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ーー小便涙を流しちゃならない本当の理由ーー

作者: 太郎鉄

初めて書いた短編です。何とかオチも用意したので、どうぞ気軽にお楽しみください。

春太の葬式に行ったら、何故だか、明らかに仲良くなかった奴らまで泣いてて、俺達の悲しみが興ざめした。


変わりに俺達に芽生えたのは、憤りとか、そういう種類の感情だった。


「慎太郎、あいつら、何で泣いてると思う?」


慎太郎に聞いてみた。


「さぁねえ。田村、お前はどう思うよ」


「わかんねぇから聞いてんだ。だけどさ、何かムカつくよ。あいつら見てると、苛々すんだ」


俺は葬式というものに顔を出したのは初めてだったので、こういうものなのかと納得しようとしたんだが、遺影に写った、眩しい春太の笑顔を見ると、そんな気持ちは吹っ飛んでしまった。


「てめぇら悲しくもねぇくせしやがってメソメソ泣いてんじゃねぇ!生きてるころは、ゴミだ糞だって陰口叩いてたの、俺が知らねぇと思ってんのか!」


式場の全員が白い眼で見つめる。親戚に至っては、どういう訳だか笑ってやがる。


「バカ、やめろよ田村」


「だって、だってよ、春太が、これじゃあんまりに可哀想じゃんか」


ゴミだ糞だと陰で春太を罵っていた奴らからは、こんな時だけ大声で泣かれて、親戚からは厄介者がいなくなって、さも嬉しいなんて顔されてる。


俺はあんまり悔しくって、ボロボロボロボロ泣いちまった。


「それだよ、田村。それが涙だ。お前のは本物だけど、あいつらのは偽物なんだ。だから俺達ぁムカついてんだ」


「偽物って?」


「あいつらは、知り合いの葬式ってもんで、条件反射に泣くように出来てんのさ。ある種のストレス発散だよ。ま、便器見たら小便したくなるだろ。あれと一緒よ」


「じゃあ、あいつら、小便、春太にぶっかけてんのか?」


「バカ、比喩だよ。解るか?ひ、ゆ。物事のたとえ話。つっても、あながち、お前の言ってる事も間違いじゃねえけどな」


春太の遺影の前に立って、棺に一瞥くれたあと、慎太郎は泣いてるクラスの連中、一人一人を見据えながら、低い声で、ゆっくり言った。


「お前ら、涙は本当に泣きたい奴に譲ってやれよ。てめえらの小便でそいつの涙を汚すな。死んじまった春太に対して、そんくらいの礼儀は見せてやってもいいだろうがよ」


泣いてた奴らから涙が引いた。慎太郎の言うとおり、こいつらの涙は小便と同じだったようだ。


「帰ろうぜ田村。ここにゃ春太の魂はいねえよ。こんな居心地の悪い場所に、あいつが好んで居座るわけねぇ」


俺は慎太郎に肩を抱かれながら、式場を後にした。


よく、春太と慎太郎と俺の三人で、この土手にたまって、ペチャクチャペチャクチャ、つまんない話を面白そうに喋っていたのを思い出す。


春太の母親は、春太が中学一年の夏、男を作って家を出た。春太の父親は、春太が中学二年の冬、アル中が災いして、外で転んで凍死した。


春太は叔父と叔母に引き取られたが、春太が死ぬまで邪魔者扱いされていた。


俺や慎太郎の境遇だって、幸せだなんて思えないけど、春太に比べりゃ、まだマシな方だ。


春太は叔父から虐待を受けた。中三になる頃、毎日顔に大きな痣を作って、学校に来るようになっていた。


『屁でもねぇよ。心配すんな』


春太は、俺の英雄だった。俺が小学校低学年だった頃、つまんない事を理由に、クラスのアホ男子に毎日虐められていた。


見かねた春太は、アホ男子を俺の前でボッコボコにした。


『お前さ、突っ張んのはいいけど、だったらしっかりやり返せって。お前はお前がしたいからそんな格好してるんだろ?何もしなかったら、お前が正しいなんて、誰も認めてくれないぜ?』


この日から、俺はずっと春太と一緒に生きてきた。いつだって、太陽みたいに眩い光で、俺を照らして、俺に自信を持たせてくれた。


中三の半ば頃、春太はちょっぴり荒れだした。髪を金髪にして、煙草を吸うようになり、先輩から貸してもらった原付を乗り回して、何度も警察に歩道される。


春太はその度、叔父に殺されかけたそうだが、それでも、原付に乗るのを止めなかった。


クラスの奴らは、そんな春太を

「馬鹿が狂ってゴミになっちゃった」

とか何とか言って、笑いの種にしていたものだ。


『バイクってやべえよ。まぁ、俺が乗ってんのは原付だけどさ。これにはな、何でもかんでも忘れさせる力みてえなもんがある。なんつうかな、バイクに乗って走ってる時だけ、世界がかわんだ。風とか、空気とか、そういのが全部俺と一緒になって、見えないものが見えてくる。そこに確かにあったのに、今まで気付かなかったもんが沢山見えてくるんだよ。それが俺に教えてくれる。俺の痛みとか、悲しみなんて、そんなの全然ちっぽけだぜっ、て』


きっと春太は、スピードに魅せられていたんだと思う。春太にとって、自分の居場所はバイクの上だけだった。何もかもに否定され続けた春太が、ようやく見つけた、自分を肯定してくれる場所だったのだ。


だからって、魅せられすぎて、死ぬ事はないじゃんか。それじゃ、俺達は、春太にとっての、居場所にすらなってなかったって事じゃんか。


「それは違ぇよ、田村」


土手に腰掛けて、河川敷を見つめる俺の横で、慎太郎が優しく呟く。


「春太は言ってたじゃねぇか。『いつかお前達も一緒に、この世界へ連れて行きたい』ってよ。春太は俺やお前と一緒に、あいつの言うところの、新しい世界へ行きたかっただけだよ。ところが、あいつは先走るから、先走りすぎるから、まだ誰も見たことねぇ世界へ、ひとまず一人で行ってみようと思ったんだ。後で俺達を連れてく為にも、原付改造して、ありえねぇくらいスピード出してな」


ありえねぇくらいスピード出して、春太は死んだ。卒業式の翌日だった。馬鹿春太。死んじまったら、何の意味もないじゃんか。俺達を連れて行けねえじゃんか。


「だからよ、俺達が見てきてやろうじゃねぇか。今度あいつに会った時、自慢してやろうぜ」


今度あいつに会った時…。


それは一体いつ訪れるんだ。


「無茶な事言うな。いつ春太に会えるんだよ?」


自分でそう言って、そしたらやっぱり悲しくって、俯いて俺は号泣した。


慎太郎が俺の背中をさする。さすりながら、のんびりした口調で喋りだす。


「俺の婆ちゃんが言ってたんだけどよ。死んじまった奴の魂は、そいつが一番大切だった者の涙に宿るんだってさ。綺麗で純粋な涙は、魂を洗ってから地面に落ちる。すると地面に落ちた涙から、魂は大地に広がって、またどこかの命に宿るんだって。こうして生命ってのは廻るらしいぜ。まぁ、これが本当だとしたら、間違いなく、お前の涙に春太の魂はいるって事だ。そんなわけで、小便みたいな涙で、お前のを汚させる訳にはいかなかったのよ。知ってるか?あいつ、お前の事好きだったんだぜ」


俺はワンワンワンワン、犬みたいに吠えながら泣いた。涙が地面に沢山零れた。この中のどれかに、春太がいるとしたら、春太には悪いけど、零してしまうのがもったいなくて、別の意味で悲しくて、飽きる事なくワンワン泣いた。


ひとしきり泣いて、ようやくそれが収まった頃、慎太郎が俺の頭を撫でる。


「ちょっとすっきりしたんなら、顔を上げてみな?少しは気分も晴れるような景色だぜ」


嘘みたいに真っ赤な夕日。こういう夕日を、俺は写真とかテレビでしか見たことがなかった。壮厳でいて美しい。生きる事の厳しさと、生きる事の素晴らしさを同時に教えてくれる、きっぱりとした眩しい光。


春太みたいな夕日だった。


柄じゃないけど、夕日に誓う。


春太。お前が見れなかったもの、俺達が先に見てきてやるから、だから、お前もあとから来いよ。俺達、長生きして待ってるからさーー。


俺は夕日が沈むまで、ずっとその場に佇んでいた。




「ところで田村。お前、もう坊主にゃしねぇの?今更お前を虐める奴なんていねえだろ」


「うるせえ。あれはガキの頃、おめえら男子がスカートめくりとかそういうのしまくるから、する気が起きねぇようにって事でやったんだ。俺は別に、女が好きとかそういうんじゃねぇんだ」


「あはは、んな事あったな確かに。でも坊主頭が似合う女こそ、俺は真の美形だと思うぞ。長い髪も全然おめえはいけてるがよ」


「何言ってんだ気持ち悪い」


「やれやれ、お前言葉遣いさえ直しゃ相当もてると思うんだがな。完全に名前負けだぜ。田村乙女ーーいてえっ!なにすんだ!」


「名前を呼ぶな!ぶっ飛ばすぞ!」



数年後、鈴鹿八耐に優勝した、慎太郎のバイクのケツに、俺が乗るのはまた別の話ーー。



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― 新着の感想 ―
[一言] 軽快なテンポで大事な事を伝えてくれる腕前が凄いです!! そしてオチには驚きましたが伏線もあったので違和感なく読めました。 次回作も期待しています! 頑張って下さい。
[一言] お見事です。本当にオチもついていましたね。驚きました。 是非次の作品も頑張ってください。
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