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女神の加護は「きのこ」です――が、もっと大事なものがあるのでは?

作者: ヲンダ

 王立学院の卒業パーティーは問題なく進んでいた。

 パーティーが無事に終わりそうだと卒業パーティー実行委員の面々は思っていた。   

 今年は他国から王子や高位貴族の子弟が留学生としているのだから、失敗は許されないと。

 そんな矢先にそれは唐突に起こった。


「リリアーナ、ここまで来い」


 卒業生である第五王子アルバートが婚約者である伯爵令嬢を呼びつけたのだ。王子の隣には男爵令嬢ジュリーガがいる。もちろんパーティーにそんな余興はない。

 話をしていた友人と離れリリアーナは王子の前に来た。実行委員の顔色がとても悪くなっていた。


「俺はリリアーナとの婚約を破棄し、ジュリーガと婚約をやり直す。きのこの加護になど頼らん!」


 会場にいた卒業生たちは『ああ、やっぱりやったか』というような表情をしている者が多かった。

 というのも今から一年半前に隣国で人気だった劇がこの国でも上演された。

 その劇は、公爵令嬢と婚約していた王太子が通っていた学園で男爵令嬢と出会い真実の愛に目覚めるという話だった。公爵令嬢は婚約者に近づく男爵令嬢をいじめておりそのことを咎められ、婚約は破棄され公爵令嬢は国外追放、王太子と男爵令嬢は結ばれる。


 劇はこの国でも話題となり、とても人気があった。

 当時、劇を観たり聞いたりした王立学院の学生たちはとても嫌な予感がしていた。自分たちの通う学院に第五王子がいて、彼は婚約者がいるのに男爵令嬢ととても親密な仲になっていたからだ。頭の出来があまりよろしくない彼なら劇の真似をやりかねないとみんな思っていた。

 しかしそう思っていたのは生徒だけではなく、学院長も心配し宰相に相談したと噂されていた。そして国王や王妃からアルバートは厳重な注意を受けたとの噂も流れてきた。


「やっぱりやったよ」

「 結局、注意したって噂は噂だったんだな」

「陛下が本当に注意していても、分かっていなかったんじゃないのかな」

「まあ、あの人だからね。一年以上前の注意など覚えていないのかも」


 そんなざわめきの中、リリアーナの声が響く。


「殿下、よろしいですか」

「あーなんだ。婚約破棄は撤回しないぞ。破棄は決定事項だ」

「婚約破棄は私としても嬉し……、あ、いいえ、私と殿下の婚約は陛下がお決めになったことです。王命としての婚約なので陛下からのお言葉でなければ認められないと思います。正式な書面を頂かなければ私も困ります」


 つい本音が出てしまったリリアーナであった。

 彼女が冷静に対応できているのは前世の記憶があるからだ。前世の記憶と言っても具体的なことは覚えていない。ただ、リリアーナとして生まれる前にも別の人間として生きていたということを思い出しただけ。そのせいか年の割には図太……落ち着いていると言われてきた。


「書面か。ああ分かった。城に帰ってすぐ父上に頼もう。父上も俺が宣言した以上認めてくれるはずだ。父上も母上も俺を大事にしてくれているからな。俺はお二人にずっと手元に置いておきたいほど愛されているのだから」

「ですから、その陛下が婚約をお決めになったのですよ。お分かりになっていますか。突然婚約が決まった時、殿下は猛反対しておられましたが王命として決められました。お忘れですか」

「父上なら分かってくださるはずだ。きのこの加護だと。はっ、きのこの加護。よりによってきのこ! なぜうまくもないモソモソした食べ物に。あんなものは必要ない。薄ら寒い伯爵家の領地から王都へのきのこの取引を禁止する。きのこの加護などというあやふやなものではなく、真実の愛の方が尊いと分かってくださる」


 加護も愛もあやふやなのには変わりないと周りはみんな思っていたし、取引の有無を決めるのは王子ではないとも思っていた。ただ、きのこの加護はあると信じられていた。伯爵領のきのこにお世話になった者は多い。結果が出ていれば信じる人も多い。


 二人の婚約は国王の一存で決まった。

 リリアーナの生まれた伯爵家は女神から加護を受けていたからだ。

 それがきのこの加護だ。パッとしない加護だが、この国で女神の加護を受けている家は王家の他は三つしかない。その中でも一番強い加護がきのこの加護なのだ。王家の安寧の加護より強い。

 伯爵領はきのこの名産地であった。味がいいということで国内国外問わず大変な人気があった。おいしいだけではなく、体調がよくなる、運気が上がるなどともいわれている。きのこの取引のおかげで伯爵領は潤っていた。


 昔は伯爵家に代々伝わる女神の加護の恩恵を自分たちの家に取り入れようと、他家から嫁や婿に欲しいと声が多く掛かっていた。が、結婚した先の貴族の家に加護は現れなかったし、特にいい結果が出たということもなかった。そのことから加護は伯爵家のみに伝わるということで落ち着いた。

 国王もそう思っていたがアルバートの入学前に、アルバートと伯爵家の娘が結ばれれば加護の強さが二人の子どもに伝わるという女神の夢を見た。それを女神のお告げかもしれないと考えた国王により急遽二人の婚約が決まった。

 夢は国王としてではなく、アルバートの行く末を心配した父親の情が見せたものだと噂され、リリアーナは同情された。

 学院が休みの日には王都に屋敷がある令嬢にお茶会や食事会に招待されたりもした。

 リリアーナの姉にも妹にも婚約者はいなかったが同じ年だというだけで彼女が婚約者となった。リリアーナは真偽のはっきりしないお告げのとばっちりを受けたのだ。


 第五王子の婚約破棄を聞いていた卒業生たちは冷静に現状を考えていた。

「婚約? 男爵令嬢と?」

「無理だろ。加護目当てなのに」

「でも、こんなことしたら相手いなくなるから、結婚できるんじゃないか」

「結婚は認められても第五王子という身分がそのまま認められるとは限らないのでは」


 他人の方がよく分っている。


 アルバートは本来ならどこかの貴族の婿として貴族という身分で生きていくはずだった。彼が生まれたときは、彼の両親である国王と王妃はそう考えていた。しかし、そううまくはいかなかった。というのもアルバードの頭のレベルは高くなかったからだ。公爵となって領地を管理できるような能力はない。領主代理の役人に領地を任せるという案もあったが、アルバートには行動力はあった。代理に任せておけば問題なく管理できるであろうが、アルバートは自分で仕事をするだろう。そうなったらうまくいくものもうまくいかなくなる。その可能性が大きい。

 だがそれ以前の話として、第五王子に与えるような公爵位もない。


 現在、王太子には息子が二人いるので第二第三第四王子は王籍から抜けて一臣下として生きている。

 第二王子は幼い頃から剣の才能があった。鍛錬して国一番と言われた剣士に認められ、王太子に二人目の息子が生まれてすぐに剣士の娘婿となった。

 双子の第三第四王子は魔力量が多かった。

 第三王子は魔法が得意だった。王立学院に入学せずに王籍を抜け、大魔法使いの弟子となった。今は古代魔法の研究をしている。彼のおかげで研究が進んだと他の魔法使いから感謝されている。

 第四王子は魔法ではなく魔道具に興味を持った。馬車の揺れを軽減する魔道具、焦げ付かない鍋、肉をいい感じに焼く鉄板などの多くの国民が知っている魔道具から、屋外に展示してある彫刻を風雨から守る魔道具など一部の関係者しか知らない魔道具まで様々なものを作った。

 アルバートも卒業とともに王籍を抜けるはずだったが、一人でもやっていける能力はなかったし、彼を婿に迎えようという貴族家もなかった。


 アルバートがリリアーナと婚約するまで婚約者がいなかったのは、幼少の頃アルバートが起こしたあることのせいだ。

 アルバートは隣国から送られた友好の証の白バラを全滅させそうになった。


「赤いバラの方が華やかできれいだ。なぜここに赤バラを植えないのか」

「殿下は赤バラがお好きなのですか。赤バラもきれいですが、この白バラは隣国から贈られたものでとても特別なバラなのです。ですから庭園で一番いい場所に植えてあるのです。赤バラは別の場所にありますので」

「ではこの白を赤くすればいい」

「……。白いバラと赤いバラは種類が違いますので、色を変えることはできないのです、殿下」

「そんなことはない。前に部屋の飾られていた白い花を家庭教師が赤くしていた」

「それはですね殿下、そのときの白い花は切り花で――」


 役人が丁寧に説明したのに、アルバートは納得しなかった。どこからか手に入れた赤ワインを白バラにかけて全滅させそうになった。国交にひびが入るかもしれない大ごとになるところだった。

 またある時は城の応接室に飾られていた高価な大皿を割ってしまったことがあった。専門家に依頼すれば修復できるはずだったが、アルバートは小耳にはさんだ金継ぎという他国の方法を実践しようとして寸前で止められた。自室にあった金製の置物を使おうとしたのだ。もし実行されていたらその大皿は二度と人目に触れることはなかったであろうし、高名な芸術家の作った金の置物も存在していなかったであろう。


 そんなことが積み重なりアルバートを婿にしたいという家はなく婚約者がいなかった。

 いくら王族と縁続きになれても家がなくなれば元も子もない。

 国王も王妃も家を潰すような結果を出しかねないアルバートを婿にしてほしいとは言えなかった。

 しかし国王は加護が王族に入るという夢を見てしまった。それで第五王子アルバートは王族として残れるようになったのだ。

 王子でいられるのは加護持ちの伯爵家の娘との結婚が条件なのだが、アルバートはきれいさっぱり忘れているようだった。が、リリアーナはそのことは言わない。

 婚約当初から「きのこの伯爵家」と自分を嫌い、婚約者らしいことを何もしなかった男と結婚するなんて無理だった。結婚が嫌なのはお互い様なのに自分だけ被害者ぶっている男と人生を共にすることなどできない。

 卒業パーティーという特別な場所で婚約破棄を言い出されたのは、他の卒業生に申し訳なく思うが、婚約がなくなるのは望んでいたことだった。


「陛下からの書面をお待ちします。では失礼します」


 リリアーナはそう言うとパーティー会場を出て行った。

 家に帰るとすぐにリリアーナはパーティーであったことを父親に報告する。


「殿下はお若いから香辛料たっぷりの肉料理の方がお好きなのでしょう。陛下や当主の年齢だときのこは大人気なんですけどね。年齢問わず女性には人気ありますし」

「何のんきなことをおっしゃってるんですか。殿下の好き嫌いなど、どうでもいいのですよ。婚約破棄や取引停止など殿下にはできないと思いますけど、王族の発言です。軽くはないのですよ。お父様、婚約破棄はいいですけど王都と取引できなくなったらどうするおつもりですか」

「国内で売れなくなっても、国外で売るからきのこの取引で困ることにはならないよ。他国から取引量を増やせないかという問い合わせも多いからね。それを今は断ってる状態だし。ただ一度取引量を変えると元に戻すのがねえ……。でもまあ、今ここで話しても仕方ない。正式な通知が来るまでは決められないからね」


 数日後、陛下から正式な通知が来た。婚約は破棄ではなく解消。理由はアルバート殿下の病のため。数日前には元気に婚約破棄してたのにすごい強引な理由、と伯爵家の人々は思ったが黙っている。婚約解消、大歓迎! な伯爵家であった。

 急な婚約解消ということで慰謝料ももらった。卒業パーティーには隣国の王族がいたのでそのまま婚約を継続ということにはいかなかったようだ。なかったことにはできない、これが王子の言葉の重み。できがアレでも王子は王子。


 きのこの取引はめんどくさいことになっていた。

 今までは王都にあるいくつかの商会と取引をしていたが、その商会の支店を王都の外に作り支店と取引することとなった。伯爵領と王都の取引ではないという形を取った。支店から王都へきのこがいくので直接の取引がないだけで、伯爵領から出るきのこと王都に入るきのこの量は今までと変わらない。


 婚約がなくなりやることがなくなったリリアーナは兄にくっついて、きのこの勉強をしていた。伯爵家は長男である兄が後を継ぐことになっている。姉とリリアーナと妹は家に迷惑をかけないなら好きにしていいと言われている。

 結婚相手も自分で選べる。家のための政略結婚は必要ないからだ。領の利益目当ての結婚をゴリ押しする貴族はいない。加護のある家の不興を買って女神の機嫌を損ねたら困ると考えられたからだ。

 姉は学院で仲良くなった侯爵家の次男と結婚した。彼は兄夫婦を補佐することになっていたので、彼女もその手伝いをしている。

 リリアーナも同じように学院で相手を見つけるつもりであった。学院の生徒で見つからなくても、友人の兄弟やその友達など人間関係を広げていけば相手が見つかると考えていた。しかし入学前にアルバートと婚約をしたので人間関係は一切広がらなかった。

 両親が相手を探そうとするが、少しのんびりしたいと断っていた。


 兄についてあるきのこ農園に行くと見知った男性がいた。隣の子爵領の嫡男であり兄の同級生だった。


「ジョージリ様、お久しぶりです」

「やあ、久しぶりだね。リリアーナ。えっと、この度は……」

「そんな気を使わないでください。ところで、ここで何をしているのですか」


 子爵領は他の多くの領と同じように小麦を育てている。


「リリアーナも知っていると思うけど、うちの領は小麦とは別に他領とは違う特産物を作ろうといろいろと育てているんだ。元々は父さんが考え育てていたのを手伝っていただけだが、今は僕が引き継いだんだ。いくつかの作物を育てているんだけど、なかなかうまくいかなくてね。それで今回は肥料を変えようと思ってこちらに相談に来たんだ」

「肥料を変える?」

「そうなんだ。廃棄するきのこを粉末にして肥料に混ぜれば、もしかしたら加護の影響でうまく育つかもしれないからね」

「加護の影響って。あまり期待しない方がいいと思いますよ」

「それはそうだけど。でも廃棄するきのこが使えれば他領とは違うウリができるからね」


 農園の人も頷いている。


「廃棄きのこを引き取ってもらえれば、こちらで処分する手間も省けますからね。お互いに助かるなんていいじゃありませんか」


 その後もジョージリと会っているうちにリリアーナは領をよくしようと真剣に取り組んでいる彼に好意を持つようになっていた。領のことを考え領民とともに農作業するジョージリには婚約者がいなかった。

 嫡男と結婚すればいずれは子爵夫人になれるのだが、先の見えない農作業をしたがる貴族の令嬢はいなかったし、自分の娘に農作業させたい親もいなかった。そもそも、子爵領に特徴がない。それでも娘を嫁にと言ってくる家は借金があるようなジョージリ側が断るような家だった。

 ジョージリもいずれ結婚するのなら、自分のアイデアを聞いて手伝ってくれるリリアーナのような女性を望むようになっていた。

 お互いに好意を持つが、『領をよくするために手伝ってくれているだけ』『子爵領をよくするため』と思って、思いが伝わるのに時間がかかった。

 

 そんな二人だったが、想いを通わせ三年後に結婚した。

 その後も売れる特産品を目指して試行錯誤していた。

 そして五年後ここよりずっと南の国の花を咲かせることに成功し、その珍しく美しい花は貴族の女性に人気が出た。

 風雨を防ぐ魔道具で農地を覆い、きのこ農場からもらった使用済みのほだ木を燃やして温度を上げたのだ。

 この魔道具は、リリアーナが学院にいたとき公爵令嬢に誘われたお茶会で見た。公爵邸の庭園にあったのだ。

 公爵はある彫刻家の後援をしており、庭園に飾った彫刻をその魔道具で守っていた。


「きのこが生えて養分がなくなったほだ木を使ったのがよかったのね」

「そうだね。きのこ農園は廃棄処分の手間も費用もかからないで済むし、うちは燃料をタダで手に入れることができる。リリアーナのおかげだ。僕は食物だけしか考えていなかった。花というアイデアを出してくれた君のおかげだよ」

「そんなことないわ。アイデアを出したのは私かもしれないけど、人気商品にしたのはみんなが頑張ったおかげよ」


 子爵領の花は話題となり王妃の装飾品にも使われることになった。

 それを知った国王は子爵領の資料を部下に集めさせた。資料を見た国王は怒りに震えていた。資料の数字だけ見ると、リリアーナを嫁にしてたった五年で子爵領の収入が上がっている。   

 資料にはジョージリの父親やジョージリの長年の苦労などは記されていない。

 リリアーナがアルバートと結婚していれば恩恵は王族がひいては国が受けられたのに。国王はそれを無駄にした息子に改めて怒りが湧いてきた。

 数日後、病気療養をしていたアルバートが亡くなったが、それは公表されず葬儀も行われなかった。彼は王族が葬られる墓地にも入れなかった。彼の遺体がどうなったのかは不明である。

 ちなみに彼に寄り添っていた令嬢の男爵家はいつのまにかなくなっていた。


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[一言] 蟄居からの毒杯も有りだけど 継承権剥奪からの男爵への婿入りも有りだったような気はする。当然断種して。 めちゃ自信家っぽい王子が、男爵という下位貴族として生きるのはなかなか厳しいのと、俺は元…
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