prologue ~first contact~
この小説は作者にもジャンルがわからない、様々な顔を持った小説です。あたたかく見守っていただければ幸いです。
※この小説は、いろいろな要素が詰まっております。更に史実や歴史、様々な分野から自己解釈して使用している箇所があります。あらかじめご了承下さい。
薄暗い、本棚が数多く並ぶ一室。そこに、一人の、若い女性が、今では珍しいオイルランプを頼りに机の上の本を読んでいた。眼光は鋭く、何か探している、いや、何かにすがろうとすら思えるような顔で。女性は分厚い、緑色の本のページをゆっくりとめくる。
「かの地、それは消えし大いなる文明」
呪文を唱えるような、ポツリと出た言葉。女性は自然と口に出した言葉を無視して、先を読む。
「かの地、歴史のなかに埋もれた世界は「方舟」となり旅立った」
「方舟」。旧約聖書に書かれた「ノアの方舟」だろうか。これだけではわからない。私は次へ読み進む。
「これは、何?」
描かれていたのはひとつの絵。見たところ、この本に書かれている文明の地図のようだ。大きさは縮尺が無いのでわからない。だけど、集落の大きさや数。山や森らしきところに、他にも湖らしい場所まで描かれているのを見ると、かなりの大きさだということはわかる。おそらく、島では無く、大陸。失われた文明とは、伝説の大陸、「アトランティス」「ムウ」これらのどれかだろうか。それとも別の何かか。今のところ、何かを示唆するような情報はある。だけど、何か別の、もっとはっきりした情報が欲しい。私は急いで読み進む。急がなくちゃいけない。せっかく、いや、“ようやく手に入れられた手がかり”なのだ。このチャンスを逃せば、次は無い。女性は次のページをめくった。
「なにこれ・・・写真?」
次のページを開くと、今までの本の内容とは似つかわしく無い、モノクロの映像が写っていた。「絵」では無い。「写真」のような細かさだ。無気味さを感じながら私はページを読む。
「・・・建国の歴史?」
読み取った言葉には、そう書かれていた。だが写真は、ある意味ではその通りであり、だけど普通でははあり得ないものだった。この写真に写っているものは、建物を作っている場面。それぞれ材料を建物の中に運んでいたが、足かせをつけられた大人の男や、子供、そして鞭を振るう兵士のような人間まで写っていた。見ていて気分のいいものでは無く、女性は一瞬眼を伏せたが、意を決したように再び本に集中する。人間の姿を極力見ないように避けつつ、建物に目を向ける。だが、写真では建物は遠く、どんな建物がたてられているかはわからない。もっと別の、しっかりとした写真があれば。そして、女性は、またページを開く。そこに写っていたのは、森の中にひっそりと佇む館を正面から写したものだった。
「建物の外観は、18世紀から19世紀の間のもの・・・。だとしたらこの写真もある意味裏付けられるのかな・・・?」
はっきりとしない。そもそも、本に写真があること自体、無気味なのだ。この館も、ホラー映画に出てきそうな古い屋敷にも見える。そしてページの、写真のすぐ下に書いてあった言葉は。
「“はじまりの館”?」
意味がわからない。何のはじまりなのか。建国の歴史のはじまりだというのならさっきの写真はなんだったのか。この“はじまり”には何の意味があるのか。読んでいるうちにわからなくなってきた。そして、無意識に次のページを開く。そこには。
「暖炉に、本棚に・・・なにかしら、この黒いもや」
そう言ったところで、女性は本の黒いもやに触れようとした。しかし、触れることはできなかった。それどころか、いつの間にか、“机に触れていた”。そして、“薪が燃えて弾ける音”が耳に響いている。慌ててあたりを見回すと、先ほどまで使っていたオイルランプは消え、かなり大きな机の上には本がごちゃごちゃになって積まれていて、壁には、どこかを描いた絵が額縁に入れられ、たてかけられていた。左手側は本棚の列。右手側には、暖炉と、踏み台や本の山、そして奥に大きな扉が見える。後ろは、遠くに壁が見えるだけ。足下に広がる深紅の絨毯が、無気味さを更にかきたてていた。
「なに、これ・・・私、ただ、本を読んでただけ・・・」
カツンッ・・・。
「・・・!!」
物音がした。右手側の、扉の向こう。杖で、床を突いたような。
カツンッ・・・カツン・・・。
だんだん音が大きくなってくる。・・・近づいてきている。それだけはわかった。だが、
「どうすればいいの・・・」
音は大きくなっている。しかし、どうしていいか、なぜこんな場所にいるのか、いっぺんに起きた出来事に、考えがまとまらない。
ここはどこ?わからない。
どこかに隠れる?いったいどこへ。
近づいてきているのは誰?探りようがない。
「…本。本は!?」
唯一ひねり出せた答えを頼りに、机の上に眼を戻す。しかし。
「・・・ない」
机の上には、さっきまで読んでいた本は無い。そこにあったのは、ただの、黒いインクのこぼした跡だけ。
「そんな・・・こんなこと・・・」
カツンッ・・・カツンッ・・・カツンッ!!
「!!」
音が止まった。心臓の鼓動だけが耳に響く。もう、すぐ近くまで来た。あの扉が、開いたら・・・。どうすればいい、どうすればどうすればどうすればどうすればどうすれば!!
「・・・けーたい」
ポツリとつぶやいた言葉に我に返った女性は、すぐに携帯電話を取り出した。急いで、どこかに連絡を。しかし、現実は非情だった。
「・・・圏外。そんな」
ガチャリッ
「ひっ!!」
あの扉が、音を立てて開く。そして、ぬるりと、音もなく入って来たのは。黒い、もやのような、闇。そして。
「いやっ・・・来ないで・・・。いやっ・・・いやぁああああああ!!」
闇は女性を一瞬のうちに飲み、そして、部屋は黒一色に染まった・・・。
「おや?」
さっきまで女性がいた部屋に、スーツ姿の初老の男性が入ってきた。がんばっている彼女のために、休憩用にお茶とお菓子を運んできたのだが、いつの間にかいなくなってしまった。
「帰ってしまわれたのですかな?」
いや、あの娘が勝手に帰るわけがない。帰る時は声をかけるという話しをしたばかりだ。それに、机の上のオイルランプは火が点いたままだし、読んでいた本も開きっぱなしだった。
「はて、いったいどこへ向かわれたのやら・・・」
初老の男性は、あたりを見回しながら机へ近づく。ゆらゆらと揺れるランプ灯りが顔を照らし出す。そして。
「・・・なるほど」
にやりと笑みを浮かべた初老の男性は、本を閉じ、脇に抱え、オイルランプを消し、踵を返す。まるで何事もなかったかのようにスムーズな動きで。そのまま初老の男性は、部屋を出る手前で、机の方を向き一礼し。
「“ご健闘お祈り致します”。・・・“お嬢様”」
そして、そのまま部屋を後にした。灯りの消された部屋は暗闇と静けさに包まれる。しかし、一カ所だけ、机の上のオイルランプの下に、“金色の文章”が浮き出ていた。
Welcome to Eternal labyrinth・・・
と。そして、何事もなかったかのように、すっと消えてなくなってしまった。
『ニュースです。昨日未明、都内在住の大学生、「如月 優奈」(キサラギ ユナ)さん、19歳が姿を消し、行方がわからなくなるという事件が起きました。警察はなんらかのトラブルに巻き込まれたのではないかとして行方を追っていますが、現在捜査は難航しています。繰り返します。昨日未明・・・』
prologue fin