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獣は故郷をめざすか

作者: 山谷麻也


 その1 三足村は今

 どうにも暇である。年とともに、こういう時間が増えてきた。つい四、五年ほど前は寸暇を惜しんで書いていたのに。


 そういえば、気になる登場人物ならぬ登場動物がいる。モグラだ。

 ずっとご無沙汰(ぶさた)している。昔気質(かたぎ)親父(おやじ)さんなので、へそを曲げているかもしれない。

 ご機嫌うかがいに行って見よう。


 物語の舞台となった三足(さんぞく)村。農業用ため池に水が少しはあるものの、青い()(おお)われている。下方に、保育所や役場、病院などの建物が見える。


 保育所に近づく。確か、塀の横の空き地にモグラの巣があったはずだ。


 その2 再会

 三足村は静かだった。

 筆者の生まれ故郷であり、村人が流出して一度は消滅集落となった。消滅を待ちかねていたかのように、動物たちが王国を建設し、栄華を究めた。村のOBとしては、どんな形であれ、故郷の存続を願わないわけにはいかない。


 少し土が盛り上がっている。モグラ塚の跡だ。

「誰だい! さっきから、カシャカシャとうるせぇのは」

 キーボードの音が静寂を破ったようだった。


「何だい、先生じゃねぇか。今頃どうしたんだい。また、事件でも起きちゃったのかい」

 地中から顔を出したのは、まぎれもないモグラの親父さんだった。先生なんて、いつ、どこで、編集者や広告マンみたいな言葉(づか)いを覚えたのだろう。


「なんにも起きないから、退屈してたんですよ。親父さん、また、どこかにいちゃもん付けて、騒ぎを起こしてよ」

 もちろん、冗談だった。

「(ま)ったく、嫌なこと言う先生だ。好きでクレーマーやってたわけじゃねぇぜ」


 その3 大活劇

 昔話になった。

 筆者が親父さんと知り合いになったのは、保育所の子供たちが運動会の練習をしている時、親父さんがうるさいと怒鳴り込んできたことがきっかけだった。頭の上でガンガンやられ、奥さんは体調を(くず)したらしい。


 解決策として、筆者の生家の畑跡に引っ越してもらうことを提案した。一等地だったが、親父さんは「あそこにはヘビの巣がある」と突っぱねた。結局、ヘビ忌避剤を()くことで了解してもらった。

 こうして、子供たち待望の運動会は挙行された。


 ところで、温暖化の影響で集中豪雨が多発しているのは、周知のとおりだ。森林が手入れされないまま放置されたことから、土地が荒れ放題となり、まとまった雨が降るたびに土石流が村を襲うようになっていた。


 運動会が終わった翌日、四国中央部に線状降水帯が発生し、ため池は決壊寸前だった。下方の保育所をはじめ村の大半をひと飲みにしようとしていた。


 万事休すだった。しかし、犬の警察署長はダテに署長を張っていなかった。機転を利かし、親父さんに、ため池の水を安全地帯に放流してもらうことを思いつく。

 クレーマーは見事に救世主に変身した。地中に穴を掘り、池の水を流すことなど、モグラの得意技なのである。三足村は危機を脱したのだった。


 その4 人生設計

「集中豪雨は想定外だったのですよ。筋書きを変えようかと思ったほどです。作者として」

「先生は相変わらず、行き当たりばったりだね」

 モグラ塚に笑い声が響いた。


「だけどよぉ、先生が村の動物病院の鍼灸師で来てくれてたころが一番よかったよ。どうして来なくなっちゃったんだい」

 病院は軌道に乗り始めていた。いつまでもサルの病院長と共に、生まれ故郷の動物の医療・福祉に貢献したいのは、やまやまだった。

 警察署長やスナック「銀ギツネ」のママとも別れがたかった。


 ただ、筆者にも人生設計があった。四国で起きていることを書き遺したい——これである。


「なんだか、難しそうな話だね」

 親父さんは途中までしか聴いていなかった。


 その5 隣の芝は青い

「ところで、みんなどこへ行ったのですか」

 村に一歩足を踏み入れた時からの疑問だった。


「都会へ出て行っちゃったのさ。なんでも、都会では苦労しなくたって食べ物が手に(へぇ)る、うめぇ物も食べられるなんて聞いてよぉ。だけど、オレはそんな話は信じねぇ。三足村の生活のどこに不満がある。畑仕事は(つら)くたって、贅沢(ぜぇたく)言わなきゃ、飢えの心配はなく、明るく元気に生きていける。それ以上に何を望む?」


 親父さんはずいぶん丸くなっていた。


「親父さん、それなんですよ。周囲の山から都会に動物たちが流入している。町中(まちなか)でサルが女性や子供を襲ったり、クマやイノシシが住宅地に現れたり。シカは草木の新芽を食いつくす。うちの近くの農家でも、収穫前にぜんぶサルに食べられてしまうので、困り果てている。確かに、おいしいし、栄養があるから、動物はますます繁殖する。そこで、役所は害獣駆除に乗り出したのですよ」


 その6 お尋ね者

 親父さんはきょとんとしている。元々、地中に引きこもっているので、時事問題には(うと)い。ここは、政治家に(なら)い、丁寧(ていねい)に、説明する必要がある。

「サルやイノシシ、シカ、クマなどを退治した人にお金を出すのですよ。四国にクマは少なく、保護されてるけど。イノシシやシカはくくりワナ、サルは捕獲オリが使われてね。最近の日本人と違って、動物は繁殖を繰り返すので、いくら獲っても減らない。今、少子化と共に、日本が最も頭を痛めている問題のひとつなんですよ」


 親父さんは、イノシシと聞いて反応した。

「イノシシはワシらの敵だから、どんどん退治してもいいよ。あいつらは地面を掘り返してワシらを食うから、たちが悪い。もっと猟師にゼニを出して、根絶やしにして欲しいくれぇだよ」

 乱暴なことを言う。生物多様性も何もあったもんでない。


「気持ちは分かりますよ。でも、猟師が高齢化し、鉄砲を担いで山を歩くのが大変になっている。サルだって、そう簡単にはオリに入らない」

「そうだろな。あいつらは、ずる賢い」

 親父さんは動物を知り尽くしていた。


 その7 食糧安全保障

「だけど、そんなことばっかり言ってられねぇや。都会に出て行った動物たちはこれからどうなっちゃうのだろうね、先生」

「今、食糧を外国に頼るのではなく、なるべく自分の国で生産しようという動きがある。農業が再生すれば、環境保護の点からもいい傾向ではありますよね」


 親父さんは筆者の発言を(さえぎ)った。

「そんなことしたら、動物はますます楽して食べ物が手に入るようになる!」


 親父さんの言うとおりだった。日本にとっては内憂外患である。

 田畑に防護柵やネットを張りめぐらせるわけにはいかないだろう。大きな建物の中にでも農場をつくらない限り、動物はいとも簡単に収穫物を横取りできる。それに、あちこちの空き家の庭には季節の果物が実ってくれる。そこには他人が無断侵入できない。

 動物たちの高笑いが聞こえてきそうだ。


「それじゃあ、動物天国じゃねぇか。だけどよぉ、相手は人間だぜ。おっかねぇなあ」

 人間の多大な犠牲の上に実現した動物の幸せなど長続きしない。いずれ人間は、なり振りかまわず、逆襲してくるはずだ。親父さんくらい長年モグラをやっていると、それは分かり切ったことだった。


「先生よぉ、何か手立てはねぇのかよぉ」


 その8 粉骨砕身

 これまでも、筆者なりに努力はしてきた。


 都会生活に馴染めない、あるいは訳あって故郷を追われた動物たちが消滅集落に永遠のユートピアを築く物語は書いた(『過疎化バスターズ』Amazonペーパーバック・電子書籍)。


 若気の至りで家出してきたものの、温暖化で灼熱地獄と化した都会は動物の()める環境ではなかった。バイト先で知り合った仲間を引き連れ、タヌキが再び故郷に戻るドキュメンタリーも書いた(『温暖化バスターズ』Amazonペーパーバック・電子書籍)。


 しかし、今回のような食糧安全保障に関わる事態は、寝耳に水だった。野生動物の離村に拍車がかかることは間違いない。


「じゃあ、お手上げってぇことかよぉ」

 親父さんはがっくりと肩を落とした。


 その9 農薬汚染の恐怖

「実は、さらに心配なことがあるのですよ。今でも、出荷用の農作物には大量の農薬を使う農家が多い。国内生産が増えれば、使う農薬は比例して増えるでしょう。汚染された農作物を常食とする動物に、健康被害が出ない保証はない。たとえ農作物を食べなくても、土壌は汚染され、地中の微生物や小動物は生命が(おびや)かされます」


 親父さんは急に興味を示したようだった。

「じゃあ、何かい。モグラなんか生きていけねぇじゃねぇか。こうしてられねぇや。仲間たちに早く(しら)せなきゃ」

 親父さんはせっかちだ。もう腕まくりしている。年は取っても、筋肉は隆々だ。


 その10 元祖SNS

「そんなことができるのですか」

 親父さんは(あき)れたように、筆者を見上げた。

「動物作家の先生らしくもねぇ。オイラたちは地中にネットワークを張り巡らせているんだぜ」


 うかつだった。そういう手があったのだ!

「親父さん、モノは相談だけど。農薬汚染の話、親父さんたちの天敵であるイノシシにまず伝えてもらえないかなあ。『オレたちゃ農作物と(おんな)じくれぇ汚染されてるんだぜ。度胸があるのなら、食ってみろよ』とか言って」


 この情報はイノシシを通じて、地上の動物たちに拡散するだろう。有害獣たちは農作物に舌鼓(したつづみ)を打っている場合ではなくなる。獣たちは故郷を目指すだろう。


「なんだい、そんなことなら、簡単だぜ。任せときな」

 親父さんが筆者の肩をポンと叩いた。またまた、親父さんに窮地を救ってもらった。


 帰りに、動物病院の前を通った。廃墟(はいきょ)になっていた。院長は都会に出て、ペットの治療をしている、と親父さんが言っていた。


 警察署の駐車場には()びた自転車が横倒しになっていた。捕物帳マニアの署長も副署長も、すでに鬼籍に入っているということだった。


 お稲荷(いなり)さんの横に、小さな(ほこら)があった。『銀ギツネ』のキツネママが(まつ)られている、と親父さんが教えてくれた。

 静かに手を合わせた。


 動物たちがUターンしてきて、村にあの賑わいが戻るかどうか。

 動物病院が復活し、また嘱託(しょくたく)鍼灸師の依頼が来たらどうしようか。

 筆者にあの頃のエネルギーはない。


[補] 親父さんの活躍は『動物王国捕物控』(文芸社刊)その九 モグラ で

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