万能呪文
ゴブリンが、後ろから不意打ちして来ない距離まで離れたことを確認して、オレは洞穴の奥の方に進んで行った。
しばらく進むと逆Y字路になる。構わずオレは前進した。
次は左側に脇道が現れた。そこには入らずに直進。
今度は右側に脇道だ。そこは直進せずに脇道に入った。
なんで、覚えてるかって?
地図を描いていたからというのもあるが、法則性を持って進んでいたからだよ。法則と言ってもたいしたことじゃない。オレは右手伝いに進んでいった。
こういう迷路のような構造に入ると、少し慣れたヤツなら右手か左手のどちらかを壁につけて進む。そうすれば迷いはしないからな。
そして、オレたちのような人間は左手伝いで行くやつの方が多い。何故なら左手で盾を持ち、右手で武器を持ってることが多いからだ。曲がり角で敵に遭遇した場合、左手伝いの方が身を守りやすいんだ。
だから、この道が要塞に通じるなら、その逆でデザインするだろうとアタリをつけた。この分かれ道は、明らかに侵入者を足止めするものに見えたからな。
正解ルートは右が多いはず。そして、罠を仕掛けるなら左に周りに多く仕掛けるだろうと。
もちろん、中にはオレのようなヒネクレ者もいるが、こういう仕掛けは100人中100人に掛ける必要はない。少しでも可能性が多い方を選ぶもんだ。
その判断は合っていたようで、しばらくすると一際広く明るい道にでた。
天井の高さは同じぐらいだが、横幅が倍ぐらいある。そして、掘りっぱなしではなく所々に木の柱と梁で補強され、梁にはガラス玉のようなものが埋め込まれていた。
そのガラス玉が発光しているのだ。ランプのように炎があるようには見えないので、おそらく魔法道具の類だろう。
その大通りは見通しが良い直線で、しばらく行くと十字路になっているのが見えた。
そして、その辺りからちらほらと人影のようなものが見える。
オレはそのまま大通りを進んだ。
しばらく歩くと、遠くから二人組の男が歩いてくるのが見える。
歩みのリズムを変えないように注意しつつ、オレはそいつらを観察した。二人とも弓を持っており、背中にカゴのようなものを背負っている。おそらく狩りに行くのだろう。
二人は談笑しながら歩いている様子だ。
一人がチラっとオレを見て、また前を向いた。もう一人もオレに気付いたようだ。
表情から会話が談笑では無くなったのが見て取れる。
おれはヤツラを見ず、かつ、過度に目を逸らしたり下を向いたりせずに歩いた。
距離が5m程度まで近づいた頃、二人から会話が消えた。その内の一人は腰の短剣に軽く触れたのをオレは見逃さなかった。
最悪の状態を想定しつつも、まずは”万能呪文”でその場を乗り切ろうと考えた。
距離1m。
オレは歩きながら半身になる。二人のオレに近い方も半身になった。
そして、すれ違いざまにオレは呪文を唱える。
「オァァザッス」
すると、二人も呪文を発する。
「ゥーース」
「アーザス」
オレ達はすれ違い、互いに緊張感を持った数歩を歩んだ。
十分距離を置いてから薄っすらと二人の会話が聞こえる。
「知り合いか?」
「いや、お前の知り合いかと思った」
「知らんよ。新入りかな?」
そんな会話を二人はしているようだ。
とりあえず、この成功は大きい。
もう分かると思うが、オレの経験上、万能呪文というのは挨拶だ。
それも『お疲れ様です』とも『こんにちわっす』とも『(脇を通してくれて)ありがとございます』ともとれるような曖昧な発音でする挨拶。カッチリした挨拶は相手もしっかり返さなければいけないので、余計なコミニュケーションが発生する場合がある。
そんなことはしたくない。ただ、敵じゃないぞとアピールさえ出来ればいいから、適当で関心無さそうな方が良いんだ。
そして、この二人から貴重な情報を得た。
それは『新入り』と言う言葉。ここには少なからず新入りが入って来る。
流れ者なのか、噂を聞いたジャウード教徒なのか、傭兵の類なのかわ分からないが『新入り』という存在はいる。
ならば、新入りの体で堂々と探索してしまおうとオレは決めた。