♡刻苦勉励♡ 〜現地人の彼女が逆ハーレムエンドを達成できた理由〜
〜刻苦勉励〜
非常に苦労して、勉学や仕事などに熱心に励むことを意味する四字熟語
シャーリー・マトンはごく普通の男爵令嬢だった。
あえてちょっと変わったところがないか探してみても、「毛量の多い天然パーマで頭がモコモコしている」くらいが関の山である。
特に秀でた才能があるわけではないが、酷い欠点があるわけでもない。凄く可愛いわけではないが、少なくとも不細工ではない。そんな「普通」の女の子。
そんな彼女に小さな異変が起こったのは、六歳の誕生日のこと。
(えっ?なに?こころのなかに、なにかこわいのがいる……!?)
怖くなった彼女は両親に相談した。だって、まだまだ狭い彼女の世界で、両親は全知全能とも言える存在だったから。
両親は一瞬目配せしてから答えた。
父親は言った
「勉強と運動を沢山すれば大丈夫になるよ。」
母親は言った
「好き嫌いせずに食べて早く寝るのもいいわ。」
両親は、成長に伴う一過性の不安だろうと思っており、教育に少しくらい活用できればいいなという程度の考えだった。
だが、シャーリーは翌日から毎日、完璧に言われた事を守った。今まで年相応の甘えがあった彼女の突然の代わり様に両親は驚き、逆に心配になるほどだった。
しかし、シャーリーの中の『こわいもの』は消えてくれない。
ただ、勉強や運動をしている時は不安が紛れたし、疲れてぐっすり眠るときはこわい夢を見なかったから、やはり両親のいうことは正しいのだろうと思って規則正しい生活を続けていた。
そんな中シャーリーは、当時の彼女には少し背伸びした内容の本で、あるフレーズに出会う。
「こっく…べんれい?」
意味は良く分からなかったが、響きが良く、何となく心に残った。
◇
四年間模範的な生活を続けたおかげで、シャーリーはかなり優秀な部類の女の子に育っていた。
そんな彼女の『異変』が悪化したのは、十歳の誕生日のこと。
(え?心のなかにいる『怖い何か』の……声が聞こえてくる!?)
恐怖を感じた彼女は両親に相談した。優秀とはいえまだ子供である彼女の世界で、両親はとても頼もしい存在だったから。
話を聞いて、両親はキュッと頬を窄める顔をした後、少し相談するから明日まで待ってほしいと言った。だから、一晩中シャーリーは不安に苛まれた。
父親は言った
「……お前もこの時期がきたか。それはきっと悪霊の仕業だろう。父さんも経験があるんだ。悪魔の誘惑に屈しない様にお前は沢山の本を読むのがいいだろう。あと理由は言えないがこの事は家族だけの秘密にしておいてくれ。」
母親は言った
「ダンスや歌唱といった淑女教育に力を入れるのも大切よ。健全な肉体に健全な精神が宿ると言うわ。心を壊されないために身体を介して心を強く鍛えるの。特に、人前では努めて模範的な淑女として振る舞うことが大切ね。」
両親は、自身の経験から成長に伴う少し早い厨二病だろうと思っており、黒歴史にならなければいいなという程度の考えだった。
しかし、シャーリーは翌日から毎日、今まで以上に完璧に言われた事を守った。貪る様に本を読み、必死に鍛錬に励む彼女に両親は驚き、逆に心配になるほどだった。
しかし、シャーリーの中の『恐ろしい声』は消えてくれない。
ただ、勉強や運動に集中している時は声が気にならなかったし、疲れて泥の様に眠るときは恐ろしい夢を見なかったから、やはり両親のいうことは正しいのだろうと考えて、厳しい王妃教育を受けているかのような生活を続けていた。
そんな中シャーリーは、当時の彼女で何とか理解できる内容の本で、再びこのフレーズに出会う。
「こっ苦勉れい」
苦しさに打ち勝ち学びに励む?
意味は何となくしか分からなかったが、響きが良く、今の自分に重なるところがあると思った。
◇
そんな彼女の『異変』がさらに悪化したのは、十三歳の誕生日のこと。
(え?心のなかにいる邪悪な何かが……心身に干渉……?攻撃……?してくる!?)
体調不良を覚えた彼女は治療院や教会に行ってみた。しかし原因不明で改善しなかったため、両親に相談した。『小公女』や『神童』と言われる彼女の世界でも、両親はよき相談相手だったから。
話を聞いて、両親は驚きに目を見開いた後、専門家に相談するから暫く待ってほしいと言った。だから、シャーリーは暫くの間体調不良に一人で耐えることになった。
父親の連れてきた東洋の老師は言った
「気功と薬草と食養生の知識を伝授しよう」
母親の連れてきた中東の聖者は言った
「瞑想とヨーガとカラリパヤットゥを体得しましょう」
両親は、すっかりに立派になったシャーリーが言うのだから、これはただ事ではないぞと気づいており、三顧の礼で達人達を招いたのだ。慢性的な体調不良に苦しむ愛娘の苦痛を、すこしでも緩和してやりたいという考えだった。
だが、シャーリーは不調をおして修行に励んだ。父の勧めで乱読した本の中に、度々出てきた『刻苦勉励』というフレーズが彼女の心に根付いていたからだ。
外気功と内気功を練ってクンフーを積み、薬草と食養生で臓腑から頑強な身体にして、瞑想で涅槃に至り、ヨーガでトリ・ドーシャの調和を取り戻した上でアーユルヴェーダでチャクラを開き、カラリパヤットゥで鍛えた身体と心が大いなる宇宙と融合していく彼女に両親は驚き、逆に心配になる程だった。
しかし、シャーリーの中の体調不良は消えてくれない。むしろ、日に日に悪くなっていくまであった。
ただ、日々凡人の限界を超えて成長していくことでプラスとマイナスは拮抗し、悪化していく体調の中でも日常生活を送ることが出来ていたから、やはり両親の連れてきた師匠達のいうことは正しいと考えて、英雄の受難のような生活を続けていた。
そんな中シャーリーは、師匠達の口から再びこのフレーズを聞くことになる。
『刻苦勉励』
刻苦 (こっく):身を粉にして苦労すること。非常に苦しい状況でも努力を続けること
勉励 (べんれい):つとめ励むこと。努力して精進すること
それは経験を通して腹落ちしてきた言葉。
尊敬する師匠たちも通ってきた道なのだとわかって、今の自分の心を明るく照らす素敵な言葉だなと、改めて思った。
◇
そんな彼女に転機が訪れたのは王立学園への入学を控えた十六歳の誕生日のこと。
より一層の苛烈さを増し、心身を蝕まんと猛攻撃を仕掛けてきた自分の中に巣食う悪魔に、彼女は対話を試みた。
(ねえ、悪魔。アナタは何故こんな事をするの?)
悪魔は答えた
──この世界は創作物だ
──早く主人公の身体を寄こせ
──私は学園で逆ハーレムを作るのだ
(なるほど……貴女はただ、誰かに愛されたかったのね……ごめんなさい、両親や師匠達が育んでくれたこの心身をあげるわけにはいかないの。ただ。)
そう言うと、シャーリーは両腕で自分の身体を抱きしめた。
(これは私から貴女へのハグよ……せめて、私が貴女の事を愛してあげるわ。)
『汝の敵を愛せよ』
それは悪意を抱いて迫害する者に対して、慈愛ををもって接せよという、ジーザスクライストの教え。神的な生き方。
並の者には一生かかっても到達できぬ精神的な頂、「神の愛」に、この時彼女は、遂に至ったのだ。
その時、不思議なことが起こった!
彼女の中から、清らかな光が溢れ出してきたのだ。
──こ、これは『聖女の力』!?
──『邪神との決戦』まで発現しないはずなのに、なぜ?
──温かい……わ、私が、浄化……され、て
力が弱まっているのか、次第に声が途切れ途切れになっていく悪霊だったもの。
彼女は最後『もじょぉぉぉー』と断末魔をあげたかと思うと『ありがとう……』と呟いて浄化されていった。
(消えた。輪廻転生し、来世では彼女が幸せになれますように……)
悪霊のいく先に思いを馳せ、祝福を祈ったところで彼女は気づいた。
「身体が軽い、頭が冴える、力が、美が、溢れ出る……!!」
悪霊から日に日に強力になる呪いをかけ続けられ、その負荷のなかで修行を続けてきた彼女はいつしか、世界の強制力さえ打ち破る、大英雄に匹敵する力を備えていたのだ。
そして負荷がなくなったことで、彼女は全力を発揮できる様になった。全身から輝くような美しさとチカラ強さが溢れ出て、しかも聖女の力がそれをブーストさせている。
シャーリーは思った。
『これが、「刻苦勉励」の成果なのね……よし、これからも私は、倦まず緩まず弛まず、努力を続けましょう。』
◇
学園に入学した彼女は大活躍した。
悪徳令嬢を改心させ、不正取引を暴き、要人暗殺を阻止して、復活しそうになった邪神を祓った。
彼女は世の中全てから愛されようなどと虫の良いことは考えずに、異端を恐れず彼女だけの道を歩んだ。
結果、皆から愛される『おもしれー女』となったのだが、あくまで結果論である。
そして彼女はモテた。
それはもう、とんでもなくモテた。
第一王子、大商家の後継ぎ、騎士団長の息子、法王の嫡男というグッドルッキングガイズは全員がシャーリーに恋をした。山の様な贈り物をして、結婚して欲しいと跪いた。
シャーリーの周りにはいつもLOVEのエンジェル達が戯れていた。シャーリーと彼らは目を合わせる前に既に素晴らしいLOVEワールドに引き込まれていた。何故なら人は、オーラのある方向へ自然と視線がいくものだからである。
しかし、シャーリーは結婚というシステムにはさほど魅力を感じなかった。常人を超越した彼女の言葉を借りるならこういうことだ。
『わたくしはわたくしのもの、誰のものでもないのですから、何のメリットも感じないものです』
だからガイから
「ねぇ、シャーリー、君って僕の恋人だよね」
と聞かれたらときファビュラスな彼女は誠実にこう答える。
『それは貴方が決めて』
アガペーに目覚めたシャーリーは関係性をラベリングすることに何ら意味がないと考えており、だから浮気という概念とも無縁だった。
だから勿論シャーリーはガイ達だって「自由に他の女とも会えば良い」と考えている。それがフェアと言うものだからだ。(勿論、彼らはシャーリーにぞっこんで、浮気するなどあり得ないのだが……)
ちなみに「人様に迷惑をかけることはしない」というのがシャーリーのポリシーなので、婚約者がいるガイとの付き合いは一切なかった。
卒業式を迎える頃には、ファビュラスなシャーリーに会いたがるグッドルッキングガイズが常にデートの順番待ちをしていた。
バッティングしない様、ケンカにならない様、手がけているさまざまな事業や鍛錬の予定と被らない様にスケジュールをセッティングするのはまるで難解なパズルの様だったが、進化を続けるその頃のシャーリーには、その程度朝飯前だった。
こうして彼女はいわゆる『逆ハーレムエンド』を迎えるに至ったのであった。
◇
その後彼女は、賢王として、超富豪として、大英雄として、法皇として大活躍するかたわら、四人の姑的な存在からリスペクトされつつガイ達からは溺愛され、十二人の子供達に囲まれて幸せに暮らすこととなる。
晩年、なお美しさを増していく彼女を娶ろうと主神が天界からやってきたが、シャーリーは一蹴した。
怒った主神は彼女を襲ったがそれも返り討ちにし、結果彼女が新しい主神となった。
天界の神々は女関係にだらしない旧主神がザマァされたことで大いに沸き、シャーリーのことを歓迎した。
神童と言う言葉がある。
それは極めて優秀な子供。
殆どが20を超える前には人に戻る、神の童。
しかし何事にも例外はある。
かつて神童と呼ばれたシャーリーは、倦まず緩まず弛まず、猛烈な努力をし続けた。そんな神の童が大人になったなら、神となるのは必然だったのだ。
その後シャーリーは主神として多くのマルチユニヴァースを見て回った。そして善き人々を導き、必要に応じて加護も与えて悪を挫いた。
具体的にはヤンデレブラコンどぐされ死霊術師をやっつけたりした。
そう言った功績もあり、後年、おおくの並行世界で信仰されることになった女神シャーリー。彼女より、成功の秘訣についての神託を受けた神官は、短くこう告げた。
〜刻苦勉励〜
それは、非常に苦労して、勉学や仕事などに熱心に励むことを意味する四字熟語である。
黄玲林さん&叶恭子さん、マジリスペクト!