7 - 汚された墓②
※イラストは特に表記が無ければ全て天鬼作のイラストとなっています。
リアライズ辞典wikiがあります、もし良ければご利用ください。
https://rearizedictionary.miraheze.org/wiki/%E7%94%A8%E8%AA%9E%E9%9B%86
亡き人に、近くに居ない人に、感謝も恩義もあるわけがない。
それは、昊菟も思う所がある訴えだった。
見知らぬ人、身近ではない人、そういう人が自分を支えてくれていても、昊菟は正しく恩を測る事が出来ない。
だが……。
「でも坊主は、あん時に怒らなかったよな、苛つきもしなかった。
大人しくして、それどころか俺達の雰囲気を保とうと歩み寄りさえ考えた。
超能力者は覚醒するまで、その辺の一般人と変わらず、法律で保護され、社会のルールに守られてきた存在だ。
裏を返せば、保護を打ち切られ、社会のルールに守られなくなるってことだ。
普通は怖えよ、そうなると我が身を鑑みるもんだ。
自身の矜持を持つ超能力者なら、なおのこと。
強力な超能力者が、護衛全員を吹っ飛ばせるからっつって、焦りもしないことはあるが、坊主はわけが違う。
実質無能力者と変わらないおめえは、しかし絶望してうずくまってなかった。
そしてなにより、あの場で雰囲気ってのを重視した。
しょーーーもねえ、なんの足しにもなんねえが、雰囲気ってのは、大事なもんだ。
雰囲気がよけりゃ、生きてて良かったって、テメエも周りも思ってくれら。
ほんと、些細なことでも、てめえはそれを気にしやがった、その歳のガキの癖にな。
超能力者ってのはその殆どが、雰囲気に囚われない。
人々が楽しそうにしているお祭り会場で煮えたぎり、自分を祝ってくれる席ですら、その矜持にしたがって攻撃したりする。
だがお前は、雰囲気を良くしようとした。
怖気づいてやるのとはわけが違う、怯えていたわけじゃねえ、坊主は、苦笑して、へりくだり、抵抗せず、周りを立てる試みを行った。
俺が手を拘束しても、抵抗も嫌な顔もせず納得し、受け入れた。
微かでも、良くあれと思い、動ける男だ。
お前は、周りを幸福にしようとする超能力者だ。
ちっぽけでしょうもない思いやりしか出来ない雑魚だが、その想いは自分の危機感で鈍ることはない。
平和のための鉄砲玉、貧乏くじを好んで引きに行く変態だ。
そういう連中を何人も見てきたからわかる。
俺たちの犠牲を慮る事が出来なくても、あらゆる人に報いろうとする姿勢がある。
それを、気に入ったンだ。
坊主が、泥投げられ続けて、掘った名前すら見えない俺の仲間たちの墓石を磨いてくれた気分だ。
死体もない慰霊碑があいつらの居場所とは思えないし、本人達が言ったんだ。
この体と魂は、国に帰るんだってな。
だから、死体も墓もねえあいつらの墓と呼べるもんは、この国であり、この世界である。
……アイツらは世界平和のために戦ったわけでもねェとは思うが、最後の最後に、命を投げ出してまで戦ってくれたそこには、間違いなく愛があった。
自分の身を思ってのものではなく、自分の得を勘定してなかった。
何かが、そこにあった。
自分の幸せが望めない、消去法であれ、大義を想った行動で無いにしても、何にもなれなかったアイツらが臨んだ、最後のモンは、自らの死に対する意味づけだったんだ。
カッコつけだよ、他人のために戦ってみるってのも、わるかねえってな。
アイツらのそのカッコつけが、俺を活かし、ここまで連れてきた。
だから俺も、アイツらに顔を合わせれるくれえには、カッコつけたかった。
だが、政治家には向いてねえ、世界に、日本に、いろんな火種が燻ったままだ。
そして、その原因は大陸から来ている。
坊主、おめえは超能力者として極めて稀だ。
おめえの矜持には、おめえ自身じゃなくて、他人の事が含まれていやがる。
だがな、他人をどうこうしてやりたいなんて矜持をマジで持てる人間なんて、空想上の生き物だって思われてるんだぜ?」
昊菟もそれを理解していた。
それは、上郷昊菟が日々の生活の中で常に感じてきた他者との差であり、昊菟のアイデンティティと呼べるものだった。
昊菟の矜持は、「幸福とは他者との繋がりの中にある」
というものだ。
故に昊菟には、勝敗や競争の概念がない。
勝ち負けや競争は、ネガティブとポジティブを決定づけるものだ。
だが、昊菟はそれで悲しんだ事も、嬉しくなった事もない。
ただ、共にチームになった仲間を繋ぐため、死にものぐるいで練習できた、それがうれしかった。
相手となるチームにも、楽しんでもらうために努力を怠る事はしなかった。
負けても楽しめるし、勝っても楽しめる。
飢えはない、食らいつくという気概もない、勝ちたいとも思ってない。
ただ、楽しいゲームにするために他人に真摯であろうとする、そのためにゲームを楽しむためだけに争える。
敵を想い、味方を想い勝ちに行くエゴイズムを持っていた。
また、昊菟には、死や痛みを恐れる考えもない。
自らに降りかかる苦痛や、自らの終わりが訪れても、そこに幸福で居られる他者が存在する限り、昊菟にとっては望ましい事だった。
例えば昊菟が死に、何かを達成することで、あるコミュニティがより豊かで、幸福になるのであれば、昊菟はそうした選択を厭うことはなかった。
この主人公は狂っている。
彼は常人のフリをしたメンタルモンスターであり、その精神性はまさに超能力者として一流なのであった。
しかも、その矜持は個人の夢や欲望ではなく、集団としての欲望の具現であった。
だから、あの護送の時、心は動かないままだった。
一般人にとって、あれは死刑台への輸送だが、昊菟にとってはただの移動に過ぎなかった。
この老人は、その片鱗を感じ取っていたのだ。
「他人のことを慮り、超能力者になった。
なんて、お前以外に俺は知らねえんだ。
だから、俺はお前に投資する」
「買いかぶりすぎだよ。
俺は、俺のためにやっているんだ」
嘘ではない。
昊菟は、他者が楽しくしている輪そのものに自分が居る事が自身への報酬であった。
よしんば死のうが、そういう輪を感じられる事が大事なのである。
身近な人が笑っていれば、自分も笑える。
それが幸福だと思える。
それが昊菟の我欲だ。
自分のために、他人をどうにかしようとする。
目標設定として赤点である。
他人なんて、コントロールの出来ることではない。
昊菟の預かり知らぬところで、勝手に苦しみ、勝手に喜ぶ。
だが、それが悪癖と知りつつも、昊菟は諦められなかった。
叶わなくても、出来ることがあるならなんでもやる。
結果が振るわなくても、行動せずにはいられないのだから仕方がない。
どれだけ学の高い人に、科学的根拠や納得できる理屈で否定されても、変えられない。
効果があってもなくても、それを求めるための行動をやめる事ができない。
昊菟の個性の性、すなわち矜持というものだった。
「坊主自身がやりたいと思ってるなら、余計に良いことじゃねえか、利用させてもらうぜ。
すまねえな、悪い大人が目をつけちまって。
どれ、そしたら、投資の話をしよう。
研究所で超常殺人事件、その捜査協力の話だ。
残念ながら、研究所内は日本の司法ではなくムー大陸の日本、日本大陸の司法が適用される。
細けえ事は省くが、殺人犯が確定している場合、私刑が良しとされたり、犯罪者の殺害を罪に問わない、防衛としての殺人も場合によって無罪とする法律もある。
そして、捜査には認可された魔法使いが派遣される。
捜査協力に一般人を巻き込む事は許可されているが、拒否権もある。 拒否された場合、強制的な協力は望めない。
また、捜査協力者が自身の過失で死傷しても、自己責任とする。
というわけで、捜査に駆り出されたおじさんなのでした。
どうだやるか坊主、ムー大陸での戦闘方法を多少は教えれると思うぜ」
「ありがたい、やろう」
即答だった。
これから先の事を思うなら、魔法使いの戦闘方法、身の守り方、戦い方は昊菟にとって重要なものだ。
超能力に戦闘能力を期待できない以上、おっさんの魔法を少しでも見ておくのは糧になる。
ムー大陸移住後、日本大陸で超能力にも魔法にも慣れた相手を相手取るより、日本列島で新米超能力者を相手取れるなら、それは良い経験になるだろう。
難易度的にも、より入門に良い。
「よしきた、見込んだ通りだぜ坊主!
俄然やる気出るなァ。
とはいっても、坊主の能力は戦闘にはちっとも向かねえな」
「武器があれば、多少は役に立てるかもしれないけど……」
「じゃあこいつをやろう」
投げ渡されたのは拳銃だった。
これまた、どこから出てきたのかわからない。
手からいろんなものが突然出てくる老人だった。
まるでどらえ……いやなんでもない。
「あっさりだな!?
てか俺的には鈍器とか想像してたけど!」
「鈍器は禁止だ、超能力者は触覚、霊覚を含んだ全六感で捉えた相手を能力の対象にできる。
近寄る気配を感じ取れる相手ならそれだけで超能力は当てられるし、鈍器で殴った場合、鈍器を能力の対象にすることもできる。
その辺は、そういう手段が超能力によって妨害されないことがわかっている状態でとる作戦だ。
戦ったこと無いやつなら、痛くて心負けして反撃しないこともあるが、今回はちとわかんねえな。
それに、日本刀やらを熟練できていれば、不意打ち一撃必殺で勝利可能だろうが、実際は複数回殴打するのが普通だろう。
よって、ひょろっちい坊主にはあってねえ、マスターした長物でもあるなら構わねえが」
「……じゃあ、使えないな」
「そうだろ。
だから銃だ。
だがちゃんと隠す事だな、そいつを見て恐怖心に駆られた超能力者が居たら、誤解されて殺されかねない。
それにー……そうだな。
もちっと協力者が欲しいところだ。
ちっと探しておくとするわ。
1時間後、屋上で会おう」
「協力者って、そんなに早く呼べるのか?
あんた、殺人事件が起きたから呼ばれたんなら、職員や管理している人材はこれ以上来ないんだろ?」
「ああ、こういった超常殺人事件調査に呼ばれたのは俺だけだ、むしろこっちは本業でね。
つうか、坊主にこの投資を持ってくるために、一人で来てんだ。
だから今回はマズいね、悪さするために人手を減らしちった」
そう言うと、ウィンクして舌を出してみせた。
なんだこいつ。
「んだもんで、今日この研究施設にいる人物の中で、使える能力者が居るかどうか、管理側に聞いて、アプローチしてみる。
楽しみに待ってろ。
もし見つかんなかったら、俺ら二人で失敗出来ない暗殺を開始するしか無くなっちまうな。
あ、これ事前調査書、読んどけ、じゃあな」
そう言うと、颯爽と去っていった。
「……」
こんなガバガバ司法の土地に行くんだなあ……これから。
◇
【聖】
上郷昊菟が持つ超常現象。
右手人差し指から絶え間なく発光する光。
照らされたものを昊菟にとって良いと考える状態へ微かに変化させていく。
また、この光には現実の光子とは違い、質量を持つ。
質量とエネルギーは極微量なもので、ティッシュや宙に浮かんだたんぽぽですら反応しない。
要研究対象の現象。