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追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました  作者: mera


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第四章


王宮の音楽堂は、宮廷の西翼にあった。

白い大理石の柱、ステンドグラスの窓、そして天井には美しいフレスコ画が描かれている。

まるで神殿のようだった。


「グレゴリー卿は、ここで毎朝練習をしている」


アーロンが説明した。


「彼は元王室楽団の首席奏者で、今は宮廷楽師たちを統括する立場にある。

厳格だが、音楽への情熱は誰にも負けない人物だ」


大扉を開けると、ヴァイオリンの音色が聞こえてきた。

優雅で、気品があり、それでいて情熱的な演奏。


音楽堂の中央、演奏台の上で、一人の老紳士がヴァイオリンを奏でていた。

彼は白髪で、痩せた体躯だったが、その姿勢は真っ直ぐで、演奏する姿は若々しささえ感じさせた。


曲が終わると、老紳士は私たちに気づいた。


「おや、アーロン隊長。珍しいですな。あなたが音楽堂に来るとは」

「グレゴリー卿、朝からご精が出ますね」


アーロンは丁寧に頭を下げた。


「少し、お話があって参りました」

「ほう」


グレゴリー卿は私に視線を向けた。


「そちらの令嬢は?」

「彼女がクレアです。今日、お話ししたいのは彼女のことです」


私は深々と頭を下げた。


「初めまして、グレゴリー卿。クレアと申します」

「ふむ......」


グレゴリー卿は私をじっと見つめた。

その視線は鋭く、まるで私の全てを見透かすようだった。


「バートン家の令嬢ですな」


私は驚いた。


「なぜ、ご存知なのですか?」

「あなたの父君、私の古い友人でしたからな」


グレゴリー卿は優しく微笑んだ。


「王室楽団で共に演奏した仲です。彼の訃報を聞いた時は、本当に悲しかった」


涙が込み上げてきた。

父のことを、こんな風に語ってくれる人がいるなんて。


「父は......幸せだったと思います。音楽を愛し、音楽に愛された人生でした」

「その通りです」


グレゴリー卿は頷いた。


「それで、あなたは何の用で? まさか、宮廷楽師の選考会に出場なさるのかな?」

「はい」


私は覚悟を決めた。


「ですが、事情がありまして推薦状を得ることができません。

それで、アーロン隊長にご相談したところ、グレゴリー卿なら特例を認めてくださるかもしれないと」

「特例、ねえ」


グレゴリー卿は腕を組んだ。


「規則を破るのは好きではありませんが......あなたの父君への恩もある。それに」


彼はアーロンを見た。


「この堅物の隊長が、わざわざ私に頼みに来るとは。よほどのことでしょう」

「彼女には才能がある」


アーロンは断言した。


「俺が保証します」

「ほう。あなたがそこまで言うとは」


グレゴリー卿は興味深そうに私を見た。


「では、こうしましょう。今ここで、私の前で演奏してみなさい。

それで実力を判断します。合格なら、特例として選考会への出場を認めましょう」


私は深呼吸をした。

これが、全てを決める瞬間だ。


「何を演奏すればよろしいでしょうか?」

「自由曲で構いません。あなたが最も得意とする曲を」


私はリュートを取り出した。

何を演奏すべきか。


技術を見せつける華やかな曲か。

それとも――


いいえ。

私は、父が教えてくれた曲を演奏しよう。


グレゴリー卿が父の友人なら、きっとわかってくれるはずだ。

私は弦に指を置いた。

そして、演奏を始めた。


それは、父が作曲した『星降る夜の子守唄』。

母が亡くなった後、父が私のために作ってくれた曲だった。


優しく、温かく、そして少しだけ切ない旋律。

私は目を閉じ、父との思い出を辿りながら演奏した。


音楽堂に、リュートの音色が響き渡る。

そして――音花の恵みが、自然と発動した。


金色の光の粒子が宙を舞い、音楽堂を満たしていく。

それは星のように瞬き、まるで本当に星降る夜を再現しているようだった。


曲が終わり、私は目を開けた。

グレゴリー卿が、涙を流していた。


「これは......これは......」


彼は声を震わせた。


「あの男が作った曲だ。間違いない......」


グレゴリー卿は私に近づき、両手で私の手を握った。


「なんと美しい演奏か。そして、この光は......」

「音花の恵みです」


私は静かに答えた。


「母から受け継いだ力です」

「音花の恵み......伝説の能力が、本当に存在したとは」


グレゴリー卿は驚きを隠せない様子だった。


「クレア。あなたは、父親の才能と母親の力、その両方を受け継いでいる。これは奇跡だ」


彼は深く頷いた。


「選考会への出場を許可します。いや、それどころか――あなたなら、間違いなく宮廷楽師に選ばれるでしょう」

「ありがとうございます」


私は涙を流しながら、深々と頭を下げた。


「ただし」


グレゴリー卿は真剣な表情になった。


「その力のことは、選考会では見せない方がいい」

「なぜですか?」

「音花の恵みは、あまりにも稀少な力です。それを知れば、必ず狙う者が現れる」


アーロンが口を開いた。


「グレゴリー卿の言う通りだ。昨夜、街道でクレアが能力を使った時、誰かに見られていた可能性もある」

「アーロン隊長もご存知だったか」


グレゴリー卿は驚いた様子で彼を見た。


「昨夜、盗賊から彼女を守った際に」


アーロンは簡潔に説明した。


「実際に目にしなければ、信じられない力でした」

「なるほど......それで隊長が彼女を連れてきたわけですな」


グレゴリー卿は腕を組んだ。


「特に警戒すべきは宮廷内部です。

表向きは芸術を愛する貴族たちも、裏では権力闘争に明け暮れている。

音花の恵みのような力は、彼らにとって格好の道具になる」

「具体的には、どのような?」


私は不安を隠せなかった。


「まず、王室魔導師団」


グレゴリー卿は指を折りながら説明した。


「彼らは魔法の研究に執心しており、新しい能力の持ち主を見つければ、研究対象として拘束しようとするでしょう」

「それから、諜報部」


アーロンが続けた。


「音花の恵みで情報収集の鳥を作れるなら、彼らは喉から手が出るほど欲しがる。

スパイ活動に利用できるからな」

「さらに」


グレゴリー卿は声を潜めた。


「宮廷には、王位継承を巡る派閥争いがあります。第一王子派と第二王子派。

どちらもクレア、あなたのような力を自分の陣営に取り込もうとするでしょう」


私は背筋が冷たくなった。

母の警告の意味が、ようやく理解できた。


「この力を狙う者がいる」


それは、単なる危険ではない。

私の自由そのものを奪おうとする者たちだ。


「では、どうすれば......」

「なに、簡単なことだ。選考会では、音花の恵みを一切使わないこと」


グレゴリー卿は厳しい口調で言った。


「純粋な演奏技術だけで勝負しなさい。あなたの実力なら、それでも十分に合格できる」

「宮廷楽師になった後は?」

「その時は、私が後ろ盾になりましょう」


グレゴリー卿は力強く言った。


「私の庇護下にいる限り、誰も簡単には手出しできません。ただし」


彼は私とアーロンを交互に見た。


「それでも完全に安全とは言えません。アーロン隊長、彼女の警護を続けていただけますか?」

「無論です」


アーロンは即答した。


「既に彼女とは契約を交わしています」

「契約?」


グレゴリー卿は興味深そうに眉を上げた。


「詳細は伏せますが、俺には彼女を守る義務がある」

「そうですか。それなら安心です」


グレゴリー卿は満足げに頷いた。


「クレア、選考会は明後日。それまでに、音楽堂で練習をしなさい。ここは自由に使って構いませんよ」

「ありがとうございます」


私は深々と頭を下げた。

私たちは音楽堂を後にした。


廊下を歩きながら、私は考えていた。

音花の恵みを使わずに、選考会で勝つ。


それは可能だろうか?

ペトラは叔父が金をつぎ込んで、著名な楽師たちに指導を受けている。


私にあるのは、母から受け継いだ才能と、父の教えだけだ。

でも――それで十分だ。

私は拳を握り締めた。



音楽を純粋な技術だけで勝負する。

それは簡単なことではない。けれど、私には父の教えがある。母の愛がある。

そして今、アーロンとグレゴリー卿という強力な味方もいる。


「クレア」


アーロンが歩きながら話しかけてきた。


「今日と明日、お前は音楽堂で練習する。だが、夜は必ず宿舎に戻れ。一人で街を歩くな」

「わかりました」

「それから――」


彼は立ち止まり、私の方を向いた。


「選考会当日、俺が護衛につく」

「護衛? でも、それは目立ちすぎるのでは」

「いいや。宮廷楽師の選考会には、貴族の令嬢たちが大勢参加する。彼女たちの多くが護衛を連れてくる。

お前だけ護衛なしの方が不自然だ」


確かに、理に適っている。


「ありがとうございます」

「礼には及ばない。そういう契約だ」


アーロンはそう言って、また歩き出した。



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