12 - 超常の矛と盾①
※イラストは特に表記が無ければ全て天鬼作のイラストとなっています。
リアライズ辞典wikiがあります、もし良ければご利用ください。
https://rearizedictionary.miraheze.org/wiki/%E7%94%A8%E8%AA%9E%E9%9B%86
◇
月守は施設内を周り、犯人を探していた。
幸い、年齢層のお陰で目立つからか、周りの人に聞けばすぐに教えてもらえた。
ターゲットを発見すると、一般通行人のフリをして、後ろ10mくらいを、たまたま同じ進路であるかのように振る舞ってついていく。
自身の足の着地点に無空間を作り出し、足音を消す。
それだと着地せず歩けないので、手の振りで無空間を押し出すようにして歩くフリをしていく。
こうして、全く足音を出さない歩行方法を確立させた。
相手の男は、全くこちらを見向きもせず、淡々と歩を進めていく。
時より立ち止まって周りに居る人を見渡しては、何かの品定めをするかのように考え込むことを何度か繰り返している。
周りを見渡すため、月守は歩くふりを止めるわけにもいかない。
一旦通り過ぎた後、再度尾行を再開しようと思い、能力を解除し、怪しまれないように彼の横を通り過ぎる。
横目に、動き出そうとした男が、突然動くのをやめるのが見えた。
研究所の廊下は決して狭くはない、印象を持たれないよう、はなれた距離をとっている。
それにも関わらず、彼は動きを止めていた
――え?
なんだろう。
私が金髪だからかな……。
そう考えたが、ある言葉がよぎった。
わけが分からなくなったら逃げるんだぞ
分からない、という程ではないが、疑問はある。
彼と顔を合わせるのはこれが初めてではない。
あの金髪の女だ、となっても、ほぼ踏み出していた足を止め、戻す程なのだろうか。
せめて、振り向くくらい、良いのではないか?
月守に向けられていたのは、頬がはち切れんばかりの笑顔だった――。
その瞬間、事は反射的に遂行された。
体の向き前方に体を大きく倒し、飛び込んだ。
痛む箇所を手で抑えるが、血の筋が宙を飛ぶ。
後ろが見えるように体を翻して飛び込み、能力で摩擦を殺し、奥の方まで滑り込む。
月守の体の元いた場所には、こぶし大の血溜まりが出来ていた。
それが自分の怪我だと認識はしたが、何をされたか、何も把握出来ずにいた。
滑ってくる道中の無空間に血が落ちると、床にぶつかる事ができないため、丸い水玉のまま床の上に静止し、落ちた時の勢いのままぷるぷると震えている。
――この時、月守は気が動転していたため、この血が実は能力の考察材料になることに気づけず、能力を解除するよりも状況確認を優先していた。
幸いな事に、相手も超能力者が相手の戦闘は場数が皆無だった故に、注視されずに済んだ。
この戦闘が大陸で起きていたなら、ここからの展開はもっと悪い状態になっていただろう。
超能力者の戦闘として、初心者マッチである事が功を制していた。
当の本人すら今はそんな事を考えられる状態ではないので代わりに言っておこう、ありがとう、荒木のおっさん!
犯人は月守を見てにっこりと笑っている。
間違いない、攻撃したのは彼だ。
どうして敵意がバレたのか、月守は分からないまま、バレたという結果だけを受け止める。
首のダメージ、おそらく重要な血管を傷つけられたのだろう。
痛みは大きくない、だがそれに見合わない量の血が流れている。
首筋に無空間をあてがい、止血を済ませる。
だが、これで極端に早い動きができなくなった。
無空間を丁寧に体にあてがい、形の変化と動きを同期する訓練などまだしていないからだ。
動くときは、手で不完全ながらの止血を行う必要がある。
だが、何にしても、絶対防御をすると決めておいたそれを実行する。
球体のバリア、外部からの攻撃を跳ね返す、超えられない無の壁。
だが、攻撃は月守がバリアを展開していない足元からだった。
バリアの内側に鉄の体を持った、ウツボのようなものが飛び出してくる。
「うっ……!!」
突撃してきたウツボと自分の体の間に、無空間を生成、球体バリアの方は完全に解除。
素早く無空間を作るため、元々あった止血用の無空間を消したため、血が少し溢れ出るのを、遅れて手で止血。
ウツボは軌道を変えて再突撃を行うが、月守は小さく後ろに飛び退き、自身の体から無空間を生成し、ウツボの動きを止め、その勢いのまま床に敷いた無空間の上を滑るように後退。
そこまで退いて、やっと落ち着いて考える猶予が生まれた。
周囲も、殺傷沙汰が起きた事を認識し、叫び声と共に人がせわしなく逃げていく。
何が起きたのか。
ひとまず、小さな空気穴を確保した無空間内で、摩擦が無くてもその場に居られるように、後傾姿勢のイスのような形を作り、腰をはめ込むように体重を預け、状況を観察する。
手で抑えている首が体温を帯びた血でぬとり、とぬめっている。
傷を負ったのは頸動脈だろう。
相手は月守と違い、能動的に生み出した鉄を動かせるようで、地面から飛び出し、体当たりしてきた。
穴はない、地面を掘ったわけではない。
だが、敵を見ているうちに、違和感を覚えた。
細い針金のような光沢が見える。
無数の、か細い針金が無空間に当たり、覆っていく。
……つまり、この能力者の鉄の獣は、突然空気中に発生ではなく、彼の体から伸ばして行くタイプ。
その上、操作性は月守の能力より遥かに優れているようだ。
伸ばした先を自由自在に動かし、針金をタコの触手のように動かし、バリアの隙を探っている。
対面して後方に小さな空気穴を作っているが、このままだと囲まれて退路がなくなる。
バリアで押し出したりすることはできないのだ。
血が引ける気持ちはあるが、実際の出血量は気が遠のく程ではない。
これは緊張によるめまいだと言い聞かせ、バリア内で体を捻り、バリアを覆う針金に向かって蹴りを入れた。
「えい!」
蹴りが当たったら、すぐに地面に無空間を展開、針金を蹴った勢いを利用して後方へ滑り出した。
……攻撃の限界距離が全く分からない。
月守が引いたこの距離に針金があるかどうかは不明だ。
針金から大規模のを生み出せるとしたら、危険域である。
月守は、周囲一帯の床と壁を、無空間でコーディング、その上で前方に廊下を覆う壁を生成した。
最初の球体バリアの時、地面から生えてきたのを思い出し、この周囲の床、ひいては天井に這わせているのだと考えた。
目線を向けたまま、首を押さえた手に力を込め直してさらに遠ざかる。
見えてない後方一メートルから伸びてきたら危ないからだ。
「はあっ……はあっ……」
距離約15m。
月守は変形させた球体バリアの中で休みつつ、状態を確認する。
針金がバリアを突いているのは見えない。
吸っても吸っても、息が足りてる感じがしない。
緊張と頸動脈のダメージで、血のめぐりが悪いようだ。
「良い能力だなあ、あんたァ……。
すぐピンときたぜ、針金に反応ねえまま後ろからでてくんだもんなァ……」
バリア越しに小さく、くぐもった声が建物の反響で聞こえてくる。
「直情的……。 情報戦を行う脳は無し……。
針金に触れるものを感知できる能力の応用だったか……。
何もない空間からの発生はなし……」
月守は誰にも聞こえないくらいの声量で、小さく情報を整理する。
出たとこ勝負が始まってしまった。
不利な対面が始まってしまった。
だが、幸い考えていたように、耐えるだけなら、あの三人の中で一番合理的だったようだ。
創樹の魔法では、遮二無二逃げる事は出来ても、高速での離脱で作戦外での死傷者が出ていただろう。
そもそも、反応出来ず怪我を負ったかもしれない。
負けはしないだろうが……ひとまず被害はより大きかっただろう。
「手の内を明かすのは……自己顕示欲……かな。
理解者を求めてるタイプ……かも。
とすると、死体を残したのは、彼……ではないのかな。
――っ、はぁ……」
バリア内で楽な体勢をとる。
緊張が拭えない、こんな規模の超能力戦は初めてだった。
月守にとって、痕跡の残らないこの能力で揉め事を収めるのは、無能力者にチートで相手に勝ってきたようなものだ。
未知の力を持った相手であれば、そもそも無理に仕掛ける事はそう多くないだろう。
だが、それは法に守られた列島だから安心していたり、警察や大人を使って、権威による解決を測ってきたからだ。
これから先、ムー大陸に移住した後は、そんな手は通用しない。
強力な自分の能力しか、救ってくれない場面は多くなるだろう。
ここは逃げる所ではない。
そう決めたのは、あの奇妙なお爺さんに話しかけられた時だ。
「中庭……」
何か不都合が起きた時のための、取り決め。
中庭へ向かうこと。それがひとまずの達成条件だ。
ただし、問題がある。
相手の全体攻撃は、月守を常に後退させる。中庭に出て助けを求める事は出来るが、留まる事は難しい。
二人の情報収集が中途半端なのは良くない、これ以上攻撃を受けずに済むのならば、時間をかけて中庭に行った方がいいだろう。
幸い、最初の不意打ちしか月守は食らってない、その後の攻撃は全て無傷で対処出来ている。
その上、アドバイスのおかげで早めの回避が出来た。
少なくとも気道が無事なのは幸いだった。
打撲程度でも、緊張でこの息の浅さだと致命的だっただろう。
「超能力なんてあっても、体は貧弱なままですね……」
「ねえねえ、俺女の子相手にすんの初めてだよォ……!
どうしても裏社会って殺りに行く奴は男ばっかりだからさ。
女の悲鳴って、聞いたこと無いなァ……!」
「わー……気持ち悪……」
一周回って人となりが分かって冷静になった月守だった。
常に警戒していたことから、冷静沈着で作戦行動が強いパターンかと身構えていたが、おそらく能力と長い付き合いだったために、身につけた応用技と癖だったのだろう。
「針金を伸ばして感知する……。
そしてそこから攻撃する。
感知範囲は15m以内……だといいな。
声掛けによっては、逆上もありそうだけど、より情報を引き抜ける……?」
「あれー?
この壁、もしかして声届いてないのかなぁ?」
……やけに話し好きなようだが、月守にとってはありがたかった。
時間を稼ぐ事が容易いからだ。
「とどいていますよ」
「あぁ良かったァ……。
独り言になるかと思ってたよ。
ネエネエネエネエキミキミキミキミ。
警察の人カナ? ウチの組の人カナ?」
……その2つの勢力に狙われてると思っている……?
怨みを買ってるとか、口封じとかかな……。
どちらにしても、答えたらちょっと不自然……かも。
今の脅威が彼だけなのか、あの死体が偽装なのか、ここで探りを入れる方がいいかな……?
「あなたが大人しくしてくれていれば、私が動く必要もなかったんですが……」
ブラフをかける、どちらかと確定させず、相手を揺さぶってみることにした。
「……っ!!
ごめんねェ……!上手く消したんだけどォ……!!」
泣き崩れるように、許しを懇願するかのように嗚咽の声を上げる。
……最悪だ。
多分、死体が残っている殺人はこの人じゃない。
それどころか、別の殺人をどこかで完璧にこなしている。
「炎ボーボーな姉さんはやりかけになっちゃったんだけどねぇ……。
見張りの人なら完璧にこなしましたとも! イヨッ!」
代わりに着任していた、犯罪者を監視していた人物……。
ボイコットしたと思われていたその人が、もう殺されていたのだ。
密室の能力者の事は言われてない!
今回の出来事は二人、別々の犯人が居る……!
でも、ここから二人に伝える手段がない。
これが、超能力事件の検挙数が少ない理由だ。
立証できない事。
今回は相手が隠す脳の無い人物だったから判明したが、黙っていれば判明することではない。
こんなものを列島に置いておくわけにも行かないし、月守や昊菟のように人を傷つける事に不向きな性格の人々は、このように決定打に欠ける能力である事が多く、魔法使いしか抑えが効かないギリギリの現状だ。
「キミキミ、どんな能力なのもぉ……。
そのバリア、魔法なのかなァ……?
まあどっちにしても、長持ちしなさそうだねェ……」
――沸騰していた思考の荒波が止まった。
月守は、息を整える。
不意を突かれた事で、あらゆる面に置いて未知である上に格上だとしたら……と敵戦力を多めに見積もっていたが、これならまだ主導権を持つ事ができそうだった。
少なくともこういう時にやってくるのが魔法使いだという認識はあるらしい。
だが、月守のバリアが長続きしないと思われてるのは、嬉しい誤算だ。
確かに、魔法使いの障壁はコストが高い。
月守のバリアは超能力によるものだ。
その個人の魂魄量によって、持続力が変わってくる。
月守の魂魄量は、あれだけ消したり出したりしているが、本人の感覚では5%も使ってないペース配分だ。
「俺の能力は強いからサァ……!
きっと負けちゃうねキミキミ!!」
……よくある超能力者の全能感。
犯罪者の能力が強力なのは有名だが、実際のところ、能力としての性能ならば、月守が遥かに勝っている。
問題は、場数の差だった。
月守が戦闘に慣れていれば、体に密着させるようにバリアを出しながら尾行する事もできただろう。
能力の性質を上手く応用し、高い場所に無空間を用意し、滑るように見守る事も出来たかもしれない。
能力がバレてしまうような情報すら隠せただろう。
だが、それを知るのは先の事だ。
彼女はまだ練習不足であったがゆえに、そういった芸当は難しかった。
相手はそういった応用を知っている。
この差が能力の性能差を埋めていた。
だが、それはここまでの話だ、頭が冴えた月守は、ここから無傷の勝利を狙う。
「さっき蹴って逃げたのは、後ろの空気穴だと思われてないのかな……魔力消費と思ってる?」
小さい声で思考を整理する。
「アッハッハハハハハ!いぃくよぉ!」




