禍福の巫女と断罪の神官
すみません、今回は短いです。
リーベス主神殿は大陸の最西端にある聖レーム法国の中心、聖地グラフにある。
ここはリーベス神が最初に作った土地であるとされ、また500年前に大陸全土を巻き込んだメルカ大陸第一次大戦争を終焉に導いた聖女が生まれた土地である。
リーベス教に連なる10の神々を祀る神殿関係者と神職に就くために巡礼をするすべての者は最初にこのリーベス主神殿を目指すことになる。
そのため、一般に開放している出入口については一年を通してリーベス神殿は人の出入りが多い。
一方で、関係者専用の出入り口の通行は極めて制限されている。
リーベス主神殿の一部では禁書も取り扱っているため、さらに限られた関係者しか入れない部屋も少なからず存在する。無論、メリッサがいる部屋へ行くにもこの関係者専用の出入り口を必ず通らなければならない。
そして神託の降りた翌日、関係者専用の出入り口を使用したのは、リーベス神殿の神職者を除けばユニ神殿のララとそう年の変わらない年齢の巫女と、ヴェレ神殿の神官の2人のみである。神官についてはクーベルトと挨拶と軽い雑談程度でそのほかに寄ることもせず真っ直ぐに予約していた宿へと戻ったことを確認した。
リーベス神より神託が下ったメリッサは刺客を差し向けられると事前通達を受けたわけだが、それについて当日となった今も慌てることもなく、いつも通りのスケジュールをこなしていた。落ち着きがないのはむしろララのほうである。
刺客がメリッサの下へいつ来るのかは知れないが、いつも通りのことをこなすだけとメリッサはクーベルトから差し入れられた本を読み進めている。一部異なることは、ララが終日メリッサの傍に張り付きながら縫物をしていることぐらいだろうか。
メリッサの『学び』は、時と場合によっては危険なこともある。割とララが巻き込まれるのは、神託の練習にて、神々が無理矢理にメリッサへアクションを取ろうとしたら、その小さな体を受けきれず抱えたままはじき飛んでしまったり、魔法の練習ということで最小レベルの魔法をいかに強靭にできるかを実験している途中でマッチの火レベルのものがちょっとした地獄の業火レベルになってしまうといった類のものである。
ララも大概危険だが、メリッサはその比ではないので基本的に一緒にいるのだ。
「メリッサ様ぁ……本当に避難しなくてよろしいのでしょうか?」
チクチクと大きな布に針を通す姿は今にも眠りそうだ。
恐らく昨日は緊張して眠れなかったのだろう。そんなララを苦笑しつつ頷いた。
「かまいませんよ。この部屋よりも安全な場所を私は知りませんし…というよりも、外にも出られませんから」
「そうですけど…」
「私を人目にさらすのは得策ではないと、クーベルト教皇からいわれているでしょう」
「うぅ…」
善意で言ってくれているのはわかる。
だから、メリッサは昨日の反省をもって、できるかぎりよく見えるような笑顔を浮かべた。
「大丈夫よ。ただの刺客だもの。事前に用意さえちゃんとしていれば、殺されるわけではないわ」
不思議と自分の命について不安になることはなかった。
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深夜、というにはまだ日付が変わるまで残り1時間ほどある。
地下では日の動きを知ることもできないので、だいたいの刻限でやり取りをしている。
いつも通りであれば、既にメリッサは寝床に潜り込み夢でも見ている時分である。
どんなルートを使ったのかはわからないが、刺客は若干の緊張感をにじませながら、ローブの下に隠していた30センチほどの刃物を取り出した。
刺客の目の前には布団の中に小さく丸まって寝ている少女である。
小さなランプに閉じ込められた光が、布団からわずかにこぼれたメリッサの金の髪をきらめかせていた。
黒く染められた葬儀用の特別のローブを来た刺客は、一度ためらうものの、一息に刃物を体につきたてた。
それと同時に、刺客は尋常では考えられないほどの光と衝撃が襲いかかり、刺客は吹っ飛んだ。
「え?」
気の抜けたような間抜けな声を最後に、"彼女"の意識が戻ることは二度となかった。
ズドゥ――――オン
どこかが崩れたのではないかというぐらいの衝撃を受けて、ララとクーベルト、そしてヴェレ神殿の神官はメリッサのいた部屋から3つは慣れた場所に隠れ待っていた場所から急いでメリッサの下へと駆けた。
部屋はいつになく生臭さを感じるにおいが充満していた。
その臭いの発生源は紛れもなく、先ほどメリッサを襲撃した刺客である。
ヴェレ神殿の神官は一度断りを入れてから、黒いローブにくるまる刺客を検分した。
「……クーベルト公のおっしゃる通り、ユニ神殿の巫女のようですね」
「やはり、か」
「はい。ユニ神殿の巫女のあかしとして、左手にバラの花に模した痣がありました。
触れた神力の感じだと間違いないでしょう」
クーベルトにそう報告する男は、礼を取りそして部屋の隅で体をより小さく見せるよう座り込んでいる、顔を蝋のように白くさせた少女に近寄った。言うまでもなくメリッサである。
「メリッサ様。もう大丈夫ですよ」
「……何が大丈夫だというの?」
「メリッサ様を襲撃した者の検分が取り急ぎ終わりました。彼女は死体になりましたから、メリッサ様に危害を加えることはないでしょう」
神官はそういってメリッサを落ち着かせようと頭に手を伸ばしたが、メリッサはそれを手で振り払った拒んだ。
「危害なら私が彼女に加えたのだ!私に模した人形を寝床に置き、反射魔法をかけただけと軽い気持ちで手を出したらこれだ…!」
子供がいたずらで、毛布を使用して人が中にいるように見せかけるという、メリッサにしてみれば、ちょっとした遊び心というか、いたずらをするような気分だったのだ。だから、わざわざララがコレクションにしていたメリッサの髪を枕元に散らし、さも寝ているような印象をつけさせた。
やってることはどう見ても子供なのだが、殺害予告の出たメリッサがやるとすればそれは実に冗談にならない話である。
「しかし、リーベス神の加護を持つ貴方様を襲ったのですから、遅かれ早かれ、彼女は最も恐ろしい罰を受けることになるでしょう」
「なぜあなたたちは気づかないのです!?彼女が、なぜこのような少女が私の下に仕向けられたのか!」
「それは………」
メリッサは先ほどまでの激情を必死に抑え込んだ。
感情的になればなるほど、リーベスの祝福である神力が溢れ出てくるのだ。
そうでなくても出る無意識の威圧感をそのままに待ったが3人のいずれからも反応はない。メリッサはそれを捨て置いてララに命じた。
「ララ、彼女の右の太いバンクルを外しなさい」
ララは慌てて巫女の死体に駆け寄った。手を触れるのにわずかな時間、躊躇したが、ララは死体からメリッサの指示のとおりにバンクルを外した。
「まさか…これは」
そこに描かれていたのは、先ほどのユニ神殿の巫女を表すバラではあった。
しかし。
「母神の禍福ですか…」
ユニ神の象徴であるバラを茨が囲んでいる痣である。
禍福は祝福と似ているようで少し違う。
一番大きい違いというのは、祝福は「良いこと」とされるものに限られるが、
禍福は良いことと悪いことの差が異常なまでに大きい。良いことに比重がある時は半神に匹敵する力を得ることも不可能ではない。そしてその福音は周囲に波及する。
反面、禍が起きてしまえばどうしようもない。ひたすら流れに飲み込まれないようにあがくしかない。最悪は悍ましい「死」があるのみなのだから。
メリッサは悲しげに顔を伏せて、ヴェレ神殿の神官の前にたった。
「私は神より禍福の業を与えられた巫女を殺めました。裁きを受ける必要があります」
そういいながらメリッサは神官に両手を差し出した。
あとは、法と裁きを司るヴェレ神殿の神官である男が、加護を使いメリッサの差し出した両手に枷をはめれば済む。
メリッサは悟っていた。
こうなることも含めて、ユニ神殿ならびに継母の策略であることを。
その眼には静かな怒りが燃えていた。




