射程距離
「ふざけるな!ここは王国領だ!」
オレは芝居がかった声で威圧した。
「キサマ!誰に頼まれた?返答によっては、王国騎士の権限で逮捕する!」
そう言って調査団の通行書を見せる。文字が読めないことは看板で分かったので、バレはしないだろう。それっぽい書面と、王国の紋章があれば十分だと踏んだ。
「キシ?!」
ヤツがたじろいだ隙を逃さずオレは小剣を抜いて眼前に突きつけた。王国騎士がこんな安物を持つはずもないのだが、それを疑う素振りも無く、明らかにゴブリンは動揺した素振りを見せる。
「コクオウから頼まれた。ホントウダ」
ゴブリンは子供がつくような嘘でごまかす。
ただ、それを論破しても意味が無い。そもそも論理を理解するほどの頭も無いのだ。だから、コイツが騎士と王国、国王という概念を理解し、それにビビッていることだけが分かれば十分だった。
しかし、ゴブリンにまで知れ渡っているとは、王国騎士のクズっぷりも、たいしたもんだとオレは苦笑いしたよ。
アイツラは、首都を離れたら野盗となんら変わりなかった。いや、権力を笠に着る分、野盗よりもタチが悪いな。今も似たようなもんだろ?
ともかくオレは、そんなクズを演じることで、この場を凌ごうとした。
「ならば、騎士であるオレが通行料を払う必要は無いな」
オレは剣を突きつけたまま言う。少しでも不穏な動きをしたら、本当に斬ってしまおうと思っていたので、ヤツも本当に気圧されて震えている。
「モチロンダ。通ってヨ~シ」
ゴブリンでも緊張すれば声が震えることをその時オレは、初めて知った。
「よし、お勤めご苦労さん」
そう言いながらもオレは剣を仕舞わず、警戒は解かなかった。ただ、軽く笑顔だけ見せてやるとゴブリンは安心したのか、見様見真似の下手糞な王国式の敬礼をして見送った。
オレはなるべく背中を見せないように槍のゴブリンから距離を取り、そして関所を後にする。
そして、気取られないように、少しずつ早歩きをした。
通り過ぎ様、揺り椅子のゴブリンが薄目を開けているのが見えたからだ。
ヤツは起きている!
オレは早歩きしつつも足音を抑え、かつ体の上下動を最小限にして荷物の物音を抑えた。
そうすることで聞き耳に集中をする。
やはり、オレが関所を離れてから何やらヒソヒソと会話が聞こえた。
今、ヤツラからは5mといった所か。
まだ弓なら射程距離だ。
オレは剣を鞘に仕舞い、歩くリズムを変えずに歩幅だけ広げた。遠目には歩みを早めたことをバレないようにする為だ。
早く弓の射程外まで離れたい所だが、走ってしまえば、そこでヤツらは騙されたと気づき襲ってくるだろう。その判断を少しでも遅らせたい。
距離10m。ヤツらはもう声を潜めることをしなくなった。何やら煽るような声。おそらく揺り椅子のゴブリンだ。更にはガラクタを漁るような音がする。
オレはそこで走った。
今は距離にして15m。矢をつがえて構えるまでに2秒程度と換算すると、それまでに20m以上は離れたい。
後ろで、けたたましいゴブリンの声がする。
オレは振り返らずに走った。
足の速さでは追い付かれることは無い。怖いのは弓だけだ。
道を外れることも考えたが、この辺りは荒涼としており、見通しが良い。
足場が悪くなるリスクの方が大きいと判断し、構わず走り抜けた方が良いと判断した。咄嗟の時は下手な小細工よりも、体力の方が信頼出来る。
何度か後方でパスパスという音がする。おそらく弓だろう。
オレは振り返らずに更に走る。
頭の中で(一歩進む度に生存率が1%上がる)と適当なルールを定め、歩数を数える以外は無心で走った。
数える歩数が50を越える頃、弓の音は聞こえなくなっていた。目算でヤツらの弓が怖いのは20~30m、最大射程は100m程度とアタリをつけていたのだが、だいたい合っていたようだ。
もう声も聞こえなくなったが、念のためオレは更に数100mは走ったところで一旦振り返る。
ヤツらはもう追って来る気配も無かった。




