泥★
オレはバックパックから昨日焼いた肉を取り出し、2,3口齧って残りを捨てた。
勿体ないが臭いの強いものはご法度だ。
そして、川の水と足元の土を混ぜて泥を作り、全身に塗りたくる。顔はもちろんのこと、煙の臭いが付きやすい髪は特に念入りに。
こうして皮膚と臭いを隠してしまうんだ。
泥人間となったオレは、物陰に沿ってゆっくりと歩いた。
少し歩いては手ごろな木や岩に寄り添って周りの様子を見る。そして少し方向を変えてまた進む。定期的に気配と進路を消していくイメージだな。
しばらく歩くと蟻の一団が列をなしているのが見えた。形は蟻だが、大きさは中型犬ほどで頭の高さはオレの膝ほどある。そして尻尾の先には毒針のようなものが見える。これが件の巨大蟻だろう。数匹なら対処できないことは無いが。群れをなされるとやっかいだ。
事実、その列の蟻達は各々何かを咥えていた。あまり見たくは無いが、人の手足のようだった。。。
オレはより一層気配を消し、その列から距離を置きつつ、上空の大鷲を目印に進んだ。
幸い蟻達はオレには気づいた様子は無かった。
その場所に近づくにつれ、争う物音が聞こえてきた。
一つは鷲の鳴き声、一つは「ギギギギギ」という声。あの蟻は鳴くようだ。
オレはそれ以上近づくのは危険と判断し、呼吸を整え、目に神経を集中した。
遠視の魔法さ。前に少し書いたと思うが、身体強化系は少し心得があるんだ。この魔法を使うと焦点が遠くになるので、逆に近間が見えなくなる。だから、よほど安全じゃないと使えないんだが、泥人間の効果を信じて使うことにした。
見えてきた光景は、凄惨を極めていた。
騎士だった者達の体を、巨大蟻と大鷲が取り合っている。
蟻が死体を引きずろうとすると鷲が降下してそれを邪魔する。そして、鷲が死体を啄むと蟻が鷲に襲い掛かる。鷲は深入りせず危険と見たらすぐに飛び立つが、時折落下して蟻に運ばれる鷲もいた。おそらく揉み合った際に毒針を打ち込まれたのだろう。
鷲は鷲で、アリの頭部の弱点を嘴でついて、エサにしてしまう者もいた。
そんな攻防が理解できてくると、嫌な物が見えてしまった。死体に見えた騎士たちの中には、かすかに動いている者がいるのだ。
おそらく蟻は、騎士たちを襲う際に、まず毒で無力化を狙ったのだろう。十分弱らせてから巣に運ぶ作戦だったようだ。
しかし、毒が効いて動かず、かつ新鮮な騎士達の肉は、大鷲にとってもエサの山だ。
そして、蟻も鷲も互いが互いのエサになりうる。かくしてこの修羅場が出来上がったワケだ。
騎士達は、何かの作業をしていたらしく、鎧を脱いでいる者も少なからずおり、そのことが更に良質なエサを提供することになってしまったようだ。
すっかり荒れ果てて見る影も無いが、木材が多くあり何かを建造していたように見える。こんな所に騎士が建造するのだから、砦か何かだろう。
それを見てオレは少し嫌な気分になった。
砦を造ると言うことは、もう戦争する気だ。王国は魔法使いと地下砦の存在を、ハッキリと把握していると考えて良い。
何が噂だ。。。何が財宝だ。。。
戦争の準備をする一方で、オレ達を捨て駒にして情報を集める気だったんだろう。あの"道"を造ったヤツのような未知の脅威があるからな。
やるせない気持ちでオレは遠視の術を解いた。
次第に視界が戻っていく。
そして、目の前に一匹の蟻が、オレに向かって触角をヒクヒクさせているのが見えた!