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ようこそ、夢の牢獄へ  作者: 看守長と囚人たち
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Chapter1-廻間遥:Where is it here?

本来なら龍王の光翼さんに書いて頂く予定でしたが、時間が掛かるとの事で急遽ジャードさんに交代して頂きました。

なんだかここまで来るともう順番なんて関係なく投稿していった方が良い気にもなってきますが、それだと参加者の投稿数が隔たる可能性も出てきますので、とりあえずは今のまま進行していきます。(パスした御二方は、完成次第投稿していくという形をとらせて頂きます)

続いては明け烏さんの投稿の番ですので、準備をお願いします。

 改めて見渡すと、そこは見慣れない場所だった。

 目の前にあるのは、侵入を阻むように並んでいる幾つもの鉄の棒……いわゆる鉄格子。とはいえ、どういう訳か鍵の掛かっていない様子だ。しかしながら、どうも外に出ようにも嫌な予感がしてならない。見渡せる廊下が、やけに不気味だった。

 周囲を眺めると、古ぼけた赤っぽいレンガ作りの壁が自身の周囲を囲んでいる。無造作に積み上げられたソレは、どんな力を加えようとも崩れなさそうな強固さを抱かせる。どういう訳か、自身の背後にあるソレだけは、黒いガラス張りのものだったが。

 明かりは松明だけという淋しいものであり、とにかく薄暗い。どうにかこの明かりで、自身は個室ような場所にいる事が解った。


 まるで地下牢のような場所だ。実際に見た事がある訳ではないが、そんな印象を彷彿とさせた。


 ふとよく見渡すと、背後のガラス張りの壁の上……丁度、立った状態での目線の直線上に小さな鉄格子が見られる。そこからは少なからず淡い光が射し込んでいた。どうやら外と繋がっているらしい。

 そこから外を眺めて――驚愕した。何故なら此処は、脱出さえ出来ないような高い場所だからだ。

 どれくらいの高さか大雑把に測ろうにも、残念ながら外も暗くて、遥か下の地上がよく見えない。少なくとも……恐らくだが、地上から此処まで150m以上は優に越えているかもしれない。大体30階建て以上のビルの高さか。此処から出られるかもしれないという淡い期待は、脆くも崩れさった。そもそも鉄格子を壊す事すら出来なかったので、元より無駄な話だが。

 せめて此処はどこなのか遠くを眺めようにも、こちらも無駄だった。やはり暗くて遠くまで見渡せない。解った事といえば、僅かな星明かり程度。現状ではとても寂しいものだった。


 どうやら自分は塔のような場所にいるらしい、という事だけは解った。

 しかし、ただそれだけ。どうしてこんな場所にいるかが未だに解らない。


 嘆息しながら、そこにいる少女――廻間遥は、一日の出来事を思い返していた。



****



 思えばこの日の朝は、いつも以上に騒がしかった。

 遥のいるクラスは、他に比べてやんちゃな連中が多いが故か、学級の中では一番騒がしいクラスとして有名だ。しかしこの日ばかりは遥のクラスだけでなく、学年全体が騒がしい事態となっていた。


 何故か。

 ……生徒が一人、亡くなったから。


 にしては不謹慎だろうという事は解っているのだが、騒がずにはいられない状態だった。プチパニックに陥っているクラスも見られる程だ。それらを諫める教師達でさえも、一部は顔を真っ青にして暫く立ち尽くしていた程なのだから。

 亡くなった生徒……遥の先輩にあたる女子は、明るく活発でスポーツ部に所属していた。風邪らしい風邪を引いた事も無く、今までも至って健康だったと聞く。


 そんな女子生徒の死因が、衰弱死。

 ……曰く、最近巷を騒がせている“昏睡病”との噂だ。


「どーしよハル、これ絶対他人事じゃないってー」


 若干涙目のクラスメートの言葉に、席に着いていた遥は不安そうな表情で首肯した。

 そう、他人事じゃない。次いで遥は、斜め前にある空席に視線を向ける。複雑そうな面持ちで、ふと空席の持ち主の事を思う。


「由希」


 囁くように紡がれたその名は、騒がしいクラスメート達によって掻き消された。




 最初こそは、ただの都市伝説とばかり思っていた。

 いつだったからか、気付けばゴシップ雑誌等で大きく取り上げられるようになった昏睡病。曰く、ある日何の兆候もなく、至って健康だった人が唐突に昏睡状態に陥ってしまうという。

 その後は、一週間以内に目が覚めるか……そのまま衰弱し、永遠の眠りに就くか。


 大したことの無い噂に振り回されているだけだ。当時はそう思っていたものの、やがてこの学校の生徒も昏睡病と思しき症状に掛かり、そのまま命を落としたのだった。

 原因も解らない。病原体さえ解らない。学校側も何の対策が取れず、気付けば感染していったように、少しずつ、そして確実に被害は広がっていった。


 今回の女子生徒で、この学校での死者は実に三人目。他にも昏睡状態で欠席しているのは、既に五人も。

 遥の幼い頃からの友人・由希もその一人だった。前日まではいつも通りに会話し、いつも通りに進学塾へと向かい、いつも通りに別れた筈だというのに、翌日になってから彼女は寝込んでしまっていた。それから目も覚まさず、かれこれ三日は経っていた。

 現在は入院している上に、面会も殆ど出来ない状態。しかし今回の事もあって、遥は今度こそお見舞いに行ってみせると密かに決心した。


「こら生徒諸君、さっさと席に着けい。連絡があるからなー」


 いつの間に来たのだろうか、このクラスの担任である壮年の男性・藤木が教卓の前にいた。彼の一言によって、ざわついていたクラスメートも段々と静まり、元いた席に座っていく。

 そんなクラスの様子を見計らって、藤木は口を開いた。


「皆も既に知っていると思うが、また我が校の生徒が一人亡くなった」


 しん、と漸く静まり返る。藤木の「また」という言葉が、更に重みを増してずっしりとのし掛かってくる。遥を含め、皆どことなく顔が青くなっていた。


「確証は無いが独自で調べてみた所、医学的には解明されていない、巷で騒いでいる昏睡病だとかいう伝染病が原因……らしい。先の二人にも同じ症状が出たと聞く。しかしあの手の話は眉唾物だと思っていたが……」


 苦い表情で続ける藤木と裏腹に再び騒がしくなる教室。流れていた噂が教師の口から出た以上、ほぼ真実と見て違いないかもしれない。この学校にも広がっているじゃないか、次は誰が感染するのか、まだ死にたくない、等とまたもやざわつき始めてしまった。

 遥も不安で仕方なかった。まさか由希も同じ運命を辿るんじゃないかと思うと、気が気でならない。早く解散して会いに行きたい、その気持ちが一層増していった。


「……静かにしろ!」


 程無くして、再び教室は静寂に包まれたのだが。


「原因も解らず、最初は我々も対処が出来なかったが……今回は別だ。皆、此処暫く昏睡病なるものの詳しい情報が出るまで、今日から学校閉鎖だ」


 嘆息しながら続けられた教師の言葉に、また別の意味も含めてクラスはざわつく。もしかしたら長期間休めるんじゃないかという能天気な事を吐いた男子生徒に対して遥は頭が痛くなった。あまりにも無神経ではないかとふと考えたが、他のクラスメートが遥の心情を代弁するように発言してくれたので、ある意味すっきりはしたが。

 その後は流れるように事務連絡や課題等を聞かされ、あっという間に解散と相成った。


「どーするハル、このまま真っ直ぐ帰る?」


 帰り支度中に、先程の泣きついてきたクラスメートがパタパタと駆け寄って来る。やはり先程の話を聞いて不安なのだろう、彼女の周囲には他にも数人のクラスメートがいた。暗に一緒に帰ろうと持ち掛けているのだろう。

 遥は申し訳なさそうに首を横に振って断った。そもそも由希の下へお見舞いに行こうと矢先のお誘いだったので、嬉しいお誘いだったが断る他無かった。

 クラスメートは「そっか……」と呟いた後、


「何処かに用事?」

「ん、お見舞いに」


 その一言で大体の事を理解したのか、苦笑いして……そして何か悪い事でも思い出したかのように、クラスメートの顔色が少し引いた。

 どうしたんだろう、と遥は首を傾げる。無言でありながらも彼女の視線を察したのか、クラスメートは遥の耳に顔を近付けて囁くように言う。


「ごめん、別に悪く言う訳じゃないし、確証は無いんだけどね?」

「…………?」


 何を言おうとしているのだろう。未だに意図が伝わらず、遥は首を傾げたままだったが、クラスメートは言い辛そうに沈黙したまま。周囲を気にするように目を配り、やおら口を開いた。


「……昏睡病に掛かった人と関わったら、その人が昏睡病に掛かる確率が高いって噂を聞くからさ……」




 この町・由名町の大きな病院は、幸いにも此処の高校の近くに建っていた。走れば五分も掛からないので、校舎から出た遥は走って病院へと向かう。

 その最中でも、やはり先程のクラスメートの言葉に不安を覚えた。

 関わった人が、昏睡病に……? それはつまり、ただの伝染病ではないのか? そもそも昏睡病の概要が未だに解っていない以上なんとも言えないが、確定的ではないその情報を鵜呑みにして、遥は由希に会いに行く機会は減らしたくなかった。

 あまり信じたくは無いが、由希が今まで亡くなっていった人達のような状態に陥っているのは紛れもない真実だし、更に想像したくも無いが……手遅れ、という事だけは絶対に避けたい。


 決意した遥の視界の半分は既に、由名町の総合病院の建物が占めている。入口もすぐ目の前。このまま真っ直ぐ進めば、由希と会える。

 ……会える筈だが、どうにも病院にしては何やら慌ただしかった。入口の真ん前で、看護師さんと一般の女性が何やら話し込んでいたのが目に入った。

 いや、一般の女性というかあれは、


「由希のお母さん?」


 思わず声を上げてしまった。その声は若干小さくも、しかしはっきりと響いていた故か、女性もとい由希のお母さんの耳には届いていたようだ。由希のお母さんは振り返って遥の姿を確認した瞬間、


何故だか涙をボロボロと溢し始めた。


「遥ちゃん!」

「……へ?」


 それでもって抱き付いてきた。

 ……何なんだどうしたんだ、一体何があったんだ。


 遥の頭には、考えたくもない一つの可能性が出てきていた。まさか、由希はもう手遅れだったというのか?

 にしては少し不自然ではないかと思う。仮に万が一、いや億が一、由希が手遅れであった場合、彼女のお母さんは病室に通されてから由希の事を告げられるのではないか? いや実際はどうかも遥は解らないし、最悪な可能性を認めたくない故の現実逃避でもあったのだが。


 遥が人並み以上に口数が少ないのを知っている為か、はたまた遥の怪訝な表情に気付いたか、それとも両方か、とにかく今ここに遥がいる事に疑問に思う事は無く――というより、そこまで考えている余裕も無いのかもしれない――由希のお母さんは、悲痛な声を上げた。


「由希が、由希が病室がいなくなっちゃったの!」

「……へ?」


 遥は再び、理解出来ていないような呆けた声を漏らした。

 どういう意味か、少し整理してみる。病室からいなくなった。という事は、誰かに連れ去られた? という事ではないらしい。由希のお母さんと傍にいた看護師さんの話を聞くに、自分で起きて、何かに怯えているかのように病室から飛び出し、一目散に病院から抜け出したのだという。何人かのスタッフが後を追ったらしいが、未だに見付からず十分以上は経過したのだとか。

 つまるところ、自分の意志で逃げ出した。経緯は解らないが、由希は目が覚めたと聞いて間違い無い。それはつまり、由希は昏睡病では無かったというのか?

 いなくなったと聞いて更に不安になったが、昏睡病ではないかもしれない可能性も出て、遥は一抹ではあるが安堵した。


「だから痛いってせんぱ、ちょ耳ちぎれだだだだ!?」

「ほーれキリキリ歩く。全く、目を離したら勝手に一人で何してんのよ一体」

「説教は後で聞くからちょ、耳! いでで手え離して先輩、耳もげるもげるもげる!?」


 そんな空気をぶち壊すように、病院から二人の男女が出て来た。先輩と呼ばれた女性が男性の耳を思いきり引っ張りながら、すたすたと連れ歩いている。先程から少し騒がしいなとは思ったが、多分この二人が原因なのかもしれない。

 なんというか、男性の絶叫がやけに痛々しかった。先輩も手加減すれば良いのに、ここ病院だよと遥は内心で呟いた。


「お願い! 遥ちゃんもどうか、どうか由希を見付けて!」


 お母さんの懇願に、遥は我に帰る。眼前までに迫っていた彼女の顔は、既に涙でくちゃくちゃだった。由希の安否が心配である故か、はたまた別の理由もあるのか遥には解りかねたが、勿論断る筈も無く、遥は強く頷く。看護師さんからも詳しい話を伺った後、遥は由希が逃げたと思しき方角へと向かった。


「あっ、ちょっと待ちなさい! 真!」


 唐突に女性――先程の先輩のものだろう――の声が響く。気付けば丁度遥の横を、先程まで耳を引っ張られてた男性が擦れ違い様に走り去っていた所だった。遥の丁度後ろの病院の入口に向かって。

 また騒々しい事でもするのかなとぼんやり考えてから、遥は改めて気を引き締めて由希を探し始めるのだった。





 住宅街に入ってから、やけに見慣れた光景が広がった。当然だ、此処は遥や由希も済んでいる住宅街の一角だからだ。

 真っ直ぐ進んだとなると、恐らく由希はこの付近にいるのかもしれない。丁度良い、ここを粗方探した後母親に報告して――既に由希のお母さんから連絡は届いているだろうが――近所に人にも協力してくれるよう頼もう。もしかしたらもう探してくれているかも、という淡い期待も込めてみた。

 しかし、と遥はふと思考に没頭し始める。何故、由希は病院から抜け出したのだろうか。単に目が覚めただけなら、病室にいるだけでも問題無い筈。それどころか病室が一番安全であるだろうに、由希が抜け出した理由が解らない。

 “何かに怯えているかのように病室から飛び出し、一目散に病院から抜け出した”とは、どういう事だろうか。眠り続けていた由希は、一体何に怯えていたのだろうか。まるで、夢で何か恐ろしいものを見たのだろうか。……それにしては大袈裟すぎるだろうが。


 疑問が泡のように溢れ出ては静かに消える。考えていても仕方がない。今は由希を探す事に専念しよう。改めて決心しながら、母親に連絡すべく携帯電話を取り出そうとして、


「…………あ」


 その手が唐突に止まった。

 由希を探すのに必死で、がむしゃらに走っていた故か気付かなかったが、遥は今更のように……此処は由希の自宅の近くだという事に気付いた。

 もしや、と遥の胸が少しずつ高鳴る。もしかしたら、もしかしたらだが、由希は自宅に戻っているのではないか? 根拠なんて無い、ただの直感。悪く言えばただの妄想だ。しかし偶然でもないようにも思えた。無意識かそれとも意識してか、由希は自宅へと帰ろうとしていたのではないか?

 やはり根拠なんて無いが、その推測は遥を勇気付けた。丁度の遥の前にあるT字路を右に曲がって突き当たりが由希の自宅だ。確かめるだけに向かっても、そう時間は掛からない。


 遥はゆっくりと歩を進め、T字路の中心で止まる。高鳴る心臓がやけにうるさかった。何事も無かったら拍子抜けではあるが、それでも遥は懸けてみたかった。

 遥はタイミングを見計らったかのように、恐る恐る右を向いた。


 そこには少女がいた。

 視線の先にいる彼女は丁度遥と同じくらいの背丈で、馬の尻尾のように髪を伸ばしている遥とは対称的に、彼女の髪は肩辺りで切り揃えられている。しかしその髪はボサボサで、全力で走った後のように玄関の前で膝に手を当てて息を切らしていた。

 その瞳はどこか弱々しく儚げで、


「由希!」


 確認中にも関わらず、遥は声を上げた。遥の中で“彼女は由希だ”と判断出来る材料が既に出揃っていた為か、これ以上確認する事も無かった。いつもはあんなにボサボサでは無くもっと髪は綺麗で、もっと落ち着いている雰囲気があったが、自分の直感が当たって少し浮かれていた遥はあまり気に留めなかった。

 声に反応してビクリと肩を振るわせる少女。そんな彼女とは対称的に、遥は嬉しそうに駆け寄った。三日ぶり、無事に起きて良かった。何で抜け出したの、心配したんだよ。なんて声を掛けようか、嬉々として遥は、もう後三歩程で手が届きそうな由希の肩に手を伸ばし――


「何で!?」

「ッ!?」


 届く事は無かった。

 寧ろ拒むように、少女は硬直した遥から一歩離れた。


「……え?」

「何で……」


 少女は確かに、遥の親友・由希本人だった。

 故に解らなかった。由希の「何で」の意味が。

 故に解らなかった。何故、由希は自分から離れていくのか。

 困惑する遥を尻目に、由希はゆっくりと言葉を紡いだ。


「こんな時に、遥に会っちゃうの……?」

「何、を……?」

「会っちゃいけなかった! だから逃げたのに……これじゃ無意味じゃない!」


 遂には目尻に涙さえ浮かべる由希。やはり何を言っているのか理解出来ない……否、理解したくない。


 会っちゃいけなかった?

 ……何を言っているんだ?


「由、希……?」

「ごめん遥、許して!」


 涙声で由希は唐突に門を潜り、奥の玄関を開けてはすぐに閉める。終いには遥が制止する前に鍵を掛けてしまった。

 なんの事なんだ、まだ話すら聞いていない。若干パニックに陥った遥は、扉を開けっぱなしで家を出た無用心な由希のお母さんの事を考える筈も無く、倣うように門を潜って扉の前に向かった。

 ドアノブを力いっぱい引っ張る。が、鍵が掛かっているそれは当然の如く動く筈も無い。しかし遥は無駄だと解っていても、腕に込めた力を緩める事は無かった。


「由希、開けて!」


 ドアを叩いて、自分の出せる精一杯の大声を出した。由希は無事だった、なのに未だ不安は晴れない。まだ“何か”は終わってないのだと、無意識に遥は悟った。その“何か”さえも、遥は未だ理解していないのだが。

 ――刹那。


「……ッ!?」


 ぐらり、と視界が揺らぐ。

 がくり、と頭が重くなっていく。

 ぼんやり、と意識が遠退いていく。


 なんだこれ。遥は抗うように瞼を抉じ開けるが、やはり無駄だった。頭も段々と重りが詰まっていくように前へと垂れ、身体の力も抜けていく。

 ……まるで、眠りに誘われているような。否、実際に強い眠気が遥へと襲い掛かっている。

 なんで、どうして。必死に思案していくものの、強烈な睡魔がそれを許さない。遥は遂に考える事を放棄してしまった。


 眠い。ただ一言呟きながら、遥は眼前の扉へ前のめりに倒れ、抗う事も忘れ、その意識を完全に睡魔に委ねてしまった。

 由希の事は、既に考える事も無く。



****



 そして気付けば見知らぬこの牢獄のような場所で目覚め、冒頭に繋がるという訳だ。

 正確には訳の解らない状況にパニックになって小さい個室で走り回った挙げ句、勢いでスッ転んで漸く理解する気になった、というのが正しい流れではあるが。


 思い返した所で、謎が深まるだけだった。何せ由希の自宅の玄関前で突っ伏して寝て、気が付けばこんな所にいるだから、一体どういう事なのやら。そもそも何故あのタイミングで強烈な睡魔が襲ってきたのかさえも理解出来ない。誰かが仕組んだものなのかと邪推しても、結局解る筈も無かった。

 此処には遥だけで、由希の姿は見られない。というより遥以外の人間がいるのかさえも疑わしかった。耳を澄ましても物音一つ聞こえないのが不気味だ。


 新たに見付かったものといえば、廊下側をふと見渡して発見した、煉瓦の壁に混じって埋め込まれた緑色のプレート程度だった。39−Sと刻まれているそれはどうやら此処の位置を示しているようだが、もしかして此処は39階に相当するのか、というか高過ぎやしないかと遥は気が遠くなった。

 此処を出て一階ずつ降りていけば、やがて外に出られるのかもしれないが、この塔と思しき此処がどこにあるか解らない以上、不用意に動けなかった。

 再び深々と嘆息しながら、遥は虚空を眺めた。気付けば知らない所だなんて、まるで夢でも見ているようだと苦笑する。しかし現状を考えれば、あまり洒落にならない。本当に自分は生きて帰れるのかと、今更ながら背筋に寒気が走った。


「ここは、どこ……?」


 返ってくる筈の無い問いを、無意味に呟いてみた。

 ……否、無意味ではなかった。


「……ッ?」


 遥の横顔を唐突に白い明かりが照らし出した。何事かと思い、目を細めながら遥は右……丁度外の様子が僅かに見られる鉄格子の方向を向くと、先程まで真っ黒に染まっていたガラス張りの壁が、真っ白に輝いていた。

 ガラス張りの壁というより、テレビのモニターのような物なのかと改めて推理してみる。遥が電源を付けた訳ではないので、遥以外の第三者が付けた事になるが、一体誰が? そもそも、ここに他に人はいるのか?

 数々の疑問が沸き上がる中、ガラス張りの壁改めモニターから、まるで何者かが遥の先程の嘆きを聞いていたかのように文字が浮かび上がる。


 それは、遥の問いに対する答えでもあって、

 それは、物語の始まりをも意味していた。



――[ようこそ、夢の牢獄へ]

囚人番号四番・ジャードと申します。今回はお二人の都合により、三番目の投稿と相成りました。ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


他の方々と交流しつつ、協力して一つの小説を書いていくというものは面白そうで参加させて頂きましたが……いやはや、未だ序盤とはいえ先が読めない読めないwww 最上階に向かう者はいるのか、はたまた最下層へと逃げ込む者もいるのか、色々と妄想が広がって危ないです← こういう特殊な小説は先が読みにくくて、だからこそ面白くなるのではと個人的に考えています。


今回の話や先の二つも併せて後の話も読み進めてみると、もしかしたらより一層楽しめるかもしれません。宜しければ今後も御一読頂ければと思います。

それでは。この企画への参加を快く了承して下さった水音さんに、そして読者の皆さんに感謝の意を込めて、今回は失礼させて頂きます。



……優等生モードって大変ですね←

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