第十二話「討伐作戦 執行者」
『千鎖』の覚醒。
『悪鬼』の行使した【真・霊装】を自身も行使することによって、『悪鬼』の動きを完全に無力化したのだ。
それは『悪鬼』の表情から余裕が消え、身じろぎするもまるで揺らがない『千鎖』の鎖が証明していた。
『おいおいこんな窮地で覚醒かよ! 俺様の【真・霊装】を一瞬でパクっていいご身分だなぁ⁉』
『吠えても無駄だ。俺の鎖魔術は拘束に特化した魔術。他のすべてを捨てている代わりにその一点だけは簡単に覆せない』
『……チッ! 確かに動けねぇなァ』
苦し紛れなのか『千鎖』と会話を始めた『悪鬼』。
『千鎖』もそれに付き合っている……ように見えて周りで討伐隊の魔術師が大規模な魔術の行使を始めようとしている。
その中には回復魔術で復帰した『風神』の姿もあり、うっとりした顔で『千鎖』のことを見つめていた。
どうやら『千鎖』の物語の第一ヒロインはクラスメイトのほうではなく褐色美女の『風神』だったようだ。
窮地で覚醒、助けられたヒロイン、よくできた物語である。
だが現実はそこまで理想通りにはいかないものなのか、『悪鬼』はなにやら余裕そうにクツクツと笑った。
そこには先程までの焦りの表情が見えない。
まさかここから打開の策でも出てくるのか……と思ったが単純な話だと僕も気付いた。
この場の戦力では恐らく、『悪鬼』の肉体を突破できない。
拘束されてはいるものの、『悪鬼』の魔術は健在だ。
討伐隊も大規模な魔術を用意しているが、長い戦いで魔力を多く消費していることに加えそういう大規模魔術は準備に時間がかかる。
先程の一斉攻撃で無傷だったことからの大規模魔術という判断だと思うが、悪手だったかもしれない。
それは『千鎖』の魔力が先に尽きるから。
長い戦いをしているのは『千鎖』も同じだ。
『悪鬼』も同様だが、肉体を強化する系統の魔術は自身の内部で完結することもあって魔力の燃費が段違いでいい。
十中八九、『悪鬼』には余裕がある。
この『千鎖』の拘束が解かれるまで肉体強度を上げていれば、その先に待つのは『悪鬼』による蹂躙だ。
今のようなことがあった以上、もう油断も慢心もなく殺しにくるだろう。
『千鎖』が未だ完成までかかりそうな大規模魔術を見て、次に側に寄って来た『風神』へと言葉を投げた。
『師匠……すぐに奴を殺せる余裕はありますか? 俺の魔力がいつまで持つか怪しい』
『ごめんなさい。長時間の戦闘もあるけど、『悪鬼』の一撃を耐えるのに咄嗟に魔力を回したからもうほとんど残ってないの。比較的肉体の周囲で完結する高速移動が少しできるくらいで……』
『そうですか……いえ、師匠が無事なことが何より大事ですよ。生きてて本当によかった』
『ばか弟子……』
はいはいラブロマンスは割愛するとして。
『風神』の答えに顔を上げて笑った『千鎖』は、彼女の手を取って自分へと抱き寄せた。
お、ラブロマンス続行か?
と思ったが別にそんなことはなく。
『千鎖』は『悪鬼』に向けて強く言い放った。
『これからお前は死ぬ。今までしてきたことを少しでも悔いろ』
と。
いやその状況で『悪鬼』を殺す術なんか残ってないって結論だったんじゃないのかと僕は思った。
『悪鬼』も同様に何言ってんだこいつと言いたげに鼻で笑っている。
しかしそんな『悪鬼』の嘲笑は、次の『千鎖』の取った行動によって掻き消えた。
『師匠! 俺を抱えて地上まで飛べますか! 最速で!』
『……あ、ああっ!? おいお前、まさか──!?』
『……ふふ。了解よばか弟子!』
その一連の会話でようやく僕も悟った。
あ、こいつ地上まで『悪鬼』を持ってきて僕に始末させる気だ、と。
構わないことではあるんだが、物語の締めとしてはいささか情けない終わり方だ。
しかしこれは現実、勝つための方法なら全然取るべき選択肢だろう。
……準備するか。
配信を通じて高速で『悪鬼』と共に地上を目指す『千鎖』たちを見て、ギルド内も慌ただしくなる。
まずダンジョン入口近くからの職員の撤退、ずっと横にいた受付嬢もいなくなる。
そして万が一のためなのか筋肉モリモリのギルド支部長が魔術を纏って職員を庇うように待機している。
そのまま僕へと視線を向けて一言。
「執行者殿。派遣依頼の内容では地上へと討伐対象が出た際、対処してくださるという話でしたね?」
確認するようなその無粋な言葉に軽く手を振り、僕は座っていた椅子から立ち上がる。
ここに来てから何度も言った通りだ、地上に出てきたなら始末する、と。
そういう任務だからな。
さて魔術には行使に魔力というものを使うが、魔法は神の奇跡というだけあってそういう制限がない。
行使に時間もいらないし、早く来ないかなと突っ立って待っているとダンジョン入口から突風が吹いてきた。
来た、と思った次の瞬間には中から三人の人間と鎖の巨人が飛び出てくる。
「お願いします!」
もう限界だったのか、出た瞬間拘束を解いた『千鎖』が僕にそう懇願してくる。
上出来も上出来、まさかこんな展開になるとは思いもしていなかったがなったからにはやることをやるだけだ。
入口近くに転がった『悪鬼』は僕の姿を視認するなり、一目散にダンジョン内へと駆け出した。
命乞いでも戦闘でもなく、安全圏に逃げ出そうというその判断はまだ正しい。
まだ、という程度だけど。
「……任務完了。帰還する」
残念ながらダンジョン内に入れた『悪鬼』の身体は……首から上がなかった。
僕が捥いだ。
首を捥いだ。
勢いで身体がダンジョン内に転がってしまったが、死体の処理は管轄外なのでどうでもいい。
「……は?」
誰かのそんな呟きが耳に届きつつ、捥いだ首を投げ捨てて僕はギルド入口へと歩く。
別に僕は彼らを任務でもないのに殺す気はないのだが、入口への道は自然と左右に開かれた。
いつものことだ。
僕を見るギルド内の者の顔は、恐怖や忌避、拒絶と言った感情に染まっていた。
いつものことだ。
もう少しでギルドを出る、というところで初めてユキトイキを生で見た。
推している配信者の生の姿……しかしその顔は他と同様の色に染まっていた。
……いつものことだ。
仕方ないことなのだ。
これがいつものことなのだ。
彼女らが悪いんじゃない、僕ら執行者が彼ら彼女らの理解の及ばぬところにいるから……ただそれだけの話。
僕はそのまま、ギルドを出た。
任務完了、討伐作戦は終了だ。




