記念写真の姿を見る度に途方も無く切ない想いに溜息ばかり出てしまうのだ。
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<恋愛妄想症候群>
9月ももう終わる頃絵美の誘いで詩織は久しぶりのプライベートでの外出になった。
街中は平日でもありビジネススーツ姿が目につくが、デパート界隈に近づくと年配層の小母様グループのかたまりも目に付くようになる。
「あ~も~ど~しよ~、絵美ぃ~」喫茶店でランチをとりながら詩織が溜め息をつく。
「どうしたのよ~!さっきから…し~ちゃん変よ~」
「私今恋してるの!」
「えっ?…今何て言った? (@0@;)」
「だから~、今ね、恋・し・て・る・の!」
「恋って・・・あんた旦那とうまくいってないの?」
「ううん!うまくいってるわよ!この間だって愛し合ったし!」
「じゃぁ何なのその恋とやらって?」
「………」少しうつむき加減になって小さな声で答えた
「アーティストの悠治さん…」
「悠治?誰それ?」
「昔私がファンだったグループにいた人で、ずっとそのグループのファンだったけど、突然解散して…」
「その中のギターをやってた人に悠治がいて、その人の楽曲も声もすごく好きだったからまるで恋人が亡くなってしまったようなショックでしばらくCDも聞けなかったのよ」
「………」
「それが、その人が何年か前から新たなグループで活動しているのを、今年初めて知って、この間そのライブに行ってきたの」
「………」
「それが25年ぶりに見た姿がすご~く貫禄出ていてかっこよくて…」
「それでお熱になっちゃったって訳ね?」詩織が最後まで言うのを待たずに呆れ顔で絵美が返す。
「そう…」
「まぁ、相手は雲の上の存在だしね?」煙草を灰皿に押し付けながらつぶやくように絵美は言う。
「そうなの~」
「そのライブ行って以来、もう寝ても覚めても悠治の熱唱していた姿が頭に焼き付いて離れなくて…」
「毎日恋焦がれて、気が付いたら溜息ばかり…」
興奮気味にそのライブの日の情景を得々と話しつつ詩織はバッグから携帯を出して見せた。
「ふ~~ん、少し年上のオッサンじゃん!」
「も~~、オッサンはないよ~オッサンは~!」
「それにしても、随分めかし込んで行ったのね~?昔のし~ちゃんじゃあり得ないようなお洒落なファッションで決めてるじゃない!」
「そうよ~!だって何十年ぶりのもう会えないかと思っていた人に会うんだもん!
初デートのような気分で舞い上がってたし」
「この写真じゃパッとしないけど、本当に歌っている姿は全然イケてたし、昔の若い頃を知ってるから面影もあるし、ずっとその頃より貫禄出て…」
「ハイハイ、わかったから…」
「でもさ、何で急に今になって昔のアーティストなの?」少し苦笑いしながら絵美が聞く。
「何でかな~~」「やっぱり……ずっと好きだったアーティストだし、活動しているのがわかったらいても立ってもいられなくて…」
「だって、旦那と一緒になるよりももっと前からファンだったんだから~」得意げな顔で詩織は答える。
「旦那よりいい?」
「それは……ない!…っていうか、無理でしょまず!非現実的よ~!相手にだって選ぶ権利あるし!」苦笑いして答えた。
「そりゃね、圭がもっと同じミュージシャンのファンでその話をしたらツーカーで話が弾めばどんなに楽しいかとか思うけど…」
「そんなこと、言ったって無理なの分かってるし、やっぱり…身の丈でしょ」少し溜息混じりに詩織が答える。
「身の丈ね~」「私なんかもう仕事で手一杯で、男と何とかしたいとか考える余裕もないけどね。」
「だってほら~、結婚ってすぐ"女性は家のことやるのが当たり前"って男の遺伝子がそういう感覚になっちゃってるし、女性が働く今の時代にそぐわないし、何より一人の方が手がかからなくて気楽でいいのよ」笑いながら絵美は答える。
「絵美はそんなで寂しくないの?」キョトンとした目で詩織が聞く。
「え~~?寂しくないって言ったら、嘘になるけど、殆ど仕事モードで生活してるから、たまにOFFの時は一人で生き抜きした方が気が楽だったりするのよ」笑って答える。
「気楽ね~」「私は元々寂しがりだからもう今は一人じゃ生きていけない気がする・・・」水の入ったグラスを傾け眺めながら答えた。
「だって・・・なんだかんだ言ってもやっぱり圭のことは愛しているから・・・」つぶやくように答える。
「あ~ら、あんた純平と別れた時「もう誰も愛することなんかできない」って言ってたんじゃないの?」絵美はいたずらっぽい表情で聞き返す。
「そうだけど・・・」
「うん・・・圭なんて全然イケ面じゃないし、カラオケ駄目だし、年上の癖にあれで器結構小さいし、子供っぽい所もよくあるし、共通の趣味ないし、自分優先の自己中に近いし…こっちが切なくなるくらいちっとも私を恋しがるところ見せてもくれないし…」
「………」
「でもね、それでも憎めないのよ…悔しいくらいに…何でだろうって自分でも不思議でしょうがないけど…」
「憎めないね~?それがし~ちゃんの優しいところなのよ」
「し~ちゃんって、昔っからそういうちょっとお人好しな所があったじゃない?私だったらすぐそんな人は突っぱねちゃうけど…」笑いながら言う。
「う~~ん…お人好し…かもね…でも…それ以上に私自分に自信がないから…」
「自信なんてみんなそんなに持ってないわよ!」あっけらかんと絵美が答える。
「ん~~~、でも絵美の場合はちゃんと自分の仕事全うしてるじゃない?やれることがあるでしょ?」
「私にはそんな実力もなかったし、恋愛も失敗の連続だったし…本当はもう一生独身でいるつもりだったし…」
「だから、圭は自信のない私を助けてくれたのよ…」
「……」
「でもねっ、それはそれって感じでね、今は悠治にメロメロ状態で…毎日胸が苦しくなるくらい… でもそんなこと圭には言えないし…」
「あらら…それはそれは…いつも冷めて冷静な詩織がそこまでなるのは相当な重症ね~。。 恋は医者でも治せないっていうからね~^^;」
「私ったらね、自分でも変だと思ってるけど、…時々自分が悠治と楽しく会話している様子妄想しちゃうことがあるのよ~」苦笑いしながら話す。
「でもそういうの妄想した直後にね、今度は正反対のこと妄想しちゃうの」
「正反対のことって?」
「私が悠治に話しかけると、悠治がちょっと迷惑そうな顔して答えるような様子。
で、私がいない場所での仲間との会話で私のことを面倒なファンみたいな話し方している様子を妄想しちゃうの…」
「あんたも、相当暇なのね~?」絵美が呆れ顔で返す。
「う・ん…でも悠治の事考えちゃうと時間を忘れてしまうっていうか、気にする必要ないことまで気にしてしまうのよね~(´0`;)」
宙を見上げるように答える。その目が正にハートになっているから絵美も苦笑してしまった。
「そういうの、恋愛妄想症候群って言うのよ!知ってた?」絵美が言う。
「恋愛妄想?症候群? (・・)」目が点になったような表情で聞き返す。
「そう!自分がしてもいない恋愛を憧れるだけでは堪らなくて、具体的な関係性まで妄想してその世界に浸っちゃう状態のこと!」
「どうしたら治るの~?」
「えっ?そんなの誰にも治せないわよ!時間が解決するか、旦那ともっともっと楽しく幸せな生活送れたら治るかも?」
「でもそれはあなた次第よ~!し~ちゃん次第なの!」断言するように絵美は答えた。
「あっ、もうこんな時間!じゃぁっ、私行くね!」「し~ちゃんもその妄想恋愛程ほどに」
苦笑いしながら席を立つと絵美は小走りで駅に向かって行った。
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<再会>
その日、詩織は先日の野本課長の指示通りに振り替え出勤で仕事場へ出ていた。
いつも通りの仕事を終えてもう時計は5時半を指している。
この季節の5時半は真冬ほどではないが、もう薄暗い。
異常気象で昼間が暑い日が続いてはいるが、夕方は大分涼しい。
日によってはショートコートを着ている人もいる。
詩織にとっては本の世界に入っている時が一番時間を忘れられる。
帰りの車内で電子書籍『Kondol』を読み耽っていた。
もう降りる駅に着くと言う時バッグの中の携帯のバイブが鼓動した。
休みをとっていた旦那からのメールだ。
―――
差出人:【圭君(*^・^*) 】
件 名:【お疲れさま(^0^) 】
本文
お疲れ様~❤
もう帰り道?
帰って来てから食べるよな?('-')
今夜は詩織の好きなビーフシチュー作っておいたから!
で、迎えに行けるから駅に着く時間わかったら教えて!
―――
最近は殆どの人がスマホやタブレットを車内でも手にする時代に、詩織はあえてそれを使わない。
アラフィフの詩織でも比較的今までの時代の流れには適応していたし、デジタルも好きな方だった。
それでもこのスマホにはちょっとついていけない。
タッチパネル操作は彼女の中の感覚にそぐわないのだ。
――よっしゃ!ビーフシチューだ~!――詩織は心の中ではしゃぎながら了解の返事を送ると乗り換えの電車のホームまで急いだ。
と、慌てて走ったせいか、階段の途中で足を滑らせ転んでしまった。その後ろから通りかかった中年の男性が助けようと声をかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「はっ、はい!すみません」詩織はそう言うとその男性を見上げて、一瞬顔が引きつった。
男性も詩織を見るなり、「あっ!」と驚いた表情になった。
「詩織さん?河合詩織さん?」彼はそう聞いてくる。
「そう・よ…でもどうして…どうして純平が・ここに?」戸惑いながら詩織は聞いた。
「あっ、俺は…仕事の帰りで…」
「えっ?でも…東京に行ってたんじゃなかったの?仕事変わったの?」詩織は呆然と立ち尽くして聞いた。
「あぁ、ちょっと色々あって…」純平は言葉を濁した。
そう、彼は詩織が結婚前に別れたかつての恋人だった。
「詩織は元気にしてるのか?随分昔より綺麗になったじゃないか!」
「そ、そんなことないけど…元気は元気よ!私もう二十歳と十七歳の子供のいる主婦やってるわ!今は河合じゃなくて愛本よ」
微笑みながら答えた。
「純平は今どうしてるの?」「ご家族は?」
「………」少し黙った後「今は一人だよ。バツ1でね。」苦笑いしながら答えた。
「そう、でも仕事は順調なんでしょ?」
「あぁ、何とかやってるってところかな?一人だから気兼ねなく残業できるしね ^^;」
「あっ、ゴメン!私調度仕事の帰りで遅くなるといけないから…」詩織は慌てて帰ろうとする。
「そう!あっ、また連絡してもいいかな?」純平がお気楽な表情で聞いた。
「えっ?」詩織は一瞬黙りこくった。「ゴメン、私には主人が…圭がいるから…圭を愛してるから!今とっても幸せなのよ!」
「一人になってその寂しさを埋めようとしているなら、他の人を探して!」そう言うと立ち去ろうとした。
「あっ、じゃぁこれ、俺の番号だから、もし気が向いたら電話して?また!」
そう言うと半ば強引に詩織へ名刺を渡した。
詩織があっけにとられている間に純平は人混みへと去ってしまった。
詩織も乗り換えホームへ急いで向かった。
その車内で詩織は純平のことを気にしながら、しかし圭の顔を思い浮かべて首を振り必死に純平のことを頭から削除しようとしていた。
―――――22年前
「ごめん、私もうあなたにはついて行けない!今まで何とか一生懸命合わせようと努力してきたけど!
もうついていけないわ!純平のペースにも、純平の感覚にも!私は純平の望む様な女じゃないから…」
「そうか……」
「………」ぐっと涙ぐみながら詩織が声をつまらせる。
「そうだな…詩織は優しすぎるお人良しであまり強くないから、きっと…きっと俺と一緒にいたら辛いことが多いかも知れないしな…」
「純平…私だって本当は純平を嫌いになんてなれない…だからこれからずっと一生独身でいると思う…」
「そう言うなよ…お前にはお前が幸せになれる相手が現れるよ!…でないと、俺も辛いんだぜ」
「俺は、お前に幸せになって欲しい…だから今の辛い関係からお互い解放し合うのがいいと思う。だから引き止めないよ…俺も詩織を失うのは辛いけど…」
「………」
「でも・・・これ以上誰かを愛するなんて私には無理…」詩織は涙ぐみながら答えた。
「泣くなよ~!別れて辛いのは今だけだから…時が経てば次のステップが待っている!そう信じてお互い別の道を歩むんだ」励ますような口調で純平は詩織を元気付けた。
それが二人の最後の別れだった。
その数ヶ月後、順平から電話で「今度転勤で東京へ行くことになったよ。俺の事は忘れて元気で頑張るんだぞ。」
そう連絡が入ったのを最後に二人は別の道を歩みだしていた。
―――――
「ただいま」疲れた表情で詩織が玄関の扉を閉めた。
「おかえり!先に食べてたぞ」
「あぁ、どうぞ」詩織がやや作り笑顔をして答えた。
「先に、お風呂入るね」そう言うと詩織は一人浴室へ向かった。
(どうしよう、昔の彼に偶然会ったなんて口が裂けても言えない!)
―――圭には前に付き合っていた彼の話は一緒になる前に話していた。
圭から初めて付き合いを申し込まれた時に、もう誰とも付き合うことは出来ないと話して断っていたのだ。
その時純平とのことも、もう誰も愛せなくなった心の内も話していた。
そんな話があっても圭は詩織に歩み寄って、何ヶ月もの期間詩織の辛さを受け止めながら聞いてあげていた。
そんな圭の優しさに、傷ついた詩織の心は揺れ動いた。そして、その2年後圭からのプロポーズを受け入れたのだった。―――
(今圭にそんな話をしたら、圭が不安がるだけだから…どうやって顔を取り繕ったらいいの?)
詩織はそんな戸惑う心を隠しながら、食卓へついた。
「ママ、おかえり!」少しぶっきらぼうに太陽が言った(今時高校生にもなって"ママ"なんて呼ぶ奴いるんだろうか?)毎回詩織は疑問に思う。
「あら、太陽も帰ってたんだ!おかえり!」
「ママ今日誰かと駅で話してた?男の人と… やけに神妙な顔して…」
「えっ?」一瞬顔が引きつった
「いつ?」
「夕方。駅の乗り換え階段の所で…」
「俺、ママが誰かと話しているところ見ちゃったんだ!」
「あぁ、階段で転んでね。助けてくれた人にお礼言ってたのよ」慌てて取り繕った。
「ふぅ~ん?」太陽はそれ以上聞こうとはしなかったが、少し半信半疑の目をしていた。
(どうしよう!よりによって太陽に見られていたなんて!)詩織は動揺が隠せなかった。
「おまえ、階段で転んだのか?ドジだなぁ~」笑いながら圭が言う。
「悪かったね~ドジで~」半分おふざけの表情で口を尖らせて返す。
その圭の笑いに救われてその場は何とか納めることができたが、詩織は気が気じゃなかった。
詩織の心の中には圭への切ない位の想いと、憧れの悠治に夢中になる自分、そして今現れた昔の彼のことが入り混じって頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
その夜、心ざわめく詩織はなかなか眠れなかった。
--- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
<秘密>
―――数日後
「ただいま~」美歌月が夜9時過ぎにバイトから帰ってきた。
「おかえり~、昨日はどうだったの?」
「うん。」一言返事をしただけで黙っていた。
「どうしたの?」
「えっ?いや、別に何でもない。普通に飲み会してそのまま雑魚寝だった」
「あらあら…男子もいたんじゃないの?」
「うん、別にもう男女とかそういうの関係無かったし…」美歌月は終始詩織の目を見ずに答える
「ふ~~ん?」意外そうな表情で返事をした。
「先にお風呂入ってくる」そう言うと美歌月が立ち去った。
―――――昨夜
美歌月はバイト先の同僚の下宿先でいつもの同期の仲間6人で飲み会があった。
よく話す同僚の弘志と酒の効果もあって話し込んでいたが、美歌月がトイレに立ち戻って来た時に、ふと酔った勢いで弘志が廊下に出てきていきなり美歌月の唇を奪った。
美歌月は驚きから弘志の顔を平手打ちして体を突き飛ばし、しばし呆然としていたが、それでも我に返ってから慌てて倒れた弘志の体を起こそうと寄って行った。
「弘志…大丈夫?…でも何でいきなり唇奪うのよ!」
「ゴメン…でも前からみっき~の事…」そういいかけてそれを遮るように美歌月が弘志へ言葉を投げた
「女を口説く時はね~、シラフで口説くのが礼儀ってものよ! 酔った勢いで口説こうなんてずるいし失礼よ!」
「私のファーストキス返してよ~!」美歌月はもう涙ぐみそうだ。
そこへ他の同僚仲間が「お~い、何やってるんだ?二人で抜け駆けはずるいぞ~」と呼ぶ。
その声が二人の気まずい空気を破り、二人とも何も無かった顔をして酒の席に戻った。
みっきーはそれを境にずっと動揺して頭が真っ白になってしまった。
その戸惑いを酒の酔いに逃がすように深酒をしてしまって、すっかりそのままみんな雑魚寝していた。
朝の光が差し込み、眩しさに目を覚ますとすぐ真横に弘志が寝ていた。
はっ! と一瞬硬直しかけ、みっきーは身の回りを見回した。弘志とは反対側に別の同僚がいびきをかいて寝ていた。
(…まさか、私…弘志と?…夕べは何もなかったはずよ!酔っ払ってたし…)戸惑いながら身支度を始めていた。
―――――
美歌月はそんな夕べの出来事を思い出して複雑な表情で湯船につかっていた。そして何度も両手で顔を洗い昨日の記憶も一緒に洗い流した。
(もっと酔ってない時に言って欲しかったのに…)みっきーはよく話の合う弘志の事は多少意識していたが、まだまだ友達の域を出ていなかった。
それでも弘志のことをそんなに悪くは思ってなかったところだった。
その後遅い夕食をとりにテーブルについても、言葉少なく黙々と食事を済ませ部屋へ戻ってしまった。
詩織はみっきーの様子にいつもと違う空気を感じ取り心配になった。
部屋の入り口まで行き「みっきー!本当に何もなかったの?大丈夫?」
「大丈夫!何でもないから!放っといて!」ぶっきらぼうに返事をするとそのまま黙ってしまった。
(まぁ、この年にもなれば色々あるかしらね~)詩織も半ば諦めムードでその場を立ち去った。
「ママ!…」「マ・マ~…」詩織が台所で洗い物をしていた所へやってきた太陽は少し声を強めて呼ぶ。
頭の中があのギタリストの悠治のことでいっぱいの詩織は心ここにあらずである。
「はっ!?」「あっ、何か呼んだ?」詩織はハッと我に返って3度目の太陽の声に返事をした。
「も~、最近ママボーッとしてること多くない?心ここにあらずで!」
「ねぇ、何かあった~?」尚も太陽が聞く。
「えぇっ?何もあるわけないじゃない」引きつり笑って返す。
「じゃぁ、俺の頼んでおいたボタン付けは?」
「あっ、まだやってない!」
「ほら~、何か最近おかしいよ~ママ~!」
「ゴメンゴメン!ちょっと忘れてて…最近仕事で頭が疲れることが多くてね~」慌てて詩織は取り繕う。
「浮気じゃなきゃいいけど!」
「太陽!何てこと言うの?!そんな訳ないでしょ!」さすがに詩織は怒鳴りつけた。
「はいはい!」半ばからかうような顔で言い放つとさっさと逃げるように自分の部屋へ戻って行った。
入れ違いに入ってきた圭がそんな詩織の方を見て話してきた。
「どうしたんだ?太陽が"浮気"とか何とか今言ってたけど…」
「違うのよ~!あの子変な勘違いしてるのよ~」
「それにしても、確かに最近お前しょっちゅう溜息ばかりついてること多いよな?」少し笑いながら言う。
「そ、そうかしら?」少し慌て気味に詩織は聞き返す。
「それはきっとね~ぇ、あなたの事が切なくて出てくるのよ~」本音と少し違う言い訳をした。
「お~お~、言ってくれるね~」少し照れ笑いしながら圭は言った。
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<波乱>
――その2ヶ月後
ついこの間まで暑さの残る秋だったのにあっという間に吐く息が白んでくる季節になっていた。
その日、詩織はOFF日だったが、午後から絵美とOFFが一致して会う約束で出掛け、夜は職場の仲間との忘年会があり殆ど一日外出の予定が入っていた。
あいにく天気は雨模様。
相変わらず憧れの悠治のことで頭がいっぱいで気が付くと溜息をついてばかりいた。
一方圭の方は職場でも相変わらず部下や同僚の受けが良く、今日も相棒の夏美と営業周りに精を出していた。
夏美は圭の9歳下で3年前にパートで入ってきたバツ1だ。
普段は電話で対応することが多いが、今日はクライアントからの依頼で出向くことになっていた。
雨の中の外回りは結構きつい。
午前中に用件が終わったので部下の夏美と昼食をしに喫茶店へ入った。
ランチを頼んだあと、圭から話し出した。
「そういえば、今夜は予定ある?」
「いえ、別に」
「そう!じゃぁ今夜実はうちの家族それぞれ付き合いで出掛けて帰りも夜中になるようだから、一緒に夕食しないか?」
「えっ?でも・・・」少し戸惑う夏美に圭は笑いながら「いつもサポートしてくれてるからそのお礼も兼ねてご馳走するから」と誘う。
「そうですか?」急に夏美は嬉しそうな表情で目を輝かせ、「じゃぁ、そうさせてもらいます!」とOKした。
「部長…その…実は私前から部長の事…」照れながら下を向きながら途中で言葉が詰まる。
圭はその表情で察し「僕も少し君の事が気になっていてね。」と打ち明けた。
「えっ?でも…部長は奥さんとうまくいってたんじゃないんですか?」
「あぁ、日常的にはね…」含みを持たせるような言い方で言葉を濁した。
「だったらどうして私なんかを?」
「……まぁ、その話は今夜食事の時にでも話すよ!まだこれから午後の仕事があるからね」
「食べ終わったらすぐ行くぞ!」
「あっ、はい」夏美は戸惑いながらも急いで昼食を済ませ、部長と共に2~3件の用件を済ませ事務所に戻った。
・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・
「し~ちゃん!こっちこっち~」地下街の待ち合わせ場所に行くと遠くから絵美が手を振りながら声をかけてくる。
詩織は気が付いて笑みを浮かべながら近くへ走りよった。
「待った?」
「ううん 私もついさっき来たところよ」
「じゃぁ、お茶しようか?」絵美が先を歩きながら詩織を店まで誘導する。
「私、コーヒーにする」絵美が言うと連られるように「私も!」と詩織がウェイターの顔を見て答える。
「どうしたの?浮かない顔して」詩織の顔を覗き込むようにして絵美は聞く。
「う~~ん…もう今頭の中ぐちゃぐちゃでさ~」
「今度はなに~?また他に好きな人が現れたとか何とかって言わないでよ~」
「違うの!」
「会っちゃったの!」
「会っちゃったって?」
「純平!」
「えっ?純平って昔の?」思わず小声で聞き返した。
「うん…」
「いつ?どこで?何で?」絵美は矢継ぎ早に聞いてくる。
「絵美と会った数日後。仕事の帰りに。。乗り換えの駅の階段でたまたま遭遇したみたいな?」
「え~~?だって純平って東京に住んでいたんじゃないの?」また小声で聞き返した。
「何か…仕事変わってこっちに移ったらしいよ…」
「えっ?でも家族とかは?奥さんは?」
「彼バツ1だって…」
「ふ~~ん? で、まさかし~ちゃん焼け棒杭に火がついちゃったんじゃないよね?」
「ううん!それはない!絶対ない!」
「そう…ならいいけど…でもじゃぁ何でそんな浮かない顔してるの?」
「う~~ん…何かね~…」
「圭とずっとうまくいってるけど…でも時々切なくなるのよ…」
「なぁ~にそれ?」笑いながら絵美が聞く。
「うん・・・今に始まった事じゃないから今更?って感じなんだけど…」
「あれで意外と私のこと放ったらかしだったり、そうそう日常的に一緒にいたがる人じゃないからね~」
「気楽でいいじゃない!」絵美は答える。
「う~~ん…でも色々面倒な事は私に要求してあれしてくれこれしてくれって言う癖にね…自分から何か私にしてあげたいって態度も素振りも見せてきたことないし、アチラだって気まぐれでたまに誘うことばかりだし…」
「そうね~…切ない・か~…」絵美が宙を見上げるようにつぶやく。
「…相手の気持ちを変えることはできないからね~」しばし考えながら絵美は答える。
「そう、だから余計切ないのよ ふと、私なんか家政婦としか思ってないんじゃないかって思える事もあるわよ」
「そうそう!大体男ってそういう傾向あるわよ!奥さんにさ~変に母親像求めていたりね、で、自分は何か理由つけて出来ない事を正当化するの!」
「大体ね~、『仕事で疲れている』と『付き合いだから』と『忙しいから』の三大言い訳が出たらもう奥さんや彼女のことは二の次になっている証拠よ~」やけに熱心に絵美は語る。
「私が結婚を諦めたのもね~二言目には「うちのお袋は」って言葉が出てきて比較されていたからなのよ」
「彼はマザコンじゃないって言ってたけど、私からしたらマザコンの典型だと思ったわよ!そういう人と一緒になってもストレスばかり溜まって長続きしないのが見えちゃったからってのも諦めた理由の一つよ」思い返すように絵美は言う。
「……そうなんだ~……」
「でもね、その切なさの一方で悠治を憧れる気持ちと複雑に絡み合って頭の中ぐちゃぐちゃなのよ~」
「し~ちゃんそれは~、きっと旦那に心満たされない部分を歌の世界の甘いセリフに委ねて満たそうとしているのよきっと~!」絵美は実に論理的に話す。
「………」
「悠治だって別に心満たされる訳じゃないわよ・・・だって所詮雲の上の存在だもの」詩織は答える。
「そりゃそうだけど~!」
「そんな所に突然純平が現れてすっごい動揺しちゃって、おまけにその現場を息子に遠くから見られていたみたいで・・・」
「あじゃ~~!それはまた飛んだハプニングね~!子供は敏感だからね~」
「純平もあれでマイペースで気まぐれなところあるから、気をつけた方がいいわよ」
「絵美はなんで純平のことそんなに知ってるの?」
「あぁ、純平の元奥さん、あの美和子よ!私美和子とは学生時代以来よく連絡取り合ってたから色々悩み聞いてたわよ」
「え?美和子が?そう・・・」詩織は驚きの目を見せた
「し~ちゃんは何か純平と会った時に誘われたりしてない?」
「誘われ?…また連絡したいぐらいは言われたけど私は断ったわ…でも別れ際に強引に名刺渡されたけど…」
「ほらほら~!普通旦那がいるって分かってる人に例え昔付き合っていたとはいえ、強引に連絡取りたがって来たりしないわよ!」
「そうだけど…」
詩織はどうしていいかわからなかった。
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時間は6時を回り定時を30分過ぎてからようやくキリのついた圭と夏美がタイムカードを押して出た。
職場は繁華街に近いビルの一角だったこともあり、比較的歩いてすぐの場所にあるSaxジャズの流れるこ洒落た居酒屋へ入った。
時期的に忘年会シーズンということもあり、店内はかなり賑わっていた。
隣の予約席からは学生のコンパのような忘年会の集団が集まっていた。
二人が席についてビールを注文したところで、圭が話し始める。
「今日はご苦労さん!仕事以外で君と一緒に食事をする機会ができるとは思ってなかったから嬉しいよ」
「いえ、こちらこそ…」
「奥さんは帰り遅いって言っても子供さんが家にいるんじゃないんですか?」
「あぁ、今日は上の娘はサークル活動の一つで泊りがけらしいし、息子は部活の合宿で不在。もう二人とも大きいしね。妻は忘年会らしいけど、帰りは深夜だろう」少し苦笑いしながら答えた。
「そうなんですか…じゃぁ、そんなに気にしなくて大丈夫ですね」微笑みながら少し声を弾ませて聞き返した。
「それより部長!…お昼に聞いた話。私からの質問に答えて下さい!」
「あぁ、妻とうまくいってるのになんで君の事を気にかけてるかって?」
「何でだろうな~…仕事とは言えいつも的確なサポートしてくれてるだろ?」
「妻とは別に特別仲たがいしてる訳でもないし、冷め切っている訳でもない。」
「けどな……」
「けど、何ですか?」
「時々違うな~って思う時があるんだ。」
「違うって?」
「何ていうんだろう…それぞれが心満たされるリアクションや状況…って言えばいいのかな?」
「僕はいつも妻を愛しているつもりだし、日ごろの感謝は忘れてないつもりだけど、それぞれ違う感覚と趣味があってそれを尊重しあうのが大事だと思って行動するから、そんなにいつも妻のそばにいたいとか思ったりすることが少ないんだよね。」
「………」
「でも妻はいつも一緒にいたいタイプだから、それは自分への想いがあまり深くないからだと感じて「寂しい、つれな過ぎる」ってよく言ってくることが多いんだ」
「理屈じゃなくて心なんだってよく言われるよ」
「ん~~~、奥さんの気持ちもわかるし、部長の気持ちもわかるから何とも言えませんけど…」
「そこにずれを感じるから…」
「それに一日の中で一番長くいるのは職場の仲間だし、僕の場合は直属の部下の君なんだ」
「仕事の同士である関係が長く続くと、やっぱり男女ならいつの間にか心が傾いてしまうことってあると思うよ…」
「でもそれじゃぁ家で中の事やって待ってくれている奥さんがちょっと可愛そう…」
「私はそりゃ部長に目をかけて頂いてるのは嬉しいですけど…私も部長に傾きかけているので・・・」照れて苦笑いしながら打ち明ける。
・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・
一方詩織の方は職場の忘年会に出ていた。
「今年も残すところわずか、今日は皆さんの日ごろの頑張りを労って無礼講で行きたいと思います。では、乾杯!」
店長の挨拶を皮切りに職場の仲間との忘年会が始まる。
「愛本さん!お疲れさまです」隣席の野本課長がジョッキで挨拶してきた
「あっ、どうもお疲れ様です課長!」慌てて詩織も挨拶を交わした。
「この間は出勤日振り替えてもらって助かったよ。ありがとう。急に出向かないといけない仕事が入ってね」
「あぁ、いえどういたしまして・・・」
「最近どうですか?そう言えばなんかちょっと若返った感じするけど・・・」
「えぇっ?そうですか?」ちょっと照れながら答える
「別に・・・そんなに変わってないと思いますけど・・・夫婦仲は一応良い方です」
「そうなんだ!羨ましいな~ なかなかこの年で夫婦仲がいい所はそういないからね~ どうやら若返りの秘訣は夫婦仲にありそうだね」
苦笑いしながら野本課長は言う
「うちなんか、もう何年も前から仮面に近いから…」
「………」
しばらく無言の続いた後、詩織が話し出した。
「うちも………何年か前までは仮面でしたよ~…いつも上から目線で物言われて、しょっちゅう怒ってばかりの人だったし、モラハラもパワハラも日常茶飯事だったし…傷つけられてばかりでもう一緒にやっていけないと思って離婚話切り出した時があったくらい」
「………」野本は黙って聞く
「も~~!やめやめ!こんな暗い話しても沈んでしまうだけだから、私のブラックヒストリーなんて聞かない方がいいですよ~」
慌てて詩織は話をやめた。
「今日は~飲んで~一年のうさを晴らしましょう!課長!」少し酔いの回ってきた詩織がいつになくハイな様子に周りも少し驚き顔。
「そうそう!詩織ちゃんの言う通り!飲んで発散!」離れた席からも合いの手のように掛け声がしてくる。
その声に乗せられるように今度は詩織がつれなそうな表情で課長に話し始める。
「…本当はね~~今も時々旦那に切なさ感じることがあるんですよ~」
「え~?仲いいんでしょ?」笑いながら聞き返す
「う~~ん…基本いいんだけど…何か…家政婦に言うみたいに上から目線で言う時もまだあるし、本当は普段放ったらかされることの方が多いんですよね~…」「もっと心寄り添って欲しい時もあるのに…」目線を斜め上に上げ遠くを眺めながらつぶやくように言う。
「う~~ん…きっと旦那さんも甘えきってるんだよ。安心しているからじゃないかな?君なら信頼できるって」
「そんな綺麗なものじゃないですよ~あまり女として見られてないんじゃないかって思う時もあるし…母親を求めてるみたいに…」
「昔気質の男の人はみんな気持ちを口にしないし、できない人が多いんだよ」
「こっちはこんなに想ってるのに・・・切なすぎるぅ~」
「だから綺麗になって主人の見る目を変えたいと無意識に思っちゃって前より女性的に見えて若返ったように見えるのかも」
「じゃぁ寂しい同士慰めあう?」
「え~~?冗談キツいですよぉ~課長!駄目ですよ~!私は主人を愛してるんだから!」苦笑いしながら答える。
「その課長って言うの職場以外ではやめようよ…僕一応君の上司だけど年一緒だし、同僚のように思ってるよ」
「今度から野本君って呼べないかな?」
「………でも…馴れ合いは良くないですよ~」戸惑いながら答える。
――その2時間後
かなり酔いの回ってきた課長が詩織に近づいて来る
「詩織ちゃ~ん!僕を慰めてくれよ~ (´0`;) 」(いきなり下の名前で呼んでくる)課長が詩織の肩に手を回してきた。
「な~に言ってるんですか~課長!自分のパートナー大事にしなきゃ駄目ですよ~! \(‘0´;) それとも部下にセクハラですか~? (ー0ー;) 」詩織が言う。
「もう無理なんだよね~うちは・・・」
「奥さんにちゃんと優しく接してあげてるんですか?放ったらかしにしてるとそのうち浮気されちゃいますよ~!\(-0-)」
「うちは逆なんだよね~…妻の方が冷めてる感じで僕の方がいつもつれない思いが多くてね~ ┐(´0`)┌ 」
「………」詩織は視点が定まらないまましばらく黙っていたと思ったら不意に自論を話し出した。
「妻はね~元々は旦那が一番なのよ~!それでもあんまり旦那の態度が横柄だったり、逆に頼りなかったり、妻の気持ち考えてくれなかったりが続くともう諦めて冷めてしまったりするのぉ~!昔そんな風だったんじゃないんっすか~? (ーロー)/ 」思わず言葉遣いが大雑把になる。
「う~~~ん…昔のことは忘れたな~~! f(´0`;) 」
「ほ~ら、男って自分に都合悪くなるとそうやってごまかして逃げるのよ~!そんなことばっかりしてるから奥さんだって嫌になっちゃうんじゃないんっすか?
\(-0-)」
「それで寂しいからって他の人に慰めてもらうなんて都合よすぎじゃないですかぁ~?(ー0ー;)」
「自分のパートナーとの問題はねぇ、自分で解決していかなきゃ駄目なのよ~ぉ(-0-)」
「逃げていても何の解決にもならないわよ~! ┐(´0`)┌ 」詩織は軽く野本の肩をこづく。
「………」
気がつくと、いつの間にか課長は寝入ってしまっていた。
「え~~、それではもう寝入った人もいるようなので、この辺でお開きにしたいと思います」店長が締めに入ってとりあえずその場はお開きとなった。
「課長!か・ちょぉ~~! \\(@ロ@;) 」隣で寝入った野本課長に詩織は大声で呼びかけ起こそうとしている。
「あ~~、し・お・りちゃん… (~0~;) 」意識も朦朧としながら弱い声で返事をするが起き上がれない状態。
仕方なく他の同僚と一緒に課長を両脇から担ぎ、やっと店を後にした。
・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・
夜中に詩織が帰って来てマンションのエレベーター前で待ってると、降りてきたエレベーターの扉が開いた瞬間とんでもない光景を目にした。
そこには圭と部下の夏美が親しそうにキスをしていた。
それを見た瞬間「圭!」と呼んだ。気づいた圭も驚きと焦りを隠せない。
まるで酔いが覚めるような光景に詩織はかつてないショックを覚えた。
「何なのよ!一体! (`0´;#) 」「どうしてこんな時間に女の人と親しげにキスまでしてる訳?」
慌てた圭はしどろもどろになりながら「いや、ちょっと仕事のことで悩んでいるらしかったから話聞いていたらこんな遅い時間になって・・・
/(>~<;)\ 」
圭が最後まで言う前に詩織は「何下手な嘘の言い訳してるのよ! (`0´;#) 」と怒鳴りつけたと思ったら今度は隣にいた夏美の頬を思いっきり平手打ちした。
「何泥棒猫みたいなことしてくれたの?!(`0´;#)」
「ちっ、違います~!誘ってきたのは部長の方です!私何度も断っていたのに、部長が今夜は家に誰もいなくて寂しいからって言うので食事だけって話で入らせてもらって・・・(´0`;) 」夏美が限りなく嘘に近い言い訳をすると詩織は尚も反論した。
「よく抜け抜けとそんな嘘が言えるわね!仕方なく夕食一緒にした人がどうしてこんな真夜中にエレベーターでまるで恋人同士みたいにキスなんかするのかしら?
\(`0´;#)」
「ゴメン!詩織!ちょっと魔が差したんだ! _(>~<;)_(_ _)_ 」観念した圭が慌てて謝りだす。その横から今度は夏美が反論しだした。
「魔が差したって何よ!部長は私に「詩織より可愛いし魅力的だ」って言ってたじゃない!あれは嘘だったの? (`~´#) 」
もうここまでくると圭は板ばさみ状態の修羅場と化していた。
何より詩織のハートがずたずたに傷つけられ、しばらく口も利けない状況に陥ってしまった。
家に戻っても圭を無視して詩織は自分と子供のことだけをしていた。そんな日が数日続いていた。
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<冷却?>
圭と会話が無くなってから1週間が過ぎたある日、詩織は絵美に連絡してしばらく泊まらせてもらうことを頼んで決めた。
それから、何日分かの荷物をまとめて、置手紙に「しばらく帰りません。自分のことは自分でして下さい。 (-0-)」そう書いて家を後にした。
―――その日の夜
圭はいつものように帰宅するも、家の灯りは全部消えたまま。仕方なく自分でつけてからテーブルの上の置手紙に気づいて慌てた。
詩織の携帯へ電話をかけたが、留守番電話につながるばかりで連絡がつかない。前に詩織から聞いていた友人の番号にもかけてみたが、皆知らない。
ふと、詩織の部屋の入り口の足元に一枚の紙切れを見つける。
圭が拾ってみると、それは詩織があの駅の階段で遭遇したかつての恋人純平の名刺だった。
「ん?水越 純平?」「まさかあいつ! (`~´#) 」
圭はこの名刺は詩織の浮気相手だと思い込んでしまった。
その名刺の裏に書かれたスマホの番号へ掛けて、怒鳴り込んでやろうとしていた。
何度かの呼び出し音の後相手が出た。
「はい!水越です!」
「水越純平さん?そちらに愛本詩織行ってるんじゃないですか? (`0´#) 」少し強い口調で問い詰めた。
「えっ?あい・もと?詩織さん?いえ、今私は出張先のビジネスホテルに宿泊中ですが、誰も同行していません。」
「嘘つくんじゃない!俺は詩織の夫だ。君は確か詩織の昔の恋人だった人だよな?」声を荒げて訊く。
「えっと?あぁ、そうですが…でも本当に今ここにはいないんです。」
「じゃぁ何で詩織の持ち物におまえの名刺が入っているんだ?会ってもいなければそんなもの持っている訳がないじゃないか!(`0´#)」
「あっ、それは…2ヶ月ぐらい前に偶然帰りに駅の階段でばったり会ってしまって、その時急いでいたようなのでとりあえず名刺だけお渡ししたんです。」
「でも、詩織さんは必死に断ってました。ご主人を愛しているからって言って… ┐(´~`;)┌」
「そんなこと信じられるか!」
「えっ?じゃぁ今そちらにいらっしゃらないんですか?どこに行ったのかご存じないんですか?」不安そうな声で純平が聞き返す
「………本当に知らないならお前には関係ない! (`~´#) 」そう言うと電話を切った。
(あいつ…俺の浮気を理由に自分も昔の男とよりを戻すつもりなのか?)
圭はどんどん悪い妄想を展開してしまう。ますます怒りが増幅していくばかりである。
一方詩織の方はというと、
「ごめんね~絵美」「もう私ショックでとても圭の顔見ていられなくなったから…。。(T~T)。。」
「詩織も次々と災難が降りかかるね~」「昔の男との遭遇といい、旦那の浮気といい・・・
┐(´~`;)┌ 」気の毒そうな表情で言う。
「………やっぱり圭は私の事そこまで想ってなかったのよ…_(; ;)_」涙声で吐き捨てる。
「ホント男って困ったものよね~ (´0`) 」
「夫婦仲よさそうにしてるのに、いつの間にか職場の子に手を出すなんてね~ (´0`)/」
「そうだ!私電話して言ってやるわよ!圭に(`0´#) 」絵美が力んで言った。
「えっ?何を? (@0@;)」
「決まってるじゃない!何で詩織を傷つけるようなことするんだ?って何でそんなに詩織につれなくして他に女作れるんだ?って訊くのよ! (`0´#) 」
「でも・・・」詩織は戸惑いの表情を見せた。
「いいの!今は詩織が一番傷ついているんだから、ここは私に任せてよ (`~´)」
「圭の番号教えて」そう言うと絵美は詩織の携帯のアドレス帳を覗いて圭へ電話した。
「もしもし!愛本さんですか?(-0-#)」
「はい」少し野太い声が聞こえる。
「私、相沢絵美ですが、詩織さんのご主人ですよね? (ー0ー) 」
「そうですが」
「あなた詩織を何だと思ってるんですか?詩織はね~、切ないぐらいにずっとあなたを愛していたのよ!
(`0´#)
なのに詩織にちっとも想いを寄せる素振りすら見せないでおいて会社の部下に浮気するなんて酷いじゃない! (`0´#)」絵美は語気を強めて怒鳴った。
「いきなり携帯にかけてきて何なんですかあなたは?(ー0ー#) 」逆切れして圭も反論する。
「私は詩織の学生時代からの友人で何でもよく話せる友達です!詩織が傷ついてうちに泣いて来たから今あなたに問いただしに電話してるのよ! (`0´#)」
「詩織はそっちにいるんですか?」少し圭の口調が和らぐ。
「そうよ!いるけどしばらく詩織は帰りたがらないし、私も返さないから!
(`0´#)」そう言って絵美は圭をたしなめた。
「ちょっと、電話を詩織に変わってもらえませんか?」
「詩織、旦那が代わって欲しいって言ってるけど出られる?」絵美は携帯を塞いで小声で詩織に聞いた。
「今は無理・・・涙が止まらないし・・・声にならないから・・・」
「もしもし、詩織は今とても話せる状態じゃないから無理って言ってるわ!泣いているのよ!」
「………そうですか…じゃぁ、この間のことはすまないって言ってたって伝えて下さい。ただ…」
「ただ、何? (ー~ー) 」
「ただ、詩織の物の中に…昔の男の…いえ、"水越さん"の名刺が落ちているのを見つけてしまったから…いや、見つけたというより床に落ちてたのを拾って…」
「一体どういうことなのか確かめたいから、また改めて電話するつもりだって言っておいて下さい。」
「詩織のこと疑ってるならとんだ勘違いよ!純平のことは私もこの間聞いたけど、詩織は絶対戻ることは無いって強く否定していたわよ!(`0´;#)
私詩織の事はよく知ってるから目を見れば嘘かどうか分かるわ!何だかんだ言ってもあなたを"圭のことを愛しているから"って言っていたのよ!(`0´;#)
変な疑いかけないでやって!それから『浮気』が電話で「済まない」の一言で済むと思ったら大間違いだから!(`0´;#) 」
絵美はそう言うと圭の短い返事を期に「じゃぁ!」と電話を切った。
圭が電話を切った所へ、調度エレベーターで一緒になったという子供たちが帰ってきた。
「ただいま!」
「あっ、…おかえり」
「パパどうしたの?」みっきーが聞く。
「…ママは出て行ったよ…__」一言ポツリと答える。
「えっ?」
「腹減った~!」太陽が夕食を催促する。
「もう帰って来ないの?」みっきーは不安げな表情で圭の顔を覗く
「…わからない…」
「もう!全部パパの所為だよ! (`0´;#)」みっきーが泣き叫ぶ。
「すまない…」小さな声で圭は詫びた。
「パパの事信じてたのに~!私もうパパの身の回りの世話なんて知らないからね! (`0´;#)」
「太陽!もうママ帰って来ないみたいだから、ちゃんと自分で出来ることやってね!今ご飯は出してあげるけど…」みっきーがそう言うと太陽がふてくされながら不意に父親の方を向いて言い放った。
「親父の所為でママが出てったなんて俺許さね~からな! (`ロ´;#)/ 」そう怒鳴りつけると自分の部屋へ引きこもってしまった。
・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・
「詩織・・・圭がね、詩織がこの間純平から渡された名刺見つけてどういうことだって詩織の事疑ってたわよ!」
「だから、私言ってやったわよ!詩織はそんな浮気なんかする子じゃないって。圭の事愛しているって・・・」絵美が詩織を励ますように言う
「…私どうしていいかわからなくなったわ!…」涙声で言う
「…やっぱり私愛されてなんていなかったのよ…」
「詩織~…そんなこと…ついこの間まで仲良かったんでしょ?」
「だからわからないのよ!…家での圭と、仕事先での圭が全く違っているのか、それとも家では"フリ"をしていたのか…もう何を信じていいかわからない!」
「詩織…多分…どっちも圭の本心なのよ…詩織の前にいる圭も本心から詩織を想って愛していたはずだし…でも男ってわからない生き物だから…」
「目の前にあるものをすぐ欲しがるところあるわよ…余程一人の女性にのめりこんでない限り…」絵美は窓からの夜景を眺めながら自分に言い聞かせるような口ぶりで話した。
「そうね…前から圭はそこまで私を想ってないような反応ばかりだったし…」諦めの表情で詩織は答える。
「私圭から結婚申し込まれた時から断って、でもそれはもう誰も愛せない想いだったからで、決して自分に自信があったわけじゃない。むしろ自信なかったから自分からもう選べないって思ってた。だからそれでも圭が優しく私の傷が癒えるのを待ち続けてくれた時にもう私を選んでくれるのは圭しかいないと思ったの。だから受け入れたのよ」
「………」
「一緒になる前は色々気にかけて優しくしてくれてたけど、もう一緒になったらそんな態度見せなくなって、「お互いの違いを尊重する」って優しさに映る言葉を使って私を納得させようとしてきてた。」
「けど、段々それは優しさとはちょっと違うって感じるようになったのよ。自分の希望を優先させる為の聞こえのいい言葉」
「圭はね~、誰かと一緒にすごす時間より自分一人の自由な時間を家では優先させている人なの。だから私の悩みの話も理論的な話はするけど、心の部分に寄り添って聞くことは殆どしてくれないわ。理屈じゃなくて心の想いが大事なのに…解決しなくても気持ちを理解してもらえるだけで全然気の持ち方変わるのに…」俯いて話す。
「男は往々にして理屈が通れば何でも通るぐらいに思っている人が多いからね~…昔心理学の教授が言ってたのが、男は理屈で考え女は感情で考える生き物だって」
「案外当たってると私は思うわ。」絵美は得意げに話す。
「元々オスは外に向かって戦うサガにあるでしょ?動物なら文字通り力で相手を負かせば勝ちになるけど、人間には知性と理性と人権ってのがあるから、下手に力に任せる訳にはいかないでしょ。そんなことしたら人道的にも法的にも処罰されるから。だから後は口で言い負かすしかないからその為に理論で物事解決したがるの。」
「メスは守る生き物。中の事を細かいところまで気を配って調和を求める生き物。人間なら外との関わりも常に対立しないように神経使うし、中でも主人に合わせて行動しようとする場合が多いわ。」
「だから女はね、人間の行動は心で動くって思う人が多いのよ。人の心を動かすには理屈だけじゃ無理ってことを分かっているから、だからその相手の身になって話を聞いたり考えてあげられるのよ。人間は機械じゃないって分かっているから…」
「でもその心を養える環境を経験してくると男でもその心が芽生えるから相手を想えるようになるんだと思うの。そういう厳しい辛い環境を避けてうまく交わして生きてきた人にはなかなか芽生えない人が多い気がするわ」「女は生まれた時から肉体的な力は男に及ばないからすぐ負けたり泣かされたりって辛い環境が訪れやすいのよね。自然と思いやりの心が芽生えるの」絵美は自論を唱えた。
「まっ、私はもう半分オス化してるからどっちの気持ちもわかるんだと思うけどね!」苦笑いしながら言った。
「…多分圭はこのまま私がずっと帰らなくてもそんなに大きなショックはないと思う…きっと頭下げて「帰って来てくれ」って頼み込むような態度なんて見せないと思う…」
「…やっぱり私には元々そんな魅力もなかったってことね!」泣き笑いしながら自虐的に詩織は言った。
「そんなことないわよ…詩織は魅力あるわよ!…」絵美もそれ以上慰める言葉もなくやさしく詩織を見守るしかなかった。
--- --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
<今夜はお暇?>
「おはよう!この間の忘年会はどうも!酔っ払ってよく覚えてないけど失礼なこと言ってなかったかな?」詩織へ野本課長が話しかける。
「いえ、まぁ私も酔ってましたし、お互い様ですよ」少し作り笑いをしながら答える。
「そうか。それならいいんだけど」そう言うと自分のデスクへ向かった。
昼食時詩織は近くの喫茶店へランチを取りに出掛けた。その途中携帯が鳴った。
「もしもし?あっ、太陽?こんな時間にどうしたの?」
「・・・ママ?・・・もう帰ってこないの?」
「………」詩織はしばらく黙りこんでいたが
「何かあったの?」
「毎日親父が八つ当たりしてくるんだ!」
「………」
「自分が忘れて失敗したくせに、俺が知らせなかった所為にして怒鳴りつけるんだ!」
「もうこんな生活嫌なんだよ!」嘆くような声で訴える。
「ごめんね太陽!ママも今の状態ですぐにって訳にはいかないけど、パパとは一度話さないといけないと思っているから・・・」
「太陽ももうあと数年で大人になるし自立する為の練習だと思って。社会に出たらもっと大変な試練は何度でもやってくるの。パパとは口を利きたくなければ利かないでいいから。お姉ちゃんと協力してもうしばらく頑張ってくれる?お願い!
それから、これだけは言っておくけど、ママはずっとパパを愛していたし今も…だから他に好きな人が現れたりなんてこと絶対ないから信じるのよ」
「ママ…」
「あっ、ゴメン!お昼休みが終わっちゃうからまた仕事が済んだら電話するから!」
「わかった…」太陽は一言返事をしただけで電話を切った。
(はぁ~~↓↓どうしよう…太陽にあんなこと言っちゃったけど…どうしたらいいのか…)詩織は途方にくれながら溜息をついた。
・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・
事務所に戻った詩織が仕事に取り掛かるとそこへ課長が書類にと一緒にメモ書きの付箋紙を渡しに来た。
メモ――――――
「今夜都合が良ければ夕食一緒にできないかな?」――――――
メモを読んだ詩織は慌ててその付箋紙を折りたたんでバッグにしまい込んだ。
(どうしよう・・・課長は私を誘う気なのよ・・・困ったな~・・・そうだ!絵美に同席してもらおう)
そう考えた詩織は一度トイレへ立ち、絵美へ小声で電話をした。
「もしもし絵美? わたし、詩織だけど今日の夜時間ない?課長から今夜食事に誘われていて、でも私一人じゃ絶対誘惑される気が、ううん それが目的だと思うから、絵美に同席して欲しいの」
「そう!それなら構わないわよ!時間と場所を教えてくれたら偶然を装って近くまで行って声かけるから」
「ありがとう絵美!」そう言うと退社時間と最寄駅を伝えた。
―――その日の夕方
絵美は詩織の退社時間の1時間前に詩織へメールを送った
―――――
差出人:【絵美】
件 名:【待ってるね】
本文
時間になったら近くの駅まで来てるから。何か話作って
課長さんとは駅まで来るのよ
―――――
メールを読み終えると詩織は何事も無かったように携帯をしまい最後の仕事へ戻った。
その頃絵美は一旦隣駅へ移動し、昼間に連絡をとってあった純平と待ち合わせた
実は絵美は前に詩織から純平と会った話を聞いたときに教えてもらってた純平の携帯へ連絡をとっていた。
―――――その日の昼前
「もしもし、こちら愛本詩織の友人の相沢絵美ですが、水越さんですか?」
「はい、そうですが・・・」
「実は、詩織からその、水越さんと会った話を聞いてまして、今日夕方4時頃に詩織とのことで話をしたいので上錦駅で会えませんか?」
「はぁ、多分その時間なら今日は直帰なので大丈夫だと思いますが・・・」
「それなら4時に駅の5番出口の所で待ってます」
そう言って絵美は電話を切った
――――――
「こんにちは!水越さんですよね?」
「はい!相沢さんですか?」
「そうです」
「ここじゃ何ですからそこの喫茶店に入りませんか」絵美はそう言うと駅前の喫茶店へ連れて入った。
「愛本さんのことって言われてましたけど、何ですか?」
「詩織ね、もう水越さんとは全く戻るつもりないって言ってるから、どんなことがあっても詩織に変に言い寄らないで欲しいの。」
「はぁ、↓↓↓・・・」
「この間は詩織さんとは偶然バッタリ会っただけなんですが、つい名刺を渡して・・・なんかその所為でご主人に誤解されたようですいませんでした。」
「本当に・・・おかげで詩織は家に帰りたくないからってうちに居候させてあげてるのよ!もう昔の関係じゃないんだし、彼女振り回したら可愛そうよ」絵美はあえて詩織が圭に浮気され傷ついている事実は伏せて話した。
「そうでしたか・・・すいませんでした。」
「私じゃなくて詩織に謝ってよ!そうだ、この後私詩織と会う予定になっているから、一緒に来て謝って!そうすれば許すから!」
「あっ、それから詩織は上司と一緒だけど、私とは偶然会うってことにしているから、あなたもそれに合わせてね」そう言うと早速絵美は純平を連れて詩織と待ち合わせる予定の駅に向かった。
--- --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
<遠い昔の話>
詩織は課長と退社後駅に向かって歩いていた。
駅近くまで来ると目線の先に絵美の姿があった。その隣に純平がいるのに気づいた詩織は一瞬ドキッとしたが、素知らぬ顔で絵美とアイコンタクトをとりつつ近くなるまで歩き続けた。
そこへ絵美の方から偶然を装って詩織へ声をかけてきた。
「詩織?詩織じゃない?」
「あっ、絵美?」
「どうしたの?それに何で水越君が?」
同行していた野本課長が一瞬「えっ?」という表情を見せ、「愛本君、この方たちは?」
そこへ、絵美が詩織と課長の間を割って代わりに答えた。
「私たち今日ちょっとこちらに用事がありまして、調度帰るところでここ歩いていたら、見覚えのある顔が見えたので声かけちゃいました。」
「詩織そちらは同僚の方が誰か?」
「いや、上司の野本課長さん」
「そう、そちらが課長さんなのね。私詩織の学生時代からの友人で相沢絵美です。こちらは・・・えっと、こちらも同じ大学の同窓生で水越さんです」
少し戸惑いがちに絵美は紹介した。
「そうですか・・・いや、今日は愛本君と話があったんだけど、まぁいいや。」
「どうですか?せっかくなので一緒に夕食とりませんか?」
「ははは、参ったな~。いいですよ」野本は苦笑いしながら断る理由が見当たらず承諾した。
四人は隣駅の居酒屋街まで移動し、以前詩織が会社の忘年会で入ったところへ入った。
詩織は席についてから、絵美を近くに寄せ、小声で「何で純平がここにいるの?」と問いただした。
「ゴメン、今日純平に一言詩織にはちょっかい出すなって言ってやって、どうせならそのまま詩織に謝りに行こうって話しになったのよ」絵美はそう話すと
詩織も渋々の表情をしながらも席に戻った。
「じゃぁ、初対面の人もいるということで、戸惑っていらっしゃるかも知れませんが、まぁあまり固くならずにまずは乾杯からということで」そう絵美が音頭をとるとそれぞれに乾杯の声をかけた。
こういうとき絵美は格段に全体を仕切って音頭をとるのが上手い。昔から周りを引っ張っていく力があることの現れだ。
絵美は先に純平に一言謝らせてからにしようと、横にいる純平のわき腹をひじで軽く小突いた。
「あっ、あの、詩織さんに今日は謝ろうと思って・・・その・・・この間は勝手に僕の名刺を渡してしまったことで、ご主人に誤解を与えてしまって大変なことになったみたいで、本当に申し訳ありませんでした。」「もう、詩織さんに迷惑はかけません」そう言うと純平は頭をさげた。
「詩織、純平はこう言ってるけどどうする?」絵美は聞いた。
「あっ、うん・・・いいよ・・・もう」詩織はそう言うと、絵美の方へ目を向けた。
「そう、水越君、詩織は許してくれるって言ってるから、もう詩織の家庭を壊すようなことは駄目よ」そう言うと純平の目を凝視した。
それから絵美は一つ仕事を終えたような表情でいつもの笑顔に戻って周りをリードしながら話を盛り上げていった。
絵美は、課長があまり詩織に言い寄れないようにわざと課長へ話しかけていった。
必然的に詩織は純平と顔を見合わせてしまうことになった。
詩織は複雑な表情で純平に話しかけた。
「この間はどうも・・・お互い年を重ねたわね。純平もすっかり白髪交じりになって・・・」
「はは、そりゃそうだ。色々苦労も重ねてきたから・・・」純平はそう言うと言葉を濁した。
「そうね~。・・・苦労いっぱいしてきたからね・・・」昔を振り返るような表情で返す。
「あの後・・・つまり誤解を解いてからはどう?うまくやれてるの?」少し心配そうな表情で純平が聞く
「・・・それは・・・」詩織はしばらく黙り込んで答えられずにいた
そこへフォローするように横から絵美が口を挟んで「詩織はうまくやってるわよ!ちゃんと仲直りしたもの!ね?詩織?」
半ば強引に同意を求めるように詩織に問いかけた。
「う、うん・・・」詩織も少し戸惑いながら言葉を合わせた。
「・・・本当にうまくやってるの?」ちょっと半信半疑な表情で純平は聞いてくる。
こんな時純粋で演じることができない詩織はすぐ顔に出てしまう。辛さがすぐ分かる表情で黙って俯いていたが、「・・・私・・・どうしていいかわからない・・・」もう半分泣きかけた状態で詩織は出せる限りの力を振り絞って答えた。
「詩織・・・こんな時によりによってこんな相手に言ってどうするの?」絵美は横から詩織を宥め諭そうとする。
しかし、詩織の辛い気持ちも分かるからあまり強くは言えなかった。
「僕のせいで、詩織さんをここまで辛くさせてしまったのなら、僕の責任だから何かできることはないですか?」
「違うの! 純平の所為じゃないのよ!もちろん誤解されて責められはしたけど、違うの」
「私の辛さの原因は・・・」言いかけて言葉が詰まってしまう。
「詩織・・・その話はよそうよ!純平に話したら余計忘れていた想いが蘇って詩織まで大変な思いすることになるんだから!心の中に仕舞っておきなさいよ!」絵美は何とか留まらせようとするが、詩織は一度話し出したら止まれなくなってしまう。その仕舞っておいた気持ちが滝のように流れ出すのだ。
「私もう誰を信じていいかわからないの!圭に裏切られたのよ!」その言葉を聞いていた純平はその意味を察知した。
「もうあんな所見てしまったら、何を信じていいのか分からなくなったから・・・」とうとう溢れる涙を止められなくなった。
その状況をみていた野本課長もあっけにとられながら、詩織がどんな状況にいるのか心中を察して歩み寄ろうとする。
「詩織さん、僕でよければ話して欲しい。君とは会社では上司と部下だけど、プライベートに上下は関係ないよ。君の力になりたいんだ。」
「野本さん・・・」涙声で返事をした
「やっと苗字で呼んでくれたね。」少し嬉しそうな笑顔で課長は言った。
「いつも社外でも課長としか呼んでくれなかったし、この間の忘年会でも」
「でも・・・私は今でもまだ主人を愛しているし・・・他の人に話すことは気持ちを寄せることになるから、主人を裏切ることになるわ」
「待って、裏切ったのはご主人じゃないか?浮気をしたってことだろ?」野本は聞き返す。
「そうだけど、裏切られたから裏切り返すのは益々悪くなっていくだけで本意じゃないわ。」詩織は答える。
「そうよ、詩織は今大事な時なんだから、その弱っているところへ脇から入り込んで詩織を混乱させちゃ駄目よ!」と絵美は一旦純平との会話をやめて横から野本へ強い口調で駄目だしをした。
それから再び絵美は軽くアルコールもまわりながら純平と話しだした。
「・・・だけどどうして美和子と駄目になっちゃったのよ~」
「俺のせいなんだ・・・俺が美和子を裏切って・・・一度だけ取引先の子と関係もってしまったから・・・俺の方が出て行ったんだ。」
「・・・ったく男って奴はどいつもこいつもだらしね~輩ばっかりだ~! 一体何やってんだよ~
(`0´;#)」絵美は荒い口調で吐き捨てた。
「これ以上色んな子に手を出したり家庭壊したら許さないわよ~\(ー0ー;) 」完全酔っ払いの口調だ。
「あぁ、でも・・・今の詩織は放っておけない気がするんだ (´~`;) 」
「駄目!そこで弱みに付け込んだら卑怯ってものよ! (-0-) 」
「・・・・・・」
野本がトイレに立ち詩織の横が空いたのを期に純平は詩織の横へ移動した。絵美はすっかり深酒して寝入ってしまった。
「詩織・・・俺、詩織が今幸せじゃないなら辛すぎるよ!あの時言ったよな?詩織には幸せになって欲しいって・・・」純平は別れた時に言った言葉を今でも覚えていた。
「・・・うん・・・」言葉を詰まらせながらただ頷くしかできなかった。
「でも・・・そんなに優しくしないでよ・・・私の方が苦しくなるから・・・純平とはもう無理だったから、終わりにしたんだもの・・・今そんなに優しくされたら、また忘れていた想いが蘇ってしまうじゃない?」詩織は泣きながら話した。
「今はまだ圭のことを切な過ぎるほど愛しているのよ・・・本当は圭にもっと心を寄せて欲しいのが本音だけど・・・圭はそこまで私を愛してなかったのよ・・・」
「俺はお前と別れてから二十数年色々辛いことも経験してきた。だから今はあの頃より少しは詩織を、そのままの詩織を受け止められると思う・・・」
「駄目よ・・・そんなこと考えたら・・・私には愛している家族がいるし、新たに傷つけたりしたくないの 。。(T~T)。。」
そう言いながらも詩織は悲しみに耐えられず一層涙が溢れ出る。
そこに純平が近寄りそっと詩織の肩を抱きしめ話す。
「そんなに苦しむ詩織の姿はあまりに切な過ぎるんだ・・・俺はそんな詩織を放っておけないんだ! (;0;)」
その途端詩織は純平の胸に崩れ落ちてしまった。
「私には家族がいるのよ~」今度は自分に言い聞かせるように純平の胸で泣き叫ぶ。
そこへ上司の野本が戻ってきた。「詩織さん?大丈夫?」慌てて顔を覗き込むと同時に、ただならぬ二人の状況に驚きを隠せない。
「水越君!きっ、君はさっき詩織さんにはこれ以上言い寄らないって約束してたじゃないか?」野本がとがめだてする。
「課長、いえ、野本さん、私・・・純平とは昔・・・」それ以上の言葉が詩織にはいえなかった。
「えっ?もしかして・・・二人は・・・」あっけにとられている野本に純平が答える。
「そうです。僕らは詩織さんが結婚する前に一度つきあっていました。それでも別れを決めた時、詩織には幸せになってもらいたいって言ってたんです。」
「だからといって、今君が詩織さんに近づいたら余計辛くなるんじゃないか?」野本は問いただした。
「・・・・・・」純平は即答できずにいたが、少し間をあけてから「僕にはあの時詩織を幸せに出来なかった分今詩織が幸せでないのなら何とか力になりたいし、その責任があるんです」と力をこめて答えた。
「詩織、今度ご主人に会って俺からどういうつもりなのか問い質すよ!」
「もし詩織さんにこれから先心を寄せて愛し続けることが出来ないなら、俺が詩織さんの心を取り戻してみせると宣言するよ」
「でも・・・待ってよ・・・まだ私の想いは圭にあるから・・・今すぐ純平のところへ行ったとしても、私の心は虚しく満たされないままよ・・・仮に圭と別れたとして、この心の傷が癒えるまでどれだけの年月がかかることか想像もつかないわ!」
「君が、かつて俺と別れて2年の月日圭さんが待ってくれて成就したのなら、俺はその何倍でも待つつもりだよ。」純平は力強く言った。
「私には子供がいるわ・・・子供を傷つける訳にはいかないわ」諦めの眼差しでつぶやいた。
「それに・・・もう遅すぎるのよ・・・20年の歴史が出来ちゃってるのよ・・・」
「ずっと心のどこかで圭にそこまで愛されてないって感じる満たされない切な過ぎる想いと共に、20年生きてきたから…」
「……」純平は言葉が出なかった
「…これからどうするんだ?…」
「…わからないけど、一度は圭と話さなきゃいけないと思ってるわ」
「じゃぁ、その時俺も同席させてくれないか?詩織からじゃ辛くて聞けないこともあるかもしれないから」
「……一つだけ条件があるわ。圭と話す時まずは私が話すから最初から口を出さないでくれる?そうでないと、また圭に誤解を与えるし、元々私と圭との問題だから…」純平を見上げて言った。
「…わかった…」
寝入っていた絵美が起きてきて、周りを見回した後、「な~に?二人より戻してるの?詩織は圭がいるのよ~」と酔いながら話しかける。
「わかったわかった!もう結構な時間だから、お開きにして店を出ましょう」急に詩織の方が冷静さを取り戻しながら絵美を起こしてやっと4人は店を後にした。
--- --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
<試練>
次の日詩織は会社を休み、一人絵美の部屋で途方にくれながら考え込んでいた。
(美歌月と太陽は大丈夫かな~?)
(圭はもう私からは心離れてしまっているの?)
「そうだ!美歌月にメールしてみよう」独り言をつぶやきながら携帯を出した。
―――
宛先:【娘 】
件名:【家の中大丈夫?】
本文:
美歌月、ゴメンね。ママはあれからずっとパパと
話す気になれなくて辛すぎて帰れないでいるけど、
家の中は大丈夫?
今日昼間ならパパいないよね?
いない時間に片付けに一度帰ってもいいけど、誰
かいる?
―――
娘へ送信を済ませると、詩織は身支度を始めた。
絵美は今日は早くに仕事に出掛けてしまった。
間もなく美歌月から返事が届いた
―――
差出人:【娘 】
件 名:【Re:家の中大丈夫?】
本 文:
結構大変だよ!一応色々食事出したりしてるけど
私も忙しい日は片付け出来なくて、洗濯も積み上
がってるのがあるし・・・
ママ、離婚するの?
私は平気だけど太陽はまだまだなんじゃない?
今日の昼間は私がいるだけです
―――
詩織は読み終えるともう一度返事を返した
―――
宛先:【娘 】
件名:【Re:>Re:家の中大丈夫?】
本文:
ゴメンね。心配掛けて
ママはできれば離婚したくないけど、パパがどう
いう気持ちでいるのかがわからないから…
一度会って話すつもりだから、まだ今すぐ離婚と
かそういう話じゃないからね
じゃぁ、とりあえず今からそっち行くから。
―――
―――その1時間後
「こんにちは」
「ママ。こんにちはじゃなくてただいまでしょ?自分の家なんだから!」美歌月が苦笑いしながら言う
「そっ、そうね」
そういうと、家に入り早速散らかっている部屋を片付けだし、洗濯作業に取り掛かり始めた。
「それにしてもよくこんなゴミ箱のような場所で太陽もパパも寝られるわね~」呆れ顔で言う
「…太陽はもうパパは嫌みたい…」美歌月が言う
「そうでしょうね・・・あの子は私に似て潔癖なところがあるから…」
「パパも少しは堪えてたみたいだから…」
「………パパはね…仮に浮気の件がなくてもママに対する気持ちはそこまで強くはなかったみたいだから…
それはあなたには分からないけど、色々ね、会話の端々でママの気持ちに寄り添ってない反応ばかりだったから…
そんなのは今に始まったことじゃないし…」
「今度パパと話し合うつもりだし、でも…今はどうすればいいのか正直わからないのが本音よ」
「………」美歌月は黙り込んでしまう
「でも・・・あなたたちが独立するまでママが辛いのを我慢して形だけの家庭を守るしかないのかも知れないわね…」
少し間が開いた後急に美歌月が口を開いた
「私…少しわかるよ!ママの気持ち!」
「えっ?」一瞬驚きの表情を見せた
「…こっちの気持ちも考えないで一方的でマイペースに行動されて…もっとこっちの方向いて欲しいのに…って気持ち…」
「美歌月…あなたもそういう人がいるのね?」察した詩織が聞き返す
「…今付き合っている…」
「そう…ママはもう美歌月は大人だと思っているからうるさく口出しはしないけど、自分の気持ちを大事にしなきゃだめよ。自分の気持ちを…」過去の自分を振り返り自分に言い聞かせるように話した。
「うん…」
そう言うともう二人とも言葉が無く詩織はただ取り掛かった作業をこなすだけだった。
夕方になり詩織はようやくキリがついて、少し作れそうな食事を作り置きしてから自分の着替えを用意し直し美歌月に近寄り不意に強く抱きしめ、泣きそうな目で美歌月の瞳をみつめながら「美歌月、今日はまた絵美さんのところに戻るけど、必ずパパと話し合うからもう少し我慢してね」と切なそうに頼んだ。
「お母さん…」美歌月も別れがたい目で涙を浮かべながら詩織を見つめた。
そして詩織は一人家を後にした。
その帰り道、詩織は圭へメールを送った
―――
宛先:【圭君(*^・^*)】
件名:【 】
本文:
今度一度会って話しましょう
圭がどういうつもりでいるのか?
私に対しての気持ちはどうなのか?
私が圭に感じているつれなさや満たされない
想いをどれだけ理解できるのか?
・・・これから先どうしたいのか?
・・・夏美さんとどうするつもりなのか?
私はまだ圭に想いは残っているけど、
圭がもうそこまで私を想わないならいずれ
別れるしかなくなると思ってるから…
(;~;)
今はまだ子供が独立してないし難しいけど…
明日の夜なら時間できると思います。
―――
その夜詩織の携帯に圭から電話が入った
「もしもし」
「詩織?話すなら今話をした方がいいだろう?」
「今日はちょっと無理よ」
「私もかなり疲れているし…元はと言えばあなたの浮気から始まった問題なんだし」詩織は溜息混じりに返す。
「…そうか…すまない…」
「明日の夜あなたが仕事終わってから話す時間とります」
「わかった…」
そう言うと二人は電話を切った。
それから詩織は絵美に一つの頼みごとを話した。
「絵美…明日なんだけど…」
「どうしたの?」
「明日の夜圭と話すことにしたけど、ちょっと同席してもらえないかな?」
「あぁ、いいわよ!」絵美は二つ返事で承諾した。
「それと、純平がどうしても同席したいって言っているから、絵美が付き添うことで圭に変な疑いかけられないようにしたいからいいかな?」少し済まなそうな表情で頼み込んだ。
「…そう…純平が…」
「………」しばらく黙り込んでいたがようやく口を開いて
「詩織は純平とどうにかなりたいなんて考えてるの?」
「そうじゃないのよ!私はまだ圭に想いがあるし、どっちにしても圭との問題は基本二人で決着つけないと意味ないって思ってるわよ。
だけど、この間の夜の席で純平にどうしても圭に一言いいたいからって言われて約束しちゃったし、
私も実際圭と話してちゃんと冷静に最後まで決着つけられるかどうか自信がないからその場にいて欲しいって言うのもあるのよ。
だから、あくまで純平は絵美と一緒に同席するって形で来てもらいたくて…」
「わかった…」
「ありがとう絵美 じゃぁ私今日はもう寝るね」詩織はそう言うと先に布団に入った。
しかし、悩む心に落ち着かずなかなか寝付けずに夜が明けてしまった。
--- --- --- --- --- --- --- --- --- --- ---
<道標>
世の中はクリスマス一色に賑わう中、詩織たちはそんな空気からは完全に断ち切られた中でこれから夜を過ごすことになる。
こんな日に限って外は雪がちらつき始め、恋人同士には打ってつけの空気が漂っている。
昼間は詩織も二日ぶりに仕事に出たが、職場での野本課長との空気には重いものがあった。
「愛本さん。大丈夫ですか?」妙に丁寧語だ。
「…はい。」詩織もただ短く返事をするだけだった。
心なしか詩織の仕事ぶりもいつもよりなかなか身が入らずミスが多かった。
「愛本さん。どうも仕事に身が入らないみたいだね。あまり手につかないようなら今日は午後休みをとってまた明日出直した方がいいよ」見かねた野本が詩織に助言する。
「いえ、大丈夫です」詩織は気丈に振舞ってみせたが、どう見ても無理に見えた野本が「いや、今日はこの後休みたまえ。これは上司からの至上命令です」と詩織に退社命令を出した。
仕方なく詩織はタイムカードを押し帰ることにした。
雪が舞う寒い中を一人歩きながら、華やかなクリスマスソングの流れる街中を通るにつけ、余計に自分の孤独さが際立って感じられ、詩織は急に涙が溢れてきた。
(こんなロマンティックで華やかな日に、本当なら圭や子供たちと楽しいクリスマスイブの夜を迎えるはずだったのに…なんでこんな寂しく悲しい日になったのかしら?)
(こんな日に辛い話をしなきゃならなくなるなんて…)
一人頭の中で悲しみ悩み巡らせながら絵美の家へ向かった。
ふと、絵美の家についてから思いついたようにくるりと引き返し自宅へ向かいだした。
(そうよ!今日夜出掛ける前にせめて今日ぐらい自宅で子供たちに夕食だけでも用意しておくべきね。クリスマスケーキも買って行ってあげよう)
そう思うと絵美の家の前の商店街の一角にあるケーキショップへ寄り、小さいクリスマスケーキを買って自宅へ向かった。
自宅の鍵は持っていたので自分で開けて中へ入った。家の中は皆出払って静まり返っていた。詩織は家にあるもので出来そうな子供たちの食事の準備をして、書置きをした。
「美歌月、太陽へ
今日はママが夕食を作っておきました。
夜は外でパパと話し合うので家にはみっきー達だけになると
思うので、寂しいけど作り置きで夕食にしてね。
冷蔵庫にクリスマスケーキを入れてあります。
ママより」
書きながら思わず一筋の涙が零れ落ちて書いたばかりの置手紙の文字がにじんだ。
そしてそれをテーブルに置くと、急いで自宅を後にした。
外はすっかり暗くなって、雪も降りしきる。路上に駐車している車の上にはうっすらと白い雪の層が出来ていた。
詩織は事前に絵美と決めておいた個室のあるレストランへ向かっていた。
絵美の方は仕事が終わり、早速純平に連絡を入れた。
「あっ、純平?今仕事終わったから、上錦駅の東口の改札で待っててくれる?」
そう言うと短く切った
それから急いで待ち合わせ場所へと向かった。
詩織がレストランの近くまで来て交差点で信号待ちをしていると、後ろの方から声がする。
「詩織~?」振り向くと手を振りながら呼んでいる絵美の姿があった。
横には純平も一緒だ。
「絵美」
「どうやら間に合ったようね。いやね、もし私たちが着く前にもう詩織が圭と二人揃っちゃってたら先に話し合いが始まっちゃって圭のペースに流されてしまうと思ってたから…」
「心配してくれてありがとう」そういうと、一緒にレストランへ入った。
「予約してました愛本です。」詩織が受付でそう言うと案内係が個室へ案内した。
「圭には連絡入れておく」詩織がそう言うとメールでレストランに先についたことを知らせた。
―――それから15分後
「圭、こっち」
店の入り口に案内係と話している圭の姿が見えた詩織は、個室の外へ出て手を振りながら声をかけた。
「あぁ」圭は詩織の声に気づき視線を向けた。
「連れがもう来ているので…」と案内係に話して圭は中へ入れてもらい個室へ向かった。
このレストランは3年前に開店した比較的新しい店だが、店が出来る前はカラオケボックスだった為、壁には防音壁が施されている。
一部のボックススペースを解体し通常の客席にした他は、何部屋か内装を変えて個室席になっていた。
絵美が以前来たことのあった店で、周りの客に聞かれず迷惑をかけないには打ってつけと詩織に勧めてきた。
圭は中へ入ると詩織の友人関係が勢ぞろいしている光景に思わず言葉を吐いた。
「これじゃまるで欠席裁判だな…」少しシニカルな表情を見せた。
「圭、そもそもあなたが浮気なんかしなければこんなことにならなかったのよ!」
「はいはい…」半ば捨て鉢な顔で返した。
詩織が堰を切ったように話し出す。
「まず、この話し合いは私と圭の問題で基本的に絵美たちは口を挟まないで見守って欲しいの」
「………」
「それでも、圭との話し合いの中でとても冷静に言える状態じゃなくなった時には発言しても構わないから…」
「了解」
「圭、この間メールでも言ったけど、順番に聞いていくからちゃんと答えて」まるで詩織はもう心に強く決めたものがあるように、前日までの途方にくれて泣き伏せていた姿とは一変していた。
「圭、あなたはどうしたいの?私に対する想いってどんなものなの?」
「………」しばらく沈黙の後「ずっと愛してるつもりだった…ただ、その形が詩織のそれとはずれていると感じてはいたんだ」
「俺は、日ごろの詩織の支えを感謝しているし、お互いに違う感覚と興味の対象があって、それを尊重しあうのが思いやりで愛の証だと思って接してきたつもりだったんだ」
「それでも、詩織はそれが逆に寂しさやつれなさになっていたみたいに映ってるよ。」
「あなたはいつも『尊重』って言葉で優しさに見せて美化しているところがあるけど、本当の優しさや愛はそんなものだけではないのよ。
それに感謝するのがイコール『愛』じゃないわ。感謝なら誰に対してもできるけど、愛は極限られた身内…親や子供、そしてかけがえの無いパートナーに注がれるもの。感謝はしても愛は無い状況も成り立ってしまうのよ」
「圭は『尊重』って言葉で美化しながら常に自分のしたいことを優先させてきていたわ。私が辛い時悩みを話す時にも、圭はすぐ解決の方法ばかりに話を持っていくけど、その辛い気持ちを共有しようとしたり私の思いに寄り添った受け止め方はしてなかったのよ。」
「私にはそれが一番つれないと感じる態度だったし、もっと私の心に寄り添った捉え方して欲しかったし対応して欲しかった…でも圭の口からは理屈しか出てこなかった…」そう言うと伏目がちに少し視線を落とした。
「俺は、問題が起きたらそれを解決するのが先決だと思ったし、それが詩織にも一番だと思っていたよ。」
「それは違うわ!すぐ解決できることばかりじゃないし自分の一番大切な人には心を理解して支えてもらうことが何より救いになるのよ。
圭はそれさえ理解しようとせず、ただひたすら自分の主張ばかり唱えているでしょ?それ自体がもう私の方に目線を合わせてないことなのよ!」
「時々、私が何か興味あることで圭を一緒に誘ってもいつも圭は「お前行って来いよ」とか「俺は興味ないから…」って素っ気無く突き放して、一緒に楽しみたい気持ちを一蹴していたわ。それも私には寂しいしつれない思いの一つなのよ。一緒に思い出を共有出来ないならなんで私と一緒になったの?」
「………」しばらく圭は黙り込んだ
「そんなだったら同じ屋根の下に住んでいても一人より孤独だわ。そんな私の気持ちを圭は理解しないで、自分の行動のとり方を正当化するだけでしょ?」詩織は少し感情的になって語気を強めた。
「だったら、俺はどうすればいいんだよ!」圭も反発するように強く言った。
「自分がどうすればいいのかもわからないなら、もう続けていけないと思う。もうついていけないわ!私もこんな孤独な辛い思いを続けるなら本当に独りになった方がましだわ」
「それにもう圭には夏美さんがいるでしょ?」
「いや、彼女はそこまでの存在じゃない…ただ、仕事で一緒にいる時間が長いから少しだけ傾いていただけなんだ。」急に焦った表情で答える。
「だとしても、私に対する想いはやっぱりそれ程のものじゃなかったのよ。だから素っ気無く突き放したり出来たのよ! 圭にとって体のいい無償家政婦でしかなかったのよ!」詩織は強く断言するように言い放った。
詩織には夏美の存在が離婚の原因になるのがとても癪だった。あくまで元凶は自分と圭の心に出来た隙間とずれであると思いたかった。
「………無償家政婦なんては思ってないけど…そんな思いさせてたならそのことは謝るよ。けど…やっぱり俺はそこまで気を遣ったり気を回すことが出来ない気がする。自分のペースでやってきた人間だから…」
「そう…じゃぁもう私たち終わりなのね?」詩織は涙を浮かべて言った。
「結局私の片思いでしかなかったのね?」やがて詩織の瞳からは大粒の涙が滴り落ちた。
ふいに詩織が絵美の方を向いて声を掛けた。
「もう結論は出たんじゃない?」絵美が言う
「………」
そこへ純平が待ちかねて立ち上がり圭に向かって言い放った。
「詩織さんをまだこんな風に悲しませて彼女の想いに沿うことが出来ないなら、僕が詩織さんの心を取り戻すよ!こんな詩織さんの辛い姿は切なすぎて見てられない!」
すると圭は詩織の方を向いて
「お前強い味方を連れてきたな?」と苦笑いしながら言った
「詩織さんが来て欲しいって言ったんじゃないんだ!僕が同席させて欲しいと頼み込んだんだ!」純平が勢い込んで言う。
「………本当は圭にやり直すって、改めるって言って欲しかった……」詩織は切ない目をして圭を見た。
「………」圭は黙り込んでしまう
「でもまだ、子供たちが、特に太陽が独立してないから…急に行動には移せないと思う…」
「……あぁ…」
「しばらく、別居して時々子供たちに会いに行ったり、身の回りの世話をするようにしたいの…」
「それから子供の親権は私が持つことでいいでしょ?別れる原因は圭の方にあるんだから…」
「いや、それくらいなら俺が出て行くよ…その方が生活も合理的だろう?…子供たちの為にもその方がいい」圭は言った。
「そう」
「でも慰謝料は要求しないけど、子供の学費や養育費だけは出してもらうわよ!それくらいしてもらわなきゃ無責任ってものよ!」
「本当なら慰謝料も要求したいけど…」詩織は圭の方を睨み付けるように見て言った。
圭も反論しようもなく少しうなだれて黙り込む。
夜も一層更けていき、外の雪景色は悲しいくらいに夜の町並みを白く光らせ、遠くに見えるクリスマスのイルミネーションライトが夜景を引き立てていた。
帰り道、雪空の寒さが詩織の寒い心に染み渡り、一層詩織は孤独感に覆われていた。
圭は一人足早に前に進み、3人を残して帰途についた。
「詩織…今はまだ引きずっているから無理かもしれないけど、僕は待つよ」純平が詩織に話しかける。
「男の人は皆そういうの…一緒になる前はね…一度一緒になれて手に入れたら、急に本性を現して手のひらを返すのよ。
外面でしかないのよ…そういう優しい言葉も…悪いけど今の私にはそういう風にしか映らないわ」詩織は冷めた目で言った。
「そんなことない!」純平は強く否定した。
「純平!結婚なんてもろ現実つきつけられるのよ!嫌な部分お互いに見せ合うの!どれだけそれを受け入れられると思う?
また同じ事の繰り返しにしかならないわ!圭がそうだったように、純平だって段々上から目線で当たり前のように私を使うようになるわ!
舅のように出来ない事を責め立てるようになるわよ!少なくとも今の私にはそれ受け入れる余裕ないから…傷ついて疲れ果てて先が見えないのよ!」
「詩織…そんな人ばかりじゃないよ…かけがえの無い人をずっと大事に思って気遣い、一緒に心寄り添って行ける人だっているよ…」
「…一人で考える時間が必要なのよ!それに純平が例えどれだけ待ってくれても、私の気持ちがその気になれるなんて保障は無いのよ!」
「あぁ、いいさ!俺にはそれをどれだけでも待つだけの責任があるんだ」
「責任なんて…22年も経ってたらもう時効よ~…遠い昔に一度は終わってるんですもの私達…」詩織は言う。
「22年会わないでいた時の空白を埋めるものは何も無いのよ…だからもう遅いのよ…もう誰とも一緒になんて生きていけない…」涙声になる。
「詩織の気持ちわかるわ…」不意に絵美が話す。
「私は結婚は結局しないできたけど、女は結婚でガラッと運命が変わってしまうものよ…相手に合わせて名前を変え、住む場所を変え、収入も自由度も、人間関係も、そして親戚関係も習慣も何もかもそれまで身についてきたものは何だったんだって思うぐらい変更を余儀なくさせられる場合が多いからね」
「私は結婚を迫られた時が仕事の乗ってきた時期だったから、そのペースも変えたくなかった。それ以上に生活習慣や人間関係が変わることがとてもストレスになると思ったからやめたのよ」
「………」純平は返す言葉がなかった。
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<ラストシーン>
クリスマスが過ぎて街はもう年末から正月準備一色に切り替わる。
ディスプレイもクリスマス関連から年末&正月商戦関連に全て入れ替えられ、街は忙しさをより加速させる。
子供たちも既に冬休みに入っているようで、昼間でも住宅街の外では雪合戦をする小中学生たちの声がする。
昨日まで降り続いた雪で都会では見慣れない雪景色が広がり路面には薄く氷の層が張り、時折大型車両のタイヤチェーンが摩擦音を鳴らして通り過ぎる。
絵美の家に居候していた詩織は圭と話をつけて結論が出たことで、少し荷が下りた気がした。それでもまだ心の傷は深く残っている。
「詩織はこれからどうするの?」何気に絵美が聞いてくる。
「そうね…とにかく目の前の生活をこなすだけで精一杯よ…それに…もうしっかり働かないと…」
「純平とはどうするつもり?」
「どうするも何も今はそのつもりないから…」
詩織は本当は誰かに抱きしめて欲しかった。強く抱きしめてこの孤独から解放して欲しかった。
あの純平の言っていた「…かけがえの無い人をずっと大事に思って気遣い、一緒に心寄り添って行ける人だっているよ…」という言葉が頭の中をよぎる。
でもここで純平に寄りかかってしまったらまた自分が落ちてしまう。自分があの20年前と同じ辛い迷路にはまってしまうと思うとそんなことは出来ないと思えてしまう。
自分は精一杯強がりの兜を被って生きていかなければいけないと思ったのだった。
「詩織…無理しないでいつでも話聞くから…」
「絵美…ありがとう」
(これからは強く生きなきゃ…誰にも頼らないで…)自分に言い聞かせる思いで心の中につぶやいた。
「そうだ!お正月詩織の家に押しかけちゃおうかしら?」突然思いついたように絵美が言う。
「えっ?うちに?駄目よ~うちは散らかってるから~」慌てて断る。
「そんなの気にしないで!私食材買いだして行くから一緒に鍋しようよ!」
「絵美…どうしたの?」詩織は目を丸くして聞く
「少しは詩織の寂しさを溶きほどいてあげたいのよ~」優しさのにじみ出た笑顔で答える。
「絵美…ありがとう~」そういうと思わず詩織の瞳から大粒の涙が溢れてきた。
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―――年が明けて最初の日曜
圭が一人引越しの荷物をまとめに久しぶりに自宅へやってきた。
あの日から圭は職場とビジネスホテルやカプセルホテルを行き来して過ごしていた。
今はビジネスホテルにも洗濯やクリーニングのサービスが一晩で出来るようになっている。
午前10時過ぎ、玄関の戸が開いて圭が無言で入る。
「あっ、圭!」まだパジャマ姿の詩織が気配に気づいて振り返る。
「荷物…まとめに来た…」俯き加減に返す。
「そう…」
詩織はまた切ない想いが込み上げてきた。
「何か手伝うことはない?」詩織が尋ねる。
「いや、今日荷物運ぶの手伝ってもらうのに友達来てるから…」
そう言うとすぐ自分の荷物をまとめに部屋へ移動した。
「こんにちは~」
そこへ友人がやってきた。
「あっ、どうも…」詩織はただ静観してるしかなかった。
子供たちもそれぞれの部屋に引きこもったまま寂しさやストレスを紛らわせるようにスマホをひたすらいじっていた。
午後3時頃に圭は一通りの荷物をまとめあげ、友人のトラックに運び込んだ。
大きな家具は書斎のデスクと本棚でそれ以外は殆どが仕事関係の書類の山と衣類ばかり。
「圭!」
玄関で詩織が圭に声を掛ける。
「えっ?」圭が振り返る。
「じゃぁ、僕先に車のところ行ってます!」横を圭の友人が声をかけつつ出て行った。
「圭、もう本当に…本当にさよならなのね?…」詩織は悲しみが込み上げてきてそれ以上言葉が話せず涙ぐんだ。
「…あぁ、…」圭は言葉少なに詩織の瞳を見つめる。
「こんなことになるならあなたと知り合わなければよかった…」詩織の頬を涙がつたう。
「………」圭は返す言葉がなくただ詩織を見つめているしかなかった。
「圭、最後にもう一度だけハグしていい?」圭の顔を見上げて言った。
「あぁ…」そういうと二人最後の抱擁をした。
詩織は離れたくない想いからしばらく抱きしめ続けた。
30秒は経っただろうか?どちらからともなく離れた。
「じゃぁ、…子供たちと元気にな」力なく圭が言う。
そこへ突然美歌月が出てきて叫んだ。
「パパッ!」そう言うと圭に走り寄り「もう会えないなんて嫌だよ!」と泣き叫んだ。
「美歌月…パパはママとは別れるけど美歌月たちとの親子関係はなくならないのよ。また会いたい時に連絡とりあうこともできるから…」そう言って美歌月を慰めた。
「あなた…そうよね?」そう言うと圭の方に視線を移した。
「あぁ、もちろん」そう答えると美歌月の方を向いて
「美歌月、またメールするよ。美歌月も気兼ねなくメールならいつでも送ってもらって構わないから。心配するな」そう言って安心させた。
それから再び詩織の方を向いて
「それじゃぁ、毎月末日には生活費送るようにするから。元気でな。」そう言うと玄関を出た。
玄関から詩織がロビーに走り出て、歩き去る圭の方へ大きな声で泣きながら叫んだ。
「圭!さようなら。そしてありがとう…愛してくれて…」そう言うとただ立ち尽くすしかなかった。
圭の後姿が見えなくなり、詩織は顔を覆いながら家に入った。
玄関からは今しがた出て行った圭のガランと空室になった部屋を奥の本棚の跡のついた壁まで見渡せてしまう。その突き当たりの窓から強く吹き込んだ風が、カーテンを大きく揺らす。
その風が一瞬扉の開いた玄関に流れ込み詩織の頬を優しくなでる。
その部屋を見渡した詩織が、魂をなくした抜け殻のように廊下に崩れ座り込み「本当に一人になっちゃったのね」とつぶやいた。
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<エピローグ>
それから深い長い冬を通り越してようやく暖かい風を感じるようになった頃、詩織は今まで続けていた昼間の週4の仕事に加えて掛け持ちの仕事を増やして働きだしていた。
美歌月は免許を取り、原付を買ってから最寄り駅も自分で行くようになっていた。相変わらずバイトは掛け持ちだが、以前より家の中のことをやってくれるようになっていた。
絵美は詩織がいなくなってから、メールのやりとりはあるが、お互いの忙しさが増してなかなか会う機会ができずにいた。
夕方詩織は一旦帰って急いで夕食の作り置きをしてから、次のバイト先に行く支度をしていた。
昼間は相変わらずの事務職だが、夜は居酒屋のお運びをしている。酒酔いを相手の接客業は独身時代に少しだけやって以来の久方ぶりの仕事であった。
加齢に伴い体力も衰え気味の体には結構きついものだ。夜7時から夜中の12時までのシフトで間の休憩は15分だけである。それでも家族を養わなければという強い責任感に押されて詩織は精一杯働いていた。
太陽は片親になったことで、以前より少しだけ自分のことをやるようにはなってきてたが、相変わらず甘ったれな部分が多い。今はもう高校も卒業式がついこの間終わったばかりの春休み期間だった。
もう受験生になる日が目の前に来ている。ただ、詩織は果たしてこの生活で太陽を大学まで入れられるかどうかが不安材料になっていた。余程成績が良くなければ無利子の奨学金制度は利用できない。
詩織はそんな目の前の山積した問題に向き合うだけで精一杯の状態に、かなり心労が来ていた。
詩織は久しぶりに絵美に連絡した。
「絵美?詩織だけど、お久しぶり!」
「詩織?元気だった?随分声が疲れてるみたいだけど…」絵美は聞く
「うん・・・仕事を増やしてね。ちょっと体が悲鳴上げ気味・・・明日ね~久々にパートとバイトがOFFになって休みとれたのよ!絵美は時間作れない?」
「明日?そうね~…午後なら何とか大丈夫そうね~…それにしても詩織も大変なことになっちゃったわね……まだ学費のかかる子がいるのにシングルマザーなんてね~」気の毒そうに絵美が言う
「そうね…でも自分で選んだ道だから…」そう言うと時間と場所の約束だけして電話を切り急いで次のバイト先へ向かった。
約束の日絵美は、待ち合わせまで間があって初めて立ち寄ったファストフードの店で一服していた。
店内にはそのファストフード店には似合わない久石譲の「Birthday」が管弦楽の音色と共に流れていた。
久石譲の曲はピアノ曲でもお気に入りで、彼女はCDでよく聴く曲だったから、思わず口ずさんでしまった
所々の柱に貼ってある広告にはお洒落にデコレートされてハート❤マークのデザインされたチョコスイーツの写真が載っていた。
「あ~、もうバレンタインやホワイトデーの季節?」
絵美は煙草の吸殻を灰皿に押し付けながら、よそ事のように白々しくつぶやいた。
元からバレンタインなどとは縁遠い。10代の多感な時期も恋愛とは縁がなく、チョコをあげる相手もいなかった。
だから、バレンタインの季節がやってきても、「バレンタインなんて所詮お菓子業界の陰謀なんだから!」とつい斜に構えて冷ややかな目で見てしまうのだ。
――最近は異性にあげるんじゃなくて、"友チョコ"なんて言って同性の友達に配るのが小中高校生の間では主流みたいだし!
…ったく業界も少子化や草食系の影響を意識してなのか友達のレベルにまでターゲットを広げてるなんてね~――
絵美は少し辟易した表情を浮かべながら心の中でつぶやいていた。
そして少し経ってから腕時計を見て待ち合わせ場所に向かった。
「詩織!お久しぶり!」詩織を見つけた絵美が手を振りながら近づいていく。
「絵美!」詩織が気づいてこっちを見た。
二人は共に歩きながら
「詩織随分疲れているみたいね~大分ストレスも溜まってるんじゃない?」絵美が聞く。
「そうなのよ~」詩織が溜め息をつく。
「じゃぁ今日はこれから息抜きにカラオケ行こうか?」絵美が元気付けようと笑顔で誘ってくる。
「そうね!そうしよう!」そう言うと二人とも人混みの中に消えていった。
これからの新たな人生を励ましあいながら再び歩き始めるようなそんな歩調で。
The End.