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追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました  作者: mera


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第五章

その日から、私は朝から晩まで音楽堂で練習に明け暮れた。

グレゴリー卿が時折訪れては、私の演奏を聴き、的確な助言をくれた。


「クレア、そこの装飾音はもっと軽やかに」

「はい」

「良い。だが、次のフレーズとの繋ぎが唐突だ。もう少し滑らかに移行しなさい」


彼の指導は厳しかったが、確実に私の技術を向上させてくれた。


夕方、練習を終えて宿舎に戻る途中、エリンが声をかけてきた。


「クレア様、お疲れ様です。今日も一日練習でしたか?」

「ええ。明日が選考会だから」

「緊張しますよね。でも、クレア様なら大丈夫ですよ」


エリンの明るい声に、少し緊張が和らいだ。


「ありがとう、エリン」

「ところで」


エリンは周囲を確認してから、声を潜めた。


「今日、変な噂を聞いたんです」

「噂?」

「はい。宮廷内で、バートン男爵が騒いでいるって」


私の背筋が凍った。


「叔父が......宮廷に?」

「ええ。姪が家出をして、近衛騎士に誘拐されたって大騒ぎしてるそうです」


誘拐。

叔父らしい、卑劣な手だ。


「でも、心配しないでください」


エリンは私の肩に手を置いた。


「隊長がちゃんと対処してくれてます。バートン男爵の主張は全て却下されたそうですよ」

「アーロン隊長が?」

「はい。隊長は『夜道で盗賊に襲われていた令嬢を保護しただけだ』って、正式な報告書を提出したそうです。

それに、グレゴリー卿も証人として、クレア様が正当な手続きで選考会に参加することを認めたって」


私は安堵のため息をついた。


「そう......良かった」

「でも」


エリンの表情が曇った。


「バートン男爵、諦めてないみたいです。明日の選考会にも来るって噂ですし」


当然だろう。

叔父は私を選考会に出したくないのだから。

何としても妨害しようとするはずだ。


「気をつけてくださいね、クレア様」


エリンは心配そうに言った。


「何かあったら、すぐに隊長か私に知らせてください」




その夜、私は一人で部屋にいた。

窓の外では、満月が煌々と輝いている。

明日が選考会。

全てが決まる日。

私はリュートを手に取り、小さく音を奏でた。


音花の恵みを使わずに、純粋な演奏だけで。

父の教えを思い出す。


「クレア、音楽は心だ。技術はもちろん大切だが、それ以上に大切なのは、お前が何を伝えたいかだ」


父の声が、耳に蘇る。


「お前の音楽で、誰かの心を動かせ。それができれば、お前は本物の音楽家だ」


私は目を閉じた。

明日、私は叔父にも、ペトラにも勝つ。

そして、自分の未来を掴み取るんだ。



選考会当日の朝。

空は快晴だった。


私はエリンが用意してくれた、シンプルだが上品なドレスに着替えた。

淡い青色の生地に、白いレースの装飾。派手ではないが、清楚で品がある。


「似合ってますよ、クレア様」


エリンが鏡の前で私の髪を整えてくれた。


「ありがとう、エリン」

「いえいえ。それじゃあ、行きましょうか。隊長が待ってますよ」


宿舎の前に、アーロンが立っていた。

彼はいつもの近衛騎士の制服ではなく、正装に身を包んでいた。黒を基調とした礼服に、銀の装飾。腰には儀礼用の剣を帯びている。


「おはよう、クレア」

「おはようございます」


私は軽く頭を下げた。


「準備はいいか?」

「はい」

「では、行こう」


アーロンは私を音楽堂へと案内した。

朝の宮廷は、いつもより人が多かった。選考会を見に来た貴族たちで溢れている。


「すごい人ですね」

「宮廷楽師の選考会は、社交界の一大イベントだからな。貴族たちは娘を参加させることを名誉だと考えている」


音楽堂の前には、既に何人もの令嬢たちが集まっていた。

豪華なドレスに身を包み、それぞれの護衛を従えている。


「あら、あれは......」


一人の令嬢が私を見て、囁いた。


「バートン男爵の姪じゃない?」

「本当だわ。家出したって噂の」

「近衛騎士が護衛なんて、どういうこと?」


周囲の視線が、一斉に私に集まった。

私は背筋を伸ばし、堂々と歩いた。

ここで怯んではいけない。


「あら、クレア」


背後から、聞き覚えのある声。

振り返ると、そこにはペトラが立っていた。

彼女は豪華な赤いドレスを着て、金色の髪を華やかに結い上げていた。その隣には、叔父のバートンがいる。


「やあ、クレア」


バートンは嫌味な笑みを浮かべた。


「まさか本当に選考会に来るとはな。随分と大胆なことをする」

「おはようございます、叔父様」


私は冷静に挨拶した。


「ペトラも、おはよう」

「......ふん」


ペトラは鼻を鳴らして、顔を背けた。


「クレア、お前は理解していないようだな」


バートンが一歩近づいてくる。


「お前には選考会に出る資格などない。推薦状もなく、正式な音楽院の卒業証明もない。

どうやって参加するつもりだ?」

「彼女はグレゴリー卿の特例許可により、彼女の参加は認められています」


アーロンが割って入った。


「バートン男爵、これ以上クレアに近づくのは控えていただきたい」

「近衛騎士が、一介の令嬢の護衛とは」


バートンは嘲笑を浮かべた。


「随分と親密なようだな。まさか、体を売って便宜を図ってもらったのか?」

「叔父様」


私は怒りを抑えながら言った。


「そのような下品な発言は、ご自身の品位を貶めるだけですわ」

「何だと......」

「それに、私は正当な手続きで参加許可を得ました。叔父様が何を言おうと、私は選考会に出場します」


私はきっぱりと言い切った。

バートンの顔が、怒りで真っ赤になった。


「生意気な......お前など――」

「バートン男爵」


低く、冷たい声。

アーロンが剣の柄に手を置いた。


「これ以上、彼女を侮辱するなら、決闘を申し込むことになりますが、よろしいですか?」


バートンは言葉を失った。

近衛騎士団の隊長に決闘を申し込まれれば、確実に負ける。それどころか、名誉を失うことになる。


「......あとで覚えておけよ、クレア」


バートンは吐き捨てるように言った。


「選考会で、ペトラがお前を打ち負かしてやる。お前の惨めな姿を、全ての貴族たちに見せてやる」


彼はペトラを連れて、音楽堂の中へと入っていった。


「大丈夫か?」


アーロンが心配そうに尋ねた。


「ええ、平気です」


私は深呼吸をした。


「むしろ、覚悟が決まりました」



音楽堂の内部は、観客席で埋め尽くされていた。

貴族たち、宮廷関係者、そして王室の者たちも来ている。

舞台の上には、審査員席が設けられていた。

中央にグレゴリー卿、その両側に王室楽団のメンバーたちが座っている。


「参加者の皆様」


グレゴリー卿が立ち上がり、声を張った。


「本日は宮廷楽師選考会にご参加いただき、ありがとうございます。

審査は公正に行われます。それでは、開始いたしましょう」


参加者たちが、控室へと案内された。

私も他の令嬢たちと共に、控室に入った。


部屋の中には、二十人ほどの令嬢たちがいた。

皆、緊張した面持ちで、自分の番を待っている。


「番号札をお取りください」


係の者が箱を持ってきた。


私は札を引いた。

十五番。


中盤だ。


ペトラは――三番を引いていた。


彼女は得意げに笑っている。

早い番号の方が、審査員の印象に残りやすいと考えているのだろう。


選考会が始まった。

一番目の令嬢が、舞台に上がる。


彼女はハープを演奏した。技術は確かだが、どこか教科書通りで、心に響くものがない。

審査員たちは無表情で聞いていた。


二番目、三番目と続く。

そして――ペトラの番が来た。


「次、バートン家のペトラ嬢」


係の者が呼ぶ。


ペトラは自信満々に舞台へ上がった。

彼女が選んだ楽器は、ヴァイオリン。それも、明らかに高価な名器だ。


「本日は、流行りの舞曲を演奏させていただきます」


ペトラは宣言し、演奏を始めた。

確かに、彼女の演奏は華やかだった。


速いテンポ、派手な装飾音、観客の目を引く動き。

貴族たちの何人かは、拍手をしている。


だが――。

グレゴリー卿の表情は、変わらなかった。

他の審査員たちも、特に感心した様子はない。


ペトラの演奏が終わった。

観客席から、儀礼的な拍手が起こる。

ペトラは満足げに頭を下げ、舞台を降りた。


「どうだった、クレア?」


控室に戻ってきたペトラが、私に向かって言った。


「私の演奏、素晴らしかったでしょう? これであなたとの差は歴然ね」

「そうね」


私は淡々と答えた。


「確かに華やかだったわ」

「華やかだった、だけ?」


ペトラは不満そうな顔をした。


「あなた、妬んでいるのね。仕方ないわ。あなたみたいな田舎臭い演奏では、私には勝てないもの」


私は何も答えなかった。

ペトラの演奏は、確かに技術的には整っていた。


でも――どこか教科書通りで、彼女自身の個性が見えない。

華やかで派手ではあるけれど、師匠たちが教えた型をなぞっているだけのように聞こえた。


選考会は続く。

四番目、五番目......。


中には、本当に才能のある令嬢もいた。

彼女たちの演奏は、技術と心の両方を備えていて、審査員たちも頷いている。


私は彼女たちの演奏を聞きながら、自分の番を待った。


そして――。


「次、バートン家のクレア嬢」


ついに、私の番が来た。



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