橙の瞳
ラカが目を覚ますと、風車小屋の窓という窓がすべて開けはなたれ、外の空気が古びた小屋の中を駆け回っていた。すでにヴァダは起きていて、水を張った木製の大きなボウルを覗き込みながら、何やら髪の毛をいじっていた。
「おはよう。昨日はスープごちそうさまでした。朝から髪の毛を整えるなんておしゃれだね」
「おう。起きたか。いやね、お前の赤い前髪を見たらマネしたくなってな。」と言いながら、ベリーからとれた赤い染料を自分の前髪に塗りたくっていた。ラカは、その様子がおかしくて笑ってしまったが、ヴァダも笑ってくれた。
そのあとも、ヴァダはラカの持ち物や洋服に興味津々。手先は器用なのだろう、見よう見まねで洋服・靴・帽子などを作り、身に着けてみてはラカに見せつけ、満足げにしていた。
ヴァダの興味はたまらなかった。ついには鍛冶屋見習のハンマーも気になり始め、ふいにラカのベルトから取り上げてしまった。
「お前と俺はよく似ている!このハンマーもお前と俺のものだな。」
ラカは、父の名残のあるそのハンマーを取り上げられたことに驚きと少しの怒りを覚え、「これは、ダメだ!」とヴァダが嬉しそうに眺めているハンマーを取り返した。
すると、ヴァダのオレンジ色の瞳が一瞬より濃い色で輝いたように見えた。ヴァダは拒絶されたことがどれほどつらかったのか、泣き叫びながら、外へと走り出してしまった。
ラカは、そこまで悲しむものだろうかと不思議に思いながらも、優しくしてくれたヴァダが心配で後を追いかけた。そう離れていない、川辺で少し広く見渡せる地面に背を向けて座り込んでいた。なんと声をかけようか迷いながら近づくラカ。ヴァダの肩に手が届く距離まで近づき、
「さっきは、ごめんなさい。」
と言いながら肩に手をかけようとした。その言葉を言い終わるかの瞬間、ヴァダの体からオレンジ色の光の粒が無数ににじみ出てくる。ラカは驚いてその場にしりもちをついた。
オレンジ色の粒子はヴァダの背中の上あたりを浮遊したままだが、ラカにはその群体がこちらを見つめているように感じた。すると、声なき声が頭の中に響いてきた。
「赤の色を持つものよ、私と同化するのを拒絶したな。なぜだ?」
頭の中に勝手に入ってくる声が気味悪かったが、恐怖は感じなかった。どう答えたらいいのかわからなかったが、声に出して答えてみた。
「ヴァダはいい人だけど、僕とは別人だ!それに、同化したらヴァダはどこに行ってしまうんだよ!」
オレンジ色の群体が揺らめく。
「我の陽は親愛、我の陰は執着心。この体が陰を抑えきれなかったようだな。陽を持って親愛を示す。この体は必ずやお前の助けになるだろう。お前の道は険しい。破壊の心を持つ赤きものよ。決して陰に支配されるなよ。」
その言葉を最後にオレンジ色の粒子はヴァダの体の中へ戻っていった。
目を覚ましたヴァダはきょとんとしていたが、ラカを見ると人懐っこい笑顔でこっちに近づいてくる。
「ラカ、どうしんたんだ?俺に何かついてるか?」
ヴァダは何も覚えていないようだった。ラカは、今起こったことを話した。
「そうか、びっくりさせて悪かったな。なんでそんなものが俺の体に宿っているかは知らんが、寂しい時に誰かに合うとそいつから離れたくない気持ちでいっぱいになるんだ。この森に迷い込んだ時もそうだった。道に迷い見たこともない世界で俺は怯えていたんだ。そしたら、森の王国の人に出会った。あいつは親切に王国とこの森の違いとか教えてくれた。そしたらそいつと離れたくない気持ちで一杯になって、ずーっとついて行ったんだ。でも、いつのまにかあいつは俺から離れちまった。もしかしたら今みたいな事があったんだろうな。色のついた光か、、、。お前は赤、俺はオレンジ。何か意味があるのかな?」
ラカはヴァダと同じ気持ちだった。色にどんな意味があるのだろう?赤、破壊、陰、いったい自分に何が起こっているのだろう。故郷は真っ白な世界で穏やかな時間が流れていたのに。と、故郷のことを思い浮かべたが、頭に浮かぶ白と影、稜線だけで可視化される世界がなんだか不気味に感じたのだった。そんな気持ちを感じた自分に少し驚きながら、自分に赤い色が発現したことの謎を解き明かさなければという熱い気持ちが沸き上がってきた。その様子を見ていたヴァダ、ラカの気持ちが読み取れたのか、
「お前がしたい事はそれだよ。よし、その謎解きの旅、俺も手伝うぞ!おっと、さっきみたいにお前のハンマーを取り上げたりはしないから安心してくれ。とりあえず、城にいってみるか。こういう難しい話は王様とか偉い人に聞くのが一番だからな。」
そう言いながら城までの旅支度のために風車小屋に戻っていくのだった。