10 - 作戦会議③
※イラストは特に表記が無ければ全て天鬼作のイラストとなっています。
リアライズ辞典wikiがあります、もし良ければご利用ください。
https://rearizedictionary.miraheze.org/wiki/%E7%94%A8%E8%AA%9E%E9%9B%86
……まじで?
昊菟は目を丸めた。
魂魄の消耗による自我の喪失をまったく実感したことはなかったのだ。
指先の光はいかなる時もとめどなく溢れ出るが、これが昊菟の魂魄を削り取ったと感じるような出来事はなかった。
「魂魄は欠ければ、意識と記憶の混濁、体の動きが鈍重になっていく」
「エネルギーが抜けていく感覚……ですよね?
体重変化の実験で体験しました」
「ああ、まあそう言うヤツも居るんだろうな。
だが、研究者達は違う見解だ。
起きているのは、人間を動かす根本を欠けさせている事だ、説明はいろんな表現があるから、そんなかでしっくり来るのを選べ。
脳の機能が欠けていく、パソコンのCPUが少しずつ壊れていく、自分の体が物言わぬ肉塊と感じるようになっていく。
なんにしても、意志の消失というモンだ。
いつもと変わらん日常生活を送るには、大した量は必要ねえから、そう怖がるもんでもねえが。
人類の特殊な力でありながら、人類の欠点でもある、ある種の自殺行為でもあるこの力が使えるようになるってのは、人類を退化させたと考えるヤツも居るそうだぜ。
まあ、兆候が見られたら使用をやめることだ、いいな嬢ちゃん。
無理すると回復にかなり時間使っちまうからな」
「はい、心得ています」
俺の心配はしないよね、大正解!
と昊菟は涙ながらに思った。
「おっさん一人で勝てるくらいって見積もりは立ってるのか?」
「へっへっへ。
自慢だが、俺は日本列島の事件解決で負けた事はねえんだよ。
一応、魔法使いのランク的にゃあ、超能力者と相対するには危険ありとされてんだがね」
「……全勝ではなく、不敗ということですか?」
少しの沈黙。
というのも、人の邪魔にならないように振る舞うような少女からは似つかわしくない、人の揚げ足を取る発言が飛んで来たからだ。
創樹も、豆鉄砲どころかそれなりにしっかり刺されたものだから、びっくりして固まったあと、バツが悪そうに頭を掻いてうつむいた。
「っ……~~~~。
痛いとこ突いてくれるじゃねえか、嬢ちゃん」
創樹は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
その年上の奇妙な老人に、緑の瞳は突き刺すような眼差しで見つめ返していた。
「安心させようとしているのかもですけど……。
命がかかった争いになることは覚悟しています。
私は興味本位で戦いを見たくて来たわけではないですから」
「ったぁく。
そおだよォ、俺は生き汚くてな。
だが付け加えさせてくれ!
負けってんのは、死傷者が出る事だ。
俺は列島で起きた戦闘行為中、作戦が頓挫しても作戦内で犠牲を出した事はねえ」
「あなたの四肢以外は」
「……。
いやまあ、この腕は70年前の戦争の時のだし」
「"腕は"、ですよね」
「え……おっさん、他もか!」
「づあぁ~……、容赦ねえなあ嬢ちゃん!
これだから超能力者は、今そういう空気じゃねえし安心して雰囲気保つとこだろが……」
「私、誰かの犠牲の上で雰囲気が良いのは納得できないタチなので、諦めて頂きたいです」
「はぁ……ったく、強い能力者なわけだ。
そうだよ、四肢で残ってんのは右足だけ。
動脈を数本、魔力素材に入れ替え、内蔵には魔法による万能細胞を10ヶ所埋め込み済み」
「……大事な場面に派遣されるような強力な人なんだと思ってたんだが……」
「違うんです昊菟くん。
大事な場面に、彼くらいの方しか派遣できないんです。
私達超能力者は、組織行動とは相性が悪い。
上の決定に従えないような人が、超能力者になるから。
それでも、超能力者に負けなかったというのは、足を引っ張る超能力者が居ても、彼は他人を五体満足で生かしたということ。
大陸に行けば、彼以上の強力な方は居ると思うんですが、列島に残っている人の中でも、彼は上積みなのは間違いないです。
気がついたのは、歩く時の傾きと、靴の音の違い。
自己紹介を聞いた時の、魔大戦の時代の不釣り合いさです。
魔大戦は、100年前から30年間続いた戦争。
その時戦ったということは、100歳近辺であるはずなんです。
あれは軍隊が主軸になった戦闘であり、日本人の子供が戦闘出来るはずはないのです。
おそらく、彼はその当時、若くても二十歳は行っています」
「え……100年前から30年続いた戦争に参加して、少なくとも20歳の頃に参加ってことは……大まかに言って、若くても100歳近辺!?」
「はい、肌がシミだらけだったりするのはそのせい。
でも、体が快活に動いているのは、不釣り合いでした。
それに、左足を踏み出す時、体が傾き、大きめの足音が出ます。
そして、その腕を見せられた時、私は気づいたのです。
あなたの体は、魔法の最新技術で生かされているのだと」
「そこから、不敗と結びつけたってことかい、嬢ちゃん」
「はい、私を子供扱いしなくて良いです。
この場においては、一人の戦友であり、背中を預ける人物と思っていただきたく」
「……いいぜ。
なんにも見た目通りじゃねえが、洞察力の高さとその物怖じの無さを買おう。
実際、この三人の中じゃ、お前が最高戦力だ、月守。
超常的なバトルにおいて、作戦は一番強いヤツを軸にするのが基本だ、作戦を立ててみろ」
昊菟は、胃がしめつけられる思いだった。
自分はここに食い込めない。
彼女のような洞察力もない、雰囲気を読み、楽観視していた。
もしかしたら、自分は超能力者として弱いのは、その自我の弱さにあるのかもしれないと思った。
隣に居る一個上の彼女は、それほどまでに個性的で、確固たる自我をもっていた。
「あ、えと……気が利かなくてすみません。
諦めたり、いい塩梅で事を収める事は苦手で……」
そして、その超能力者らしい矜持は、彼女にとって恥ずべき不得手であるようだ。
この女の子は、調和したいと思いながらも、それを成功させられなかったのだろう。
自分が思う、良いと思う事柄を成すために、納得出来なければ行動を起こしてきたのだろう。
それで沢山後悔し、傷ついた結果の、あの肩身の狭さなのだろう。
超能力者に憧れる人物は多い、その人達は、わざと派手な事をしたり、極端な事をして、それを喜ばしく思うものだ。
だが、彼女は「したくてした」のではなく、「やりたくなくてもやった」という感じだ。
ナチュラルに優れた超能力者マインドと言える。
「良いって、俺だって、都合よく月守を使おうとしてたんだ。
文句はねえ」
「……ありがとうございます。
では、所感を。
実際のところ、情報不足です。
超能力者は一つの能力しか出せませんが、応用次第で様々な行動を行なえます。
加害者は鉄性のものを生み出し、それを切り離して攻撃できるのか、体と繋がってないといけないのか。
また、防御面で優秀なのかもわかりません。
例えば、体中に鉄を纏わせ、そのまま行動できるのか。
例えば、その生み出した鉄は、通常の物質通りに電気を通すのか。
超能力で生まれた、鉄に類似した未知の物質である可能性も否めません。
私の能力が、今までの科学では証明できない何かを生み出す力であるように、相手もそうである可能性は否定できません。
ただし、ハッキリしていることがあります。
あれは物理攻撃を行える能力ということ。
何もない空間が破裂するとか、そういうものではなく、衝突によるダメージを与えるものであるはずという事です。
そして、その力は鍵のかかった寝室でも作用できること。
ドアのか細い隙間をすり抜けれるものか、何もない離れた空間から出現可能である可能性が高いです。
現状取れる作戦は、私の能力をつかった撤退戦でしょう。
無空間のバリアを作っても、内側から攻撃される可能性があるため、後退しながらバリアを作り続ける事で、戦闘を続ける事ができます」
「……それは、勝ち筋がないんじゃないか?」
「そうです昊菟君。
なので、私はこれ以上の犠牲者が出ないよう、彼を監視、場合によっては防衛戦を開始します。
創樹さんと昊菟君は、彼の情報収集をして頂きたいのです。
私が引っかかっているところを中心に。
ひとつ、彼は何故殺したのか。
理由もなく殺すのであれば、すでに大量殺人が起きているはずなのです。
ですが、犯行からいままで、まったくその兆候はありません。
つまり、彼は人を選んで殺害に至った。
それは彼にとって、好都合、または不都合な事があったことを示します。
それを知りたい。超能力戦において、相手の矜持を知る事は有利に働くはずです。
その行動が彼の矜持に絡んでいれば、有利な展開にできるでしょう」
「闘論はたしかに、超能力者との戦いで有効だ。
魔法使いでは、論理の戦闘、無言の戦闘になりがちだが、超能力者は精神の戦闘、矜持が大事だからな。
矜持が折れれば、魂魄の枯渇や、能力の不発を狙える。
支持する」
「ふたつ、彼の過去行った事件の方法と動機を探りたいのです。
能力を使った犯行の詳細と、何故それを行ったかの動機です」
なんか頭よさそうな事言ってるな、と昊菟は感じたのだった。
「方法についてはある程度は知ってるぜ。
列島で起きた超常事件においての監督役をすることは多いからな。
ヤツの能力での犯行は、死体を残さないもの、行方不明事件と思われるものが多い。ただ、時よりツメや歯などが発見される事が多い」
「……拷問、か?」
「その可能性もあるな。
今回の全身脱臼もそういう一環だったのかもしれん。
犯行時は見張りの二人と、犯行にヤツ一人という方法を取られていた。
一旦その暴力団に渡された人間が後から殺されたり、釈放されたヤツを殺したり、とにかく、組織の利益になるように動かされていたっぽいな」
「見張り……ですか。
暴力団に捕まった人が、後から彼に殺されているなら、必要な事を済ませた後に殺害された……?」
昊菟は思い当たる事があり、口を開く。
「鉄砲玉……殺人を実行する担い手。
罪を大量におっかぶせて、組織をクリーンに保てるとか、尻尾を切れる人材……なのかもしれない。
暴力団の近くに置くことはせず、それでも縁や恩を強く感じさせておいて、実際検挙されれば知らぬ存ぜぬで切り捨てる。
わざわざ組織で動いた用済みを拷問するあたり、直情的なタイプ。
またはそういう僻を持った人物……。
少なくとも、殺しを忌避するような人じゃない。
殺しに対して、無関心か好印象を持っている……」
結論の出ない考え事は、そのままふらついた歩調で口から紡ぎ漏れた。
荒木と月守は昊菟のそれが結論のない言葉だと理解するとともに、昊菟の新たな一面を知った。
月守はおおーと言い出しそうな口のまま、昊菟を見つめているが、荒木はドン引きしていた。




