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ひねくれ坊やと内弁慶娘は祭りに行くようです

作者: 清原洋輝

 ―――僕は、夏が嫌いだ。


 友人の高橋が終業式の帰りの電車の中で話しかけてきた。

 「おい夏樹。次の月曜日から夏休みになるからクラスでプール行く感じだけどお前は来るか?女子も誘う予定だから、誰か気になる人いたら俺が直々に誘ってやるよ」

 高橋はクラスでは中心的存在だが、どちらかと言えば窓際の僕とよくつるんでいる。それはリーダー気質だからだろう。僕は彼を信頼している。

 けど夏が絡んでくると話しは別だ。

 「…悪い、行けない」

 いつもそうだ。夏は誰もが浮かれて、はしゃいで、そして死んで…

 僕は自分の名前が大嫌いだ。嫌いな夏が入っているから。僕のいとこには同じ"ナツキ"がいるけど、漢字は"菜月"だ。

 他人のものがこんなにも羨ましいと思うのはこれだけだ。

 「行けないのか、残念だな。じゃあお前の気になる人が誰かにとられないために誘わないでおくから教えろ」

 なぜ彼はそこまで僕の気になる人にこだわるのだろうか。正直言ってしつこい。聞かれて答える気満々の僕も僕だけど。

 辺りを見回し、同じ学校の生徒がいないことを確認して、小声で言った。

 「東山」

 フルネームは東山春香。自己紹介の時に"春が嫌い"と言っていたから謎の親近感を彼女に持てた。それに、目立たない子だが顔は可愛い。やはり世の中顔だ。

 「東山か、意外だな」

 「どうしてさ?東山はクラスじゃ可愛い方だろ」

 「お前がそれを知ってることが意外なんだよ。あいつさ、いつも独りでいるからあんまり目立たないだろ。だからみんなあいつが可愛い事に気付かないんだよ。気付いたの俺だけだと思ってた。でも浮わついた噂のないお前が東山の可愛さを知ってるのはマジで意外。」

 いつも高橋は説明が長い。でも、なぜか夏の話題で不機嫌になった時に彼の長話を聞くとそれを忘れてしまう。不思議だ。彼のリーダーシップ的なものの影響だろうか。

 「あ、いいこと思いついた!!」

 まだ高橋のターン。

 「夏樹、来週の水曜日空いてる?」

 「…空いてる」

 今が夏だから少し嫌な予感がする。そういうのは外れてほしいものだ。

 「じゃあさ、その日うちの近くで祭りがあるから行こうぜ、東山誘ってさ」

 予感は当たった。

 「…嫌だ」

 「お前、夏はなんか変だよな、遊びに誘っても一度も来たことないし」

 「夏は嫌いだ。恨んでいるぐらい。嫌な思い出があるんだよ、察してくれ」

 僕らの雰囲気は先ほどと一転してとても真剣なものとなった。

 「トラウマか…でもよ、このままだと夏樹が大人になってもずっとそれを引きずることになるぞ、結婚しても親になっても」

 夏に関する長話はまだ聞いたことがないが、不機嫌が和らぐことはないだろう。

 「そしたら家族が海とか祭りに行きたくてもお前は連れて行けな…」

 「じいちゃんが死んだ」

 もう聞き飽きた。長話のお礼に、僕の夏嫌いの理由を彼に返そう。

 「じいちゃんの家の近くで祭りがあってさ、毎年最後に河川敷で花火を上げるんだ。でも小三の夏休み、バカなやつらが花火を倒したんだ。そしたら花火が近くの焚き火から引火して、そいつらに向かって大爆発さ。怪我人はほとんど出なかったけど、バカの一人が火傷して川に飛び込んだんだ。そしたらそいつ、溺れやがった。一番近くにいたじいちゃんが助けに行ったけど、二人とも流されて、死んだ」

 高橋以上の長話は僕らをお通夜帰りの気分にさせた。

 「…夏樹、今の話よぉ」

 高橋は下を向いて肩を震わせている。泣いているのだろうか…

 「全然夏関係ないじゃねえか!!」

 予想は外れた。答えは憤りだった。

 「じいちゃんが死んだってのは辛い、俺のじいちゃんも雪かきしてて死んだ。けどよ俺は冬を恨んでないし、自然を恨むってのは違うだろ!!悪いのはそのバカ共で十分だろ!!」

 全くの正論。なにも言い返せなかった。

 「あ、俺次の駅だ。とりあえず夏樹、プールはいいから祭りは行け。東山は俺が誘っとく」

 高橋の降りる駅に着くまでの短い間、自分の考えが正しいか違うか考えていた。もしかしたら僕はたいして夏が嫌いなわけではなく、トラウマ持ちで夏が嫌いな自分に酔っていただけなのかもしれない。だとしたら僕は恥ずかしい奴だ。

 そして高橋が降りてからあることに気がついた。

 「東山関係なくね?」




  夏嫌いの僕が夏祭りに行くからなのか、母さんのテンションが少し高い。

 後で知ったことだが、どうやら高橋が"女子と一緒"ということを母さんに言ったらしい。どうやって伝えたんだ…

 午後五時に高橋の家の最寄り駅に集合だった。僕は時間ぴったり派なのでそこらへんの下調べは完璧だ。しかし、夕暮れの近づいた空には入道雲が無く、どこか淋しかった。

 集合場所に時間ちょうどに着いたら、学生服を着た少女が一人で立っていた。

 「ひ、東山」

 彼女は僕に気づいていないので、僕から話しかけた。しかし、初めて話すので緊張した。

 「ひっ!?あ、筑紫夏樹くん…」

 まさかフルネームで呼ばれるとは…恐ろしい娘だ…しかし、いざ自分のフルネームを思い浮かべると、なんか強そうな名前だ。

 「あれ、高橋来てない?」

 「き、来てない…」

 言い出しっぺが遅刻とは、なかなか肝が座ったやつだ。

 そしてキョドる東山が可愛すぎてご飯何杯でも食べれそうだ。

 「そういえば、なんで制服?」

 「あ、え、へ、部屋着しか私服持ってない…」

 究極のインドア娘です。本当にありがとうございます。

 「…」

 「…」

 …話題がない。互いに異性とあまり接しないタイプだから互いに何を言えばいいかわからないのだ。

 「あ、あの、筑紫くん…」

 沈黙を破ったのは意外にも東山だった。実に情けない僕だ。この甲斐性なし!!

 「高橋くん、来れないって、今メール…」

 僕にもそのメールが来ていた。

 『ごっめーん、行けなくなった 二人で楽しんでて(笑)』

 ドタキャンだ。あいつの狙いがなんなのかわからない。ただ僕と東山を二人きりにさせたいだけなのか…

 慌てていてもみっともないだけなので、僕がリードしなくては。

 「えっと、東山。高橋来ないならもう待つ必要ないし、行こう」

 我ながら情けない誘い方だ。以前高橋のやっていたナンパ講座を受講すればよかった。

 「う、うん」

 僕が前で東山は後ろを着いてくる感じで、僕らは歩き始めた。





 「ひ、人がいっぱい…」

祭りについてから東山はそう言った。

 「祭りってこんな感じだよ、東山は祭り行かない派?」

 「う、うん。でも筑紫くんがいろいろ知ってそうでよかった…」

 「いや、僕ここは初めてだし、祭りも小三以来だから詳しくはない。ごめんね」

 すごく嬉しかったけど、すごく恥ずかしくて、素直に褒められたままでいられなかった。情けない。

 「ねえ筑紫くん、あれなに?」

 東山が指差したのは水飴の屋台だ。

 「ああ、あれは水飴屋だよ。じゃんけんに勝つと二個、負けかあいこだと一個もらえるんだ」

 「…!!面白そう、やってくる!!」

 東山は水飴屋へと駆け出した。今日、いや高校生活含めて初めて見た彼女の無邪気な姿はとても眩しかった。見ている僕が思わずにやけてしまうほど。動画に撮って永久保存したいぐらい。

 「三十点~、三十点~」

 「た、高橋、お前なんでここにいるんだよ!!」

 ドタキャンした高橋がなぜか僕の後ろから現れた。そして三十点とは何なのだろうか。

 「尾行してた。てか夏樹、お前こんなんじゃ赤点だぞ。ちゃんとエスコートしろ!!手をつなぐとか!!言っておくが結構脈ありだからな!!だから二人きりにしたんだぞ!!しかし、あいつがお前の前であそこまで明るくなるとはな、意外だった。やっぱり大事なことだからもう一回言っておく。結構脈ありだ。じゃあな」

 「おい、ちょと待て!!」

 高橋は雑踏の中へ消えていった。嵐のようで逃げ足の速い男だ。

 僕は高橋を追いかけようと一瞬思ったが、このままでは高橋に『補習』とか後で言われそうだし、なにより今一人の東山をエスコートする方が大事だろう。エスコートとは何すればいいのかわからないが、とりあえず水飴屋に行き、水飴を奢ることにしよう。

 「あれ、いない…」

 先ほど僕と高橋が話していた場所と水飴の屋台はすごく近い。なのに東山は消えた。祭りに慣れてない東山だからすごく心配だ。

 「ひ、東山さーん!!どちらですかー!!」

 「筑紫くーん!!私ここー、そっちは今どこー!!」

 試しに呼んでみたら案外返事があった。ただ、東山の声がしたのは先ほど高橋が消えた雑踏の中からだ。こちらは案の定だった。

 僕は群衆をかきわけ、東山の声がした方向へと進む。その間たとえ迷惑だとわかっていても僕は東山を呼び続けた。

 「東山ー、今そっち向かってるから待っててー」

 「待ってまーす」

 声をかけ合ってもなかなか見つからない。

 「おーい、東山さーん」

 「はーい、筑紫くーん」

 「うわっ!!」

 後ろから急に声をかけられて僕はうっかり間抜けな声を上げた。それを聞いた東山はくすくす笑った。ああ、可愛い。

 「うふふ。迷っちゃった、ごめんね」

 東山はこんなに明るいタイプだったろうか。最初は僕の顔を見ようともせず、恥ずかしそうに喋っていたのに、今は水飴を見てはしゃぎ、大衆の前で大声で人を呼んだり、僕を驚かしたりしている。

 なんかうれしいけど、あの時の態度が親しくない人への態度だったならば、と思うと少し複雑な気分だった。

 「あ、水飴どうだった?」

 「えっと、買おうと思って向こうに行ったら流されちゃて…」

 どうやら態度とかは明るくなってもこういう人ごみに慣れていないのは変わらないようだ。態度の変化は、僕に対する信頼の一種だと考えることにした。

 「じゃあ、一緒に行こう。」

 僕は東山に手を差し出した。

 「えっ…」

 「はぐれないため」

 恥ずかしい。すごく恥ずかしい。僕は何をしているのだろうか。けど、僕にはこれしか思いつかなかった。

 「さあ、行こう」

 「…うん!!」

 東山は僕の手を握った。返事の語尾と手を握る力が少し強いような気がした。





 僕らは祭りのあちこちを駆け回り、祭りをできる限り楽しみ尽くした。残すは花火だけ、となったところでスーパーインドア娘、東山春香の体力が尽きた。

 「つ、筑紫くん体力あるんだね…私もうバテバテだよ…」

 「大丈夫?じゃあ少し休もうか」

 何度か東山がはしゃぎすぎて休憩をはさんでいたが、今回は今までの疲労も考慮して、一番疲れているだろう。長く休まないといけないだろう。

 「あそこのベンチに座ろう」

 「うん。はしゃぎすぎちゃったよ、ごめんね」

 ベンチはひんやりとしていて気持ちよかった。

 「そういや、東山って春が嫌いなんだよね」

 「うん、そうだけどなんで知ってるの?」

 「自己紹介の時に言ってたよ。名前に春があるのに春が嫌いっていうのが印象的だった」

 「よく覚えてるね、私もうあの頃のことなんて覚えてないよ。クラスでも対して仲いい人いないし」

 少し話が暗い方向に進みそうになったから軌道修正をかけてみる。

 「僕も高橋ぐらいしかいないよ。ところで、なんで春が嫌いなの?」

 もしこれが僕のような理由なら軌道修正の意味が無いだろう。だけど僕はこれが知りたい。彼女は名前に入っている季節が嫌いな僕の同類だから。

 「えっと、花粉症がひどいからなんだけど…」

 「…ご愁傷様」

 …シリアス損した気分だ。

 この娘に惹かれた理由は何だったのか、それは顔が可愛いのと同類だからだ、と思っていた。実際そうだった。けれど、今は違う。恥ずかしがり屋だけど、外出用の私服が無いような女の子だけど、本当は無邪気で明るくて、ちょっと抜けてて。

 この娘相手には細かい考えなんてもういらないようだ。

 そうこうしているうちに花火が上がった。

 「わぁー、キレイ」

 「大きい花火だね」

 昔じいちゃんちの祭りに行った時のことを思い出す。

 あの頃から夏は好きではなかった。あの頃の僕にとって夏と言えばじいちゃんちの祭りで、そこは知らない人ばかりだったから。祭りの時もずっと隅っこで座っていた。そのときじいちゃんがこう言った。

 "夏は人生で百回もないんだ。だから夏を楽しめ夏樹。"

 僕はじいちゃんの死をだしにして夏から逃げていただけなのかもしれない。だからもう僕は逃げない。きっとじいちゃんなら今の僕にげんこつを落とすだろうな。

 おっと、メールだ。差出人は『高橋』

 『今ダ、告レ!!』

 電報みたいなメール。内容からして、今の僕らを見ている。こいつはやっぱり馬鹿だ。

 『まだ早いよ』

 『そうか。実はクラスでのプール来週の火曜日になったんだけど、来る?』

 『わかんない』

 『了解、じゃあ東山誘っといて。P.S.監視はもう解いた』

 さらっと難しいことを要求してきた。でも、今東山と二人でいられるのは高橋のおかげだから少しは恩返ししよう。

 「東山、今高橋からメールがあったんだけどさ、来週の火曜日にクラスでプール行くらしいんだけど、行く?」

 「筑紫くんは?」 

 「決めてない」

 「じゃあ筑紫くんが行くなら行く」

 「そんな簡単に決めていいの?」

 「まともに話せる人がほかにいないからね」

 「じゃあ行こう。がんばれば話せる人増えるよ」

 「うん、がんばる」

 何発目の花火が打ち上げられたことだろうか。群衆たちは花火に見とれていた。

 「筑紫くんもさ、名前に季節が入ってるよね。夏、好き?」

 「大っ嫌いだよ」

 「なんで?」

 「虫が多いから」

 「変な理由だね」

 「嘘、虫は興味無い。あ、でも春は好きだよ」

 「私的にありえない発想だわ、どん引きー。あ、私は夏好きだよ」

 「互いの名前が逆ならよかったのかな」

 「女の子で夏樹はアリだけどさ、男の子で春香は可愛すぎない?」

 「うん、そうだね。春香は東山でいいや」

 「筑紫くんは夏樹が似合ってるよ」

 この言葉を聞いた瞬間、いとこの菜月を羨んだ気持ちがどこかへ吹き飛んだ。

 「ありがとう。東山、ヒガシヤマって長いからさ、春香って呼んでいい?こっちの方が短くて済む」

 「損得勘定ですかー、なんか恥ずかしいけどいいよ。じゃあ私も筑紫くんのこと夏樹って呼んでいい?ツクシって呼びづらいし、私夏が好きだからそっちの方がいいな」

 「友達からはそう呼ばれてるし、そう呼んでくれた方がなんか落ち着く」





 最後の花火も打ち終わり、屋台も片づけ始め、ついに祭りが終わった。

 「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 「うん、電車無くなっちゃうかもしれないし」

 「電車混んでるだろうな」

 僕は春香に手を差し出す。春香が僕の手を取ろうとする。その時だった。

 「ごっめーん、遅れたー」

 …高橋だ。

 「…」

 「…」

 「あっれれー、もしかしてお邪魔しちゃったー?」

 ウザかった。心の底からウザかった。が、こいつの狙いはなんとなくわかるのでとりあえず話題を逸らそう。

 「ああ、僕たちプール行くよ」

 「二人で!?」

 「火曜日のだよ!!なんでお前にデート予告しなきゃいけないんだよ!!」

 言い方というのは大事なものだ、と身をもって教わった。高橋は国語教師になれるかもしれない。

 「デート!?もしかして二人は付き合ってるの!?」

 「///」

 春香は顔を真っ赤にしている。恐らくこういう風にからかわれた経験がなくて免疫が無いのだろう。

 「違う!!語弊があった!!」

 「ちょっと詳しく話を聞かせてもらおうか…」

 高橋は僕と肩を組み少し奥の方へ僕を連れていき、耳元で囁いた。

 「バカ、せっかく俺が機会作ろうとしてるのに潰してばっかじゃどうしようもないだろ」

 「どうすりゃいいんだよ!!てか、まだ早いだろ!!」

 「男は度胸だ!!」

 わけがわからなかった。

 「とりあえず、俺はもうどっか行くから、告るなら告れ。生半可な覚悟じゃあ失敗するだけだ」

 高橋は去って行った。ここ数日で何度高橋の退場シーンを見たことか…

 「さて、どうしたものか」

 確かに、春香のことは前から気になっていた。それに、実際に今日遊んでて春香がどういう人間なのかわかった。恥ずかしがり屋で、引きこもりの才能があって、それでいて明るく生きることもできる、可愛い少女。僕と同じく名前に季節が入っていて、僕と同じく名前の季節が嫌い。そして互いの名前の季節が好き。惚れるには十分すぎる。

 「高橋くん帰ったの?」

 「ああ、まだ忙しいらしくて」

 僕は適当な嘘をついた。誰も傷つかない嘘だからバチは当たらないだろう。

 「じゃあ、そろそろ僕たちも帰ろうか」

 さっきは高橋に邪魔されたけど、僕は春香に手を差し出す。だが春香は少しうつむき、その手を取らなかった。

 「…夏樹くん」

 「どうしたの、春香」

 少しだけ見える下向きの春香の顔はほんの僅かに赤かった。風邪でも引いていたら大変だ。

 「どうしたの、調子悪い?帰り不安だったら送っていくよ」

 「…夏樹くん、ありがとう」

 「いや、そのくらいなら朝飯前だよ」

 「そっちじゃなくて、その…」

 春香は顔を上げて恥ずかしそうに頬を掻いた。

 「今日誘ってくれてありがとう。本当に楽しかった」

 誘ったのは高橋だったはずだが… 僕は少し困惑させられた。

 「高橋じゃないの、誘ったのは」

 「夏樹くんが私を誘おうって言った、って高橋くんは言ってたよ」

 きっと高橋の粋な計らいなのだろう。そういう見えないところで彼は力を貸してくれる。ここはその好意に甘えるとしよう。

 「こちらこそ、ありがとう。最高に楽しい祭りだった」

 僕らは二人とも笑った。とても朗らかに。

 「花火、キレイだったよね。私ね、今日花火こんな近くでは初めて見た」

 春香はきっと今まで家の中からしか花火を見たことがなかったのだろう。僕は昔もっと近くで見たことがあるから、あの時の衝撃に比べればあんな程度屁でもないと思っていた。でも彼女にとって最高の花火は今日の花火なのだろう。

 今日春香と一緒にいた間に、僕はどれぐらい救われただろうか。流石に夏を好きになれるほど僕は現金ではないが、トラウマのふりをすることはもうないだろう。

 「すごく、楽しかったよ、じいちゃん」

 夜空を見上げたあと僕はつぶやいた。

 「おじいさん?」

 春香が不思議そうな顔をした。

 「うん、僕が小三の時の夏祭りの事故で亡くなった」

 「そっか、聞かない方が良かったね。ごめん」

 「謝ることじゃないよ。謝るべきなのは僕だ。僕の夏嫌いの理由はじいちゃんの事故が原因だったんだと思ってたけど、その前から夏は嫌いだったし。じいちゃんに夏を楽しめって言われてたけど、今まで楽しんでこなかったし。じいちゃんに仇ばっか返してた」

 夏嫌いの理由をさらっと言えるようになったのはなぜだろう。僕の横にいる少女のおかげだろうか。

 僕は再び空を見上げる。空には大きな三角形の頂点が見える。

 「よし、そろそろ帰ろう」

 僕がそう言うと春香は僕が手を出すより早く僕の手を握ってきた。したり顔でお見通しだ、と視線で語ってきたのがたまらなく可愛い。理性が飛びそうだ。

 春香の手の握り方は、いわゆる恋人繋ぎだ。だいぶ前に高橋の言っていた脈ありは本当なのだろうか。

 「春香、今日ってもともと俺と高橋と春香だけだったよね。なんでこんなメンツで来ようと思ったの?」

 僕がそう訊ねると、春香は恥ずかしそうに頬を掻いてから言った。

 「…夏樹くんがいるから」

 「なんで僕?」

 「私たち入学前の新入生登校日のときから同じクラスだったんだけど、私がクラスの集団からはぐれたとき夏樹くんが私を見つけてみんなのところに連れて行ってくれたの。すごくうれしかった…夏樹くん、覚えてる?」

 あの日、僕は連続オールナイトしていたせいで何をやっていたのか記憶が無い。それより春香は入学式の日のクラスでの自己紹介は覚えていないと言ったのにそれより前のことを覚えていたのがすごいと僕は思った。

 「ごめん、覚えてない…」

 「夏樹くんらしいね」

 春香は優しく微笑んだ。僕もつられて笑った。

 駅は少しずつだがどんどん近付いてくる。ここでなんかしらのアクションが無ければ僕は男ではないだろう。

 「春香、祭りは好き?」

 「うん、今日みたいのは大好き。夏樹くんは?」

 「僕も同じ。じゃあ、今度他の祭りに一緒に行かない?」

 誘った。今度こそ本当に僕が。

 「…うん!!」

 今日だけで春香に対する印象はだいぶ変わったが、恥ずかしがり屋という面はずっと一貫している。今も顔が真っ赤だ。





 電車の方向は同じで、この駅と僕の最寄り駅の間に春香の最寄駅があるので、送っていくことになった。

 春香は最初は遠慮していたが、暗い帰り道への不安が強いらしく、すぐに折れた。こんな時間に帰るのは初めてらしい。外用の私服をもたない女の子だから当たり前だろうけど。

 春香の家に着くまで僕らはたわいもない会話を続けた。しかし、高橋の恋バナが一番盛り上がったのは謎だ。

 楽しい一日も終わりが訪れるもので、あっという間に春香の家の前に着いた。

 別れのあいさつを終えたところで、思い出したように春香が僕に訊ねた。

 「ねぇ、夏樹くん。夏、好き?」

 …僕は笑顔で答えた。

 「僕は、夏が嫌いだ」

自分、恋愛とかまったくしたことないんである意味ファンタジーです。

どうか温かい目で見守ってください。

読んでくださった方、ぜひ感想を下さい!!

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