もう遠慮しない 1
経理部に戻ってきたクローディアは自分の机に戻り事務作業を再開した。
同僚から声がかかる。
「サザーランドさん、書類届けてくれてありがとう!助かったわ。いなかったでしょ?」
「はい、いらっしゃいませんでした」
「そうなのよねー。在室中ってプレートになっているのにいないことの方が多くて、もう誰もあのプレート信じてないからね」
「それにしても、サザーランドさんは珍しい人ね。補佐官室に行きたくないなんて」
「いえ、別に行きたくないなんてことはないんですけど、畏れ多くて…」
「あー。なんとなくわかるわ。あの目で見られるとちょっと萎縮しちゃうもんね」
否定することもできず「ふふふ」と曖昧に笑って誤魔化した。
(最初は確かにあの目に緊張したかもしれないなぁ。でも、本当はそんなことないのに…)とパン屋の二階で過ごしたことをふと思い出した。
(あの時からまだ半年も経ってないのになんだかすごく昔に感じてしまうなぁ)と感慨に耽っていたが、ハタと我に返り目の前の伝票の山に挑んでいった。
その日の就業終了の時間がやってきた。しかしクローディアは月間報告書の作成に時間を取られ、今日処理予定の伝票があと少し残っていて、仕事を終わらせられなくそのまま残業になっていた。
同僚が心配して「あとどのくらいある?手伝うよ」と言ってくれたが、クローディアは「あと、7件ですので そんなに時間はかかりませんよ。大丈夫です!それより旦那さんとお子さんお待ちじゃないですか?一昨日も昨日も残業だったから今日はゆっくりしてください」
同僚は少し逡巡して「そう?悪いけどお言葉に甘えるわ!ありがとう。サザーランドさんも無理しないでね」と言ってクローディアの側を離れて扉に向かって行った。
「はい。ありがとうございます。お疲れ様でした」と言って同僚を見送り、再び机に向かって事務作業を再開した。
周りがザワザワしている気がしていたが、クローディアはそれどころではなかった。
突然、処理中の書類の脇、空きスペースにトンと紙袋が置かれた。
ふと紙袋に目をやりそのまま紙袋を置いた主を見上げた。
「!」ガタッ!と驚いて勢いよく椅子から立ち上がり後ずさった。
目の前には、あのオッドアイの青年が立っていた。
ニヤリと笑った青年は「見つけた。久しぶりだね、待っててって言ったのに…」と一方的に言う。
「あ、あの…あの…」全く言葉が出てこない。
ルークはクローディアの机の上の書類を見て「あと、どのくらい?」と聞く。
クローディアは呆然として「あと、6件です」と無意識に答えていた。
「じゃあ…」と言ってクローディアの隣。同僚の席に座りクローディアの机の上から伝票を持っていく。
「あ、ここの席の人いる?少し貸してね」と部屋に残っている人達に話しかけた。
帰ろうとして扉近くにいた同僚は小さく「…どうぞ」と返したので、ルークは魅力的な笑顔で「ありがとう」と答え事務作業を開始した。
我に返った課長が「私がやりますから」と言ってきたが、「突然乱入したのは私だから、私がやるよ。ちょっと彼女に聞きたいことがあってね。今日しか時間が取れないから失礼を承知で乱入してきた。申し訳ない」とこちらも魅力的な笑顔で断ると、課長も何も言えなくなって黙って引き下がった。
クローディアは我に返ると「これは、私の仕事ですから…」とルークの手元から伝票を引き抜く。
ルークは引き下がらず「じゃ、手分けしてやろう」と圧をかけてきた。そうなったらクローディアは抵抗できない。
「じゃあ、お願いします」と言って、急いで事務作業を再開した。
10分後。「終わった?じゃあ、これから僕に時間ちょうだい」と言って紙袋を持ち、クローディアを連れて経理部を出て行った。皆に「お邪魔して申し訳なかったね」の言葉を残して。
側で見ていた課長が「10分。…早っ」と呟いた。皆も同じ意見だった。
公爵家の馬車に乗り込んだルークとクローディアは向かい合わせてに座った。クローディアの制服姿を見て「そのままでも可愛いんだけど、せっかくだから着替えようか…ごめんね。着替える時間をあげられなかった」と言うと。
「いえいえ。いつも寮から制服で出勤しているので…」と言うと。
ルークは御者に行き先を伝え「今、王宮の職員寮にいるんだ。こんなに近くにいたなんて…」とクローディアに向かって言った。
クローディアは迂闊なことを喋ってしまったと思ったが後の祭りだった。
馬車は衣装室に寄りクローディアに似合うワンピースと上着、コートとブーツ一揃えを買い、フーフルに向かった。
フーフルには2、3度ショップでケーキを買ったことがあった。カフェには予約がなかなか取れなくて入ったことがなかった。
フーフルはカフェといっても、ちゃんとした食事も出してくれる。夜になっても満席だった。
しかしルークが受付で名前を言うと、すんなり個室に案内してもらえた。
クローディアはびっくりしながらもついていく。
個室に案内されて席についたら、女性給仕が「承っております。今ご用意しますのでしばらくお待ちください」と言って礼をして出て行った。
いつ、予約なんてしたんだろう?まず、いつ見たかったんだろう?クローディアの頭の中は疑問だらけだった。
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