聖夜に願いを
なんとか投稿日をクリスマス当日にできました。
これはあるクリスマスイヴの物語です。
では、お楽しみいただけると幸いです・・・。
それは、凍えるような冬の夜のことだった。
ネオンや照明が煌びやかな街並み、そこを行き交う幸せそうな表情を浮かべた人々。
それらを見ながら、俺は溜息をついていた。
「いっけね」
しかし、慌てて口を手で抑える。
誰かが言っていた。溜息をつくと幸せが逃げてしまうらしい。
「しかし、困ったな・・・」
途方に暮れてそばにあったベンチに腰掛ける。
することがないなら、こんな寒い日に夜遊びに出なければいいと言われてしまえばそれまでだが、あいにく今の俺はそうもいかない状況に立たされているのだ。
ずばり、今の俺は記憶喪失者なのだ。いや、まいったね本当に。
まず、自分の名前が思い出せない。
帰ろうにも家の場所が思い出せない。
有り体の、例えば今の総理大臣は誰か? とか、そういうことは覚えているが、自分の個人情報はほとんど思い出せないのだ。
だから仕方なく、最初に目を覚ましたこの場所にいるのである。
今俺がいるのは、大きな噴水の目立つ、道路沿いにある小さな公園・・・というか広場だ。
道路を挟んだ向かいには、綺麗に装飾がされ、イルミネーションの輝いている店の数々。
道路には、忙しなく車が行き交っている。
何だか熱気が違うな。何かの記念日なのだろうか。
その時、急に着ているコートからありきたりなクリスマスソングが流れ始めた。
「うん?」
突然のことだったから少し驚いたが、すぐに気を取り直してコートのポケットに手を突っ込む。
ポケットに入っていたのは、一個の携帯電話だった。それも、タッチ式の便利なやつだ。
恐らくは自分の持ち物なのだろうが、まるで他人のものであるかのような印象を受けてしまう。手には馴染んでいたが。
電源ボタンを押すと、スリープモードだったらしく、画面が明るくなった。
俺が使っていた最中のようで、画面には何かのサイトが映っていたが、先ほどの音はおそらくメールの着信音だろう、と考え、俺は躊躇無くネットを終了させた。
待ち受けに映し出されているのは現在時刻らしく、画面には『12/24 21:06』と出ていた。
そこで、ようやく街の妙な熱気の説明がついた。
「そうか、今日ってクリスマスイヴなのか」
成る程な。道理で。どこもかしこもキラキラしてるとは思っていたが。
それを確認してすぐ、視界に妙な物が入った。
「・・・?」
自分の座っているベンチの上に、見覚えのないペンダントが置かれてあったのだ。
誰かの忘れ物だろうか。
・・・ハンカチとかならまだしも、ペンダントは無くし主も探しに来るだろうな。
そう思い、ペンダントに手を延ばした時だった。
「それに触らないでッ!」
急に公園の入り口の方からそんな声が聴こえた。
驚いてそちらを見ると、ダウンジャケットを羽織っている女性がこちらに向かって走ってきていた。
「あ、いや、別に盗ろうとしてたわけじゃないんだ」
慌てて、走ってきた女性に弁明する。
「え? そうなの?」
相手はやけに素直に俺の弁明を聞き入れると、安心したように、ペンダントをベンチから拾い上げた。
◇◇◇
「いやー、ごめんね、変な勘違いしちゃって」
そう女性が言い、頭をさげる。
「いや、別に俺も盗ろうとしてたわけじゃないし・・・勘違いはよくあることだしな」
それに公衆の面前で女性に頭を下げさせているなんて光景には、これ以上耐えられる自信が無い。
「ね、君。暇なの? 今」
「え? まあ、そうだけど」
ふいにそう訊かれ、とっさに答える。
「じゃあさ、ちょっと買い物に付き合ってくれないかな」
「はあ!?」
何を突然そんなことを言い出すのか。俺をパシリしようってのかよ。こちとら記憶喪失で迂闊に動けない状況なのに。
「いや、疑ったし、そのお詫びもしたいしさ。後でご飯おごってあげるよ」
「行きます行かせてください」
そういえば腹が減っているんだった。そういうことなら願ったり叶ったりだ。荷物持ちでもペンダント泥棒でもなんでもやってやろう。
「泥棒はしないでよ」
彼女が笑いながら言った。
◇◇◇
「はあー、疲れた」
そう呟き、どさりと崩れ落ちる。
「ありがとう、助かったわ」
彼女がいい、隣に腰かけた。
今俺が座っているのは映画館の座席である。
せっかくのクリスマスイヴなんだから、楽しまなきゃ、という彼女に連れられ、しぶしぶ着いてきた次第である。
まあ、夕飯をおごってもらった身だ。これくらいはいいか。
別に付き合ってるわけでもないし。
しかし、かなり波長の合う人だな。本当に。こんな人には滅多に会えないのではないだろうか。
趣味や趣向も似通っていたし、初対面にしては楽しいショッピングだったように思う。ただ、アクセサリーや服などを買う中、一歩だけ黒のサインペンを買っていたのが気になった。使っていたものがインク切れでもしたのだろうか。
まあ、どうでもいいことだが。人の買い物に難癖つける気もないし。
そうこうしている間に、映画が始まった。
彼女が選択したのは、感動系の動物ものだった。ベタだな。
◇◇◇
「あー、面白かったね!」
「あ、ああ……そうだな」
途中からうとうとしていたのは内緒だ。目が覚めたら終盤で館内が涙うるうるな空気だったが付いていけなかったのも内緒だ。
それにしても。
「はあ……」
俺の記憶は一向に戻る気配が無いな。まあ、こんな寄り道みたいなことしてるからかもしれないが。
「ため息は、駄目だよ」
「え?」
急に、彼女がまじめな顔をして言った。
「幸せが逃げて行っちゃうからね。気を付けなよ?」
「あ、ああ……」
何だか聞いたことのある台詞だな。どこで聞いたんだっけ……。
……まあ、いいか。
とりあえず、俺の方の事情も説明しておくかな。この分だと俺がぼっちになってしまう。
◇◇◇
「ええええ!? 君、記憶喪失だったの!?」
驚かれた。ものすんごい驚かれた。
まあそうか。誰だって初対面の人と中が良くなったと思ったらその人が記憶喪失者だった、なんてことになったら驚くさ。
「まあ、そういうことなんだ。何でかも分かんないんだけどな」
「手伝うよ!」
「は?」
急に彼女がそんなことを言い出した。
手伝う? 俺を?
「ええ。記憶を失ったのなら、何か原因があるはず。よし、まずは街を回ってみましょう? 何か思い出すかもしれないわ」
いや、手伝ってもらうのは構わないんだが・・・。
「私? いいわよそれくらい。荷物持たせちゃった上に映画にまで付き合わせちゃったわけだし。おあいこよおあいこ」
そうだろうか。まあ、手伝ってくれるというのなら文句は無い。一人より二人のほうが効率もいいだろうしな。
「そうときまったら、行きましょ!」
彼女が俺の腕を引いた。
◇◇◇
とりあえず目に付くもの、この街で人が良く行く所なんかを回ってみたが、俺が記憶を思い出すことは無かった。
「・・・うーん、駄目かぁ・・・」
「すまないな」
「いいよいいよ。それより、早く記憶を取り戻さないと」
そう言い、励ましてくれるが、正直言って、あまりかんばしくない状況だ。
そろそろ彼女も帰らいといけない時間だろう。
一人手伝ってくれる人がいるだけでずいぶんと気が楽になったものだが、そろそろ時間だ。
「なあ、そろそろ夜も更けてきたし、帰った方がいいんじゃないのか?」
そう言うと、彼女は急に悲しそうな、残念そうな顔をし、
「・・・そう、か。もう時間だしね」
と言った。
どうしたんだよ。何か事情でもあるのか?
「ううん? ないよ。特には・・・ね」
何だよ。含みのある言い方をするなよな。
飲み物買ってくるね、と彼女が荷物を持って走って行った。
しばらくすると、再びコートのポケットから例のクリスマスソングが流れ始めた。
今度は何だと思いながらも、携帯電話のスリープを解除する。
どうやらメールが届いているらしかった。
画面をタッチして新規メールを確認する。
タイトルは『無題』。
文面には、ケータイサイトのURLが貼り付けられていた。
「何なんだよ、全く・・・」
そう言いながらも、好奇心に負け、URLをクリックしてしまう。
読み込み画面が開き、しばらくして、煌びやかなサイトが表示された。
サイト名は『聖夜に願いを』。
概要をみるに、このサイトに願いを書き込むと、聖夜、つまりクリスマスイヴの夜の間だけその願いが叶う、というものらしい。
なんとも胡散臭いな。
だが、その先のメッセージ画面を見た瞬間、俺の身体は硬直した。
画面に表示されていたのは、『~様へ』という形で表記された、
それは、俺の名前だった。
何故かはわからないが、それが自分の名前だとすぐに理解できた。
思わぬ収穫だ。だが、高ぶっていた俺の精神は、そのページをスクロールしたところで更なる打撃を受けた。
そこに書かれていた、『あなたの今夜の願い』という額縁のようなフォントに囲まれた一行の文章。
「・・・『死んだ幼馴染にもう一度会いたい』?」
これを俺が書いたのか!?
よくわからないが、とにかく名前が分かったのだ。
彼女にも教えておこう。名前さえわかれば、色々と道もある。
そう考え、彼女の走って行った方向ーー確か公園の奥に自動販売機が二台あったはずだーーに向かって歩き出す。
「おーい、進展があったぞー」
二つ並んだ自動販売機の近くに行き、そんな感じに呼びかけてみたが、そこに彼女はいなかった。
「・・・あれ?」
何処に行ってしまったのだろうと周りを見回すと、自動販売機のすぐそばに見覚えのあるものを見つけた。
「これは・・・」
自動販売機のそばの花壇の上には、蓋の開いていない缶コーヒーと、それにかけられたあのペンダントがあった。
周りを見回すが、彼女の姿は見当たらなかった。
・・・おかしいな。確かここまでは一本道だったはずなのに。
トイレにでも行ったのかと思いながら缶コーヒーを手に取ろうとすると、その缶コーヒーの側面に何か書いてあるのが見えた。
買ったばかりのそれは凍えている両手を温めるのには少し熱めだったが、構わず持ち上げる。
「・・・!」
そこにはサインペンで黒く、『また会えて嬉しかったよ、ゆう君。・・・頑張って!』と書かれていた。
それを見た瞬間、急に頭痛が走り片膝をつく。
「・・・嘘・・・だ、ろ」
様々な景色が脳内に溢れかえり、洪水のように記憶が戻っていく。
そして、思い出す。
俺のことをゆう君と呼ぶのは、この世でただ一人。
・・・二ヶ月前に死んだ、俺の大切な恋人しか、いない。
頭痛がひどくなり、ふらつきながら近くのベンチに腰を下ろした。
「そんな、馬鹿な。あいつは・・・」
彼女の微笑みを思い出す。
・・・思えば既視感は確かにあった。だが、記憶が無い以上下手に行動するわけにはいかなかったのだ。
だが、今だからわかる。あいつは何故か、死んだはずなのに、俺のもとに会いにきていた。
願いは、叶っていた。
願い。そのワードにはっと気を取り直し、携帯電話の画面を見る。
だが、そこには『聖夜に願いを』のページは映っておらず、画面中央に小さく『12/25 0:02』という数字が浮いているだけだった。
即座にインターネットの履歴を確認する。検索もかけてみる。・・・だが、どこを確認しても、そのサイトを見つけることは出来なかった。
ふいに、ある光景が頭に浮かんだ。
二か月前のことだった。俺は彼女と二人で帰り道を歩いていた。
「・・・あ! またため息ついてる。知ってた? ため息ついたら、幸せが逃げちゃうのよ?」
目の前に彼女の怒ったような顔が迫る。
「いやでもな、これには深い事情があって・・・」
そう言い訳をしようとすると、彼女は困ったような表情になり、まくしたててきた。
「もう。しっかりしなさいよ、ゆう君、最近ぐうたらしすぎじゃない?」
「そのゆう君っての、やめろよ。恥ずかしい」
そう言うと、彼女はさらに顔を赤くし、
「・・・いいじゃない。別に。もう、ただの幼馴染じゃないんだから」
と言った。
これには俺も言い返せない。
「まあ、それは・・・そうだが」
「それにね」
彼女が横を歩きながら続ける。
「私が付き合っている男が、だらしない奴なんだ、って思われるのが、嫌なのよ。ゆう君には・・・その、もっといいところがいっぱいあるんだから、さ。それを他の人に知ってもらえないのは、彼女として許せないじゃない?」
「いや俺に訊かれてもな。というか、そういうものなのか?」
「そういうものなのよ」
そう言うと、彼女は満足したように微笑む。
「・・・もう、ここまで来ちゃったのか」
横を歩く彼女が足を止める。
目の前には、左右に続く分かれ道。
左が彼女の家の方向で、右が俺の家の方向。
「・・・じゃあ、またね」
彼女がそう言い、歩いて行こうとする。
「送っていくよ」
気を利かせてそう言ってみるが、
「もう。もう子供じゃないのよ、自分で帰れるわ」
彼女はそう言って、自分の家の方向を向いた。
「それにね」
・・・と思ったら、急にこちらを振り返り、
「・・・またいつでも、会えるじゃない?」
と言った。夕日にその姿がシルエットになり、顔は見えない。
だが、きっと彼女はあの時微笑んでいたのだろう。
「・・・そうか。そうだよな」
そう言い、俺は片手を上げ、「じゃあ、またな」と言った。
「うん。またね」
彼女もそう返し、再び家路の方を向く。
俺の振り返り、自分の家の方に向け、歩き出した。
俺はあの時かなり気分がよかった。彼女がそう思ってくれていたことに、歓喜していた。
だから、しばらく歩いた後に慌ただしげにサイレンを鳴らす救急車とすれ違っても、何も感じなかったのである。
◇◇◇
「・・・ッ」
思わず手に持っていた缶コーヒーを握りしめる。
そうだった。
その後、家に帰った後に、焦ったように電話に出ている母から、彼女が車に轢かれたということを伝えられたのだった。
信号無視の大型トラックに撥ねられ、即死。
苦しむことはなかったでしょう、と医者は言っていた。
それを聞いた瞬間、俺の前には、ただただ絶望という名の暗闇が広がっていった。
それからは、後悔と失望の日々だった。
思い出すのは、彼女の笑顔。
俺はあの時自分が送っていれば、と後悔するばかり。
そして、二ヶ月が経って街がクリスマス一色になっても、俺の絶望は消えることがなかった。
クリスマスイヴだというのに、街の明るい空気とは正反対に、彼女との思い出を思い出しながら、一人街を歩く。
煌びやかなイルミネーション。楽しげな人々。
すべてが憎らしく見えた。
寒さと長い間歩いた疲労に負け、一休みしようとすぐそこにあった、大きな噴水のある公園に入り、ベンチに腰掛ける。
・・・ふと思い立ち、コートのポケットに入っている携帯電話を取り出した。
何かをしたかったわけでもなかったが、何となく携帯電話をインターネットにつなぎ、『クリスマス』と検索してみる。
「・・・ん?」
検索結果には、『検索結果:一件』と表示され、そこには『聖夜に願いを』というサイトの名前が映し出されていた。
確かに自分は『クリスマス』と入力したはずなのに、どうして検索が一致したのがこの一件のサイトだけなのか。
ただ、考える気力も無かった俺は、そのまま、そのサイトをクリックした。
「・・・『聖夜に願いを』。この欄に、あなたの願いを入力してください。今夜だけ、きっとその願いは叶います。・・・ふん、胡散臭いな、全く」
そう言いながらも、何も考えることをしなかった俺は、半ばやけくそ気味に、『死んだ幼馴染に会いたい』と入力したのだ。
その瞬間、視界がぐにゃりと歪み、俺の意識は闇に落ちた。
◇◇◇
「・・・そうか。そう、だったんだ」
一人、缶コーヒーを握りしめ俯く。
今夜限りの願い。
たった一夜、聖夜の間だけその願いは叶う。
確かに俺の願いは叶っていたのだ。ただ、その事実を俺はその時知ることはできなかった。
『聖夜に願いを』というサイトの正体が何だったのか、という疑問も一瞬頭の中をよぎったが、それよりも、俺の意識は缶コーヒーに描かれた文字に集中していた。
『会えて嬉しかったよ、ゆう君。・・・頑張って!』
「・・・」
『頑張って!』励ますように描かれたその文字に、彼女の気持ちがこもっているような気がした。
きっと、彼女は知っていたのだ。俺が記憶を一時的に失っていることも。自分が何故そこにいるのかも。
それでいて、俺の身勝手な願いに付き合ってくれていたのだ。
・・・ふと、彼女の残して行ったペンダントを拾い上げる。
思い出した今なら分かる。これは、俺が今年の誕生日に、彼女にあげたものだった。
小さな鎖で繋がれており、そこには小さなロケットが通してある。
・・・中には何も入れずに渡したんだったっけな。
そう思いながら、手のひらに収まっているロケットを開く。
「・・・ッ・・・」
そこには、笑顔で一緒に映っている、俺と彼女の写真が入っていた。
視界が潤んで見えなくなる。
このまま泣き崩れてしまいたかった。
だが、頭の中にあの時の彼女の言葉がリフレインされ、俺は涙をぬぐった。
『・・・私が付き合っている男が、だらしない奴なんだ、って思われるのが、嫌なのよ。ゆう君には・・・その、もっといいところがいっぱいあるんだから、さ。それを他の人に知ってもらえないのは、彼女として許せないじゃない?』
「・・・そうだな。お前の言うとおりだ。いつまでもうじうじしていたら、俺らしくないって言うんだろ?」
そう、ロケットの中の俺の隣で幸せそうに微笑む彼女に呼びかける。
なあ、お前は幸せだったか?
こんなだらしない奴と一緒になって、後悔はしなかったのか?
俺は、お前を幸せにしてやれていたのか・・?
ふと、頬に冷たいものを感じた。
上を見上げると、真っ暗になった空から、白い雪がはらはらと落ちてきていた。
「・・・うん。幸せだったよ、とっても」
「!」
そんなあいつの声が耳元に聞こえ、とっさに振り向く。
・・・だが、俺の目の前には、白い雪が降り続けるホワイト・クリスマスの街が広がっているだけだった。
クリスマス・・・。
ちなみに作者のクリスマスは中止のお知らせです(泣
感想待ってます!