勇者
*恋愛要素が入ってます。
「っ、どういう事ですか、これはっ!!」
「なに、お主にも悪い話じゃなかろう」
「何がっ!」
「庶民でしかなかったお前が、一国の主となれるのだ。これ以上の喜びはなかろう?」
魔王を倒し、それに兼ね、とある国から頼まれていたさらわれた姫を国に送り届ければ、そこは祝いの様相を呈し。勇者に世界を救われ安堵感から喜びに沸く国民と、そして国民が喜び叫ぶ祝いの声に溢れかえっていた。
進む道には舞う紙ふぶき。区画によって違うそれには時折花が入り混じる。
ひらひらと落ちていくそれらを撒き散らすのは、街道沿いに立ち並ぶ店屋、住宅に住まう者達。
そこには一様に、笑顔が並んであり。悦ばしげな笑みを向けられる勇者の耳に届く言葉は、祝福。
さらわれていた姫との婚姻を祝うものだった。
勇者は耳に届いたその言葉に目を見開き、これはなにかのまちがいだ。場に溢れる人々、その口々から叫ばれるその言葉を拒絶し、混乱した。
喜びに満ちた空間に、一人勇者は取り残される。
普通なら、誰もが待ち望み、必死に耐えていたものが解き放たれ。町には、国には。平和と呼ぶべき穏やかな暮らしが再び訪れるのだ。
圧倒的なまでの力を振るわれる恐怖に怯え、影に隠れ暮らす生活ではない。人々は思うままに外に出て、輝く光の下を出歩ける、そんな平和な生活を送る事が出来るのだ。
喜ばないはずがない。
その顔に、浮かぶ笑顔でさえ自分自身心のどこかで待ち望んでいた物だったから。
魔王を、倒せたら、倒したら。
あんなにも、願っていた時がやってくると。
信じていた光景だったから。
それなのに、それだけなのに……。
どうして、姫との婚姻が祝われているんだろうか?
姫に恋をし、愛おしいと思う誰かが勇者となり、魔王を倒したならまだ分かる。
けれど、俺は、魔王を倒しそれのついで、に、姫を送り届けたまでの身だ。
なんで、こんな事になっている?
勇者は戸惑い、この事態の何かを知っているであろう姫の父親。
両手を広げ迎えた姫を、もう二度と離さないと言わんばかりにしっかりとその腕で抱きしめ、その口でもち勇者へと婚姻祝いの言葉を送ったこの国の王へと、気持ちをそのまま問いただせば。
勇者の激しく荒れた言葉に王は気にするよしでもなく、のたまった。
その口角は持ち上がり、その目は楽しげに細く笑っている。
勇者は返された言葉が理解できずに、言葉を重ねれば、悪びれる様子もなく返され。
言葉を、失った。
なぜ
声にはならずに口が紡いだ言葉。勇者の驚き、混乱している様子に王は片眉を上げ、けれど気にする事無くその場を去った。
「姫とお主の式の準備で忙しいのでな」
そう口にして。
勇者は呆然とその背を見送った。一歩も動ける事無くその場で佇んだ。
一体、どうしてこうなっている?
なんで、どうして?
俺の相手は既に決まっているというのに。
そもそも勇者に選ばれ、聖剣を手にし魔王に立ち向かおうと思ったのも、彼女が居たからだ。
彼女を守りたかったからだ。
******
俺の生まれ育った村では、幼い頃に将来の相手が決められる。村の狭い土地柄で、自然と相手は決められていくのだ。年の近い子供同士が引き合わされ、事実上の婚約者として育てられる。
彼女も俺も、既に決まっていた仲ではあったが、けれど。
互いを思い、互いに恋をし、互いを愛した。
彼女の柔らかな微笑み、悲しげに歪む顔。手を握るだけで染まる頬。切なげに気持ちを語る視線。
子供の頃から重ねた時はゆっくりと、彼女の変化を俺の目に映していった。
可愛らしさから綺麗な女性へと変化していくその様を、俺に見せていった。
それと共に、俺の中で彼女への気持ちは溢れ、愛しさが募った。
間違えようもなく、俺は彼女を愛しているのだ。
愛しているから守りたく、俺にその力があるのなら、他の誰でもない。
父や、母。兄弟姉妹ではなく。彼女のためだけに、行動を起こしたのだ。
聖剣を手に、幾ら魔族といえども切りたくもない命を摘み取っていったのだ。
向けられる殺気、実力を伴う攻撃。
本当は、怖くて怖くて堪らなかった。
勇者に選ばれるまではただの村人だったんだ。当たり前だろう?
それでも、歩みを止めなかったのは彼女を守りたいがため。
彼女が傷付くような事にならないようにと、ただそれだけのために俺は剣を振るった。
血に濡れながら、いつの間にかその事実すらなかったかの様に一滴残らず消え去って、さび一つなく刃こぼれも起きない綺麗な姿のまま、そこにあるその剣を手に。
ありもしない血が俺の手を染め上げる幻を日々眺め。
満足するような睡眠なんて、魔族が襲い来る夢に飛び起きながら取れるはずも無く。
それでも、進み続けたのは真実彼女の事を愛しているから。
逃げたくて、戻りたくて、彼女の側に帰りたくても、歩み続けたのはこれが彼女を守る行為だと信じていたから。
それなのに、……なぜ?
これでは体は傷つけてはいなくても、別れ際。目に涙を浮かべながらも必死に耐えて見送ってくれた彼女を、傷つけている事になるんじゃないのか。守れなかった事になるんじゃないのか。
これは、一体。どういうことだ?
******
「なぜ、こんな茶番を行うんですか」
再三繰り返した言葉でまた、王へと問いかけた。
俺の姿を目にした王は溜息を吐き、またお前かと言外ににおわされる。
「茶番?」
呆れた溜息を吐いた後、王は俺の言葉に目を瞬いた。呆気にとられたその姿に、既に積もり積もった苛立ちがまた込み上がる。
手を握り、殴りかかりそうになる拳を必死に止めた。
「茶番以外の何物でもないでしょう? 俺は、姫を、愛してはいない」
「姫もまた、私を愛しては居ないでしょう?」
姫から向けられる気持ちは、恋と呼ばれているけれど。それはただの憧れ。
勇者という者に夢を描き、思いを募ったただの憧れだった。
「あれは、そういう物じゃない」
姫から向けられるその視線は、姫を守る勇者に向けられた視線。
まるでお伽噺の勇者と姫君の物語の様に、自分を守った勇者に向けての思い。
自らの、夢の中でただ漂うだけのそれ。
夢心地気分に浮かれ、真実夢を見ているだけのそれ。
それは、けして恋と呼べるものじゃない。
それを知る上で、俺にどうしろというのか。その上でなお、側に置けとでも言うのだろうか。
訴える俺に王は呆れた様子に逆戻り、鼻で笑った。
「王族に生まれたからにはそういった物は不要だ」
向けられた言葉は、父親としての言葉ではまるで無かった。
あの時。姫を迎えたその時。愛しげに注いでいた視線は、抱きしめたその腕は、一体なんだったのかと思わずには居られない。冷たいまでのその視線。
それに、この婚姻は姫君たっての希望だと。だからこそ仕方が無い事だと、周囲に零していたんじゃなかったのか?
娘を思い、甘やかすようなあの態度。あの、微笑みは?
驚く俺に、王は醒めた視線を俺に向けたまま、言葉を続けた。
「ましてや、あれはあのまま年を重ねていくのだ。好いていると思っているお前と一緒になれる。まったく幸せなことよ」
まるで嘲笑うかのようなその言葉には、侮蔑すら込められているようだった。
けれど、俺には姫君を思いやる気持ちはさらさら無い。
「っ、俺は、受け入れられない」
繰り返す、その言葉さえ何度目だろう? そしてその度にまた、王に笑われる。
懲りない奴だといわれながらも。
「本当にお前は面倒な奴だ」
溜息一つついて、呆れを含ませ笑っていた表情が、がらりと変わった。
その瞳は鋭く、冷たさを感じさせ。まっすぐと俺に突き刺さる。
「では、はっきりと申そうか」
「お前がこの話を受けなければ、お前の生まれ故郷は、……いや。お前のいとし子は、一体どうなるであろうな?」
それは、紛れもない脅し、だった。
「っ!」
簡単に、想像できたのはその言葉の先。
このまま、俺が拒絶し続ければけしてそう遠くない未来の姿。
彼女の、姿。
過ってしまった光景に、何も、言えなくなってしまった。
震えて、いるのは。血に染まったてのひら?
駆け抜けて、地面を思い切り踏み込んだあし?
ひざ、うで、あご、俺の、からだすべて?
いきさえ、くるしくなってくる。
喘ぐように息をつないで、その苦しさからか、なんなのか、涙がにじみ出る。
恋とは、見た目が綺麗な砂糖菓子の様にそんな、甘いだけのものじゃない。
姫に抱くそれは、姫に向けられるそれは、恋なんかじゃないとはっきりと告げる事さえ出来る。
恋とは、甘く、切なく。自分ですら抑えきれなくなるほどの愛おしさ、穏やかさの中に潜む激しい感情。
何よりも、誰よりも、相手を愛し、込み上げる愛おしさと、それ故に彼女に触れ、自らの腕の中に閉じ込めておきたいという、汚いまでの欲望のせめぎ合い。
穏やかな感情ばかりでは居られない。
……なのに、
……なのに! 恋ではないとはっきりと言え、自分が恋をし、愛しているのは彼女だけだというのに。
家庭を持ち、子供を持ち、そんな俺のそばで笑っているのは彼女しかいないというのに!
俺は、
……俺はっ、どうしたら、いいんだ?
逃げ場のない閉塞感。
自らの心と同じように、暗く、明かり一つ見えない部屋で頭を抱えた。
自分には似ても似つかない、豪奢に飾り立てられた立派な部屋で、一人。
どうしたら良いのか、分からなくなっていた。
このままでは、俺が壊れてしまいそうだと感じながら。
「なぁ、 」
俺、どうしたらいいんだろう?
情けなくても、呟いて。助けを求めてしまうのは彼女。
呼んだ名前は彼女の名。
愛しい愛しい彼女の名前。