始まり
心地よい風が吹いていた。ルークは初夏の爽やかな風を吸い込む。久しぶりの遠乗りに気分は浮いていた。
「伯父上!気持ちいいですね!凄く楽しい!こんな場所があったんですね!」内心笑ってしまうほど芝居がかった声で隣の公爵に向かって言った。
公爵は柔和な顔を崩さず「はっはっは。そうか。そうか。楽しんでもらえてよかったよ。ここから観る景色はとても素晴らしいからな。気分転換にはもってこいだ」
「本当ですね。凄く美しい景色です。遠くまで牧草地が広がって、馬があんなに…。おや?その先は花畑ですか?なんの花でしょう。行ってみましょう!」
とルークは公爵の返事も聞かずに駆け出す。
公爵は「え?まだ先まで?…」と戸惑う声を出すが、既に駆け出しているルークには聞こえない。
「くそっ」と小さく呟き後を追って駆け出した。
その後も「伯父上!」「伯父上!」「楽しいです」
「伯父上はいろんなところをご存知なんですね」
とにかく公爵を持ち上げ一日中駆け回った。
そして夕闇が近づく頃ようやく公爵邸に戻ってきた。
「伯父上!今日はありがとうございました!こんなに楽しかったのは久しぶりです!また近々ご一緒できると嬉しいです!…それでは今日はお疲れでしょうから僕はここで失礼します」と挑発的に言うと。
公爵も意地になり「いやぁ、私も久しぶりに楽しんだよ。もっと遠くまで行けばよかったと思うくらいだよ。また行こう。まだまだ負けないぞ。はっはっは」と返した。
「では、失礼します」と挨拶をし、馬に跨り公爵邸を後にした。暫く行ったところで馬を近くの木立に留め公爵邸に引き返す。
公爵邸2階の公爵の私室が見える場所に伸びる木の枝に捕まると様子をうかがう。
扉が乱暴に開いた。距離があるので話し声までは聞こえないが、機嫌は悪いようだ。上着と手袋をソファに叩きつけ、柔和な顔をした人物と同じとは思えないような表情でカールに何か言いながらドカッっと椅子に沈み込む。カールは上着と手袋を持ち退出していった。
ルークは「フッ」と笑い「始まったばかりだよ」と呟き姿を消した。
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心地よい風が吹いていた。ティナは爽やかな初夏の空気を感じて深呼吸をする。宿泊している部屋のバルコニーから真正面奥に見える岩山が南鉱山である。そこに向かう道両側に草原を挟んで花畑や公園などがあり一番手前にはアクセサリーを扱う店、レストラン、土産物屋など観光客を楽しませる風景が広がっている。南鉱山は碧い宝石が出る鉱脈が隆起してできた岩山でその麓で加工技術が発展し宝飾品を求めて商人や人々が集まり街は活気に溢れている。
「ここではなかったわね。やっぱり東かしら」と独り言を言った。
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ティナが領邸に到着した日、ニコニコとリチャードは笑顔で一行を迎えてくれた。
「久しぶりね、会えて嬉しい」と遠方から葬儀への参列の礼を伝えると。
「とんでもございません。亡き旦那様は私達の事にもよくお心をくだいてくださいました。あんなに早くに身罷られるとは青天の霹靂でございました」と涙ながらに言った。
夕食の席でティナは「恥ずかしながら、私は今までなんの疑問も抱く事なく当たり前に与えられる物を享受していたんだけど、お父様とお母様が亡くなって、いろんな方々に支えられていた事を初めて知ったんです。だから遅ればせながら今からでも領地の事を知りたいと思ってるんです。リチャード。いろいろ教えてくださいね。」と言うと。
感激したように「ティナお嬢様がそんな事を仰るなんて、大変嬉しゅうございます。このリチャード出来うる限りご要望にお応えしたいと思います」と言ったので
「あら。嬉しいわ。では早速なのですが、まず我が領地の鉱山のことを知りたいのです」と言うと
「え?」
「ん?何か問題でも?」
「いえ。とんでもない、では…南鉱山をご案内しましょう」
「南鉱山?確か結構遠いのでは?一日では無理でしょう?東鉱山なら一日で帰ってこられるのでは?」
「東鉱山は何もありませんから。せいぜいあるのは赤い岩ばかりで、ティナお嬢様が喜ばれるものはありません。南鉱山なら宝石が取れてそれを求めていろんな者が街を訪れておりそれはもう活気のある街ですので、楽しんでいただけるかと」
「別に遊びに行きたいわけではないのよ?宝石を買いに来たわけでもないし」
「いやいや。せっかくおいでいただいたので是非に。まず楽しんでいただきたいのです」
「そう?じゃあ泊まりになるけどお願いしようかしら」と言いながら思った。(東鉱山には行かせたくないのね)
少し意地悪を言ってみたくなり「その次は東鉱山を案内してくださる?」と続ける。
「はは…は。そうですね。機会を作るようにしましょう」と曖昧な返事が返ってきた。
そんなわけで南鉱山に一泊で来たのだが…
到着した日にリチャードに南鉱山の作業場、採掘場所などを案内してもらった。皆真摯に仕事をしていた。
特に変に思う事はなく、一旦宿に戻り夜に出直すことにした。鉱山入り口には警備がいた…が問題なく事務所に入ることができた。
去年の日誌を見つけ中を確認する。お守りとしてお父様から託された日付の日誌は…あった。
前後の日付の日誌を見ても別人の筆跡であることは確かだった。
この鉱山の日誌ではなかった。




