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復讐は神に所属する  作者: 葛霧
始動期編
16/26

出発の日



メリッサは馬車に揺られていた。

安全を考慮しているのか逃亡を防ぐためなのか何かしらのタイミングを計っているのかわからないが、移動中も休憩中もメリッサの四方は固く守られているため、唯一一人でいることのできる車内の時間をメリッサは物憂げそうに大人しく運ばれている。

ほぼ生まれて初めての年頃の青年に囲まれているメリッサではあるが、車窓の景色を眺めるその瞳は路傍の石が如く感情のない目で何の緊張感もはらんでいない無機質なものであった。







リーベス主神殿のある聖レーム王国は大陸の最西端であり、これから向かうラル湖はランジェスト王国の北西に位置している。海路を通る方法もあるが、今回はゼネ砂漠を経由するため早馬でも2週間はかかる旅程である。今回はメリッサの護送という形を表向き執っているため、馬車での移動ということもあって1か月を見積もっている。


緊急を要するときには神殿間を転移する方法もあるのだが、それを使用する許可は今回降りることはなかった。一回の転移に使う神力は1か月は街一つ動かせるだけの量であるため、神子であるメリッサではあるが、表向きは調査であるため、重要性として高くはあるが緊急を要さないため、別段不審なものではない。

この度の旅程には護衛のためにクーベルトが厳選したリーベス神殿に属する神殿騎士2名と他の9神殿から話し合いの結果選出された4名の神殿騎士が就くことになった。


メリッサはクーベルトから「幼少より神の祝福を受け多大な神力を持つ少女で、神託の巫女の素養があるため今回同行することになった」と同行者に伝えられている。12歳の少女であるメリッサは通常であれば巡礼を済ませた年齢の為、一人で向かうことについてそこまで問題となることでもないため、不審を抱く者はいなかった。そのような細かいメリッサの出自よりも、目の前にしたメリッサの存在に心奪われたためである。


メリッサは神々の深い寵愛を受けた娘である。その美貌は他の加護もちの者も人より優れた容姿をしているがその比ではない。メリッサとしては今まで比較対象もいなければ、ララからいかに他者より優れた美貌を持っているか言われてこともないのでその自覚はない。可愛いとは散々言われたが、子供への褒め言葉としてはよくあるものだという程度であった。

メリッサの容姿を一言で言い表すことは難しい。太陽の光を受けて金の髪は輝いており、少女と呼ぶ年齢ならではの可憐な顔立ちなのだが聖霊に近いような清廉とした美貌である。アメジストの瞳は丹念に磨き上げた宝石をそのまま入れたような美しい色なのに何の感情も見ることができない。小さな顔に絶妙なバランスですべてが収まっている。肌は絹のような柔肌を思わせるのだが、生気を感じない日の光を浴びたことのないような白さで身にまとう巫女用のローブの白さがなお一層その青白いと言って差し支えのない白さを際立たせていた。そして唇は紅を塗っていないのに熟した果実のような赤みを帯びた色で柔らかそうで小さい。

まだ幼さの残る体はやや凹凸が出てきたことを思わせるふくらみが適度にあり、どことなく艶を感じさせるのにそれに色を感じるよりも庇護欲を感じずにはいられなかった。

異性というものを前に特別意識することのないメリッサではあるが、ララやクーベルト以外の「普通の」者を前に警戒心とどのように接することが普通なのかわからず、定例的な形をとっているだけなのだが、その一挙一動を食い入るように見られて困惑の色を滲ませている。


視線の意味を今一つ掴めないままメリッサはクーベルトから声を掛けられても微動だにしない6名の神殿騎士に若干の不信感を持ちつつ、頭を下げた。


「メリッサと申します。旅慣れていないためご迷惑をおかけするかと思いますが、なにとぞよろしくお願いいたします」


背筋が泡立つような、澄んでいるのに甘さが溶けたような声だった。

顔を上げたメリッサは相変わらず何の反応もない神殿騎士に何か間違った挙動でもしただろうかとクーベルトを見るが、クーベルトは忘れていたと言わんばかりに額に手を当てて、これもまた別の意味で話にならない。

メリッサがクーベルトを見ていると気が付くと、気にしないようにとでもいうように頭を振って、整列している神殿騎士に露骨に咳払いをしてみせた。

慌てて礼を返す神殿騎士にクーベルトは冷ややかに視線を向けながらこれからの1か月の旅程に不安を抱かずにはいられなかった。殺意や賊の類の心配は予測していたが、そういえばこの手の心配が普通はあるはずだということを忘れていた。

メリッサは類まれなる美貌を持つ美少女であることを。


10年前のよちよち歩きの頃から見ていたクーベルトは年頃に差し掛かる少女が年頃の男にとってどのようにみられるかということを失念していた。孫娘よりさらに一回り近く年若いメリッサはクーベルトにしてみればいっそ曾孫ほどである。その手の欲について向けるには、メリッサに関わる人間が非常に限定されたが故、異性への危機感を感じることもなかった弊害であった。


とはいっても、不埒なことをかけらでもしようとしたならば体に生えている第三の剣を手放すことになっているだろうから物理的には大丈夫だろう。

男慣れしていないメリッサがどのような反応をするのかが未知ではあるが、クーベルトは自分の手駒である騎士2人に目配せをした。

それを受けてかクーベルトより選出された2名の騎士は目に強い力を込めて頷き返した。


「道中の安全はもちろん、メリッサは神託の巫女の修練をしている最中だ。言うまでもないが当然、清らかなる身でなければならない。決してそのような危険が及ぶようなことにならぬよう、最大限気を付けてもらいたい」

「はっ!」


かなりの修練を受けているのだろう、6名は別の神殿に属しているがクーベルトに了承する声と神への忠誠を使う剣を掲げる礼の動作が綺麗にそろっていた。

メリッサは物心ついてから初めて見る青年の姿に初めは興味深そうに眺めていたが、そのうち飽きたのか神殿周辺の建物や人の生活する風景を眺め始めた。

ただ立っているだけでも絵になるような美少女であるメリッサである。自然と人の目が集まり始めたところで、クーベルトは馬車に乗るよう促した。

御者台に座る騎士が馬車の扉を閉めたところで、クーベルトは騎士たちにメリッサが聞こえない程度の声で忠告した。


「メリッサは神の祝福を受けている。万が一、あの娘に不埒なことを思って接触した場合、触れた場所がその身から永遠に離れると思え」


クーベルトの忠告に顔を蒼褪めた6人は黙しつつ了解の意を示した。

本来、教皇自ら声をかけるというだけで名誉なことであるのだ。その教皇がこれだけ強く気に掛ける娘であるメリッサにそのような邪な行為をする気などないが、それに輪をかけて神の名の下に守られた乙女であるとすればなおのことこの任務の重要性を感じずにはいられない。

……決して、この旅を通じて仲良くなれたらラッキーなどとふざけたことは思っていない。



メリッサを乗せた馬車は前後に2名ずつ騎乗した神殿騎士が付き、御者に2名の騎士がつくという形で出発した。

旅を司るエイク神の祝福を受けたような快晴の日であった。





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