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美味しいですか?

作者: 雪野鈴竜
掲載日:2025/03/13

素輝くん、不法投棄良くないっスよ!!

 高校一年生男子の田部(たべ) 素輝(すてる)は、食が細かった。肉と野菜なら野菜を取るが、サラダを平らげるのも一苦労だった。

 拒食症という訳ではない。食べ物を口の中に運んで噛み砕き、飲み込む。その行為が単純に面倒だった。幼い頃喉に骨が引っかかって病院に行った事もあり、魚もそれ程好きではない。

「居ないよな……誰も。」

 そんな彼には、“悪い癖”があった。


***


 小学校に入ってからは、幼稚園に居た頃と比べて友人が少なくなった。嫌われたとかではなく、人も動物も普段慣れた場所から急に別の場所になると困惑するものだ。

 引っ越しか何かで別の家に移されたペットが最初は挙動不審になって困るように、人間も普段通っていた場所から別の場所に通うようになれば、最初は慣れないので妙な緊張感がある。この場合、馴染みのある者が傍にいれば安心だと再び仲良くする者もいるが、違う場合もある。

 環境の変化というものは人との関係も変わる。幼稚園時代の友人とは卒業まで仲良かったとしても、小学校に入ってからも仲が良いとは限らない。新しい場所、新しい人達……卒業後新しい場所でも、仲良くしてくれる人数が五人の内一人しか残らなかったりもする。

 “新しい場所”は、自分達にとっては新しい生活の始まりだ。部屋の掃除をする時も「前よりもっと」と思って、古い物は思い切って捨ててしまう時もあるだろう。……残酷な事に、人は無意識に“古い人間関係”も捨てる時がある。

 “新しい人達”というのは、言い方は悪いが自分達にとってアクセサリーのようなものなのかもしれない。「自分があの人と関われば周りに良い印象を持たれるかもしれない」とか、その逆も同じで「この人と関われば周りから悪い印象を持たれるかもしれない」という不安もある。

 新しい人達という名の、“自分の印象に合うか合わないかの選択”で、人間関係を捨てる時があるから、前居た場所では仲良くして問題はなかったとしても、今の場所で仲良くして問題が起きない可能性はなくはないからだ。周りからの印象次第で自分の立場が変わる──無視、苛め、誰だってそれだけは避けたい。

 なので、素輝は自分から離れていった者達を恨む事はなかった。本心ではなくても、自分の身を守って生活しているだけなのだから、人を選ぶのは悪い事ではない。周りからの印象を気にせず仲良くするのも悪い事ではない。

 そういう考えが小さい頃から既にあったから、高校に入ってついに自分の周りから友人が一人も居なくなってしまって……今では帰宅部、一人で夕焼け空を見上げながらまったりと歩いていた。

 人間関係は周りからの印象だの面倒な事を沢山考えてしまうが、動物と友達になるのは楽だった。学校の近くのコンビニ裏で、野良だと思われる猫がよく昼寝をしに転がっている。

 もう夕方で暗くなってきたというのに、頭に黒い模様にそれ以外の全体は白という理由で素輝が勝手に名付けた“オニギリ”という猫は、未だに気持ちよさそうに寝っ転がっていた。

「おーい……お前腹出してっけど、カラスにつつかれるなよ~」

 冗談風に言ってはいるが、結構心配している。この頃、学校の近くにある旧校舎にカラスが集まっているのだ。カラスは自分よりも小さい獲物を狙い、子猫も襲われやすいと聞くが大人猫も安全とは限らない。

「ウチのアパートペットおーけぇならなぁ~」

 オニギリに近寄り右手で頭を撫でてやる。一人で居る時間が多かったせいか、昔から独り言も多いのだが、オニギリに出会ってからさらに独り言が増えた気がする。“猫に言葉なんて通じる訳ないのに”と思いながら苦笑いする。

 コンビニで買った猫用のゼリーおやつを紙皿に乗せオニギリの目の前に置いてやると、数秒後匂いで気づいたのかノソノソとした動きでゆっくりと立ち上がる。オニギリは腰をグゥッと後ろに引き、前足をぴったりと地面に押し付け体を優雅に伸ばしていた。

 体を何度か伸ばしたところで、漸くオニギリはちょこんと座り、ゼリーを食べ始めた。前々から思っていたが、この猫は野良にしては仕草等上品で、もしかすると飼えなくなって捨てられたりしたんだろうかと、素輝はオニギリを見る度に想像する。

 そうなら、尚更この猫を飼ってあげたくなった。けれどペット禁止のアパートではどうしようもない。もし、素輝に未だ友人がいたら……誰か飼える人とか探せたのだろうか? いや、居もしない友人等考えても何の解決にもならない。

 他の方法を考えるなら、教師に相談すべきだろうか? その前に、この猫が本当に野良なのかも様子見しなくてはならないが、万が一自分の早とちりで飼い主がいたら大変だ。

「──やばッ」

 ふと今何時だろうと思いスマートフォンを見ると十八時、部活もしていないのなら早めに帰って来なさいと母親に言われているため、素輝は立ち上がる。オニギリは食べるのをやめて、どうしたのかと見上げてきた。名残惜しいが、そろそろ帰らなければならなかった。

「また、来るからな。」

 寂しそうに見えたオニギリの顔を見て心が痛んだが、また来ると安心させたくて笑みを浮かべオニギリの頭を撫でた後にその場を去った。


──コンビニからアパートまで行くのに、一度旧校舎の前を通らなければならなかった。いつ前を通っても、この旧校舎の不気味さには慣れない。しかし、素輝は旧校舎の前に来るとぴたりと走るのをやめ、周りをきょろきょろと見渡した後に……なんと中に入ってしまった。

 実は素輝はこの旧校舎に用事があるのだ。普段猫にも優しく、あまり周りを困らせない大人しい素輝でも、一つだけ“悪い癖”があった。

「居ないよな……誰も。」

 旧校舎の中庭まで来ると、素輝はもう一度周りを確認する。誰も居ないのを確認するとスクールバッグのファスナーを開き中から“弁当箱”を取り出した。蓋を開けると中には母が愛情を込めて作ったであろう野菜炒めと、母が畑を借りて作っているトマトが殆ど残っていた。

 どれも自分が好きな食べ物を聞かれて答えた物、食が細い素輝を母なりに心配しているんだろう。少しは肉も食べてほしかったのか、野菜炒めには豚肉も入っていた。

 それを見て素輝は溜め息をつく、親の気持ちは痛い程に伝わってきた。本当はこんな事やりたくはないし、気持ちにも応えてあげたい……けど。

 素輝は蓋が開いたままの弁当箱を前へ突き出し、そのまま手をグルンと回すと──べちゃっと音を立てて当然中の物が地面に落ちた。

 これをもし誰かが見ていたら「勿体ない」と怒るだろう。だが、食欲が無いものはどう頑張ったって食べれないし、無理に口に入れて噛もうとすれば吐き気もする。素輝はこうして残した物を毎日、旧校舎の中庭に来ては捨ててしまう。

 罪悪感はある。きっと食べてくれるだろうと工夫して、素輝が好きな野菜多めの弁当を作っている母の姿を想像すれば心も痛んだ。

「だいたい……弁当はサンドイッチ二個くらいにしてくれって頼んだのに」

 心が痛めば痛む程、今度は苛立ちに変わってくる。自分でもただ罪悪感を母のせいにして言い訳しているだけだとわかっているため、自分で呟いた言葉に苛つき舌打ちをした。

 捨てる場所を旧校舎に選んだのは、普段人がいないからだ。誰もいない所で捨てればバレやしない。それに、地面に捨てておけばその内虫か鳥が食べてくれるだろうという考えもあった。旧校舎には最近カラスが集まっているし、翌日には捨てたはずの弁当の中身も無くなっている。

「そう、エコだよエコ……俺が弁当を捨てればその分虫やカラスからしたらタダ飯だ。そうだよ……うん。」

 捨てる度に、素輝は“これはエコ”だと自分に言い聞かせる。決して無駄にはなっていないと、捨てる事に罪悪感なんて感じなくていいんだと……。

 翌日、一限目が終わった頃にクラスの女子達が入り口の前で集まっていた。何やら噂話をしているらしく、素輝は席に座りながら寝ていたのだが、何となく話の内容が気になったので目を閉じうとうとしながら聞いていた。

 どうやら旧校舎の話らしく、毎日弁当を捨てに通っている素輝は「旧校舎」という言葉にドキリとする。 “まさか見られた?” 素輝は冷や汗が浮かんでくるのがわかる。もし、忍び込んで食べ物を粗末にしているのを見られていたら……それをネタにクラスでからかわれるかもしれない。暫くは別の場所に通うべきか、コンビニのゴミ箱は駄目だ。

 コンビニのゴミ箱というのはコンビニで買い物をした時に出たゴミを捨てる為に設置されている物なので、家庭で作った物等は“家庭ゴミ”になるので捨ててはならない。また、家庭ゴミ禁止と書かれた張り紙があるにも関わらず捨てた場合は、“業務妨害罪”も考えられる。

 そもそも、旧校舎に忍び込む事自体いけない。最悪“建造物侵入罪”も考えられる。これをもし知られたら……。

 しかしそんな心配はないようで、どうやら内容は怪談のようなものだった。

「ウチの学校って、結構新しいじゃん? 数年前まではあの旧校舎だったわけよ、前あの旧校舎に通っていた先輩の先輩が言うには……出るんだって。」

「出る?」

「お化けだよ。お、化、け、」

 女子達はゲラゲラと笑い始める。怪談といっても、殆ど信じていない様子で笑いながら話していた。

……素輝は笑えなかった。霊的な物自体は信じていない方だが、旧校舎に毎日通っている身としては気味が悪かった。

「それって旧校舎の怪談でしょ?」

 怪談話をしていた女子達の一人ではない声がする。気になって机から顔を上げた素輝は、声のした方を見る──そこにはオカルト研究部の部長が入り口の前にいた。

 素輝と同じクラスの女子、名前は虫狩(むしかり) 多々瑠(たたる)。オカルト研究部に入っているらしいが、霊的な話にうきうきとしている様子は感じられない。

 霊的な物は実在するか否か、どうしてそういった話が広まったのか、妖怪は何故昔から言い伝えられてどのように想像し作られたのか等の考察をしているとか……確か前クラスの何かの発表で多々瑠自身が説明していたのを覚えている。

 多々瑠が「中に入りたいんだけど」と女子達に言うと、女子達の一人が「ごめんね……」と謝り怪談話をしていた全員がその場を退く。多々瑠は教室に入り自分の席に行こうとするが、その足を止め振り返らないまま口を開く。

「──旧校舎の怪談、……“道連れ”」

 何故かその場の空気が凍りついた気がした。物騒な言葉のわりにあまりにも淡々としすぎた声だったからか、理由はわからない。多々瑠はその場のひんやりとした空気を気にせず、怪談の内容を説明し出す。

「道連れは“幽霊の集団”、旧校舎に来た人を追いかけ回し、捕まえたらその人も幽霊になってしまう。……本当かはわからないけど」

 まだ旧校舎が使われていた時、たまたま宿題か何かを忘れて夜に忍び込んだ生徒や、見回りの大人が見かけたりしたらしい。多々瑠は女子達に振り返り、こんな事を言う。

「噂や怪談は必ず何かしらのきっかけや原因があるはず、どうしてそんな噂がされるようになったのか、皆の言う霊的な話や霊自体もそう、何が原因でそのような化け物になってしまったのか。」

 何故かその発言は、今の素輝の胸には酷く響いた。棘のような物が刺さったような痛みが、素輝の心を苛む。


……下校中、悲しい出来事があった。いつものコンビニに向かいオニギリに会おうとしたのだが、夕方には必ずいたオニギリの姿がなかった。

 コンビニから出てきた同じ学校の女子生徒二人が、コンビニのゴミ箱前で買ってきたお菓子を食べながらこんな話をしていた。

「あの可愛い頭だけが黒い猫ちゃん……道路で死んじゃってたね。」

「あれ、轢かれ方からして車だったよね。」

 信じられなかった。昨日までこのコンビニで転がっていたオニギリが、自分が知らない内に轢かれて死んでいたなんて……。

 やはり、早めに飼い主の募集でもしておけばよかったと素輝は後悔する。ただ可愛がっていたわけではない、素輝にとっては唯一の──

(ともだちが……)

……目の前が揺れる。なんで自分は助けてあげられなかったんだろう。どうして皆助けてあげなかったんだろう。轢いた人は何故気づかなかったんだろう……人のせいにするのはお門違いだが、それでもオニギリを失った怒りと悲しみをどこにぶつけたらいいかわからず、ただただ悔しかった。

 素輝はガクンと俯く、目の前が揺れていた原因は涙だった。俯いたと同時にぼろりと地面に落ちていき視界がはっきりとした。オニギリの死体を見に行く勇気もなく、素輝は俯いたままその場を去った。

 “そうだ、今日も弁当を残してしまったんだ。”素輝は弁当の事を思い出し、表情一つ変えず虚ろな目でトボトボといつものように旧校舎へ向かった。──オニギリを失った悲しみが大きく、素輝の足はどこかふらついていた。危なっかしくもなんとか旧校舎に辿り着き、中庭の方へ向かう。

 いつもと変わらず、弁当箱の蓋を開けてべちゃっと音を立てて地面に食べ物を捨てる。昨日捨てた食べ物はまだ少し残っていたが、カラスか何かがつついたのか食い散らかされていた。今日も素輝の言うエコとやらで、地面に食い散らかされた後の上に、今日は新たに醤油味の卵焼きとアスパラのベーコン巻きが追加された。……その時、多々瑠達の会話が何故か頭に浮かんだ。

(……なんだ?)

 自分の今している行為は、怪談とは関係ないはず。今は夕方で幽霊の集団なんて見かけていないし、旧校舎に忍び込んでいるのも弁当箱の中身を捨てているだけ、旧校舎の中には入らないし、捨てたらすぐに帰るつもりだ。

 それに、幽霊なんて非現実的な話も自分は信じている訳ではない。怯える必要なんてないのだから……。

「……っ、嘘嘘、そんなんあるワケないッ」

 もう旧校舎には用はない。あんな気味の悪い話も聞いてしまったし、暫くは此処には来たくはないし母親に弁当は要らない事を伝えようと素輝は思った。

「さぁて、帰──」

 素輝は後ろを振り返ると、その場でピタリと体が止まる。おかしいのだ。何が? いや、だって……。

……素輝は今、“旧校舎の中”に居る。

「……は?」

 何がどうなっているのか自分でもわからなかった。自分は中庭に居たはず、旧校舎の“中”には入っていない。中庭で弁当を捨てて後は家に帰ろうとしただけで中入る必要はない。家に帰ろうと振り返っただけなのに、……だが、そんな事より今は……。

(“早くここから出たい……ッ”)

 瞬間移動したかのように場所が変わった事にも気味が悪いが、この旧校舎内は何とも言えない嫌な感じがしたのだ。八月にも関わらず、建物内といえど冬のような寒さ、鳴いているはずの蝉の声さえ外から聞こえてこない。

 虫の声が聞こえてこないのは何故だろうか、ニイニイゼミなら夕暮れ辺りまで鳴いていたはずだ。素輝が外に居た時間はまだ夜にはなっていないはず、素輝は不思議に思いながら窓の方へ顔を向ける。

「え」

……何にも見えなかった。見えるのは“黒”、空も雲も建物も何もそこには映っていなかった。素輝の全身がぶるりと震える。痛いくらいの鳥肌が立ちながらその場を走り出す。

 どうやら此処は旧校舎内の廊下だったようで、廊下なら進めばその内階段でも見つかるだろうと、とにかく出たい一心で走る。素輝は自分でも滅茶苦茶な走り方をしているなと思いながらも、早く“何かが”来る前に逃げ出したかったのだ。

……おかしい。いくら廊下を走っても、グルグルと一週しているだけな気がする。

 時間の感覚ならもう三十分は経っているかもしれない。ずっと走りっぱなしの素輝の体力はもう限界だった。これだけ走っても階段一つさえ見つからないのは異常ではないだろうか? それどころか、教室札を見ながら走ってみると、何故か2-Dだけが繰り返される。

「嘘……だろっ?!」

 息切れを起こし、脹脛(ふくらはぎ)も痛みだしてきてその場に座り込む。普段の運動不足からきているのもあるが、いくら走っても2-D前にしか辿り着けない事に、もはや諦めるしかなかった。

 素輝は“このまま帰れなかったら”という不安で頭の中が一杯になる。先程走りながらスマートフォンを見たのだが、驚くことに二十時になっていた。素輝が旧校舎に来たのは十七時を少し過ぎた辺りだった。振り返ったその一瞬で夜に変わったなんて信じられなかった。

 いや、旧校舎内に入ってからも今まで信じられない事ばかり起きているではないか……一体どうしたらいいんだろう。

……ふと、急にさっきよりも温度が低くなるのを感じる。何とも言えない嫌な予感がして、足が痛むのもかまわず咄嗟に教室に入り込む。……暫くすると、音は無いが“何か大勢の”気配がした。素輝は恐怖で心臓がゆっくりと高鳴っていくのを感じながら、ゆっくりとドアが開いたままの入り口から廊下を覗く。

「なんだよ……あれ、」

 一言で言えば、“幽霊の行列”だった。怪談話でよく聞く“霊道(れいどう)”と呼ばれるものなのではないだろうか、霊道というのはその名の通り霊の通る場所、だがどこかおかしい……。

 まず、霊道を通っているのは人ではなく“動物”だった。首の無い牛や豚、それから鶏。他には毛のないヒヨコや片足が無い犬、元気そうな虫から体がバラバラになりながらも這って移動する虫等、色んな生き物が通る奇妙な光景だった。

 吐き気がしてきて素輝は口を右手で押さえる……音を立てないように左手は壁に触れ、ゆっくりと顔を引っ込める。霊達は音を出さないのか無音で、音があるとしても隙間から入ってくる風くらい。

 体を動かす微かな音だろうと気づかれてしまいそうなので、床に腰を下ろす時も慎重だった。

(なんだよアレ、なんだよなんだよなんだよアレ……ッ)

 目蓋を痛いくらいに固く瞑り、しゃがんだままの体勢にする。

 顔には嫌な汗がじわりと浮かんでいた。あの行列に気づかれたら、自分はどうなってしまうんだろう。多々瑠が言っていた話の通りなら、自分はきっとあの行列にいる動物達に追いかけ回されて、捕まったら自分も幽霊になってしまうんだろう。

 つまりそれは──死ぬという事だろうか? それだけは嫌だった。

(冷静に考えろ冷静に考えろ、)

 本当は落ち着かない。この状況で落ち着くはずもない。でも生き延びたい……なら必死に考えるのだ。

 幽霊は深夜が活発的なイメージがある。なら、霊が大人しくなってきそうな朝の時間帯まで待てばいいのだ。

(……このまま?)

 現在二十時……後十時間も耐えなければならないのだろうか? この体勢のまま、動かず? トイレは? 家への連絡は? どうするの? 頭でグルグルと考える……この体勢のまま十時間も動かず耐えるのは体力的にも限界があるし、親にはどうやって説明をすればいいのかわからない。

 いくら考えても、この状況は……無理。

 段々息も苦しくなってくる。先程まで感じていた気配がなんだか溢れてきたような、例えるならそう……満員電車から人が溢れ出てくるようにむわっとした勢いで教室に入って──目を開けてはならない。“今”目を開けては、わかっているのに恐る恐る目を開ける。

「……ぁ」

 目が、合った。

 尻の先から肩まで電気が走ったようにびりびりと鳥肌が立った。服が肌に擦れると痛みさえ感じる。

 床、壁、窓、天井全てに……びっしりと隙間が無いくらいのいろんな動物の“目”があり、ぱちぱちと瞬きをしていたのだ。

 それだけではない。動物達がドアの入り口から音もなく体を覗かせ、目は無いがこちらをジッと見るようにこちらに体を向けていた。

──素輝は今まで人生で出した事のない、コンクリートに思い切りフライパンでも叩きつけ響かせたような高音で悲鳴をあげる。足が痛んでいるのもかまわず、よろつきながらもその場を逃げ出す。

 無限に続く廊下をひたすら走る。無理に走っているせいか胸が苦しいが、後ろから確実に奴等が追ってきている気配がわかった。階段があるであろう右側をずっと見ながら足を無理に動かしているが、やはり階段ではなく2-Dのドアしか見えてこない。

 次第に視界も暗くなってきた。夜だからとかではなく、窓のない部屋の電気が消えていくようにじわりじわりとした闇が、素輝の体を包んでいく。

 完全に世界が闇に包まれた時、素輝の足は走るのをピタリと止めた。……前方に、何かが落ちていた。素輝は息が切れながらも、両肩をぜぇはぁと上下に繰り返しながらゆっくりと落ちている物に近づく。

……足元に落ちていたのは、夕方旧校舎の中庭に捨てた“アスパラのベーコン巻き”。

「なんだよ……」

 状況が全くわからない。これが落ちているという事は此処は中庭なのだろうか? いつ自分は旧校舎から出てきたのだろうか、いや、それより周りは闇に包まれているはずなのに、何故アスパラのベーコン巻きだけははっきりと見えるのだろうか。

 その時、真横でボトリと何かが落ちたような影が見えると、素輝はそれを見て声にならない悲鳴をあげる。……そこには、“首だけに切断された豚の首”がこちらを見上げていたのだ。不思議な事に、豚の伝えたい事が素輝の脳内で伝わってきた──“美味しかった?”と。

「ぁ、ぁぁぁ、ぁ……ッ」

 素輝は恐怖のあまり声を漏らし、立っていられなくなりその場で尻餅をつく。この首だけの豚はもしや、素輝が食べるはずだったベーコンなのではないだろうか、豚の痛みと悲しみの感情までもが素輝の脳内に注がれるように伝わってくる。

 豚の感情で脳内が埋め尽くされていき、段々と体全体が支配されていく気がして、素輝の目に涙が浮かぶ。鼻水も垂れてきて開けっ放しの口に入りしょっぱさを感じた。

(俺は、今までどれだけの数の肉を捨ててきたのだろう。)

 肉だけではない。野菜や果物も育つという事は生きていて、食にはどれも死が含まれている。アスパラのベーコン巻きだってそう、どちらも確かに生きていた。 食べられる為に殺され、素輝の弁当箱に入れられた生き物の最後はどうだっただろうか? 食べないで捨てられた事が多かった。では、一体この素輝の弁当箱に入れられた生き物達は“何の為に”殺されたのだろうか。

 ふと、多々瑠の言葉を頭の片隅で思い出す……。

──『噂や怪談は必ず何かしらのきっかけや原因があるはず、どうしてそんな噂がされるようになったのか、皆の言う霊的な話や霊自体もそう、“何が原因でそのような化け物になってしまった”のか。』

 この豚が素輝の前にこの姿で化けてきたのはきっと、……素輝は口を開く。

「……ご、ぇ、……ごぇんぁ、あぃ……!!」

 頭蓋骨を何度もトンカチで打ち付けてくる勢いの激痛が今度は襲ってきて、素輝は今まで自分が捨ててきた食べ物達に謝りたくても上手く言葉に出せないでいる。それでも、自分が今までしてきた事と比べれば、この痛みは甘い方なのかもしれない。

 今まで自分達の為に殺されてきた生き物達は、これよりもっと辛かったに違いない。だからこそ、自分達が生きる為に犠牲になった生き物達を、無理はしなくても、なるべく食べてあげるべきだったんだ。

(祟られて……当然か。)

 素輝がそう思い意識が遠のいてきた頃──何やら猫らしき声が聞こえてきた。その途端頭が急に軽くなり痛みが引くと、素輝はその場で前に倒れ込む。

 何が起きたのかわからなかった。力が入らず、目だけを動かすと目の前には……頭にだけ黒い模様がある白猫がこちらを座って見降ろしていた。

(守ってくれたのか……?)

 素輝が「ありがとう」と声を絞り出して礼を言う。それを聞いた白猫は音もなくその場を去って行った。素輝は起きているのがもう限界だったのか、今度こそそこで意識を失った。


──目を覚ますと素輝は病室のベッドにいた。母がずっと傍にいたのか、目を覚ましたのに気づくと涙を流しながら素輝を抱き締めた。どうやら素輝はあの後、旧校舎前で朝まで倒れていたらしい。

 結局あの行列が何なのか詳しくはわからなかったが、一つわかるのは……あの時助けてくれたのはオニギリだという事、いつも会いに行っていたから見間違えるはずがない。

 その日から素輝は弁当を捨てる事はしなくなった。無理して食べてはいないが、自分達の為に犠牲になっていった生き物達と、愛情を込めて作ってくれた母のためにも自分で食べるようになった。

 あの出来事がきっかけか、前より食事が美味しく感じる。あの恐怖体験がなかったら、きっと今でも弁当の中身を捨てていたであろう……今では感謝している。 翌日、学校の中庭に移動しベンチに座る。弁当箱の蓋を開けると、中にはピーマンの肉詰めが入っていた。 素輝はにやりと笑みを浮かべ、箸をカチカチと鳴らしながら「いただきます」と言った。

「ちゃんと、残さずに食べてやるからな……!!」

──皆さん、ご飯は“美味しいですか?”

だいぶ前に書いた短編の一つです。

お楽しみ頂けたら幸いです。

※実は過去に小説家になろう様に投稿していました。覚えている人はいるかな?

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