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追跡者

ラカは、王国の唯一の名残であるボートにそっと別れを告げる。両親には棺のように見えていたが、ラカには淡い光を放つ器のような形の舟が、両親の愛で包まれているように見えた。ここまで安全に運んでくれたことに感謝し、母と手を繋ぐかのようにボートの端りをギュッと握りしめ、少しお辞儀をしたのだった。


そして、先ほど遊んでいた岩の上へと戻り、あらためて辺りを見回した。


日が傾き、森はすこしずつ暗さを帯びてきていた。


その中で、ふと視界の先に見つけたのは――風車のついた建物。


よく見ると、その建物の窓からオレンジ色のやさしい光が漏れている。森の中にぽつんと灯った光は、不思議とラカの胸に温かさとすこしの緊張をもたらした。


ラカは、窓の光を見た瞬間、「誰かがいる、話を聞いてくれる」と疑いもなく思い込んだ。


川沿いにあるその風車小屋へ向かうには迷うことはないだろう。さっと岩を飛び降り、川沿いをまっすぐ歩いていく。


森の闇は刻々と深さを増してくる。木々のざわめきや影、虫の鳴き声や風が草原を撫ぜた時のざわめくような音。ラカの心にはは少しづつ不安が広がっていった。そのためだろう、自然と足取りが早まった。


風車小屋の位置を確認した時には想像もできなかった勾配のきつい道のり。木の根を掴んで登ったり、岩場から下まで飛び降りたり。苔むした木の根や石はラカの足を滑らせ、足取りを重くさせた。


息も上がり、服は泥だらけ、鍛冶屋の修行より何倍もへとへとになった。天を仰いで足を止め、ふと行く手を見ると丁度よい高さの岩があったので、休息をとろうと腰かけた。その岩は進行方向の左手にある川の流れまで数メートルの距離、水面から背丈ほどの崖の上にあった。川と反対側の右手はまた更に崖になっている。腰かけ、目を閉じ深く息を吸いこみしばらく静かに座っていると、右手の崖の上に何かの気配を感じた。


ザクっザクっと肥えた土の上を踏み締める音に合わせて鎧が軋むような音が混じる。気配を消そうという気は感じられず、確実にこちらに近づいてくる。その音がもう崖の淵まで来ようかと言う瞬間、


「見つけたぞ!赤の者!」


と叫びながら、大男が姿を現し、こちらを見下ろしている。


心臓が飛び出るほど驚いた。男はラカの位置を捉えるや否や手に持った木の槍を投げつけてきた。よろめき岩から滑り落ちかけながらすんでのところで槍をかわす。


すぐに起き上がり走りながら男の方を振り返る。ラカの目に映った男の姿は大柄で木で作られた鎧を身にまとい、木刀を構え切っ先をこちらに向けていた。兜からわずかに漏れる紫色の眼光は鋭く、追うものを逃がさない気迫に満ちていた。


崖を滑り降りてくる男、着地しようとしたとき派手に転んだ。ラカは持ち前の運動神経で足場の悪い道をぐんぐんと進んでいく。兵士の足取りは気迫の割にはおぼつかず、肩で息をしていてなかなか追いつけないようだ。大柄な体格だが歳を重ねた老兵のようだ。


必死に逃げるラカはそんなことは構わず、走り続けた。すると眼前の地面が突然無くなった。前方と左手は川まで落ちる崖、右手は登りの急こう配な斜面、後ろは走り抜けた山道。逃げ場をなくし一瞬、次の行動を迷う。その隙に、老兵は地の利を活かして一気にラカとの距離を縮めていた。


一瞬の迷いの後、数メートルの距離まで老兵が迫っていた。


「我は、白叡院に仕える衛兵クレドン!赤き者よ!白きを守るため成敗する!」息も切れ切れに口上を立て、木刀を振りかざした。


ラカは、必死の思いで手にした石をクレドンに投げる。石はクレドンの顔に見事に命中。よろけた拍子に木の根に足を取られ、体制を崩したまま川のほうへ転落してしまった。


ラカはすかさず起き上がり、兵士が落ちたあたりを確認する。ある程度の水深があったおかげで、クレドンは川底への激突を免れたようだった。が、川辺で気を失っているようだ。


安堵と疲れで、その場にへたれこむ。同時に身を守る為だったにせよ人を傷つけた事が悔やまれ、石を掴んだ右手の指先が痺れた。


「あの人も王国の人みたいだったな」


自分を追ってきたのか?いや、あんな風変りな人は王国にはいなかった。この森にも馴染んでいたようだし、もしかしたら自分と同じ追放者なのだろうか?答えはわからなかったが、「白きを守る」という老兵の言葉が不気味に頭に残っていた。


ラカが再び歩き始めた時、気を失ったクレドンの背中辺りが怪しく光っていた。光は紫色の粒子の群体で、クレドンの背中の上を漂っている。粒子達は細く一直線に集まり糸のようになる。空中に浮かんで少しだけ光を放つ紫の糸は、再びクレドンの体の中へと溶けるように吸い込まれていった。そして、微かに人の囁き声が混じったような波音がしたが、ラカは気づかなかった。その光景は人の眼に映ることは無かったが、森全体が見張っているようだった。

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