キシ虫と巫女
一度目が慣れると、それは至る所にいるのが分かる。
牛ほどの大きさの幼虫状の生き物。
看板の落書きは『ウジ虫』とあったが、おそらく蛆、つまり蠅の幼虫ではない。大枠は幼虫の姿だが、顎は雀蜂の成虫のような頑丈で凶悪そうな形をしており、また、昆虫の成虫のような前脚が6本生えている。こんな姿の幼虫なら、おそらく甲虫の類だろう。
オレはこいつ等(仮にキシ虫と呼ぶことにする)が羽化して、巨大クワガタにでもなる絵を想像して身震いした。
オレは数歩後ずさって柵から距離を取る。
しかし、近くの一匹と目が合った(気がした)。
そのキシ虫は、もぞもぞとオレの元に向かってくる。一応、柵はあるのでやはり距離を取りながら様子を見た。
走って逃げたいところだが、初見の生物だ。変に刺激をしても良くない。
そのキシ虫は、柵を目前にして一旦止まった。そして口の周りに生えた毛をヒクヒクとさせる。
どう見てもオレを餌と認識しているようにしか見えない。
そして、有刺鉄線が張り巡らされた柵には近づかず、顎と前脚で地面を掘り始めた。
オレは足元に転がっていた石を投げつける。しかし、予想以上に外皮は厚いらしく、気にも止める様子がが無い。
ならばと、柵からはみ出していた細長い廃材を一本引き抜き、槍の要領で突き刺そうとする。
あまり興奮されても面倒だ。一撃で仕留めたい。
そう思い近づいて狙いを付けていると、キシ虫は予想外の行動に出る。
瞬時に体を起こすと、2本の前脚で槍にした木材を絡め取られてしまった。ちょうど獲物を捕らえる蟷螂のような動きと素早さだ。
そして、奪った木材を柵の中に引きこむと、強靭な顎でバリバリと噛み砕く。
こうなったら仕方ない。
オレは手に入れた昏睡剣を構えた。
「殺さないで!」
その瞬間に背後から声がした。
振り向くと白装束の少女がいる。声の聞き覚えから巫女であることは間違いないだろう。
「ならばコイツを追い払ってくれ」
オレは言う。
「もちろん」
そう言うと少女は手に持ったバスケットから、トングのような物で丸い物体を取り出して、柵の中に投げ入れた。
投げ入れた後でも、魚の腐敗集のような強烈な残り香がする物体だった。
それにつられるようにキシ虫はUターンし、ゴミの山に向かって行く。
その様子を見届けてから少女は言った。
「ようこそ!」
大人の社交辞令にはない屈託の無い笑顔だった。
「アンタが巫女か?」
オレは聞いた。
「そう。でも名前があるから、パルと呼んで。貴方はなんて読んだらいい?」
「そうだな」
オレは少し考え、手持ちの剣をチラリと見て言った。
「スタナーとでも呼んでくれ」
「分かった。本名は秘密なの?」
明らかに偽名であることを察したパルが聞く。だが責める様子では無く、純粋な興味のようだった。
「名前は色々あってな」
「カッコイイ!」
「いや、元々孤児なんだ。行く先々で仮の名前を付けられた」
「あっ、ごめんなさい。。。」
パルは俯く。
「気にするな。一応、最後に世話になった師匠から貰った名前を、本名ということにはしてるんだがな。あまり口外はするなというのが流派の決まりなんだ」
本気で気にしている様子のパルを見て、フォローのつもりで、つい余計なことを口走ってしまった。
だが、おかげでパルは笑顔を取り戻した。
「じゃあ、あらためてスタナー!よろしく」
そしてパルは右手を差し出す。
「ああ。パル。さっそくだがオレに話というのを聞かせて欲しい」
オレは少し躊躇しつつも、それを気取られないように手を握り返した。
後でコッソリ確認したが、幸いキシ虫の餌の臭いはついていないようだった。




