大鷲★
間もなく日が暮れる。
件の街を出て道を進むオレの頭上を大鷲が旋回していた。
ヤツはオレがくたばるのを待っている。
最初は舐められたもんで、なんどか降下して嘴と足爪でちょっかいを出して来た。その度に小剣で応戦し、脚に小さい切り傷を負わせると、すっかり警戒を強めた。
その後は上空で旋回し、時折高速で滑空して脇を通り過ぎるのを繰り返す。
何も攻撃らしい攻撃はしてこないが、オレと同じぐらいの大きさの怪鳥が、高速で、敵意を持って近くを通り過ぎるだけでストレスは半端ない。当たらないと分かっている小剣を、牽制で振り回さざるをえないのも、かなりの体力を削っていく。
そうやって消耗を待つ作戦のようだ。
鳥の作戦通り、徐々にオレは腕が上がらなくってきた。
呼吸も苦しくなってくる。
オレは深呼吸をしようとし、喉の奥が張り付いて咽た。思えばゴブリンの関所からロクに水も飲んでいない。
脱水症状でこめかみがズキズキ痛み出した。いや、貧血かもしれないな。ヤツとの最初の小競り合いでオレも数か所、傷を負っている。そして、絶えずヤツに付きまとわれているので、ロクに手当ても出来ていない。
これは、そろそろヤバイ・・・
そう思った矢先にオレは、なんでもない小石に躓いて、地面に両手両膝を着いた。
そして、そのまま倒れこみ、大の字に天を仰ぐ形になる。
ヤツは、そんなオレの体の上を滑空して通過していった。
オレは反応できない。転んだ拍子に小剣は手の届かない所に落としてしまったようだ。小賢しくもヤツはそれを確認して行ったのかもしれない。
もう月が見えている夜空をヤツは2度3度旋回する。最終確認作業だろう。
絶体絶命の状態なのに、寝転がって呼吸をしていることが気持ちよくなってきた。
オレは深く深呼吸する。
このまま目を閉じてしまいたい所だが、上空のヤツがそれを許さない。
ヤツは滑降してきた。
そんなヤツと目が合った気がした。
それで、コイツは間違いなくオレみたいな人間を食ったことがあると分かった。
騎士もゴロツキも、こういう所を歩く時は大なり小なり鎧で武装している。だから他の動物に比べて外皮が固くて食いにくい存在だ。一番喰いやすいのは顔、そして目だ。
目を突けば頭蓋骨を割り、中の脳みそが吸えるし、血も啜れる。
だから、兵士を食いなれたコイツらは目から食う。
徐々にヤツの姿が大きくなる。
オレは大の字に寝転がったまま、ぼんやりとその姿を見つめた。
周りから雑音が消え、ヤツの風切り音だけが聞こえる。
その鋭い嘴がハッキリと視認できるようになった。
ヤツ以外の景色が視界から消えた。
そして色も消えた。
モノクロのヤツがゆっくりと降下してくる。
距離にして5mか。
まだ遠い。
3m。
改めて見るとデカイな、コイツは。
2m、1m、30cm・・・
ヤツの嘴が文字通り眼前に迫った時!
オレは体を躱しざまにヤツの首根っこを掴み、地面に叩きつけた。
そして、降下を待つ間に頭の中で何度もリハーサルした手順で起き上がり、ヤツの首を踏み折った。
「あんな転び方で仰向けになるワケないだろ、バーカ」
もう絶命したであろう、大鷲に対してオレは捨て台詞を吐いた。それほど会心の作戦勝ちだったな。
何をしたかって?
鈍化の魔法だよ。とはいえ、実際に遅くなるのではなく、一時的に自分の反応速度を上げて、オレには相手が遅く見えるようになる形なんだけどな。
オレは白魔法も黒魔法も素養は無いが、この手の身体強化系魔法は多少心得があるんだ。
空飛ぶヤツにはオレから手を出しても届かないし、飛び道具も持ってないので、油断させて近づいたところを捕まえようって作戦さ。
難点は、身体強化系は非常に集中力を使うから、凄まじく疲れるし腹が減るんだ。
まぁ、十分な量の鶏肉が手に入ったから、差し引きゼロだな。