夜会
ウォールヒル侯爵邸は今夜は全部の部屋、庭園にも灯が灯されホールは綺麗に飾り付けられて祝いの空気を盛り上げていた。
今夜のルークは明るい青のフロックコートに白のクラバット、父から贈られた水色の宝石のブローチでクラバットを留めていた。
客を迎える為に玄関ホールまで出てきていた。
「ティナは?」隣のフランツに小声で聞く。
フランツは黙って首を横に振った。
「そうか…」不安だった。ティナは無事なのか。無事に宰相に請願書を渡せたのか。それが顔に出ていたのかフランツが声をかける。
「ダメなら皆で逃げましょう。でしょ?」と。
フッと笑ったルークは明るい顔に戻り「そうだったな」と笑った。
その時、スッと後ろに気配がして振り返るとポールだった。
「ただいま戻りました」少し息が上がっている。
「お疲れさん。ティナは?」
「はい。今は私室に入られ、侍女長とエレナが大急ぎで準備しております」
「無事だったんだな」と安堵の息を吐いた。
フランツが横から「やっと第一歩ですね」
そうだ。まだ請願書を渡しただけだ。あとは向こうの出方を待つしかない。気を引き締めたルークは、二人に「まずは、今日の披露目のパーティーを成功させよう」と伝えた。二人は静かに頷いた。
まもなく客がやってくるというタイミングで階段上から声がした「ルーク!お待たせ!」と駆け降りてくる。今日のティナはルークと同じ色、明るい青のドレス姿で腰の切り替えでサイドから後ろにあしらわれたシフォンが階段を駆け降りるたびにフワッと揺れて軽やかさが演出されていた。髪には父から贈られた髪留めが光っていた。
その姿を見たルークは「ああ、元気だ」と呟き、請願書がうまく相手に渡った事を連想させた。
ティナが元気よくルークの隣に並び「報告したいけど時間がないわね。後で報告するわ」というと、ルークは笑って「わかった。お疲れ様ティナ」と労を労った。
パーティーが始まり続々と招待客が集まって来た。
ルークとティナは挨拶回りに忙しかった。
年頃の子息や令嬢を伴って来ている貴族も少なくなく、あからさまに〈縁を繋ぎたい〉と伝わってくるので、二人はそれを躱すのに少々苦労した。
ロバート叔父様の一家が到着した。今日はジェラルド兄様の婚約者も一緒だった。
二人は一家に駆け寄り、久しぶりの再会を喜び、ロバートからは爵位継承のお祝いの声をかけられ、ルークとティナはいつも融通してもらっている生地の礼を伝え、ジェラルドの婚約者にも挨拶をして、そこは暖かい空気に包まれていた。
暫く屋敷に滞在してくれるというので二人は一家から離れ招待客への挨拶回りを再開した。
そこへ、「ウォールヒル侯爵殿」と声をかけられて向けた視線の先にはエストラーダ公爵、エストラーダ宰相が夫人と宰相補佐官を伴い立っていた。
ルークとティナは気持ちを引き締め、エストラーダ公爵一行に紳士の礼とカーテシーで挨拶をした。
エストラーダ公爵の「どうぞ楽に」の声で会話が始まり自己紹介と祝いの言葉を贈られたところで、エストラーダ公爵がルークの胸元とティナの髪を見て「お父上の手紙にあった贈り物ですね」と感慨深く言った。気を取り直してエストラーダ公爵は「ウォールヒル侯爵。話したいことはたくさんあるのですが、今日は陛下のお言葉を伝えに参りました」
二人は緊張した。そして…
「陛下は、〈あなた達と共にある。〉と」
途端にティナの涙腺は緩み始め、ルークも握り拳に力を込めた。「ありがとうございます」の言葉と共に紳士の礼とカーテシーで感謝の意を示した。
姿勢を戻した二人にさらに言葉をかけようとしたエストラーダ公爵の瞳が動いた。
振り返らなくてもわかる。二人は社交用の笑顔に戻った。
すかさず、横から補佐官がルークに「ウォールヒル侯爵様、お願いがあるのですが、妹君をダンスに誘っても?」ティナをこの場から離してくれる為の誘いだと瞬時に理解したルークは「是非お願いいたします」と笑顔で答えた。
補佐官が「あなたとダンスをする栄誉を私にいただけますか?」とティナに手を差し出しながら聞いてきた。
ティナも「とても光栄です」と差し出された補佐官の手に自分の手を預けて、その場をゆっくりと離れて行った。
二人がその場を離れると、バーネット公爵が夫人とクローディアを伴いルーク達の側に近寄ってきた。
「これは、エストラーダ公爵殿。いや宰相殿と言った方がよかったかな?」とバーネット公爵が声をかけてきた。
「これはバーネット公爵殿。いや、本日は私用でお祝いに参上したまで、改めて甥御殿の爵位継承おめでとうございます」と返す。
「ご丁寧な挨拶、痛み入る。ルークは我が甥ながらなかなかの青年で、よく懐いてくれているので実の息子以上にかわいくて仕方がありません」と返せば。
「確かに、それはわかりますな。式典での堂々とした口上。貴殿の甥御殿はとても立派に務められた。先が楽しみな甥を持った貴殿が羨ましいです。聞けば後見人を務められるとか。さぞかし頼りになる後見をなさるでしょう。いや、そちらも楽しみです。今後の為にも勉強させていただきたいと思っているのです」とさらに返した。
その言葉の応酬を側で見たルークは顔が引き攣りそうになるのを気づかれないようにするのが精一杯だった。




