爵位継承式
馬車は王宮の豪華な門を潜り、庭園の中にある太鼓橋を渡り、その先にある大きな車寄せで一旦停止した。
ルークは姿の見えないティナに小声で「じゃ、いってくるよ。ティナも気をつけて」と言うと承知したとばかりにコンコンと何かを叩く音がした。
衛兵が馬車の扉を開け、ルークに敬礼する。
ルークは軽く頷き馬車を降りる。
馬車を降りたルークに衛兵は「規則ですので」と断り馬車の中を検分する。座面が上がる場合は座面を上げて中を検分する。不審者が紛れ込まない為である。
検分が済んだ馬車は馬車待機所への移動を許可される。
王宮侍従に先導されて宮殿内に進むルークの後ろで馬車は待機所に向けて移動して行った。
馬車は待機所である建物の中に入っていき、停車した。バートは御者としての作業を開始する。馬の馬銜を外し、水を与える。馬車のキャビンと車輪の整備をする。キャビンの下に革製のシートを敷きキャビンの下を確認する為の用意をする。周りに人気がないのを確認して、御者台とキャビンとの段差をノックする。
「ティナさま、開けますよ」
中から了承のノック音がする。段差の板を外すとティナの姿が現れた。転がるように革のシートの上に降りる。
「ティナさま、大丈夫ですか?狭かったでしょう?」と小声でティナに聞く。
ティナも小声で「大丈夫!バートってこんなこともできるのねー」と今降りてきた御者台の下の空洞を見て言う。
「ふふ。工作は結構楽しかったですよ。それよりここからはおひとりです。どうかお気をつけて」
「ええ。ありがとう、行ってくるわね」
そう言うとティナは待機所の裏手に周りなにくわぬ顔で歩いて去って行った。
(ええっと。執務棟は…)と頭の中に入れた地図を思い出し王宮の中を歩く。時間はまだある。ドレス姿の女性もちらほらいる。ティナはのんびり歩きながら庭園を楽しんでいる風を装って少しずつ執務棟に近寄って行った。時々視線を感じそちらを向くと視線の先の男女にスッと視線を逸らされるということがあったが気にせず先に進んだ。ティナは良い意味で目立った。
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宮殿、近衛兵が守る謁見の間。
中央に敷かれた赤い絨毯を挟んで、正装姿の高位貴族から順位順に二列に並ぶ。一番玉座に近い上座に、公爵位が二名(この国に公爵位は三家門あるがそのうちのひとつは宰相家なので国王と共に入場することになっている)次に侯爵位十人その後ろに代表伯爵位四名が分かれて並ぶ。ルークは伯父のバーネット公爵の後ろ、侯爵位の先頭に立って並んでいた。
時刻になり、爵位継承式が始まる。
国王陛下、王妃陛下が宰相を伴い入場する。
一段下にある場所にいる高位貴族達は臣下の礼をとり国王陛下達が玉座に着くのを待つ。
国王が玉座に座り「面をあげよ」の言葉に皆臣下の礼を解く。
国王が徐に立ち「ルーク・アウルム・ウォールヒル。前に出よ」と良く通る威厳のある声でルークを呼ぶ。
「はっ」っと返事をし、静かに赤絨毯の上を歩き国王の前に出て、臣下の礼をとり、ひざまづく。
国王は宝剣の剣先をルークの肩に乗せ「ルーク・アウルム・ウォールヒルにウォールヒル侯爵位の継承を許可する。励めよ」
「はっ。わたくしルーク・アウルム・ウォールヒル。
国王陛下に爵位継承のお許しをいただき誠に恐悦至極に存じます。前ウォールヒル侯爵に倣いヴェルタリス王国並びにヴェルタリス王家に誠の忠誠をお誓い申し上げます」と堂々と口上を述べる。
「うむ。期待している。励め」
「はっ」
「皆の者。ここにヴェルタリス王国、ウォールヒル侯爵家の爵位継承を宣言す」
「ははっ。おめでとうございます」と列席の高位貴族達が声を揃えて祝福し、ルークの肩から宝剣の剣先が離される。
ルークは立ち上がり、再度臣下の礼をとる。
そこで国王は退室する予定だったが、ルークに声をかけた。
「さて、ウォールヒル新侯爵よ。此度、前侯爵は残念な事であったな。お悔やみ申し上げる」
「身に余るお言葉。恐縮にございます」
「彼は有能であった。ウォールヒル侯爵、今後の君に期待している」とルークに話しかけたあと、バーネット公爵の方に目を向けて「バーネット公爵、立派な甥であるな。今後も伯父として後ろ盾になってやるがよい」と話しかけた。
バーネット公爵は「はっ。かしこまりましてございます。陛下のお言葉しかと」と返答し臣下の礼を再びとった。
国王は「うむ」と短く言ったあと、静かに王妃と宰相を伴い退場して行った。
その後は全員謁見の間を退室し、前室での歓談を許される。
ルークは高位貴族達に囲まれ祝いの言葉を受けていた。側にはバーネット公爵が付き添う形で寄り添っていた。
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その頃ティナは怪しまれない程度の速歩で執務棟の近くを歩いていた。
令嬢がひとりで関係者以外誰もあまり近づいてこない所を歩いていると衛兵の目にとまる。
衛兵は身なりからして高位貴族のご令嬢だとわかるティナに紳士的に「ご令嬢。いかがされましたか?迷われましたか?目的のところまでご案内いたしましょうか」と声をかける。
ティナは「お気遣いありがとう存じます。あまりにも美しい王宮なので、うっかり遠くまで来てしまったみたいですね。道は存じておりますのでご厚意だけちょうだいいたします。それでは」と小さくカーテシーをして踵を返す。という行為を三度ほど繰り返してしまった。
ティナは(うーん。もうこれ以上は無理ね。そろそろ継承式も終わるだろうし、そろそろ執務棟に侵入した方がいいかな?)と思った。
しかし、さすが王宮。正面から執務棟に入るのは無理だ。一か所だけ建物に飛び移れそうな枝のある大木があった。多分階段の踊り場に出る窓の近くだろう。
事前に確認した執務棟の間取り図を思い浮かべ(あの窓か隣の資料室の窓から侵入して廊下の突き当たりの宰相室に向かおう)と計画した。
あたりに人がいないことを確認すると、サッと執務棟の裏に回った。大木の前まで来ると、巻きスカートの後ろで結んである大きめのリボンをグッと掴んで前に回す。(昨日、何度も練習した!大丈夫!)と自分に言い聞かせ手早く作業を続ける。
巻きスカートの合わせ目に手を入れ左右に分ける。パンツを履いた足が見えた。
スカートになっているところを下からクルクル巻き上げ太めのリボンの帯の中に突っ込む。全て薄い生地でできているので意外に嵩低い。黒の裏地が華やかな布を隠す。そしてまたそれを後ろに戻した。
ティナは大木を見上げ侵入を開始した。




