6 - 汚された墓①
※イラストは特に表記が無ければ全て天鬼作のイラストとなっています。
リアライズ辞典wikiがあります、もし良ければご利用ください。
https://rearizedictionary.miraheze.org/wiki/%E7%94%A8%E8%AA%9E%E9%9B%86
◇
それからいくつも、訳の分からない実験を繰り返していった。
だが、殆どの実験は特にわかることもなく、まるで指先で拇印でも押して回ってるかのように、様々なものに指を突っ込み、押し当てて、ウンウン唸る研究者たちを眺める日々を送った。
そんな中で一つだけ、研究で進展を感じられる事があった。
この光には、質量がある。
小数点から先、桁が分からなくなるくらいのゼロがついた、天文学的数字の微かな重さがあるのだそうだ。
光子の初回の衝突時にその光は重さを失うが、この性質は普通ではなかった。
また、これは中途半端な成果だが、光量を図る実験のとき、実験の後半では光量測量機の、少し不調な部分が解消されたそうだ。
そして、暫定的に、上郷昊菟の超能力の詳細が明らかになってきた。
重さのある光を生み出し、照らされたものをお気持ち程度改善する光!
だからなんだってんだ!?
そして類似する能力もないので襲名も受けた。
『聖』と書いて、ホーリーと読む。
名付けは担当した研究者のセンスによるものらしい。
うーん……なんでそんな重くしたんだろうね?
昊菟に期待してるおじさんのせいかな?
蝋燭程度の光量と、お気持ち程度にものを良くする光……。
上郷昊菟は、それはもう、なんどもこう思った。
ハズレ能力だなあ……。
ため息が春の涼しい風に溶けていく。
実験が終われば極めて退屈な日々、いずれ入学が確定している天央高校の生徒手帳をなんともなしに読むのが、昊菟にとっての暇つぶしとなっていた。
施設内に行けば能力をウキウキで披露したり、話したがる能力者達に会うことになる。
そんなところに弱小能力で、化け物勢ぞろいビックリ人間ショーのムー大陸に行かねばならない事に凹んでる昊菟が行くわけもなかった。
「お、居た居た。 おい坊主、元気にしてっか?」
「あ、魔法使いのおっさん」
声でわかったそのおっさんは、今度は防火服を着ていなかった。
快活そうで80代以上を想像していたおっさんの顔のシワとシミは、その性格からは想像できない100歳以上の長寿の雰囲気があった。
だが、肌はそうでも、立ち姿、動きの滑らかさ共に、全くその肌年齢とは似つかわしくないものになっていた。
肌100歳、骨格40代、声色80代、性格30代……みたいな。
統一感の無い存在だ。
なんとも、気味が悪い人とも言える。
「クハハ!おっさんねえ。
まあいいや、今日はお前さんに追加の投資と手助けに来たんだ」
「……え、俺の能力知ってます?」
「んにゃ、聞いてねェけど?
でも坊主、5日もここに残ってんだ、おめさん少なくとも長期研究対象者なんだろ?」
「そうですけど……まあ暫定、電子機器の些末な劣化を改善したくらいっす」
「クソ雑魚能力じゃねえか! はははは!
その雑魚能力で化け物どもの居る大陸に行くのか! たまんねェな!」
決めた、こいつに敬語なんて要らないだろう、と昊菟は決意した。
「はぁ……。
それで、投資する気も失せたか?」
「いんや? それとこれとは話は別だ。
俺にとって、お前が良い投資対象なのは変わらねえ」
「俺の何がそんなに良いんだか、全くピンと来ないんだけど……」
「……そうさな、そういう事をキッチリと言葉にしたことはねえんだが……。
坊主、おまえさんにはなんとなくってのは良い返事になんなそうだな。
いいだろ、話下手なりに説明してやる。
そっち座れ、あとこれをやる」
放って渡されたのは缶ビールだ。
「おい……未成年だけど」
「飲まなきゃいいだろォ気になるなら、俺はシラフで話をするのは気が引けンだ。
ちったぁこの儀式に付き合え。
個人の内情を話すのなんて、「酔っ払って覚えてませんでした」って言えるくらいの逃げ道があった方がいいだろ。
お前がこの話を面倒だと思うなら、飲んでぶっ倒れるフリでもしてな、俺が怒られるだけで済むんだから」
そう言って、自分の分の缶ビールを開け始めた。
特別なにかクーラーボックスを持っているわけでもなかったが、その缶ビールは結露するくらいには冷えていた。
喉越しの音が三回。
その後、「アァ……」とお決まりの声を上げ、少し気恥ずかしいのか、俯き気味に話しを始めた。
「俺ァ元自衛隊の一人でな、あの大津波の後、魔物退治をしてたんだ。
あん時ぁ、分かりやすい敵が居た。
魔物は絶対の脅威であり、同情の余地もない悪者で、殲滅を繰り返し行って、人々の生活圏を確保することに躍起になった。
その時は、命を張ったさ、この戦いを終えたら、平和になるって信じてた。
多くの仲間が無意味に死に、語るべく物語も持たずにその生涯を終えていった。
もちろん、その戦いはもう終わった。過去のことだ。
今残っている魔物は、海の中に居るのと、宇宙空間と地球を行ったり来たりしている規格外連中くらいなもんだ。
まあ、移動は多少しにくくなったが、避けて航空機が移動できるし、海もそれなりな護衛を雇えば移動はできる。
諸外国とも、国とも連絡が取れない時代に比べりゃ、それはもう比べ物にならないくらい平和になったさ。
――だが、俺は満足しちゃいねんだ。
俺の仲間が死んで、守った世界では、今度は魔法とか超能力を使って、悪さをする奴らが出てきやがった。
それをみてやさぐれたり、誰かを貶めるヤツも出てきやがった。
俺たち自衛隊は日本を守るために尽力したってのに、日本はもとに戻るだけで良かったってぇのに治安は悪くなったし、いろんな信じられねえ事件も起きた。
俺と同じ、生き残りの同期達は、魔大戦経験者として事実を語るに徹し、今の時代がどうあろうと昔の苦労と悲劇に関係ねえやつらに文句をつけやしなかったが、俺はそうは思わねえ。
許せねえんだ。
いくら老いても、時代遅れでも、俺は俺の仲間達が愛した国が、街が、世界が、ツバ吐きかけられ、クソみてえな出来事で汚されていくのが。
こんなグツグツした気持ちは、今の坊主共には関係ないだろうし、そんな悪い出来事を今の世の中が容認せず抗ってる事もわかってる。
……だが、俺の気持ちが、俺自身が! この結果で満足しきれねえって煮えたぎってやがる!
俺の最も温けえ記憶が常に俺を痛めつけて来やがる!
気づけばよ、世界の色んなことに蓋をして、耐えてきた。
この世はクソだ、いつかの世代が犠牲を払って平和を得た所で、人間は目先の繋がりの方を大事にして、犠牲のために今を大事に生きようとなんて考えちゃいねえ。
今を適当に、なあなあに過ごして生きていやがる。
亡き人に、近くに居ない人に、感謝も恩義もあるわけがない」