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復讐は神に所属する  作者: 葛霧
幼少期
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刺客と命の天秤

シリアス回再び

神託を告げたところ、クーベルトとララはその内容の詳細について目を吊り上げてやたらと追及してくる。

メリッサはどうして二人がそんなに狼狽するのか理解できなかった。


「どうしてそんなに冷静なんですか?自分の命が狙われているんですよ!?」


どうやら二人にとってはメリッサの反応のほうが理解できないようだった。

ララは涙目でメリッサが可哀そうだ、なんて酷いと全力で訴えてくる。

しかし、メリッサにしてみればすべてが今更であった。


「私はもともと両親から半ば捨てられた身ですから。今更ユニ神殿の継母なのかそれ以外の政治的な思惑なのかはわかりませんが、私を邪魔だと思ってもおかしくはないでしょう。リーベス様の加護も祝福も受けた身ではありますが、中には私の立場を面白く思わない方も少なからずいるのでしょう。継母にしてみればクーベルト様も知ってのとおり、私には異母妹がいるようですから、余計な目の上のこぶはいないほうがよいとでも思われたのかもしれません。まぁ、意味のないことですけど」

「だとしても、メリッサ様はリーベス様の愛し仔ですよ!?それをそんな…神の怒りを買うようなことをなぜするのか理解できません」

「ララ。私は愛し仔と断定できているわけではないわ。そんな神託は誰も受けていないの。まぁ、加護を受けた人間に危害を加えようとする点は、私も理解できませんが。500年前のメルカ大陸大戦後に聖女様が亡くなった時のことは神職者であれば周知されていることですが、それをもってしても成し遂げたいことでもあるのでしょう」


500年前の聖女暗殺事件は神職者としての講義で必ず出てくる話だ。

大陸全土を巻き込んだ戦争を終戦へ導いたリーベス神の加護と寵愛を受けた聖女を、何者かが暗殺した。その結果、神の怒りを買い、聖女の亡くなった場所近辺の一帯は、一夜にして緑豊かな土地が何の命も育つことのない砂漠と化したのだ。

それ以来、神の加護や祝福を受けた人間に危害を加えることは死罪、もしくは聖女喪失の地であるゼネ砂漠に100年の間、磔にされると定められている。

通常であれば、メリッサも該当するはずだ。ましてや聖女と同じくリーベス神の加護と祝福を受けた娘である。本来ならばこんな場所に閉じ込めておくことなどありえない立場である。


「でも、私の命に限っては、さほど人にとっては重くはないのです」

「そんなことないです!メリッサ様は、この世界でたった一人の尊い方です。ランジェスト大戦時の聖女様と同じように、私たちには必要な方なんですよ!?」

「だからよ」


メリッサは微笑んだ。

何をいまさらと、出来の悪い子供を仕方ないというように、微笑んだ。


「どんな加護を与えられても祝福を受けても、今の私は供物よ。命を失うために生かされているの。

 人は生きて、最後には死ぬけれどもその道の中で使命が与えられるけれど、私に求められているのは死ぬことだけなの。だから、今更ね、って」


名目が神のためか、人と問題によるものなのか。

いずれも決めるのは人であるのは変わりないのだ。


クーベルトは苦渋に満ちた顔でメリッサの言葉を否定する。


「メリッサ様。人の悪意のために命を散らすことと、神のために生きて死ぬことは異なります」

「でも、死ぬことを求められているのは同じよ」


大義名分をもって死に臨むか、不意の殺意や事故で命を散らすのか。

そんなことは生きている人すべてに共通することだ。

ただ、自分の場合は日の下で生きる人々よりも殺意を向かれ易いというだけで。


メリッサは少しばかり嘲笑めいた微笑みを二人に返した。


「あなた達だって、必要になったら私を供物として神への生贄に差し出すのだから」


そのために、私はここで生かされているの。

ここにいる限り、私はそれを忘れることはない。


メリッサが感情もなくそう告げると、ララは悲痛に歪めた顔をさらに震わせた。

クーベルトもまた、黙り込むもやるせなさを滲ませていた。


メリッサとしては現状に対していまさら思うこともない。だから感情も込めずに伝えたのだ。彼らを詰りたいわけではなかったから。

むしろ二人には感謝に近い感情すらあった。贄であるのであれば、最低限の水と食料さえ与えておけばよいのだ。人として接する必要もなかった。それを、同情からなのか信仰心からなのかはわからないが、人として接して、そう長い時間でもないが人の温かさを知ることもできた。

だから、二人にはいつまでもこんな顔をしてもらいたくはなかった。


気を取り直すように、メリッサはあえて口調を明るくした。


「だからといって、不必要に死のうとは思ってはいませんよ。特に今回は神の思惑でもないでしょう。そう簡単に殺されるつもりはないの」

「メリッサ様ぁ…」

「本当よ、ララ。その時が来るまでは、私は生きるわ」


ぼろぼろと涙をこぼすララの涙をぬぐいながら、メリッサは宥めるようにララの頭をなでた。

ララは16歳の娘であり、それをあやすメリッサはまだ5歳という実に違和感のある光景である。本来であれば逆であろうと、クーベルトも思わざるを得ない。もともとララは実際の年齢よりも落ち着いて見えた娘であったのに、どんどん幼児化しているような気がする。単にメリッサの思考や態度が大人顔負けであるせいでそう見えるのかもしれないが。


クーベルトはこの時点で迷っていた。

神子には物わかりがよく、実際に供物として命を捧げるときも受け入れられる、人形のような少女を求めていた。

一方で、本来の神子のあるべき姿として神々と人を繋ぐ者として、その身を立ててほしいという思いもあった。美しく、聡明な少女はそれを期待して余りあるほどなのだ。


しかし、教皇という身分であっても、その一存で決められることは多くはない。特に、リーベス神の妻である母神ユニの神殿は、その立場からリーベス神殿に次ぐ力を持っている。

政治的手腕に長けたものもリーベス神殿にも少なからずいるが、ユニ神殿ほどではない。それは神職者に対する門戸の広さの違いも反映されているのだろうが、特に今代はそれが顕著である。そうでなければ、みすみす聖女の再来ともいうべきリーベス神の加護を持つ神子を供物にするなどという案が通るはずもない。


クーベルトは何度唇を噛み、己の力不足を悔やんだだろう。悔やんだところでメリッサの立場が変わるわけでもないのだが、それでも一生を捧げている神への冒涜とも言える現状を嘆かずにはいられない。


「メリッサ様。あなた様のお気持ちはわかりました。そして、私共もあなた様を意味もなく失うつもりはありません。これだけは、お心に留めておいてください」

「ええ。あなたの信仰心を疑ってはいません」


メリッサは軽く頷いた。


「そして、私も殺されるとわかっていて何も手を打たないなどというつもりはありません」


きっぱりとメリッサは言い放つと、ララの手を握った。


「そのために、ララ。あなたにお願いがあるのです」

「私に…ですか?」

「ええ。あなたの他に私は知りませんから」


二重の意味で。

ララは赤くはらした目を瞬かせながら、こくりと頷いた。


「クーベルト。あなたの手も借りさせてもらいます。私を生かすつもりで協力していただけますよね?」


にっこりと、有無を言わさない笑顔でメリッサはクーベルトにあえての威圧をかけた。

無論、クーベルトに否はない。


「私にできることがあるのならば、貴方様が求めるものを差し出しましょう」

「ありがとう。でも、それほど大したものは必要ありません。ちょっとした子供のいたずらのようなものですから」


そういってから、メリッサはララに手をずい、と差し出した。

きょとんとした顔でララはメリッサを見つめるが、メリッサはクーベルトに向けた笑みのまま、ララに告げた。


「ララ、私に寄こしなさい」


メリッサの視線を受けて、ララは泣き腫らして赤く染まった顔を一気に蒼褪めさせながら頷いた。



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