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18.その価値は測れず

 リディアはオルトゥスから出ることができない。

 この地を囲む森の外に出ようとすれば、足に巻き付いた透明な鎖がそれを邪魔するのだ。そのため、ブラガとラーナには森の外から馬車を連れてきてもらい、彼らの商品を物色することになった。


「……馬が欲しいわね」

「リディアさん、商品の方を見ましょうよぉ……」

「今は何より、欲しいものは家畜なのよね。労働力でも要るし、搾乳をしても良いし」

「それなら、次に来るときに用意しますよ~っ!」


 リディアの悩みに、ラーナが即座に商機を見出す。今回は連れていなかったが、家畜を用意するのは、彼らにとっては容易いのだ。


「あら、それは素敵ね。デュラン、欲しいものを伝えておいてくれる?」

「俺がまとめるのかよ!?」

「そりゃ、あなたは農業担当だから。酪農も一緒に見てもらえるかしら」

「ちょちょ、ちょっと待てよ!? 農業と酪農はまったくの別物だぞ!?」

「ヘルミナにも手伝ってもらって良いわよ?」

「ひぃん……。酪農は臭いが付くから……森の民的には……」


 デュランとヘルミナが文句を言うも、リディアは完全にスルーする。ただ、リディアは代替案があれば柔軟に考え直す。そのため、ふたりはどうにか仕事から逃れようと、頭をフル回転させ始めた。


「……ふむ。なかなか貴重なものが揃っているわね」

「そうでしょ~? お客さんは、どんなものをお求めで?」

「この置物、レンザンさんの小屋に良いんじゃないですか?」

「ほう、それは良いな。では我はこれを頂こう」

「あとは、そうね……。この手の武器は必要ではないし、希少な織物も今はまだ……」


 ブラガたちが持ってきた商品は、どれもが貴重なものだった。逆に言えば、嗜好品というものに近い。だからこそ発展途上のオルトゥスでは、あまり目を引くものはなかった。


「う~ん、他の街では人気があるんですけど! 父ちゃん、ここは難しい場所だね」

「ここはまだ、その段階ではないのだ。いずれは手に取ってもらえるだろうが、今はタイミングが少し違ったな」

「申し訳ないけど、今は実用品が欲しいんですよね。……ああ、でもこちらの素材は欲しいかも」

「リディアさんばっかり、ずるいですよぉ。あたしも、このネックレスが欲しいです!」

「これくらいなら、ゼゼさんが作れるでしょう? 鉱石も採掘してきたし、自分で頼んできなさい」

「ひぃん……」


 ヘルミナは涙目になりながら、ネックレスを元の場所に戻した。その横ではベロニカが織物を手に取り、光に透かして――元の位置に戻した。自分ならもっと良いものが作れる……そんな空気すら感じてしまう。


「オルトゥスには、職人が多いようだな?」

「ええ。でも、職人の方が多いくらいなんです。だから、農作業の担い手が少なくて」

「大量の仕事を押し付けられる、俺が大変なんだ……。あんたらもザザみたいに、オルトゥスに人が来るように噂を流しちゃくれないか?」

「わかりました~、別料金です!」

「……いや、それは無料で引き受けよう。人口が多い方が、ここに来る甲斐もあるからな」

「なるほどぉ……。それでは無料で、ラーナたちが承ります!」

「よろしくね。さて、支払いなんだけど――」


 リディアはブラガとラーナに向き直った。


「今はお金が無いんです♪ 私の作るお酒と、レンザンさんが作る陶器を売る約束――で、今回はどうかしら?」


 ブラガは先ほど、レンザンのことを『レンザン先生』と呼んでいた。リディアは彼の実力をまだ知らないが、それなりに名を馳せているのだろう。


「今回はあまり、買ってもらえなかったからな。その条件であれば、オレたちは問題ない。ただ、酒の方は味見をさせてもらうぞ」

「ええ。泊まる場所は用意できないけど、今晩はここで休んでいってください」

「……お嬢ちゃん、勝手に話を進められても困るのだが……?」

「あら、レンザンさん。先ほど、置物をひとつ買ったじゃないですか。運命共同体ですわよ?」

「ぬ……。これを見越してのことだったか……」


 レンザンは置物を持ちながら、あっさりと断念した。あまり顔には出していないが、その置物はかなり気に入っているようだ。……そこに横から、ベロニカが入ってくる。


「ねぇねぇ、商人さん。アタシが作った布を少し買い取ってくれないかしら? 市場に何も流さないと、そのうち名前が忘れられてしまうから」

「アラクネの職人……あなたはベロニカか? ふむ、それなら出来るだけ買い取っておこう」

「ベロニカも有名なのねぇ……。でも、オルトゥスの分を優先してよ?」

「はいはい。増産体制は整えているから、安心しなさいな」

「それと、せっかくだ。ドワーフの職人もいるんだろう? あとで紹介をしてくれないか?」

「大丈夫だけど、あまり無理は言わないでくださいね?」

「リディアさんが一番、無理を言っている気もしますが……」

「気のせいよ」


 断言するリディアに、あっさりと片付けられるヘルミナ。一同はブラガたちの商品を眺めながら、引き続き、思い思いの話をしていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 リディアたちは一旦解散して、ドワーフの家に向かった。ブラガたちをジジに引き合わせ、その隙にベロニカが販売用の布を持ってくる。そこまで見届けてから、リディアは丸太小屋に戻ることにした。


 翌日、ブラガとラーナはオルトゥスから去っていった。

 何となくざわついていたこの土地に、いつもの平穏が訪れる。平穏が訪れるということは、日々の仕事が再び始まる――ということでもある。


「ひぃん……。台車、重いよぅ……」


 ヘルミナは森から果物を運び出し、ドワーフの家の方に向かっていた。現時点では人が最も集まる場所のため、直接運ぶことにしているのだ。……そんな中、遠くの方にシオンの姿が見えた。その横には、猫耳を生やした少女が立っている。


「あれ、シオン君と……アルマちゃん? おーい、シオンく~んっ!!」


 ヘルミナが呼び掛けると、シオンだけが走ってきた。少女はゆっくりと、ヘルミナの方に向かっている。


「ヘルミナさん、重そうですね。僕が運びましょうか?」

「え、それは悪いよ~。お願いね!」

「あはは。はい、わかりました」


 シオンが台車を引くと、嘘のように速く進み始めた。


「……あれ、シオン君。何だかずいぶん、力が強くなったね?」

「リディア様のおかげです!」

「は、はぁ……。それにしても、最近はずっと見なかったけど、何をしてたの?」

「はい、外に出て人間を――」


 シオンはそこで言葉を止めて、少し考えて言い直した。


「リディア様のご命令で、調査などを行っていました」

「ふぅん? それじゃ、オルトゥスも久し振りなんだ?」

「はい、やっとリディア様に会えます!」

「ああぁ……!? ご、ごめんね!? それじゃ、すぐに帰りたいよね!?」


 ヘルミナはシオンから台車を奪った。ヘルミナは楽をしたいが、ふたりの再会を邪魔するほど無粋でもないのだ。


「そうですか? それでは、あとはお願いします!」


 そう言うと、シオンは猫耳を生やした少女のところに戻っていった。ただ、目を凝らして見てみると――


「……あれ? アルマちゃんじゃ、なかったの?」


 新しくやって来た猫獣人だろうか。ヘルミナはふと、フェルネがドリアードの仲間を増やしたいと言っていたことを思い出した。


「あたしも……たくさん増やして、仕事を楽にしたいなぁ……」


 ヘルミナはそう呟いてから、引き続き台車を引いていった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ブラガは馬車を走らせながら、次の街に向かっていた。いつもであれば、次の商売について考えを巡らせるところだが……今は、オルトゥスのことばかりを考えてしまっている。


「……レンザン先生に、ベロニカ女史。それに、エレナの忌み子――……ふっ、あそこは面白い場所だったな」

「父ちゃん? エレナって、人間の神様でしょ? あの人、神様に嫌われているの?」

「さぁな。伝説は伝説、噂は噂だ。商人なら、自分の目でしっかりと見定めるんだぞ」

「はーい!」

「さぁ、引き続き道をしっかり見ておいてくれ。最近は妙な魔物がいるからな」


 ……オルトゥスはまだまだ発展途上の場所だ。しかし、あんな個性的な面々が揃っているのであれば……将来は明るいかもしれない。


「せいぜい、稼がせてもらうことにしよう」

「賛成~っ!!」


 その後、ふたりがオルトゥスを訪れるたび、急速な発展を目の当たりにすることになる。彼らはその発展に深く寄与し、望み通り、大きな稼ぎを手に入れることになるのだ。

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