長い一日
ホールの中央あたりでは、宰相補佐官ランスロット•ジーク•エストラーダとティナが踊っていた。
事情を知らない貴族達はどんなにダンスに誘ってもうまく躱されていたティナーリアが今目の前で時期宰相と確実視されるエストラーダ小公爵と軽やかに踊っている、ティナーリアを介して縁を繋ぐのは無理かもしれない…と諦めムードになっていた。
そんな周りの視線など全く気づかない二人は踊りながらの会話を楽しんでいた。
「あの場所から連れ出してくださってありがとうございます」
「いいえ。それは口実です。あなたとゆっくり話してみたかったので」
「私とですか?」
「はい。改めて貴重な情報をありがとうございました。実を言いますと、とても欲しかった情報なのです」
「そうなのですか…それを聞いて安堵いたしました。話を聞いてくださり感謝いたします」
「ふふ。あなたを資料室で見た時、心臓が止まるかと思いましたよ、いろんな意味で」
「?。…確かに突然見ず知らずの者が資料室なんかに現れたらびっくりしますよね…ふふ」ティナはランスロットの言い方になにか引っ掛かるものを感じたが話を進めた。
「……。それに、いきなりスカートの中から請願書を出すし、気がついたら姿が消えてるし…」
「うふふ。びっくりさせっぱなしだったんですね。ごめんなさい」と素直に謝ると
ランスロットの目が見開かれ、すぐに笑顔になった。
「あなたには驚かされっぱなしだ。今日一日であなたのいろんな〈顔〉が見られました。もっといろんな〈顔〉を隠していらっしゃるのでは?私はそれを見たくなってしまいました」
「あら。私の顔はひとつですわよ」
「ふふ。そうやってうまく躱すのもあなたの〈顔〉ですか?」
「あら、私今何を躱しました?」本気でわからないと訴えた。
「まぁよいでしょう。これから楽しみです。それとひとつ教えて欲しいことがあるんですが」
「はい。なんでしょう?」
「どうやって執務棟を出て行ったんですか?」
「うふふ。それは秘密です」と妖しい笑顔で言うと
ランスロットは「ほら、また躱された」と少し不満気に言った。
ティナは笑って「確かに、私、今、躱しましたね。ふふ」と言うと
「ほらね」とランスロットも笑って答えた。
楽しそうに踊る二人の姿をバーネット公爵はずっと目の端に捉え続けていた。
まもなく曲が終わる。
ランスロットは「明日、午後3時フーフルに必ず行ってくださいね」と一言告げた。
ティナが返事をする前に曲が終わり二人は挨拶を交わしてエストラーダ公爵やルークの元に戻って行った。
恙がなく夜会は進行し、無事にお開きの時間を迎えた。招待客を全員見送ったあと、
ティナは皆に向かって「さて、遅くなっちゃったけど、報告だけ聞いてくれる?さすがに明日に持ち越したくないわ」
皆に異論はなかった。
ルークの執務室に集まり、馬車待機所からの事を簡潔に話す。執務棟に侵入しエストラーダ補佐官に見つかったこと、話を聞いてもらうことができたこと、協力を仰ぎたいと言われたこと、そして脱出して無事にポールが待つ場所まで辿り着いたことを。
そしてそのあとをルークが引き継いで話す。
「ティナが無事に請願書を宰相閣下に届けてくれたおかげで、そして宰相閣下が早く動いてくださったおかげで、陛下から〈陛下は私達と共にある〉と言ってくださったそうだ」
皆、一様に安堵の息を吐いている。
フランツとマリアは涙ぐんで「よかった。よかった」と言い、ポールとエレナは「逃げる必要はなくなった!」「逃げなくていいんですね!」と喜びの声をあげていた。
しかしルークは真剣な眼差しで「僕達が謀反者になる危機は去っただけで、僕達の周りで何が起きているのかはまだわかっていない。またいつ巻き込まれるかもしれないし、さっきティナの報告にもあった〈協力を仰ぎたい〉と言う言葉も引っ掛かる。今暫くこの体制で過ごしていこうと思う。伯父殿はなぜ鉄鉱石を持ち出して行ったのかという疑問も解決してないし…デニスみたいに情報を探りにくるかもしれないし、油断はできないな」
ルークの言葉に皆頷き、明日からも気を引き締めていこうと確認し合いその日は休むことにした
長い一日だった。
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夜会からの帰り、エストラーダ公爵家の馬車は公爵邸に向かって走っていた。
「しかし思わぬ情報だったな」
「はい」
「きっと、正式に爵位継承する今日を待っていたのだろう」
「ええ」
「この夏に学院を卒業したばかり…だったのにな」
「はい。そうですね」
「たいしたものだ」
「ええ」
「本当にお前が指揮を取るのか?」
「ええ。そうしたいと思います」
「珍しいな、自分から名乗りをあげるとは」
「なぜか気になりまして」
「…………。そうか。だが相手にウォールヒルと接触していることを気づかれるなよ。今日もかなり牽制してきた」
「承知しました。細心の注意をはらいます」
「忙しくなるな」と宰相は夜で何も景色が映ってない窓の外を見ながらつぶやいていた。




