第十一話「討伐作戦 真・千鎖」
討伐隊の誰も、『悪鬼』のその動きを捉えられなかっただろう。
ただ速かった。
それだけなのにその速さの段階が格上過ぎて、動いたことすら見えなかったはずだ。
配信越しに見ていた僕は経験から動くと予見できたが、そもそもの配信魔術のクオリティが低くて細かいところまでは見えていない。
そういうところは流石にエンジョイ勢のユキトイキが行使する配信魔術だから仕方ないとして、問題は今現在『悪鬼』と戦闘をしている討伐隊のほうだ。
吹き飛ばされた『風神』の身体はよく見れば微かに動いている、息はまだあるようでなにより。
だが今はまだ生きていても『悪鬼』がこの場から去らない限り助かる見込みは、ない。
回復魔術を行使できるものがなんとか必死に復帰してもらおうと尽力しているが、もうこの状況では例え位階指定Aの彼女でも然して他と変わりはないと言えるだろう。
『悪鬼』の位階指定は僕にはわからないがまぁ、他の者の意見通りSとして。
相対するには同様の位階指定Sの冒険者が必要だ。
結論、命が惜しいなら一塊にならず脱兎の如く逃げ出せ。
現状それ以外に助かる見込みはなく、また討伐なんて天地がひっくり返ってもお前たちに叶うことではない。
気付けば随分と長く配信を見ていたのか、つまみの塩辛がなくなっていた。
あの状態の『悪鬼』が地上に出てくることも先程の確信を見る限りなさそうだし、結局ただ冒険者ギルドでユキトイキの配信を見るだけに終わったな。
まぁ、派遣依頼を受けた時点で報酬は支払われているから問題はない。
討伐隊の彼らがどれだけ生還できるのか、それだけが心残りと言えばそうなのだが……僕は少しばかり人の死を見慣れ過ぎているのがいけない。
彼らが善人かどうかは知らないが、悪人に人が殺されることをもっと悼むべきなのに。
相変わらずな自分にいっそ『悪鬼』を地上へ転移でもさせて始末したいと思った。
そういう転移魔法使いの執行者も存在するのだから、できないことはないのだ。
まぁ、海外の執行者だから本当に助力を得るのは難しいのだが。
ままならない、と思って未だに一塊で動かない討伐隊の未来を憂いていると……映像の中でゆらりと動く人影にやけに意識を持ってかれた。
この映像の中で今一番意識すべき存在は『悪鬼』……そのはずなのに、そのゆらゆらと立つ男から……少年から目を離せない。
『千鎖』だ。
クラスメイトの位階指定Bの冒険者。
魔術傾向は鎖による拘束を得意としている。
攻撃魔術自体は至って平凡なレベル、位階指定で言えばよくてCと言ったところだろう。
この状況を打開する実力など持ち合わせていない。
けれどなんだ、僕はああいう立ち姿の魔術師を過去何度か見たことがある。
それは追いつめた執行対象の魔術師だったか。
あるいは今まさに殺されそうになっている被害者の立ち姿だったか。
『千鎖』の顔が映像に映ったことではっきりと思い出す。
あいつ、嵌まってやがる……と。
嵌まる、とは僕が勝手に言っている表現だ。
絶体絶命の窮地で、今にも殺されそうなのに酷く冷静で、敵の姿なんて見えておらず、ただその状況を打開するためのピースを無心で組み立てている姿。
魔術という力の根源にピタリと最後のピースがくっつくような、そんな完成された魔術の領域で思考し、分析し、昇華する。
ああなった魔術師は、その後どんな結果を齎すか読めない。
破滅という打開を切り開くのか、覚醒という道で状況を一変させるのか。
一つだけ言えるのは、今この瞬間、『千鎖』は新しい力を獲得しようとしている。
それが完了したとき、あるいは『悪鬼』すらを上回ることもまた、あり得るのかもしれない……。
どうなる、と僕は『千鎖』は見守った。
どうなる、と『悪鬼』は愉快そうに『千鎖』を待った。
不幸中の幸いなのか、あんな隙だらけで戦意喪失とすら捉えられる姿でも『悪鬼』は楽しそうだと判断し邪魔をしなかった。
だがそれが、『悪鬼』にとっての痛恨のミス。
ユラリと一つ大きく揺れてピタリと止まった『千鎖』は、ゆっくりと顔を上げるとなんとか立ち上がろうとしている『風神』を一目見て微笑み、後は任せてくださいと言った。
笑う『悪鬼』と微笑む『千鎖』の視線が交差する。
そして。
『──【真・霊装】──』
『千鎖』は、『悪鬼』の行使したアレンジ魔術を唱え。
夥しい数の鎖を地面から呼び出し、その鎖で背後に巨人を創り上げた。
それは鎖でできた、束縛の巨人だった。
気付けば『悪鬼』の身体には無数の鎖が巻き付き。
『絶対に逃がさない……【施錠確定】』
キンッ、と音を立て拘束を完了させた『千鎖』は。
あれだけの格の差のあった『悪鬼』を完全に無力化したのだった。




