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高校生の主張

作者: 多部 好香

 緒方愼は人生で一番緊張していた。中学時代の全国大会の決勝ですらこんなに心臓がバクバクいっていなかった。

 今日は高校生になって初めての文化祭。そしてここは体育館のステージの舞台袖。ステージの方からは

「高畑先生ーっ! 何でもするので成績上げてくださーーい!」

「じゃあ勉強しろーー!」

 という男子生徒の叫びと、男性教師の掛け合いが会場の爆笑を誘っている。


(やばい、もう次は僕の番だ)


 緒方の緊張がピークに達する。心臓の音が耳元で鳴っているかのように大きく聞こえる。


(そもそも、なぜ自分はこの場にいるんだ? ああ、そうだ、ゴール直前でトゲ〇ーを喰らったせいだ。あれさえ無ければ僕が優勝だったのに)


 そう、緒方は先日友人たちとマ〇カーで対戦した際に最下位になってしまい、罰ゲームとして文化祭のイベントのひとつ、『高校生の主張』で告白をすることになってしまったのだ。


(僕は、告白するなら閉店間際の喫茶ハルで二人っきりになった時にと決めていたのに⋯⋯!)


 そう悔しがる緒方は、そう言いながらいつまでも告白できないでいるヘタレっぷりに焦れた友人たちに嵌められたとは気づいてすらいない。


「次の主張は、1年A組緒方愼くんです!」


 とうとうこの時が来てしまった、と今にも口から心臓が飛び出そうな緒方はひとつ深呼吸をし、両頬をバシン、と叩いた。


(漢たるもの覚悟を決めろ、緒方愼!)


 決意に満ちた瞳で、緒方はステージの中央まで歩いて行く。横目で会場を見渡せば、全校生徒の中からでも目当ての彼女は直ぐに見つかった。友人と一緒にいる彼女が目を丸くしてこちらを見ているのが分かる。ついでに元凶である悪友たちが最前列でニヤニヤしながらこちらを見ているのも分かってしまった。


「それでは緒方くん、お願いします!」


 中央に立つと会場は静まり返り、それを見計らった司会に促されると、緒方はすぅーっと息を吸い込んだ。


「1年A組! 田原志帆さん!」


 体育館中に響く緒方の声。ザワつく生徒たちの中で突然呼ばれた彼女は

「え、わ、私!?」

 と慌てている。だが隣の菜乃花にホラホラと促され、ハッとしたようだ。


「なーにー!?」


 恥ずかしいのであろう、少々上擦った声で返答をしてくれた。こちらも顔に熱が集まってきて、部活でしっかり焼けた肌ですら分かるくらい顔が赤くなっているだろうと自覚する。緒方はもう一度息を吸い込んだ。


「初めて会った時から君のことが好きです! 僕と付き合ってください!」


 会場は「キャー♡」とか「うおぉっ言ったー!」とか「まじか」とかなんとか騒がしくなるが、緒方にはそんな声は届いておらず、ただ一人を見つめている。肝心の告白された志帆は、顔を真っ赤にしてフリーズしているようだった。菜乃花に肩を揺さぶられ我に返った志帆は、胸元で両手をギュッと握った後、覚悟を決めた表情で口元に両手を当てて声を張り上げた。


「いーよー!」


 瞬間、体育館に響き渡った生徒達の歓声は、緒方の雄叫びによって掻き消された。




   ◇  ◇  ◇




 文化祭も終わり、片付け終わる頃には外はすっかり暗くなっていた。あの公開告白の後、緒方は嬉しさのあまりステージから飛び降り、最前列でヒューヒュー言っていた悪友たちにもみくちゃにされた。じゃれ合ってる最中に志帆の方を見れば志帆もこちらに気づいたのか、真っ赤な顔で小さく手を振ってくれた。緒方は手を振り返しながら、幸せ過ぎて死ぬのではないかと本気で思った。


 片付け作業を終えた緒方は背後で冷やかしてくる奴らを無視し、緊張した面持ちで教室で菜乃花と話している志帆の元に向かった。近づいて来た緒方に気づいた志帆は可愛らしく頬を染めている。


「あ、あの、志帆さん。良かったら今日、一緒に帰りませんか?」


 緒方の精一杯のお誘いに、志帆はもじもじとしながらも笑顔の菜乃花にポンと背中を押され、こちらに笑顔を向けた。


「う、うん。せっかく恋人になったんだもんね。一緒に帰ろっか」


 えへへ、と照れながら笑う彼女のなんと可愛いことか! 緒方は「この世界一可愛い子が僕の彼女です!」と叫んで周りたい衝動に駆られる。

「あのヘタレがついに……良かったなぁ!」

「あの緒方ちゃんが……成長したなあ」

 とかいう背後の声は聞こえない。聞こえないんだ。でもとりあえずヤツらは後でシメる。


 緒方が感動に打ち震えている間に志帆は荷物をまとめ終わり、菜乃花に挨拶をして緒方の隣に立った。身長差的に上目遣いになってしまう彼女に、緒方は内心悶える。


「えへへ、じゃあ帰ろっか、愼くん!」


 そう言う彼女の満面の笑みと初めての名前呼びに、緒方の心臓は撃ち抜かれる。突然「うぐっ」と呻き声を上げ胸を抑えた緒方を心配してくれる志帆を宥め、クラスメートたちからの生暖かい視線を受けながら二人は教室を後にした。

 二人が去った後の教室では

「あの二人ようやくかよ」

「ほんっと焦れったかったよなあぁ」

「あれで今まで付き合ってなかったのが不思議でならない」

 なんて会話がされていたのを緒方と志帆は知る由もない。



 帰り道、いつもなら絶えず会話を続けられるはずの二人は顔を赤くしたまま無言で歩いていた。肩を竦ませて縮こまっている志帆をチラリと見れば、両手で鞄を持っている。


(志帆さんの手は空いてないか……いや、付き合って直ぐに手を繋ぐのは、さすがに早いか!?)


 あわよくば手を繋いで帰りたいと思っていた緒方は、つい志帆の手元をチラチラ見てしまう。グルグルと考えていると、志帆が口を開いた。


「あ、あのね、愼くん、もし嫌じゃなかったら、手を繋いでもいい、かなあ?」


 そう顔を真っ赤にして上目遣いで告げる志帆に、緒方は目を見開いて固まってしまう。それを勘違いしてしまった志帆は慌てて手を振った。


「あ、ご、ごめん。いきなりは困るよね」

「まっったく困らない! むしろ嬉しい! 僕も、手を繋いで帰りたいと思ってた!」

「ほぁっ?」


 そう叫んで志帆に右手を差し出せば、志帆はおずおずと手を乗せた。それをぎゅっと握れば、志帆からもきゅっと握り返される。その手の力に幸せを感じながら再び歩き出した。掌から感じる熱で、お互いが緊張していることが伝わってしまう。

 しばらく無言で歩いていると、いつの間にか自宅ではなく志帆のバイト先である喫茶ハルに着いていた。


「あ、あれ? あはは、ついいつもの癖で喫茶ハルに来ちゃったね」


 志帆はそう言っているが、緒方は最初から喫茶ハルに向かっていたのだ。



 入学式の日、桜の木に登って降りられなくなってしまった猫を助けようとしていた彼女に一目惚れし、彼女が同じクラスであることに歓喜した。その後、(主に女子生徒にモテるための努力を欠かさない某悪友の情報網によって)彼女のバイト先を突き止め、偶然を装って通い詰めた。そこから次第に会話が増え、距離が近づいていき、今日ようやく恋人になれた。喜びに満ち溢れている緒方の中に、一つだけ心残りがあるとすれば、かねてから思い描いていた喫茶ハルでの告白を実行できなかったことくらいだ。

 ──だから、今日それも叶えようと決めたのだ。



「志帆さん、折角ですから喫茶ハルに寄っていきませんか?」


 そう志帆に問えば、志帆は途端にぱっと嬉しそうな顔をし、いいですね! と同意してくれる。手を繋いだまま喫茶ハルの扉を開けば、カランというドアベルの音と「いらっしゃいませ」というマスターの声が二人を迎える。マスターは手を繋いで入って来た見知った二人に一瞬目を丸くするものの、直ぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「いらっしゃい、志帆ちゃん、緒方くん。文化祭はどうだった──って、聞くまでもないか」


 全部見透かしたようなマスターに、二人はあはは、と照れ笑いで返す。ブレンドでいいかい? と言うマスターにお願いしますと言って、窓際の二人席に向かい合って座った。

 静かな店内に満ちる香りとマスターがコーヒーを淹れる音を楽しみながら、二人は心地良さにほっとひと息ついた。マスターがコーヒーを持って来ると、大好きな薫りを前に二人はとろりと眦を下げる。


「そうだ、僕バックヤードで作業あるんだけど、志帆ちゃんに店内任せちゃってもいいかな?」

「今日は私お客さんなのに! 仕方ないですねえ」


 わざとらしくぷんすこする志帆にマスターはごめんごめん、と謝りながら、緒方に向かってパチリとウィンクをした。


(マスターにはバレバレか……)


 はは、と笑いながら小さく頭を下げれば、マスターは片手を上げてバックヤードに下がって行った。マスターを見送ると、志帆は嬉しそうにカップを両手で持ってコーヒーを味わう。緒方も一口飲み、心を落ち着かせた後、正面の志帆を見据えた。緒方の真剣な眼差しに、志帆は不思議そうに首を傾げ、カップを置いて背筋を伸ばした。


「志帆さん」

「は、はい、何でしょう」


 緒方に釣られて緊張しながら、志帆は緒方の言葉を待った。


「僕は、入学式の日に一目惚れしてから、ずっと君のことが好きです。僕と、結婚を前提にお付き合いしてください」


 本日二度目となる緒方からの告白、それも二人きりの喫茶ハルで。体育館で受けた時とはまた違う、静かだが真剣さを感じるそれに、志帆はゆっくりと意味を咀嚼し、ボボボッと音が聞こえそうなくらい顔を赤らめる。


「け、けっこん、って……」


 恋人を一気に飛び越えたそれに、志帆の脳内は大混乱に陥る。しかし、緒方は動じない。


「高校生になったばかりで何を、と思われるかもしれないけど、僕は君とずっと一緒にいたい。君を他の誰かに渡したくないんだ」


 一点の曇りのない決意に満ち、未来を見据えた緒方の言葉に、志帆は戸惑いながらもそこまで私のことを真剣に想ってくれいるんだ、と喜びを感じる。


「……わ、私も、緒方くんの優しいところに惹かれて、いつの間にか好きになっていました。先のことはまだ分からないけど、緒方くんとずっと一緒にいられたら嬉しいです」


 今はまだ同じ思いを返してもらえなくてもいい、これから徐々に考えていってくれればそれでいいと思っていた緒方は、少しでも二人の未来を考えてくれた志帆に、愛しさとキュッと胸を締め付ける切なさ、そして泣きそうなくらいの喜びを感じた。


「⋯⋯うん、ありがとう。ずっと一緒にいられるように頑張ります」


 喉を振り絞ってようやく出たのはそんな言葉で、それに志帆はぽかんとすると、みるみる眉を吊り上げる。


「もうっ、違うでしょ! こういうのは二人で頑張るの!」


 頬を膨らませて子供を叱るように言う志帆に、今度は緒方が虚をつかれた。そして、湧き上がってくる歓喜に口をムズムズさせ、とうとう耐えきれずに笑い出す。


「アハハハハハ!」

「もう、突然笑い出してどうしたの?」

「いや、志帆さんの言う通りだと思って。そうだよね、恋人なんだから、二人で頑張らなきゃ」

「ふふ、そうよ。愼くんもちゃんと分かったみたいね!」

「うん、バッチリ」


 ふふ、と二人で微笑み合っていると、タイミングを見計らったかのようにマスターが戻って来た。


「おや、二人とも楽しそうだね」


 マスターは聞き耳を立てるような無粋な真似はしないだろうが、大体察しているのであろう。微笑ましげに見られると照れくさくて、二人でコーヒーを飲んで誤魔化す。


 カップが空になり、そろそろ遅くなるし帰ろうか、と立ち上がり会計をしようと財布を取り出すと、マスターに止められる。


「今日は僕の奢り。シフトじゃないのに店番頼んじゃったからね」


 茶目っ気たっぷりなマスターに、緒方と志帆は顔を見合せふはっと吹き出すと、お言葉に甘えご馳走になることにした。

 マスターのありがとうございましたとドアベルの音に見送られ、二人はどちらともなく手を繋ぎ、帰路についた。来た時と違うのは、他愛もない話をしながら、少しでも長くこの時間が続くようにゆっくりゆっくり歩いていることだろうか。




   ◇  ◇  ◇




 緒方愼は自問自答を繰り返していた。


(なぜ僕はまたここにいるんだ?)


 緒方が立っているのはきっかり一年前と同じ、体育館のステージの舞台袖。高校生活二回目の文化祭となる今日、緒方は再び『高校生の主張』の場にいた。


(そうだ、あの時ハンマーを手に入れてさえいれば勝てていたのに)


 そう、緒方は先日友人たちとスマ〇ラで対戦した際に最下位になってしまい、罰ゲームとしてまた告白をすることになってしまったのだ。


(いや、また告白ってなんだ? そもそも僕と志帆さんは別れてなんていないし、寧ろ日に日にラブラブになっているんだが?)


 そう、去年のこの日に公開告白にて見事成立した緒方と志帆のカップルは一年経った今もなお仲睦まじく、学校一有名なカップルと言っても過言では無いくらいだった。今年入学した近所の後輩なんかは、緒方の武勇伝を聞いて

「うわ、愼先輩マジすか? よく志帆さんOKしてくれましたね……」

 と引き気味に言ってくれやがったので、お礼としてヘッドロックをプレゼントしてあげた。それなのに──また告白とはなんぞや。


 まあ、そんなことを言っても時すでに遅し。ステージでは

「智子先生スカート丈に厳し過ぎー!」

「短くしなくたって可愛いからいいのー!」

「本当ー!?」

 という女子生徒の叫びと、女性教師の掛け合いが聞こえる。


(ああ、次は僕の番だ)


「次の主張は、去年伝説を残した2年A組緒方愼くんです!」


 いつぞやと同じように頬を両手でバシンと叩いて気合を入れ、ステージの中央へ躍り出る。会場の生徒たちの反応は伝説って? とザワついている一年生たちと、お前もう去年やっただろという上級生たちに分かれている。うるさい、僕だって好きでやる訳じゃない。またもや一瞬で見つけられた愛しの彼女も「え、なんで?」という顔をしている。本当になんでだろうね。


「それでは緒方くん、何叫ぶか知らないけどお願いします!」


 好奇に満ちた会場内を見渡し、大概失礼な司会に促され、すぅーっと大きく息を吸う。


「2年A組! 田原志帆さん!」


 名前を呼ばれた志帆は、恥ずかしそうにしながらも、間髪入れずに返答する。


「なーにー!?」


 それを受け止め、もう一度息を吸い込んで叫んだ。


「入学式で一目惚れしてから今日に至るまで変わらず君のことが好きです! これからも僕の彼女でいてください!」


 緒方の熱烈な愛の告白に、体育館はキャーッという黄色い声と、男共の野太い声援が飛び交う。志帆はと言えば、胸の前で手を握ってすぅっと息を吸い込むのが見えた。


「私も愼くんのことが大好きでーす! これからもよろしくねー!」


 と、これまた熱烈な告白と共に、

「リア充爆発しろ!」

「志帆カッコイイー!」

「素敵ー!」

 だのと体育館に様々な歓声が上がる。緒方は去年に負けず劣らずデカい雄叫びを上げてステージから飛び降り、最前列でニヤついていた悪友らに飛びかかった。ついでにその近くでドン引きしていた中学から知り合いの一年生たちも巻き込んでやった。


「──はい! 以上、カップルの惚気でしたー!」

 という司会の声は、生徒たちの叫び声に掻き消された。


 じゃれ合いの傍らで志帆の方を見遣れば、周りの友達に冷やかされて照れている彼女がいた。こちらに気づいたのかバチりと視線が絡み合う。彼女はワタワタと周囲を見渡すと、口元に手を当てて、唇を動かしている。



『だ い す き』



 僕の彼女が可愛過ぎて気絶しかけた。




   ◇  ◇  ◇




 緒方愼は開き直っていた。


(もう慣れたさ、慣れたとも)


 緒方が立っているのは毎年恒例の(となってしまった)体育館のステージの舞台袖。三度目となる高校の文化祭、その『高校生の主張』。緒方はここに再度立っている経緯を思い返す。


(そうだ、あそこで4以上出せていればスターを取れたのに……)


 そう、先日受験勉強の息抜きに、と友人たちとやったマリ〇パーティで、緒方は最下位となってしまったのだ。

 交際二年目を経て、新入生にすら直ぐに知れ渡るほど有名なカップルとなった緒方と志帆。クラス替えがないため今年で三年目となる馴染みのクラスメートたちは、いくら二人がイチャついていようともまるでそこには空気しかないかのように気にしなくなっていた。これまでの愛しい人との幸せな日々を噛み締めていると、ステージからは

「誰でもいいから付き合ってくれー!」

「「「いいわよー!」」」

という男子生徒の告白? と野太い声の返答が聞こえる。


(なんやかんやこれも3回目……これで最後か)


 ワハハハと笑いが上がり、ついに緒方の番が来る。


「次の主張は、毎年恒例の3年A組緒方愼くんです!」


 好きで毎年恒例になってるんじゃない! そうツッコみたいのをグッと堪え、バシンッと今までで一番強く両頬を叩く。そして、一歩一歩踏みしめながらステージ中央へ向かった。会場からは

「またお前かー!」

「引っ込めー!」

「リア充よ滅びろ!」

 など、好き勝手な冷やかしの声がする。緒方の双眸はもはや探すこともなく真っ直ぐ、愛しの彼女を捉える。志帆も三年目ともなって慣れたのか、微笑みながらステージ上の緒方を見つめている。


「それでは緒方くん、毎年恒例かつ高校生活最後の熱烈な告白をどうぞ!」


 おい司会、まだ告白と決まっていないのに勝手なことを言うな。まあその通りなんだけども。

 すーはーと深呼吸をして、大きく息を吸い込む。そして──


「3年A組! 田原志帆さん!」

「なーにー!?」


 緒方の渾身の叫びに、志帆は待ってましたとばかりに楽しげに返す。まるで初めて告白した時のようにドクドクと鳴る心臓を抑え、もう一度すぅーっと息を吸い込み、思いの丈を叫ぶ。


「世界中の誰よりも! 君のことを愛してます! これから先もずっと僕と一緒にいてください!」


 それは最早、プロポーズと同義で。他の生徒達だけでなく緒方をけしかけた友人たちですら呆気に取られている。そんな中志帆だけは、にこにこと笑っていた。


「もっちろーん! ずーっと一緒にいようねー!」


 志帆も半ば開き直っていたのであろうが、冗談も疑心も感じられない志帆の言葉に、緒方は叫んだ体勢のまま呆けてしまう。


 一拍おいて、体育館に爆発のような歓声が上がった。

「おいプロポーズは二人でやれー!」

「このバカップルが! 永遠にお幸せにな!」

「緒方先輩も志帆先輩もお幸せにー!」

「おめでとうー!」

 などとからかい混じりの祝福を受けて、ようやく我に返った緒方は

「やったあああああ!」

 と過去一バカでかい叫び声を上げてステージからダイブした。受け身も何もない緒方を慌てて受け止めようとした悪友たちは、筋肉の塊の緒方に押し潰されて、下で呻いている。

 尻に敷いた野郎共なんて気にせずに眦に浮かんだ涙を指で拭い、志帆の方を見遣ると、菜乃花を筆頭に友人たちの祝福を受けながら志帆も涙を拭っていた。そして、潤んだ瞳のまま微笑みを浮かべてこちらを見つめ、口元を指さして唇を動かした。



『あ い し て る』



「おい愼どけ!」

「重い重い!」

 という下からの声をどこか遠くに聞きながら、緒方は今度こそ幸せ過ぎて意識を手放した。


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