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追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました  作者: mera


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第三章

「王都に徒歩で行くつもりだったのか?」

「ええ、まあ......他に方法がなくて」

「馬鹿げている」


彼はそう言うと、口笛を吹いた。

その音は夜の静寂を切り裂き、森の奥へと響いていく。

しばらくすると、蹄の音が聞こえてきた。


闇の中から現れたのは、立派な黒馬だった。

月光を受けて、その毛並みが美しく輝いている。


「夜風という。俺の相棒だ」


アーロンは馬の首を撫でた。

馬は主人の手に応えるように、軽く鼻を鳴らした。


「さあ、乗れ」

アーロンは私に手を差し伸べた。


「え、でも......」

「何を躊躇している。このまま歩いていたら、日が昇るまでに半分も進めないぞ」


確かにその通りだ。

私は意を決して、アーロンの手を取った。

彼は軽々と私を馬上に引き上げ、自分もその後ろに跨った。


「しっかり掴まっていろ」


そう言われ、私は慌てて馬の鬣を掴んだ。


「そっちじゃない」


アーロンの腕が私の腰に回される。


「俺に掴まれ。振り落とされても知らんぞ」


頬が熱くなるのを感じた。

こんな風に、男性と密着したことなど一度もない。


「行くぞ、夜風」


アーロンの声に応えて、馬が駆け出した。

夜の街道を、風のように疾走する。


月明かりの下、景色が流れていく。

私は必死に馬の揺れに耐えながら、アーロンの背中に寄りかかった。


「怖いか?」


背後から、アーロンの声。


「少し......」

「なら、目を閉じていろ。すぐに王都に着く」


私は素直に目を閉じた。

馬の蹄の音、風を切る音、そしてアーロンの鼓動。

全てが、不思議な安心感を与えてくれた。

どれくらい走っただろうか。

馬の速度が落ち、やがて止まった。


「着いたぞ」


私は目を開けた。

そこには、巨大な城壁が聳え立っていた。

王都の正門だ。

門の両側には、松明を持った衛兵が立っている。


「アーロン隊長」


衛兵たちは一斉に敬礼した。


「深夜の巡回、ご苦労様です」

「ああ」


アーロンは短く答えた。


「この娘は保護した貴族の令嬢だ。宮廷に案内する」

「了解しました。どうぞお通りください」


門が開かれ、私たちは王都の中へと入っていった。

石畳の道、整然と並ぶ建物、そして遠くに見える王宮の尖塔。

全てが、屋敷から見ていた景色とは比べ物にならないほど壮麗だった。


「王都に来たことがないのか?」

「ええ。子供の頃、両親に連れられて来たことはありますが、ほとんど覚えていません」

「そうか」


彼は馬を進めながら、街の説明をしてくれた。


「あそこが商業区。昼間は商人たちで賑わっている。

向こうが職人街。優秀な武器職人や楽器職人が集まっている」

「楽器職人......」


私は興味を持った。


「ええ。王都には腕の良い楽器職人が何人もいる。

お前の父親の形見、古いと言っていたな。修理が必要なら、紹介してやってもいい」

「本当ですか?」

「ああ。だが、今は時間がない。選考会まで三日しかないからな」


そうだった。


私には、準備しなければならないことが山ほどある。

アーロンは馬を王宮の方角へと向けた。


「今夜は、近衛騎士団の宿舎に泊まれ」

「でも、それは――」

「女性用の部屋がある。心配するな」


アーロンの声には、有無を言わさぬ強さがあった。


「明日の朝、グレゴリー卿に会いに行く。それまでは休んでおけ」

「ありがとうございます」


私は素直に礼を言った。



近衛騎士団の宿舎は、王宮の敷地内にあった。

アーロンは私を女性用の客室に案内してくれた。


部屋は質素だが清潔で、ベッドと机、それに小さな洗面台が備え付けられていた。


「何か必要なものがあれば、廊下の端にいる当番の騎士に言え。朝食は七時だ。それまでゆっくり休め」

「はい」


私がそう答えると、アーロンは部屋を出ようとした。


「あの――」


私は思わず呼び止めた。


「何だ?」

「今日は、本当にありがとうございました」


彼は少し驚いた顔をした。

そして、また――あの冷たく美しい笑みを浮かべた。


「礼には及ばない。契約だからな」


扉が静かに閉まる。


一人になった私は、ベッドに腰を下ろした。

信じられない。


つい数時間前まで、私は絶望の淵にいたのに。

今は、王宮の中にいる。


そして、宮廷楽師への道が開かれようとしている。


私は立ち上がり、リュートを取り出した。

弦を調律し、小さく音を奏でる。

音花の恵みの光が、再び部屋を満たした。



翌朝、私は予想以上に深く眠っていた自分に驚いた。

屋敷では、いつも物音に怯えて浅い眠りしかとれなかったのに。


ここでは、誰にも邪魔されず、安心して眠れた。

身支度を整え、廊下に出ると、若い女性騎士が立っていた。


「おはようございます。クレア様ですね?」

「はい」

「私はエリン。近衛騎士団第三部隊所属です。アーロン隊長から、あなたをお世話するよう命じられました」


エリンは明るい笑顔で言った。

彼女は私より少し年上に見える。

栗色の短い髪と、快活な表情が印象的だった。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ。さあ、朝食の時間です。食堂へご案内しますね」


エリンは歩きながら、色々と話しかけてくれた。


「隊長が女性を宿舎に連れてくるなんて初めてなんですよ。みんな驚いてます」

「そう、なんですか?」

「ええ。隊長は女性にまったく興味がないって有名なんです。

貴族の令嬢たちがアプローチしても、いつも冷たくあしらってましたから」


私は少し安心した。

変な誤解をされていないようで良かった。


「でも、クレア様は特別なんですね」

「え?」

「だって、隊長が自ら保護して、グレゴリー卿に会わせてくれるんでしょう?

それって、相当信頼されてるってことですよ」


信頼、というより契約だ。

でも、それを説明するわけにはいかない。


食堂に着くと、既に何人かの騎士たちが食事をしていた。

私が入ると、全員の視線が集まった。


「気にしないでください。珍しいだけですから」


エリンは気遣うように言った。

私たちは隅の席に座り、配膳係から朝食を受け取った。

パンと卵料理、それにベーコンとスープ。質素だが、栄養バランスは良さそうだ。


「クレア様は、宮廷楽師を目指しているんですよね?」


エリンが尋ねた。


「ええ」

「素敵です。私、音楽を演奏できる方に憧れてるんです。

でも、まったく才能がなくて。笛を吹いても音が出ないし、歌えば周りが顔をしかめるし」


彼女は屈託なく笑った。


「だから、剣の道を選んだんです。こっちの方が向いてたみたいで」

「騎士として活躍されているんですね」

「まあ、まだまだ半人前ですけどね。隊長みたいな剣士になるのが目標なんです」


エリンの目が輝いた。


「隊長の剣術、見たことありますか? もう、信じられないくらい速くて美しいんですよ。まるで舞を踊っているみたいで」


私は昨夜のことを思い出した。

確かに、アーロンの剣捌きは無駄がなく、洗練されていた。


「今日、グレゴリー卿に会うんですよね?」


エリンが声を潜めた。


「緊張しますか?」

「とても」


私は正直に答えた。


「グレゴリー卿は厳しい方だと聞いています」

「ええ、厳しいですけど、公平な方です。実力さえあれば、ちゃんと認めてくださいますよ」


その時、食堂の扉が開いた。

アーロンが入ってきた。

騎士たちは一斉に姿勢を正した。


「おはようございます、隊長」


全員が声を揃える。

アーロンは軽く頷き、私たちの方へと歩いてきた。


「クレア。準備はできているか?」

「はい」

「では、行くぞ。グレゴリー卿は朝早くから音楽堂にいるはずだ」


私は急いで食事を終え、立ち上がった。


「エリン、ありがとうございました」

「頑張ってください、クレア様」


エリンは親指を立てて、励ましてくれた。



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