18 - ムー大陸で興す
※イラストは特に表記が無ければ全て天鬼作のイラストとなっています。
リアライズ辞典wikiがあります、もし良ければご利用ください。
https://rearizedictionary.miraheze.org/wiki/%E7%94%A8%E8%AA%9E%E9%9B%86
◇
大型ショッピングモールに、一個上の綺麗な女の子と二人きり。
デート? いやいや、それは無いはず……。
ふたりとも素朴で飾り気無い普段着で大型ショッピングモールに来ていた。
そもそも、あんな一大トラブルがあったというのに、「大陸行けばこんなこといっぱいあるから」と医師や知人に言われれば、どちらかと言えば新生活に果てしない不安がつきまとうのは当然のことだった。
その危機感を正しく共有できる月守とは、落ち着ける関係と言えるだろう。
だが、月守は結構ウキウキと楽しそうに買い物していた。
それは、買い物自体を楽しんでるのか?
自分がいるからだといいな、昊菟はそう思ったものの、恥ずかしい気持ちになってきたので考えるのをやめにすることにした。
恋心だったら嬉しい事だったのかもしれないが、昊菟は共に準備出来る友達が居るということだけで、ありがたい安心感があった。
人生でおそらく一度きりの未知の世界での新生活の準備だ。
死因の9割が超常事象だと言われてる大陸への移住の支度である。
家族も友人も居ない中、一人で。
安心出来る材料など、どこにもあるはずがなく。
まあ、多分月守の能力は強力だから、正しく昊菟の危機感は共有してないだろうけど……。
こんな中、恋だのなんだのと考えたところで、窮地に共に陥った男女が結ばれるかの有名な吊り橋効果というやつである。
破局率も高い悪魔の現象だ、全力で抵抗し、落ち着いてから考えるべきことである。
少なくとも、友達で居られる事には違いないのだから。
それに、昊菟には懸念材料もあるから、今は積極的にそんな気分にもなれなかった。
「ところで、昊菟君の能力って、いまいちピンとこないものでしたよね。
ということは……」
「ああ、多分俺ら、二人共天央高校、だろ?」
「あ、そうですよね!
学年違いの友達が出来ました!
ということは、寮住まいですか?」
「いや、俺は知り合いのマンション行くんだ。
後で住所送っておくよ」
「わかりました!お待ちしておきますね!」
*
「高校指定の靴下とかってありましたっけ?」
「無かったと思うよ、俺生徒手帳2周したから」
「暇でしたもんねー、研究所。
あの日以外は」
*
「料理道具は鍋さえあればどうにかなります!」
「月守、寮だったよね?」
「あ……。
キッチン、共用でしたね……」
「なんか困ったら、遠いだろうけど俺んちの器具貸すよ」
「ほんとですか! ではこれも買いましょう!」
「しまった荷物が増えるッ!」
*
「昊菟君、ところで良かったんでしょうか?
なんか……その、こうして二人で買い物しているところを見られると困ること、というか相手、とか、居たりしないかと、今更ながら……」
「あー……いや、大丈夫、列島には居ないから」
「あ、なるほど……!
余り話題に出てきませんでしたが、どんな方なんですか?」
「んー……いや、それもいまいちピンと来ないんだ」
「あれれ?」
「複雑なんだ、どうにも。
そもそも、今でもそういう仲だと認識すべきなのかも定かじゃないんだ」
「あー……。
すみません、あまり話したくない話題でしたか?」
「ああ、いや、決してそういうんじゃないかな。
長い話になるし、こういう場でなければ、ゆっくり聞いてもらいたいくらいだ。
俺一人じゃ、いかんせんどうしていいかわかんないし」
「お優しいんですね」
「……なんでぇ?」
「そういう面倒な方の事を、気にかけてあげれるからです」
「……はは、ん~……そうかもね」
*
「……昊菟君。
あなたは、伊吹刑事の言い分、どう考えているんですか?」
「ああ、超能力者はルールを守らないとか、平和とかなんとかいう?」
「はい、そういった感じのお話です」
「俺は、俺の大事な人を、社会に助けてもらったと思う事よりも、社会に傷つけられたと思う事の方が多いんだ。
権威を持った人間は、残酷になれる、とか、そういう実験があったって話を聞いたこと無いか?」
「スタンフォード実験ですね。
看守として役割を与えられた人は、囚人役に邪悪な行為を行う事ができた」
「ああ、上からそうしろと言われたとしても、俺は看守の気持ちが理解できなかった。
でも、実際世の中には似たような事があって。
お金を得るためなら、非情になれる場面って、これでもかってくらいあるよな。
詐欺まがいや、客のためにならない商品を売りつけたり。
人は、指示されれば悪人になれる、そうでなければ暮らせないなら、悪人を演じれる。
俺はさ、そういう人の邪悪さと、超能力に大きな差はないと思うんだ。
能力があるから実行可能と思うか、みんながやっていて、自分の利益になって、権利があるから実行可能と思うか。
俺は、伊吹刑事とそんなに変わらない人間だと思う。
ただ、伊吹刑事は他人を貶めるが、俺は貶める気がない。
結果的にそうなったけど、それは目的じゃなかった。
そういう差があっただけなんだ。
ルールに縛られた世界ってのは、ルールのために行われる悪行は目を瞑られるんだが。
それが個人のエゴに縛られるようになっただけ。
俺にとっては、ルールなんて、人の心がないものより、愛ある個人の意見を大事にしたいと思うんだよ」
「素敵な考えです。
私は、能力は呪いのような力だと思っていました。
人の団結を分断する悪魔の力。
私は、もちろん分断する悪い子だと思っていました。
でもきっと、この力が、誰かを助けるものだったらいいなと、思う気持ちもあります」
「月守がやりたいことは、他人を貶める事なのか?」
月守は首を横に振った。
「なら、いいだろ。
みんなに合わせたって、みんなで間違える事がある。
俺たちはそれを正せる立場を得られたって思おう」
「もし、わたしたちが間違えていたら?」
「間違えだって言ってくれる、いい人を大事にする。
どうしても間違えるなら、間違えてもいいような人を作っておく。
だから、犯人を俺たちはボッコボコにしたし、伊吹も殺した。
俺の思う"良し"が、悪いことだってんなら、その誰かに殺してもらう。
んで、正しい方には力が集まるから、正しいほうが勝つ。
それで負けるなら、俺はそれで良いんだ。
きっと、俺より正しいヤツの仕業だと、思うことにする」
「正義は勝つ……というやつです?」
「正義だから勝つ、と思ってるんだよ。
この、超能力社会なら。
意志を強く持ち、努力した方が勝つ。
それを後押しする人が多いほど勝つ。
超能力者は纏まらないなんて事はないんだ。
ルールっていうものでまとめようとするからいけないんだ。
いろんな人間が、いろんな人間のまま、譲らない矜持を持ったまま仲良くしていけるはずだ。
俺たちが友達になれるように。
相手を良しと思う気持ちは繋がって、強くなる。
そしたらいずれ、多くの人を助けれる、大きな力になってくれる。
だから、超能力はあるべきなんだ。
誰かにとっての悪になったって構わない。
隣にいる隣人が幸せなら、眼の前にいる人が幸せならそれでいい。それを繋いでいけば良い。
ルールは、それらが繋がった跡に出来上がっていけばいいんだ。
そこに権威は要らない、立場も要らない。
必要なのは、みんながみんなで繋がれる矜持を持つことだ。
みんなが少しずつ、隣人を笑顔に出来る行動を取れば良い。
俺が思う、この超常現象のゴールはそこだ。
ムー大陸で何か起きるなら、ムー大陸から平和を興す」
「ふふふ、若いですね」
「うぇ、その言い方やめろ、恥ずかしくなってくる……」
「どうして、今までの世界はそうはならなかったんでしょうか」
「競争したからだ。
他人より、他国より、他社より勝っていたいと思ったから。
同僚より、身近な人より、勝っていたいと思うから。
権利と富と、立場の為に、人は努力して獲得し、獲得出来なかった人々を虐げた。
俺には分からない気持ちだけど、それが、正常な人間の感覚なんだ」
「超能力でも、人は競争するのではないですか?」
「そうかもしれない。
でも、そうじゃないルールを敷く事だって、超能力なら出来るはずだ。
どのルールが勝つのか、その競争を始める事になるんだと思う」
「世界のルールを決める競争……ですか」
「まあ、でっけー話だけど難易度は高くはないと思うんだ。
俺たちが友達になれた、これを繰り返すだけだ。
友達だから助ける、友達を良い方へ導くために力を貸す。
そうして行ける集まりを作れば、いつかは、世界のルールに手が伸びる。
何かを起こすなら、ムー大陸からだ、きっと、そうだから」
◇
【何かを起こすなら、ムー大陸】
今、世界は大きな変革期を迎えている。
超能力者と魔法使いという、過ぎたる力と、統率が取れなくなりつつある世間。
上郷昊菟は、この状態は超能力が無かった頃とは変わらない今まで通りだと思っている。
能力を得ても押さえつける権威はある、魔法があっても使うまでには膨大な勉強が必要だ。
能力が無かった頃も、権威はある、魔法がなくても、学歴と能力を身につけるのは楽なことではない。
大枠を見れば変わらないだろう、だが、力は無造作に生まれ、確実に世界はきしみ始めていた。