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追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました  作者: mera


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第八章

宮廷楽師としての初日。

私は王宮の西翼にある楽師控室へと向かった。

廊下を歩く私の足取りは、昨日とは比べ物にならないほど軽い。


もう叔父の顔色を窺う必要はない。ペトラの嫌味に耐える必要もない。

私は自由だ。自分の力で、この地位を掴み取ったのだ。


「おはようございます、クレア様」


楽師控室の扉を開けると、昨日選考会で共に合格した令嬢たちが既に集まっていた。

マーガレット、エリザベス、アナスタシア、ヴィクトリア、シャーロット。


「おはようございます」


私は微笑んで挨拶を返した。


「クレア様、昨日は本当に素晴らしかったわ」


マーガレットが嬉しそうに近づいてきた。


「私、あなたの演奏を聴いて鳥肌が立ったの。首席合格も納得だわ」

「ありがとうございます」


私は謙遜して頭を下げた。


「皆様の演奏も素晴らしかったです」

「そんなことないわ」


エリザベスが笑った。


「私たちとクレア様では、明らかに格が違う。ねえ、皆もそう思うでしょう?」


他の令嬢たちも頷いた。

だが――その中で一人だけ、私を見つめる視線が冷たかった。


ヴィクトリア・カーライル。

彼女は四番目に名前を呼ばれた令嬢で、ハープの名手だと聞いている。


「ヴィクトリア様?」


私が声をかけると、彼女はふいと顔を背けた。


「......別に。何でもないわ」


その時、控室の扉が開いた。

グレゴリー卿が入ってきた。


「皆さん、おはようございます」

「おはようございます」


私たちは一斉に立ち上がり、頭を下げた。


「本日から、皆さんは正式に宮廷楽師です。まずは職務内容について説明しましょう」


グレゴリー卿は書類を広げた。


「宮廷楽師の主な仕事は三つあります。

一つ目、宮廷行事での演奏。晩餐会、舞踏会、式典など。

二つ目、王族や高位貴族への個人レッスン。三つ目、音楽堂での定期演奏会です」


彼は私たちを見回した。


「特に首席合格者のクレアには、重要な任務を任せることになります」

「はい」


私は姿勢を正した。


「来週、王宮で王太子殿下の誕生祝賀会が開催されます。そこでの演奏を、あなたに任せたい」


控室がざわついた。


「王太子殿下の祝賀会?」

「それは......大役ですわ」

「クレア様、すごい」


グレゴリー卿は続けた。


「この祝賀会には、国内外の賓客が集まります。

特に、隣国ヴァルデマール王国からは王女殿下も来訪される。

あなたの演奏で、我が国の文化水準の高さを示してほしい」

「わかりました」


私は深々と頭を下げた。


「精一杯、務めさせていただきます」

「期待しています」


グレゴリー卿は満足げに頷いた。

説明が終わり、他の令嬢たちが控室を出ていく中、グレゴリー卿が私を呼び止めた。


「クレア、少しよろしいですか」

「はい」


彼は声を潜めた。

「一つ、警告しておきたいことがあります。

王室魔導師団の団長、リチャード・ストラトフォード侯爵についてです」


私は息を呑んだ。

侯爵――それも王室魔導師団の団長。


「あの男は、音花の恵みのような特殊能力に異常な執着を持っています。

おそらく、あなたの母君の記録も把握しているでしょう」

「では......」

「ええ。あなたにも接触してくる可能性が高い。

もし彼に声をかけられたら、決して一人で対応しないこと。すぐに私かアーロン隊長に知らせてください」

「わかりました」


私は頷いた。


「ストラトフォード侯爵は、この国で五本の指に入る高位貴族です。

あなたのような爵位のない娘では、彼の要求を断ることは容易ではない。

だからこそ、一人で対峙してはいけません」


グレゴリー卿の表情は、真剣そのものだった。





その日の午後、私は音楽堂で一人、練習していた。


王太子殿下の祝賀会。

これは私にとって、宮廷楽師としての最初の大仕事だ。


絶対に成功させなければならない。

私はリュートを手に取り、演奏を始めた。


祝賀会にふさわしい、華やかで優雅な曲。

音符が流れ、音楽堂に響き渡る。


だが――どうしても、違和感があった。

技術的には完璧だ。テンポも、音程も、全て正確。

それなのに、何かが足りない。


私は演奏を止め、ため息をついた。


「困っているようだな」


背後から声がした。

振り返ると、アーロンが立っていた。


「アーロン様」

「様、は要らない。アーロンでいい」


彼は私の隣に座った。


「どうした?」

「技術的には問題ないんです。でも――何かが足りない気がして」


私は正直に答えた。


「祝賀会にふさわしい華やかさが、出せていないような......」

「華やかさ、か」


アーロンは少し考えた。


「お前の演奏を聴いていて思ったことなんだが――」


彼は窓の外を見た。


「お前が一番輝くのは、技術を見せつけようとしている時じゃない」

「では、いつですか?」

「誰かのために演奏している時だ」


アーロンは私の方を向いた。


「選考会で演奏した『星降る夜の子守唄』。

あれは、お前の両親への想いが込められていた。だから、聴く者の心を動かした」

「でも、祝賀会では......殿下のために演奏すべきですよね」

「そうだな」


アーロンは頷いた。


「だが、お前は殿下と会ったこともない。心を込めろと言われても、難しいだろう」

「はい......」


私は肩を落とした。


「なら」


アーロンは立ち上がり、私の前に立った。


「俺のために、演奏してみろ」

「え?」

「祝賀会の練習だ。俺を殿下だと思って、演奏してくれ」


彼は椅子に座り、姿勢を正した。


「さあ、始めてくれ」


私は戸惑いながらも、リュートを構えた。

アーロンのために。

この人のために、演奏する。


指が弦に触れる。

音が生まれる。


最初は――やはり硬かった。

でも、演奏を続けるうちに、何かが変わっていくのを感じた。


アーロンの表情。

彼は真剣に、私の演奏を聴いている。


その視線に応えたい。

この人を、喜ばせたい。

気づけば、私は心を込めて演奏していた。


技術だけではなく、感情も乗っている。

アーロンへの――何だろう、この気持ちは。


感謝?

それとも......。


曲が終わった。

アーロンは拍手をした。


「良かった。さっきとは全然違う」

「本当ですか?」

「ああ」


彼は立ち上がり、私に近づいた。


「その調子でいけば、祝賀会も成功する」


心臓が、激しく胸を打っている。アーロンの手の温もり。

優しい声。


私は――この人のために、演奏したいのかもしれない。

心から祝福したい相手。

それは、もしかして......。


「クレア?」


アーロンが不思議そうに私を見た。


「顔が赤いぞ。体調が悪いのか?」

「いえ、何でもありません」


私は慌てて顔を背けた。

何を考えているの、私。

これは形式的な関係。

アーロンは私を守るために、契約を結んだだけ。

でも――。


「今日はもう休め」


アーロンが言った。


「無理をすると、本番で力が出せなくなる」

「はい」


私はリュートを片付けた。

だが、胸の鼓動は収まらなかった。


  ◆


夜、宿舎へ戻る途中。

私は王宮の庭園を通り抜けていた。


月明かりの下、噴水が美しく輝いている。

アーロンとの練習のことを思い出し、また顔が熱くなる。

あの人のために演奏したい。

その気持ちが、どんどん強くなっている。


「クレア・エヴァンス嬢」


突然、前方から声がかけられた。

立ち止まると、豪華な魔導師のローブを纏った男が、こちらへ歩いてきた。


月明かりに照らされたその顔――。

整った顔立ちだが、目には冷たい光が宿っている。


そして、そのローブの胸元には、王室魔導師団の紋章。

まさか。


「初めまして、クレア嬢。私の名を、ご存知かな?」


男は優雅に微笑んだ。

その立ち振る舞い、纏う空気――。

グレゴリー卿が警告していた人物。


「......ストラトフォード侯爵」


私は警戒しながら答えた。


「ご明察」


侯爵は満足げに頷いた。


「王室魔導師団の団長を務めております。昨日の選考会、拝見させていただきました。素晴らしい演奏でしたね」

「ありがとうございます」


私は一歩、後退りした。

グレゴリー卿の言葉を思い出す。


「決して一人で対応しないこと」


でも今、ここには私しかいない。

それに、相手は侯爵。この国で五本の指に入る高位貴族。

爵位も地位もない私が、無下に断れば――それだけで不敬罪に問われかねない。


「そう警戒しないでください」


侯爵は一歩、近づいてきた。


「少し、お話ししたいだけです」


私は動けなかった。

今すぐにでも逃げたい。


でも、ここで背を向けて逃げ出せば、侯爵の機嫌を損ねる。

高位貴族の怒りを買うことが、どれほど恐ろしいか。

叔父の屋敷で、散々見てきた。


「あなたの母君、レイラ・エヴァンスについて昔話でも――」

「クレア」


横から、凛とした声が響いた。

アーロンだった。

私と侯爵の間に割って入ってくれる。


「アーロン隊長」


侯爵は少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔を作った。


「これはこれは。深夜の巡回ですか?」

「クレアを探していた」


アーロンは冷たく答えた。


「侯爵、彼女に何か用ですか?」

「そんなに邪険にしないでくれたまえ。ただの挨拶ですよ」


侯爵は肩をすくめた。


「新しい宮廷楽師に、祝いの言葉を述べようと思いまして」

「そうですか」


アーロンは私の肩に手を置いた。


「では、挨拶は済んだようですね。クレア、行こう」

「はい」


私はアーロンに従った。

侯爵は――私たちの背中を、じっと見つめていた。

その視線が、背筋に冷たく突き刺さる。



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