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復讐は神に所属する  作者: 葛霧
幼少期
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9/26

神の愛し仔

メリッサはかつてイシス神殿の神託の巫女であるシルティの唯一の子である。

同時に、メリッサは神が自ら望んで生まれた娘である。

確かにシルティとユルグの子である。しかし、その在り方のためか、本質的なところで言えばその魂は人よりも神に近い存在に近いものであった。

物心がつくよりも前に、腹の中にいるときからメリッサにとって神々やそれに付随する命あるもののすべては手を伸ばせば掴めるぐらいに近い存在であった。

このことを知る者は、メリッサ以外、知る人はいない。


これは何を示しているのか、はっきりと言ってしまおう。

メリッサは、神託の儀など執るまでもなく人以外の声を聴き、神々と話すことができると。


人が声や文字、あるいは身振りを通じて意思を伝え合うように、メリッサもまた神力を通して、あるいはあらゆる意識のすべてを使ってまだ言葉もつかえない胎から外へ出た時から彼女は祝福されていた。総ての神々から望まれ、祝福されて生まれてきた。リーベスとその子供たちである9の神々から祝福と加護を受けたメリッサは、この世のすべての中で誰よりも満たされた存在であり、彼女の望むすべてに幸福を与えうる存在であった。

彼女は正にすべての神においての愛し仔であった。


では、なぜ彼女は「リーベス神の愛し仔」であるとされたのか。

メリッサの生みの母であるシルティがわが子を抱き上げた瞬間にこれがどれだけ異常な事態かを察したのだ。

神より加護を受けるだけであれば少ないながらもまだそれなりに数はいる。また、希少ではあるが、2柱の神から加護を与えられる存在も歴史上から見てもごく僅かではあるが、存在している。

しかし、3柱以上、否、ほぼすべての神々の祝福を受けた人間など歴史上存在していないのだ。

現人神や生神とでもされ、娘の人として女としての幸福など許されない存在になってしまうことを危惧した。

シルティは自分についていたのが神力を察する力のない産婆であることに胸を撫でおろしながら、娘を産湯に浸からせてすぐ小さな体に浮かぶ9の神々の存在を示す痣を隠ぺいすべく術を施した。唯一の神託の巫女を務めるだけあって、シルティの能力は極めて高い。しかし、それをもってしても創造神たるリーベスの痣だけは隠すことはできなかった。

それでもせめてもと、シルティは産後で痛む体を鞭うち、己のできる限りの力を娘に使った。

その結果、リーベス以外の8の神々の聖痕はセルティが8歳を迎えるその日まで浮かぶことはないような術を施すことができた。

セルティはリーベス神以外の神々の加護を、リーベス神の祝福として誤魔化した。

500年以上も前に聖女がリーベス神の加護を受けて以来、誰も他にはリーベス神の寵愛を受ける者はいなかったので、その嘘はさほど疑われることなく周囲に受け入れられた。

そうでなくても、メリッサの神力は赤子というのに凄まじく、まさに主神の愛し仔ともてはやされたのだ。これ以上はと、シルティはわが子の行く末を案じずにはいられなかった。


メリッサは実母が自分のそのような処置をしていることなど知らない。父であるユルグが知らないのであれば、メリッサが知ることはないので当然ではある。

メリッサは言葉を覚えるよりも先に、神々がメリッサをあやしに来ていたので彼らとのコミュニケーションのほうが早く身に着けることになった。

シルティも神託を受ける身として、娘の周りにえらい神力の塊があると認識はしていたのだがそれ以上何かをすることもできなかった。


そんなシルティとは異なり、ユルグは自分が見えないものを目で追う娘を不気味に思っていたのか単純に別に気を取られていたのかはしらないが、メリッサに無関心とは言わないまでも、そこまで関心を寄せることもなく存在を受け入れていた。誰の子かといいたくなるような所業だが、シルティはメリッサに気を取られていたことと、ユルグがいてもたいして役にも立たないということで、割と放っておいた。


そんなわけで、メリッサにしてみれば神々というのは生まれてからずっと自分のそばでうろちょろしてやたらと構ってくるものがいる程度の認識であった。自分を神子足らしめている神々だと知るのはユルグがラティを妻に迎えるより少し前である。

メリッサにはいかなる時も自分の傍に番犬よろしく神々かその眷属や使徒がいるのだ。神殿に行く前のわずかな期間ではあるが何度かラティの手により危害を加えられそうになったのだが寸前で回避するということを繰り返していた。それが余計に人から見れば不気味にも神秘的にも受け取れる事象となっていたのだが、彼女にとっての「当たり前」であり「日常」でもあったので、殊更いうことでもないというのがメリッサの認識であった。

それが大変世間からずれていると知るのはララが来て巡教の話を聞いてからである。



**



あまりのことに大口を開けたままの3人にメリッサにとっての「日常」を話した。

クーベルトは頭痛をこらえるように、ララは好奇心をあらわに部屋のあちこちへ視線を送り、カンプは放心したように微動だにしない。

今更黙ったとこでどうしようもないので、とりあえずメリッサは質問の答えをカンプに話した。


「知識や情報についてこちらからはあまり指定はできませんが、大体は彼らに頼んで教えてもらっていました」

「知恵を司るタール神もその中にいるのでしたら、納得できる話ではありますが…」

「直接来ることは少ないですが、タール神の使徒でしたらよく来ていますよ。ヴェレ神の使徒と仲が良いようで、一緒に来ることも多いんです」

「え、神様ってそんなフレンドリーなんですか?」

「ララ、落ち着きなさい。メリッサ様が特別なだけだ」


ぜひともお話したい!と言わんばかりの勢いの孫を叱りつけるが、クーベルトもいい加減、頭を抱えたい。既にカルプ神官は顔を手で覆っている。

「やっぱりこの手の話は理想が大事だから言わないほうがよかったかな…」と反省しながらも口から出たことは取り返せないので、それ以上は言うまいと心に決めた。


「そういうわけですので、私の情報が誤っている可能性は低いと思います」

「そうですね。神々を疑うなど…」


カルプは何度も力強く頷いた。

特に彼の場合は法と正義を司る神である。裏切りや疑いを許さない性質であり、発言元が神子であるメリッサである以上、これは真実であると認められたようだ。

それとは別にしても「ここにヴェレ様がいたことがある…!」という歓喜のほうが強い気がする。信仰心というよりもいっそファン心理に近いのではないかと思う。


「しかし、そうであれば尚更、神子様は彼女を止めることができたのではないですか?」


何気なくカルプはメリッサに問うてみたが、それに対してメリッサは首を振った。


「具体的な話をしてくれることはあまりないのです。特に、あの方々は私に危害が加えられなければ良いので、そのほかの誰がどうなっても構わないのです。私は神の加護がありますから、滅多なことで死ぬこともありませんし、危険が迫ったとしても退けてくれるので、あまり危機感がなかったということもあります」


無論、その中には戦いの神であるジン神とその眷属もいるのだから、守護役としてこれ以上はないだろう。


「ですから、私なりに考えてみたのですが…。あちらの方が上だったようですね」


彼女には、取り返しのつかないことをしてしまいました。

巫女を見やりながらメリッサが唇を噛んで、目を伏せた。


「彼女にイシス神の慈悲がありますように」


死者の弔いの定例の型である一文であるが、メリッサが祈れば確実にイシス神の下へ無事に送られるだろう。

死して彼女に苦痛がないことをメリッサは祈った。


「私から言えるのは以上です。カルプ神官、私はすべての覚悟も済ませています。

あとはあなたの決断を聞くだけです」


そういってメリッサはララの膝から降りると、カルプの前に再びその細い腕を二本差し出した。

だが、カルプは差し出された腕を上からそっと押さえるように下げさせた。

腑に落ちないようなメリッサにそっと微笑んだ。


「この話を聞いて、誰が神子様を裁けましょうか」

「私が彼女を見殺しにしたのは事実です」

「いいえ、神子様がなさったのは彼女の死を見届けたというだけ。

彼女の直接の死因は神子様の話を信じれば、ユニ神殿のいずれかの者でしょう。

神から与えられたものに手を加えるなどにわかに信じがたいことですが、彼女について調べればその裏付けもいくらかは可能でしょう」


禍福の業を受けた人間の運命に関与するということを証明することは現時点では難しいが、少なくとも、禍福の巫女を外に出した咎と、彼女が持っていたナイフの術式は誤魔化しようがない。ユニ神殿を責めるとすればそこからだろう。


「ですので、私が今できるのはメリッサ様の処遇を決めることではありません。ですので、私からメリッサ様にお願いすることは一つだけ」

「お願い、ですか?」


カルプは力強く一つ頷いた。


「メリッサ様の話を信じるならば、今この場にも神、もしくはそれに類する方がいるのでしょう。私はヴェレ神殿の神官としてその方を立会人としていただき、今メリッサ様が話したことに虚偽がないと宣言してください」


神の名の下に立ち会いを行うということはよくあるが、その場に神や高位の聖霊体がいる場合はその名に誓うことは絶対となる。これを破れば立会った者の名の下に何かしらの罰が下る。決して軽い気持ちで行うものではない。

そもそもそのような存在が人の前にいること自体が稀少なことであるのだ。

もしメリッサの言うことが偽りであれば、この立会いの者はおらずメリッサの宣言は成立しない。その場合はカルプはメリッサを中立の立場として公の場へ連れ出す必要がある。

しかし、この宣言が聖霊体の名の下に受け入れられた場合、カルプはその証明を持ってメリッサが関係ないと証言することができる。一般では決して成しえない方法であるからこそ、正しい存在である神子の証明にもなる。現時点で一番メリッサの今後を思えば穏便に済ませる方法であった。


メリッサは周囲を見渡し、カルプの斜め後ろに目をやった。

明確に何かを見定めた視線だが、カルプがそちらを見ても何もなくただの空間が広がっているだけだ。

メリッサは右手から白い神力をまとわせその方向へと伸ばした。

僅かに空間がぶれ、それを受けて手を引き寄せた。


薄い靄のようなものが現れたかと瞬きをする間に、4人の目の前には重苦しいぐらいの神力をまとった一人の女性がいた。

真っ直ぐに腰よりも長い髪はまっさらな白髪で、凹凸の少ない華奢な体は冷え冷えとした空気を発しているようにも感じる。髪と同じぐらい白い肌に浮かぶ表情は怖しいぐらいに整っているのに何の感情も浮かんでいない。

突如現れた女性にクーベルトやララは目を見張るが、カルプはその姿を見るや否や即座にその場にひれ伏した。


「我が神……!」

「いいえ、違います」


メリッサは即座に否定した。


「彼女はヴェレ神の御使いです。宗教画では確かに彼女に似た姿で描かれているようですが、基本的にユニ神とその子である神々は肉体を持ちません。憑代として彼女を使うことはあるようですが、ここにいるのはヴェレ神ではありません」


この件について一番立会として向いているのはこの方だと思いましたのでお呼びしました。そういってメリッサは御使いと呼んだ神と繋ぐ右手に神力を流したまま告げた。


「先ほどから見ていたのでご存じだとは思いますが、私の宣言のために立ち会いをお願いいたします」


どちらが上なのかわからないような態度でメリッサは御使いにそう告げると、御使いは黙ったまま一つ頷いた。

御使いとはいえ、ヴェレ神に仕えるカルプにしてみれば雲上人であることに違いはない。勝手が許されるのであればこの時点で神子のすべては無罪だと叫んでしまいたいぐらいだが、御使いをヴェレ神殿まで同行することは叶わないぐらいの冷静さは辛うじて残っていた。

カルプはメリッサに促されてようやく立ち上がった。


「セドリック・カルプがわが神ヴェレ神の名の下にメリッサ・アストレアの発言を証明する。汝が証言した全てを偽りのないものであるとヴェレ神の御使いに宣誓を」

「メリッサ・アストレアはヴェレ神の御使いノミアに誓う。私の言葉のすべてに偽りがないことを」


メリッサが告げると、御使いノミアは頷きカルプとメリッサを包むような光の輪で包んだ。

カルプが驚愕し目を見開くのを、メリッサはひっそりと笑んで見ていた。

金属質な音が鳴り響くとともに光が消え失せ、カルプの前にはヴェレ神の象徴である天秤が刻まれた白い石版が浮かんでいた。

恐る恐るカルプが石版を掴むと、急に石版の重みがカルプの手にのしかかった。

石版にしてはずいぶんと軽いが、物理的な重さ以外の何かがのしかかっているような気がした。

石版に目を落とすとそこにはメリッサとカルプの証言の真実を示していた。


「御使い殿、此度のこと、心より感謝申し上げます」


カルプは再び御使いに跪き、信仰と感謝を奉げた。

ノキアはそれを一瞥して興味などないと言わんばかりに、すぐにメリッサに顔を寄せ、その額に口づけを落としてメリッサの手を離した。

メリッサの右手の光が収まるとともに御使いノキアの姿も音もなく消え失せた。


メリッサは今なお平身低頭の姿のままのカルプにそのことを告げるも、断固として動こうとしない。メリッサは困ったときのクーベルトとばかりに見るが、クーベルトとララもそろって同じような姿勢を取っていた。

信仰心が低いメリッサだからこその態度だったのだが、一般的な神職者であれば御使いとて神と同等の扱いであり、平伏すべきものなのだ。リーベス神と異なる神の御使いと言えども傍流であれ繋がりがあるのであれば平伏するのは当然である。

その行動に理解を示すが神の御使いなど近寄ればすり寄ってくる野良猫程度の扱いであるメリッサには共感しがたい。


「御使い殿なら既に神の下へ帰られましたから、いい加減顔を上げてください。いつまで禍福の巫女をそのままにしておくつもりです」


メリッサが冷ややかに言うと、三者三様に慌てて立ち上がった。


「カルプ神官についてはこれであなたの仕事は終わったのでしょう。あとは私が協力できることはありませんので、本日はお休みになって明日、クーベルトと今後について話をしてください」


私は疲れたので休みます。


そういってメリッサはララに手を伸ばした。

ララは反射的にメリッサを抱きあげた。瞼が重いとばかりに必死に目を開けようとするメリッサは紛れもなく普通の5歳児であった。

時間は既に深夜に入っており、いつものメリッサであれば既に深い眠りについている時間である。

いつになく幼児然としたメリッサに胸をきゅんと高鳴らせながら、ララはクーベルトに「何これ超かわいい!」と見せびらかすも、それどころではないだろうと視線で窘められた。

カルプはようやくメリッサの年相応の振る舞いを見て頬を緩めた。


「そうですね。神子様がお疲れなのは当然です。こちらでも”色々”することがあるでしょうから、私はここで下がらせて戴いてもよろしいでしょうか?」

「あぁ。急なことを頼んだ。先に伝えた客室で休んでくれ」


クーベルトは手のひらの術を展開させ、カルプのために用意させた客室までの道を光で照らした。カルプはそれに感謝の意を示してその場を辞した。


「ララ、私はここの”片づけ”をせねばならん。お前はメリッサ様を隣室で寝かせなさい」

「わかりました。そのままメリッサ様の傍に控えていますので、何かあればお呼びください」


ララはメリッサを抱えたまま一礼してメリッサを隣室へ運んだ。




隣の部屋の戸が閉まる音を聞いて、クーベルトは体を揉むように動かした。


「まったく、老体に鞭打つようなことをしおって…」


ぶつぶつと愚痴をこぼしながらクーベルトはユニ神殿の巫女の死体を見た。

可哀そうな娘であることは違いないが、それでも自らの神の愛し仔へ牙をむいたのであれば何一つ同情することはない。

クーベルトは死体を中心に術式を展開させ、メリッサの部屋から死体を消した。

死体は死体置き場へ行くものだろうと、遺留品のナイフのみクーベルトは拾い上げた。

あとは祝詞によって死体によって穢れが生じた部屋を浄化した。

そこは昨日までと何一つ変わらないメリッサのためだけに設えた味気のない部屋があるだけだ。



痛む節々に鞭打ってクーベルトは椅子に座り、点を見上げるようつぶやいた。


「これほどまでに神に愛される仔に、どれだけの業を与えるつもりなのか」


あの奸婦め。

そう吐き捨てた言葉は誰に聞かれることなく宙に消えた。





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