3 - 気まずいリムジン
※イラストは特に表記が無ければ全て天鬼作のイラストとなっています。
リアライズ辞典wikiがあります、もし良ければご利用ください。
https://rearizedictionary.miraheze.org/wiki/%E7%94%A8%E8%AA%9E%E9%9B%86
◇
研究施設へ人を運ぶ方法は、その当時ではとても有名なものだった。
なにせ、目立つ。
超能力研究施設は、個人の意思で向かうことはできない。
施設へ行くには、アポイントメントを取った家から、高級感を失ったリムジンのような車で送られるのだ。
この車は、後部と運転席のある前部とは、窓一つなく仕切られ、内から外が見えないマジックミラーで護送される。
内から外は見えないが、外からは内側が丸見えなわけでもある。
噂で聞いた昔の犯罪者のような扱いでもある。
それでも、この方法は世間が否定したその方法を取っても非難されず、正式なルールとなり、受け入れられた。
それほど超能力というものは恐れられていたのだ。
まあ、少年は指先が光るだけ。
リスを戦車で護送するような過剰なものである。
少年は怖さを通り越し、むしろそこまで頑張って送ってもらうことに、得も言われぬ罪悪感すら感じてしまっていた。
そんな車が、小さな庭付き一戸建て、駐車場付きの家の前、住宅街の中にドンと構えているのだ。
周囲のお家からも目立つったらありゃしない。
もしもそれがただのリムジンだとしても、高級な家など一個もないこの住宅街に停まってるその光景は、とても奇天烈なものだ。
日々そんなものはやってこないので、これが噂のものだと、誰が何を言わなくても推察できるものだった。
これが両親も気後れした理由である。
よっぽどの確信でもなければ、こんな措置に子供を追いやろうとは思わないのだ。
しばらく噂になるし、これであわよくばもとの生活に戻れたとて、注目の的になるだろう。
周辺住民も、あそこの家から超能力者が出たとわかるという、プライバシーもなにもあったものではない。
中からは、フルフェイスで顔が見えず、防火服のようなスーツに身を包んだ人物が出てきた。
一人はゆったりと、二人はびしっと、そして最後の一人はとても大きな体格を持ち上げるのが億劫そうに、気だるげに出てきた。
最初にゆったりと出てきた代表者であろうその一人は、軽快な足取りで上郷両親へと駆け寄ると、すこし離れた位置で敬礼をした。
「超能力者申請、感謝します。
今回の護送を担当させていただきます、自衛隊の者です」
名乗る事もせず名刺らしきものを渡され、おずおずと受け取る両親。
その声は、20代くらいの女性の声で、どことなく駆け足調子で忙しなさのある口調が特徴的だった。
いかにも、さっさと済まして寝たいと暗にいわれてるかのような雰囲気があった。
「何か不明な事や、現状の確認を行いたい場合、そちらの連絡先へお願いします。
今後のことにつきましては……」
「こちらへ」
昊菟はその説明を最後まで聞くことなく、他の職員の案内で安っぽいリムジンへと背中を押され案内される。
防火服のようなものを着た昊菟を見張る人は、三人居た。
二人はひときわ緊張した様子だったが、一人はやけに落ち着いて、背中を丸めて本を読んでいた。
車の中は、特別汚いわけでもない。
だが昊菟は乗った時、ある事に気づいた。
血の匂いがするな……。
ほんの微か、でも嗅ぎ慣れた、間違いようのない血の匂い。
錆びた鉄のような匂いが微かに漂ってくる。
そのまま、一番後部で、いわゆるお誕生日席のような席に座らされた。
正面には左右の窓に背を向ける形の席、皆から状態を監視しやすい状態とも言える。
席の状態だけ見れば、真ん中にテーブルを置き、ハッピーバースデーでも歌ってくれそうな配置だが、残念ながらテーブルもケーキも、陽気でめでたい雰囲気すらここにはない。
超能力者になった日おめでとう! なんて催し物もあるわけがない。
重たい雰囲気の中、特に理由もない気まずい沈黙が昊菟を襲う。
「これってー……会話とか、駄目な雰囲気ー……ですかね?」
昊菟は、なんとも気まずい待ち時間にそう声をかけてみた。
「少し待ってれば、口うるさいさっきのネーチャンが俺たちの分も話してくれるだろうよ。
ちょっと待ってやんな」
本を読んでたその一人の声はしわがれていて、一声聞いただけで老人だということがわかるほどだ。
80代……またはそれ以上のタンが絡んだ雄々しい男性の声。
だが、それに似つかわしくないほどフランクな態度と、活力にみなぎる声だった。
残りの二人が無言のまま、それはやめとけ、と言わんばかりに老人に対して手をついたり視界にはいって肩を小突いたり身振り手振りをしている。
「ああうるさいうるさい、声も無いのにやかましいぞあんたら!
いくら国民を守る自衛隊とは言え、超能力者にしこたま仲間を殺されてるとはいえ、それでも相手は中学三年だぞ。
ちったあ落ち着いとけ! 訓練もしこたましてんだろぉ!?」
そう言われて、二人は互いに首を傾げ、肩をすくめて「なんだこいつ頭おかしいのか?」とボディランゲージしていた。
呆れた様子でため息だけつくと、うなだれて無反応になる。
「ったく、これだから最近のやつぁ……ッチ、ページはどこだったか……」
など言いながら、本のページを防火手袋でめくりにくそうにしながらバシバシと音を立ててめくっていく。
その本は娯楽系の本のようだ、防火服を着てでも読みたいものだろうか?
……なんだこれ超雰囲気悪ぃ。
昊菟はそう思ってげんなりしたが、このままほっといでも状況が改善されるわけでもない。
せめてこの男を突破口にできればと思った。
「あー……えっと、俺の能力……俺でも使い方わからないですし、指先が光るだけなんで……。
なんか、その、気楽にしていて欲しいなって思うんですが……」
「あ?
あー…なるほどね、それで俺が呼ばれたってわけか……。
レアケースで不明な超能力。
とんでもねえ未知の爆弾ってわけだ」
光るだけなのに?
昊菟はドン引きした、なにかしたくてもできないのは自分が嫌というほど知っていたからだ。
だが、実際のところ昊菟はイレギュラーであり、普通ではない。
普段のロジックに当てはまらない、何をしでかすかわからない。
謎の神秘がここにある。
それだけで、彼らにとっては警戒などいくらしても十分と思えるはずもないのだ。
昊菟は場を和ませることは、ひとまず諦める事にした。
自分がなにかしたわけでもないが、このヒリついた環境を作っている元凶であるというのは、それなりに、いや、相当に居心地が悪いものであるが、伏して耐える事にした。
それを見かねた老人は「あぁ~全く全く」とかぼやきながら、昊菟の隣にドンと腰掛けた。
「いやなんだ、ホントすまねえな坊主。
気を使わせまくってるのは重々承知なんだけども、超能力ってんのはぁ、まだしっかりと認知されてから百年も経ってねんだ。
世間もメディアもその扱いにはわりと困惑してんだよ。
昔はなぁ、ムー大陸初代大統領サマ、アリサ・リクシリスの働きもあんまり生きてない頃、そりゃもう超能力者ってんのは化け物扱いされてたんだ。
超能力は凶器なんかも必要ねえし、魔法みたいに杖とか魔法陣とか必要ねえんだ。
何一つとして痕跡を出さない凶器を持ち歩ける。
犯罪を許された違法で奇跡の凶器。
人によっちゃあ、それが超能力の真実であり。
超能力者から人々を守ってきた自衛隊からしちゃあ、その印象はなお根深い。
それがこの肉食獣と一緒のかごに入れられたかのような力の入り用の二人の哀れな草食獣お二人ってわけさ」
哀れ……というには、ピッチリと背を伸ばして、微動だにしてない姿勢がまさに軍人なんすけど……。
と、感じたのが顔に出ていたのか、老人は続けざまに話す。
「強がりだよォ、こんなもん強がりさ。
ヤンキーのガン付けとかわんねェよ。
坊主ゥ……、自衛隊ってんのは命の危機になるほど訓練通りになるってもんだ。
ましてやここは日本本土、ムー大陸にある領地じゃないんだ。
魔法による鎮圧行動は選ばれた人間にしかできない。
あいつらは例えばお前がかまいたちみてえな斬撃飛ばしたら全身複雑骨折からの死亡まで、ものの三秒だぜ。
――だけどな」
そう言うと、老人は手から短い杖を生み出した。
取り出すところは全く見えなかった。
袖から出たのか?
マジックのように、瞬間で手元に杖が生み出たようにも見えた。
小さく振ると、昊菟の手から石を生やした。
「う、おっ?」
そのまま、手が動かせず、重みに任せてドンと座席のクッションに落ち、動かせなくなった。
「俺はその限りじゃない、政府公認の魔法使いだ。
公認されてなきゃ、あの二人は俺にも草食獣みたいにビクついてたろう。
手の光もそれで出てこねえし、ちったあ安心だろ」
確かに、人差し指は石に包まれ、光が溢れ出なくなっている。
ふと顔を上げると、二人の自衛隊員は、一度魔法にびっくりして立ち上がったあと、元の場所に腰掛けて、先程よりより背中を丸め、肘を太ももに置き、背中を丸めてうなだれた。
「光ってるのが見えなくなって、ちったあ安心したようだな。
わりいな坊主、乱暴して。
至らねえ大人を許してくれ」
「あ……いえ、まあ、それは仕方ないかな、と。
え……重っ」
老人は昊菟に顔を向け、小さくため息をつく。
その顔は黒いガラス越しにまったく見えなかった。
だが、後に続く言葉には、静かに、だが微かな怒りが汲み取れた。
「ホントは俺ぁ、後の世代が、安心して暮らせる世の中を作りたかったんだ。
坊主みてえな子供が、こんな犯罪者みてえな扱いを受け、粛々と耐えるような世界は、どうかと思ってんだ。
秩序がなく、落ち着きがない世界。
だが、それは今まで、カネとか、核兵器とか、権威とか、そういったモンが、曲がりなりにもある程度、秩序を守っていたんだ。
それなりに悪どい事もしていたが、目立った悪行はなかった。
けどな、超能力者が生まれちまった。
こいつにぁ、カネも、核兵器も、権威も効かねえ。
今となっちゃ、超能力者はルールであり、世界の平和を守るのは、強力な超能力者だけだ。
法で縛れない個人が持つ特級の兵器。
それが超能力の真髄であり、究極なんだ。
秩序だって、どこにも行けない平和な世界を、混沌な状態へと引き戻しやがった。
だから、ムー大陸外の前時代の政治に、超能力と魔法は関与しないよう、取り決めがされている。
だがその取り決めを守るのも、恵まれた力を持った超能力者と、果てのない研鑽を積んだ魔法使いだ。
坊主、オメェも超能力者なら、誰に何を言われても曲がらねえ、"矜持"ってヤツを持ってるんだろうよ。
お前が何考えてるかなんて、こんな訳わかんねえ大人に話さないのは、百も承知だ。
だがなぁ坊主。おめぇがこんな不当な扱いを受けても静かに異を唱え、他者のために自分の苦悩を飲み込む男だと思って話してんだ。
お前も、これから超能力者として認められりゃあ、どんだけ小さくても、世界のルールを作る一つの歯車になる。
自分の望みを、自分の意思で叶える事ができる。
逆に言やぁ、お前はそういう世界に、超能力者と一括りにされて放り込まれる。
たとえ、その能力が、指先が光るだけだとしてもだ。
現代社会の前政治体制に、超能力者の居場所はまだねえ。
だが、秩序が揺るがされるのは時間の問題だ、核兵器でも超能力者は止められん。
今はまだ短い時間しか経ってないから、前世界に影響がないだけで、いずれムー大陸に送られている超能力者たちは、世界を自由自在に色づけていくはずだ。
それぞれの"矜持"に則って、自分が望む世界を広げていく。
俺ぁ、お前に投資することにしたんだ。
ま、こんなみじけえ時間、仕事の片手間に激励してやることしかできねえけどよ。
それに、お前が超能力者かどうか、まだわかんねェしな」
そう言うと、がはは、と笑ってみせた。
そうは言われても、昊菟の能力は指先が光るだけである。
なにを期待出来ることがあるんだ? と昊菟は思った。
老人のスピーチが終わると、先程上郷両親と話していた女の人が老人を間近でガン見していた。
「随分と和やかじゃん、今回の護送は気楽そうでいいねぇ。
この爺ちゃんが気を許すなんて珍しい。
あんまり超能力者と口を聞くのは危険だってーのになぁ」
老人は口笛を吹きながら本を読み始めた。
わかりやすく、話しかけるなと全身でアピールしている。
どうにもあの本が人との会話を阻害するバリアのようなものらしい。
女性は無線で「出して」と言い、昊菟の隣に足を組んで座った。
車は発進する。
昊菟はすこし、家族の事を見ようと目線を動かしかけるが、それを遮るように、女性は声をかけてきた。
「あれ? ……うーん、キミ、だいぶ肝座ってるね?」
上半身を礼をするように倒し、顔を覗き込んでくる。
他三人とは違い、体がよく動く快活な印象の女性だった。
「……そう、ですかね?」
「超能力者は色々居るけど、たいてい車に乗ると敵対的なんだよ。
その方が普通なんだけどさ、圧倒的説明不足だから……。
ま、いいや、いまいち現状分かってないだけかもしんないし。
とにかく、仕事の話を始めよ」
そう言うと「ハイコレ」と淡々とまとめられた紙を渡された。
その人も同じ紙を防火スーツの手袋で、またもめくりにくそうにしながらバシャバシャと同じものを手元でめくっていく。
そして、足早にその内容の説明を始めた。
◇
【超能力研究所 - ②】
研究所関係以外での超能力の発覚は即犯罪者として扱われ、あらゆる意思決定を却下される。
だが、人類に超能力の持ち主を推察する事はできても、証拠を掴むすべはない。
昊菟が病院で捕まらなかったのもそのためである。
このあたりの冤罪の審議は常に不確かで、社会問題となっている。