初めての神託
コメディ回?
「ララ。私の抜け毛をこっそり持っていくのはやめなさい。そんなものをどうするの」
メリッサは丁寧に梳かれた櫛に絡まる髪を丁寧に袋にしまうララを呆れた目で見た。
あらゆる意味で残念なことに初犯ではない。
「メリッサ様。違うんですよ、別にコレクションしているわけではないし、そういう性癖でもありません。金髪は高く売れるんです」
「そういう話をしているのではない。神職者が副業を持つことは戒律で好ましくないと定められている」
「違います。そういう話じゃなくて、で、そういうことはあまりよくないよ、ぐらいでいいです」
ララがメリッサ付きの巫女になって最初にしたことは言葉の矯正だった。
決して信仰が過ぎてメリッサ(神子様)コレクターと化したわけではないし、新米巫女の給金の少なさ故副業に手を出したことでもない。
メリッサとしてはララの突発的な突飛というか不可解な行動には驚くを通り越して本当にあのクーベルトの孫娘なのかと最近は不審を覚えることすらある。
どの口が矯正とかいうのだろうとか思わないわけがない。
クーベルトの影響による堅苦しい無駄に上から目線になる口調を少しでも和らげるために、一般的な雑談というものをするためのネタとしてやっている。と、ララは供述している。
メリッサにしてみれば外に出る機会などないだろうに、そんな日常会話用の言葉遣いなど覚えてどうするのかと思わないでもないのだが、ララが必要というのであれば覚えたほうがよいのだろう。たぶんララが崩れた敬語ぐらいで話したいという個人的なものだとはなんとなく察してはいるが、目を瞑ろう。
「いいじゃないですか。どうせ捨てるものなんですから、後々役に立つかもしれないでしょう?悪事に使うことは決してありませんから」
融通が利かない人間は人から好かれないので、多少のことであればお互い譲歩するべきだという主張は納得のいくものであったのだが、これはなんだか違う気がする。
いらないものを再利用するのは良いことなんだろうが、用途が分からないと不安になる。
生理的嫌悪というやつだな、とメリッサは新感覚に感動するでもなくララを咎めるように首を横に振った。
「誤魔化したところでララの本性は隠せないし、言い訳もよくわからないし、そもそも性癖ってなんだ?」
「誤魔化してるつもりはないです。正直に申告しています。あと性癖は忘れてください。メリッサ様が成人したら教えますごめんなさい」
べったーーー!と頭を地に着けんばかりに謝罪のポーズをとるララをメリッサは冷ややかに流した。
この女はこの程度のことで反省しないしへこたれもしないのだ。既にクーベルトの”矯正”とやらも2ケタになろうとしているのに、今なおせっせとメリッサの髪を梳かしては髪専用袋に移しているのだから。次にクーベルトが来たらこの件は要報告案件だと心に留めた。
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先日5歳の誕生日を迎えたばかりのメリッサであるが、日常はあまり変わりはない。
濃度でいうと、ララが日常に加わったことで無駄に濃くなっているような気はするが、たまに精神的に摩耗しているような気もする。
人間が生きるというのはこういうことなのかと思うと、今更外に出て世俗と共に生きるなんてとてもではないができそうにはない。メリッサはララと話すだけで一仕事終えたような気になるぐらいなのだから。
世間から見てララも大概変わり者だということを比較対象のいないメリッサにはわかるはずもない。変な方向に学習してしまったことも少なからずあるが、概ね月に1度のクーベルトの面会の日にメリッサがララとの会話で学んだことや疑問に思っていることをクーベルトに伝え、その後ララがクーベルトにしばか…矯正措置を取られるというのが流れであった。
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「メリッサ様。神力の修練を初めて2年が経ちましたが、変わったことや気になることはありますか?」
クーベルトは月に一度の面会にやってきたクーベルトはいつも通りにララを締め上げ、ララにお茶を入れさせながらメリッサに近況を尋ねた。
部屋の外に出ることなどないメリッサにしてみれば近況も何もないので、だいたいララとの生活のあれやこれを話して終わるのだが、今日は『神子職』についてということか。
「変わったことはありませんが……何かありました?」
「何かある、といいますか…メリッサ様は神力を常人から外れてお持ちですから、神より何か接触やそれをにおわすことはあるのかと思いまして」
先日は神託の儀について学ばれたでしょう。
クーベルトの言うとおり、今月からメリッサは神託の儀について書籍と実技の両面で概略を学んでいるところであった。
その書物というのも、作者は旧姓のシルティ・アストレアの名前であったので、希望を出さないうちにメリッサは実母に関わるものに触れることになったので印象は深い。
「そういえば実母はイシス神殿の神託の巫女でしたね。先日手配していただいた神託についての書籍は母が書いたとか」
「ええ。あれが一番わかりやすいと、後任の巫女たちも話していました。メリッサ様はシルティ様によく似ておられますから、何かしらあるかと。神々のほうから夢や神力を通じて言葉を伝えられることがあるのです」
「そういった類のお話でしたら、気が付いた時には何かしら感じていますよ」
メリッサは肩に糸くずが付いていますよ、ぐらいのニュアンスでクーベルトに微笑んだ。
あまりにも普通に言われたので、クーベルトはすぐには理解できなかった。
ララはララで口を間抜けなぐらいにぽかーんと開けたままにしている。
「特にこちらから聞きたいことも言いたいこともないので、神様は確かにおられるのだな、というぐらいの認識でいました。特に神託を受けるよう指示もありませんでしたし、神託をむやみやたらにするものではないと母も書いていましたから」
メリッサにしてみれば、シルティの胎の中にいるときからの話になるので今更とったところなのだが、一般的に神々はそう簡単に人に寄ることはない。呼ばれたら来るが、基本的には自分たちでなんとかしろ。ぐらいの気持ちでいるという認識であった。
巫女見習いとして巡礼をしていたララにしても、神殿の長をと詰めるクーベルトにしても、軽いジャブ程度の接触やアプローチは愛し仔なのだからあるだろうとは思っていた。
思ってはいたが、まさか日常的に「かまって!」アピールしているとまでは予想できない。
ララはさすがに顔をひきつらせた。
「………メリッサ様。主が伝えたいことがあるから、そこまで積極的にメリッサ様の下へきているとは考えないのでしょうか?」
「どうしても火急の用として伝えたいことがあるのなら夢の中なり何なり、無理矢理に語りかけることはできるようですから問題ないと判断しました」
「メリッサ様。その判断は貴方様がするものではありません」
ぴしゃりとクーベルトはメリッサを一刀両断した。
基本的に人は神と仲良くしたい、お近づきになりたい。という欲望を抱えている。
心から慕っている主なのだから別にそれはいいのだが、メリッサとしてはリーベス神の愛し仔として過度の祝福や加護を与えられたおかげでこのような監禁生活を余儀なくされているのだ。それをずっとうろうろしているだけでどうにもしてこなかった神に何故気を使わなければならないという程度に、メリッサの信心は割と浅い。
詳しくいってしまうと、神という存在は認めているが、神を愛しているかというと思春期の父親に対する娘ぐらいの距離感である。何をしても「余計なことしやがって」状態だ。
「わざわざ神託の間へ行く必要もない、といよりも私の場合はここから出られませんし」
だからそう言い切ってしまうメリッサへはクーベルトもある程度、心情は理解できる。理解はするが、共感は決してできない類の者であるので、クーベルトが教皇として命じられるのはそう多くはない。
だが、神託は別だ。人の世の禍福に直結する可能性が高いのだ。
とはいえ、それぐらいの事情はメリッサも知ってはいるので、これこそララから学んだ「お互いの妥協点を探る」ことが必要となるのだろうと思っている。
それにはクーベルトも大いに同意するところだ。
「では、この場で神と意思疎通は可能ですか?」
「ええ。可能です」
メリッサは書籍の通りに、手を組み合わせ、神力を神へと捧げた。
今回は不特定多数のメリッサに接触しに来ている神々へ誘いをかけているので特定しない。
神託を行うためには、神力を正確に神へとつなげなければならない。それには神の意識を掴むことが必要である。糸電話用の糸が神々の意識だとすれば、神力はそれを自分の糸とコップにつなげるものである。望まれていなければ神から伸ばされる糸は短く、その分神力という名の糸を必要以上に伸ばさなければならない。そもそも拒絶されたらどうしようもない。
リーベス神の愛し仔であるメリッサの場合は、胸先三寸まで神々からの糸が伸びている状態であるため、少し神力という名のコップを用意してやれば勝手に向こうから繋いでくるという入れ食い状態なのだ。
以前練習がてら軽く伸ばしたら4神ぐらいから同時にアクションを起こされ、その力の強さに伸され倒れたのは記憶に新しい。
そのため、現在伸ばしているメリッサの神託用の受信器は広く窓口を取ってはいるが、差込口は一つしかないという仕様である。
「………降りました」
メリッサがそういうが早いかメリッサの体を金色の薄い光がつつむ。
クーベルトとララは思わず部屋の端へと本能的に下がり、跪いた。
もうちょっと時間というか間を取ってからやればいいのにとか思ってないよ。
金色の光は主神リーベスを表す。己の神の登場に喜ばないはずがない。
ただもうちょっと心の準備ぐらいはしておきたいとは爺孫そろって思ったけれど。
メリッサはしばしの間、体から魂がわずかに離れたようなふわふわした感覚に酔いながら神の意思を飲み込んだ。
軽い酩酊状態が続いたが、ゆっくりと体が地に着くような落ち着きを感じている間に、どうやらリーベス神は帰られたようだ。
……最後に頭をなでられたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
「おわりました」
やたらと疲労感が酷く、メリッサは手酌で水を注ぎ一気に飲み干した。
コトリ、とグラスを置く音に反応して、ようやく二人がメリッサの近くへ戻ってきた。
クーベルトは久々に見た神託の様子に感慨深くなったが、しかし先に釘を刺しておく。
「メリッサ様。本来神託とは神聖なものなのですから、もっと落ち着いて行うべきです」
「……私の父のような存在に一々気を使っていたら精神的過労で死んでしまいそう」
「しかし、創造神でありすべての神々の父たる男神ですぞ。礼節はあってしかるべきです」
メリッサはクーベルトの表面上の神力を見た。
要するに、宗教的にもっと厳かでないと盛り上がりに欠けるし神託の効果としても低いから第三社が入る可能性があるような行為は日ごろからもっとまじめに取り組め、と。
目や口よりも体からにじみ出る神力は誤魔化しようがない。
メリッサは適当にクーベルトに了承したと伝えて、さらにもう一杯水を飲んだ。
「それで、メリッサ様。リーベス様はなんとお話になられたのでしょう?」
ララにしてみると初めての神託の儀だ。だいぶ色々端折られているのが残念ではあるが、神が目の前に降りてきているというのは巫女として興奮を隠せない。
メリッサは先ほど飲み込んだ神の意思を租借して、……うんざりした。
「聞きたいの?」
できれば言いたくないというニュアンスを加えながら二人に一応聞いてみる。
「ぜひ!」
「リーベス様がお許しになるのであれば」
賛成しかいなかった。
メリッサは大したことじゃないんだけど、と先に溜息と共に制しながら言った。
「明日、私宛にユニ神殿から刺客が贈られるそうよ」
「一大事じゃないですか!!!」
ララが叫び、クーベルトは頭を抱えるが、メリッサは顔色一つ変えることもなく神託の疲労をいち早くぬるいお湯に浸かって早く寝床にもぐりたいということだけ願った。