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26.十年を経て

 リディアは庭の片隅に、ヒルの魔物を置いた。

 これはシオンが凍結させて確保した個体であり、命は既に尽きている。レンザンとシオンも、その死体を上から眺めた。


「……うむ。我に襲い掛かってきたものと、同様の魔物だな」

「リディア様、この魔物は何なのですか?」


 シオンの質問に、リディアは少し間を置いてから答える。


「額に第三の目を持つ者――あれはネブラという種族なの。ヒルの魔物は、この十年を掛けて獲得した……ネブラの繁殖方法よ」

「なるほど……。にわかには信じられないが、寄生して身体を奪う、ということかな?」


 かつて右腕を喰われかけたレンザンは、嫌な表情を浮かべた。右腕ごと斬り離したので影響は無かったが、そうしていなければ、レンザンの身体は奪われていたかもしれない。


「それが繁殖方法、ということなら……自分たちで、子供は作れないんですね」

「ええ。他人の身体に寄生して、他人の身体で生き続けて――そして、ヒルの魔物を介して自分の血筋を伝えていくの」

「何だか、悲しい生き物ですね……」


 シオンはベルデを始め、いくつかの人間の街を訪れていた。思い返してみれば、どこにも子供の姿はなく――大人ばかりが街に暮らしていたのだ。


「……人間の国を丸々奪ったんですもの。私も最初は、もっと人間らしい生活を送っていると思っていたわ。だから、仮だったとしても……シオンに、人間たちが生きる姿を見て欲しかったの」

「だから、僕に認識阻害の魔法を掛けていたんですか?」


 シオンがオルトゥスを出るたび、リディアはシオンに認識阻害の魔法を掛けていた。それにより、シオンはずっと、ネブラの姿に人間を見ることになった。


 ただ、シオンは今までのことに納得がいった。彼らの発する言葉は意味が分からず、肌に触れたときの感じも固かった。自分たちとはまるで違う――それが内心、ずっと理解できていなかったのだ。


「あとは……私は、ネブラのことを醜く思っている。見るのも嫌。だからそんなものを、シオンには見せたくなかったのよ」


 リディア自身、人間の国に思うところはある。しかし、それを一方的に蹂躙して滅ぼしたネブラには、おぞましさを感じている。存在だけで忌々しく、第三の目も薄気味が悪い。さらには、ヒルの魔物を介して繁殖するなど――


「……そもそも、お嬢ちゃんはいろいろと知っていたようだな?」

「ええ。私がこの土地に追放されたとき……たくさんの本の中に1冊だけ、ネブラについて書かれた本があったんです」

「ふむ……?」

「ネブラは異なる世界から現れた存在。彼らの神グロムと共に、この世界に渡って――人間を滅ぼすだろう、と」


 リディアの言葉に、レンザンは珍しく目を丸くした。オルトゥスに来て以来、最も隙を見せた瞬間だった。


「……それは、預言か?」

「おそらくは。それに、そんなことができるのはきっと――」


 リディアはふと目を逸らして……少ししてから、シオンを見つめる。


「……シオンに認識阻害の魔法を掛けていたのは、そういう理由。ごめんね、気分を害したでしょう?」

「いえ、そんなことはありません。この前も、リディア様には謝って頂きましたし――それに、人間の生活をと言うなら、オルトゥスでたくさん見せてもらっています」

「……ありがとう。それじゃ、この話はもうしないわ」

「はい!」


 シオンの明るい声に、リディアは少しだけ笑った。


「次の問題は、西の結界が破られたことね。張り直すことはできるけど……ネブラにも術士がいるみたいだし、安心はできないかしら」

「侵入されたときのために、ゾゾさんの蚊取り閃光を使うのはどうですか? 魔物の死体もありますし」

「でも、死体を切り刻んで魔導具に入れるっていうのも……ぞっとするわね」


 怖さではなく、気味の悪さ。実用するのであれば、森中にその肉片をばらまくことになるのだ。シオンもレンザンも、さすがに嫌な表情を浮かべた。


「……まぁ、餅は餅屋だ。ドワーフたちに相談すれば良いのではないか? お嬢ちゃんが知らぬ知識も、きっと持っておるだろう」

「そうですね……。戦いの準備もしなければいけませんし、ゾゾさんたちとも相談してみます」


 リディアは改めて、魔物の死体を見た。凍結されてはいるが、すぐに焼き尽くしてしまいたい――……そんな気持ちを、強く抑えながら。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 リディアはドワーフたちが暮らす区画を訪れ、大きな建物に入っていった。そこはドワーフへの依頼を取りまとめる場所で、今は基本的にここで話を通すことになっている。


「お、リディア姐さん! こんにちは!」

「こんにちは、ズズさん。居場所が変わっても、いつも一番に挨拶してくれますね」

「がっはっはっ、それがワシの誇りですからね! それで、今日はどうしましたか?」

「ゾゾさんへの相談と、あとは……量産したいものがあって」

「ふむ……。それではワシたち兄弟が、ドワーフを代表して伺いましょう!」


 リディアは応接室に通されて、ズズは他の兄弟を集めに行った。ちなみにザザは、今はオルトゥスに滞在している。


「……全員が揃うのを見るのは、ここでは初めてかもしれませんね」

「がっはっはっ! 酒の席ではすぐに揃うんだがなぁ」


 ザザが大きな声で笑った。これだけで場の緊張を緩ませられるのは、一種の才能かもしれない。


 リディアは必要な話をまとめて伝えた。外部には寄生能力を持つ、ネブラという危険な種族がいること。最近、オルトゥスが狙われ始めていること。それに対抗するための装備や道具を量産したいこと……などなど。


「はぁ……。何だか凄いことになっているんですね」

「人間も襲われ、天使も襲われ……となれば、もちろんドワーフも狙われるんでしょうな……」

「どういう道具があればいいのか……。うぅ~ん、難しそうですね」

「ワッチィも頑張りまっせ~!!」


 この兄弟が年長者順で喋るのは知っていたが、4人連続なのは初めて聞いたな――リディアは少しだけ楽しくなってしまった。しかし、今はそんな場合でもない。


「武器も防具も、戦いに参加する人の分だけ欲しいし、予備も欲しいです。あと、ゾゾさんが開発した蚊取り閃光も改良したくて……」

「あん? 蚊取り……閃光?」


 ザザの言葉に、リディアは実物を見せた。この魔導具の説明をゾゾに任せると、彼はノリノリで説明を始めた。そもそもは南方に滞在したとき、蚊の伝染病に悩まされている場所があって――というところから、リディアに納品をするまで。あとは追加で、リディアが要望を伝えた。


「――魔物が近寄ったときに、光るようにしたい。そのためには、その魔物の肉片を魔導具の中に入れなければいけない……ねぇ?」

「そうなんよ、ゼゼ兄さん!」

「実物を入れなくても、転写石を使えば良いんじゃないか?」

「転写石って……何ですか?」


 ゼゼとゾゾが話をする中、リディアが質問した。


「簡単に言うと……この蚊取り閃光、ですか。これは外部の魔物と、内部に収めた魔物の肉片を比較するんです。同じ魔物か、そうでないか、って感じですね」

「はい」

「……ということはですね、比較する機構の中で、肉片はいつも情報に変換されているんです。この肉片の成分がこうだから、あれは同じ魔物だ……って感じで」

「ふむふむ」

「つまり、肉片から変換された情報を、転写石という石に書き込むことができれば……魔物の肉片は不要になる、ということです」

「ほぉ~! さすがゼゼ兄さんだ、道具のプロ!!」


 ゾゾはゼゼをおだてるが、ゼゼは冷ややかな目でゾゾを見つめる。


「毎回処理を入れると、その分エネルギーを多く使うだろうが……。もう少し長期的な運用を考えてだな……」

「ワッチィは、閃き専門だから~!!」


 ゾゾのテンションに、ゼゼは頭を抱えた。


「今の話を総合すると……魔物の肉片は使わないし、使うエネルギーも減るってことですよね? その方向でお願いできますか?」

「ええ、わかりました。この魔導具はパーツが多いですから、ワシも手伝うことにしましょう。あとはひとつ、問題がありまして……」

「はい、何でしょう?」

「転写石は錬金術の領分なので、リディア姐さんにお願いしてもいいですか?」

「あー……わかりました。この街も人口は増えたのに、錬金術師は私だけなんですよね……」


 他にもやるべきことはあるが、蚊取り閃光の量産は優先事項だ。リディアは手に力を込めて、気合を入れた。


「ところでリディアちゃん。ワッチィの最新作があるんだけど、見ていく~?」

「え? はい、何を作ったんですか?」


 リディアの言葉に、ゾゾはテーブルの下から正方形の箱……のようなものを出してきた。素材は不明だが、どこか軽そうに見える。


「これ、インテリア用に作ったんだけど~……ほら!」


 ゾゾは箱を手に乗せて、そのまま上に移動して……一気に手を下に下げる。すると箱はその場に留まり、ふよふよと宙に浮き続けている。


「……はい。えぇっと……それで?」

「それだけ! こういうのが部屋に浮いてると、心が癒されるでしょう!?」

「はぁ……。――あ。もしかして、中にモノを入れると重さが無くなる感じですか?」

「無理無理ィ! 重いものを入れれば、しっかり沈むよぉ!!」

「あら……、それは残念……」


 ……この箱は既にいくつか作ったそうで、ゾゾはリディアに土産として持たせた。

 ひとつずつは重くないが、量があれば単純にかさばる。とりあえずリディアは、シオンとヘルミナにあげようかな――と、帰りながら悩むのだった。

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