招かれざる客
連投3日目!土曜が朝から身内の結婚式+日曜は出社で忙しいので、今週の更新はここまでになりそうです。感想まじで嬉しかったです。ありがとうございます。
ランセ・アズール。なぜ彼は部屋にやってきた。外では何が起きていた!?
「わたくしぃ、このたび、国王陛下のご命令により、使者の任を仰せつかって参りました。ヨシモルト興業の外務を司る外務次官、マルク・レイヴァーロゥマンでございます。以後、お見知り置きを」
ウェーブがかった長い黒髪の銀縁眼鏡の大男が奴隷解放ギルドのコミュニティ入り口前に現れたのは、俺が目覚める20分ほど前のことだったという。
「オホホ。そう皆々様、顔を強張らせないでくださいよ。ヨシモルトの総本山、祖国メスガサキは笑顔の国と謳われているのはご存知でしょう。ささ、口角をあげて、スマイルスマイル」
慇懃な態度とは裏腹に、マルクと名乗る男は、終始上からの物言いだった。
「貴様、ここがどこかわかっちょるんか?」
二番隊隊長、ウルブス・ニグランは、殺気をダダ漏らしながら、ヨシモルトの外務次官を睨みつけた。
「愚問に御座います。博愛を謳う、夢の国ウライアス。そしてこの建物こそ、全国の奴隷を解放し、彼等の社会復帰をサポートする、あなた方、奴隷解放ギルドのコミュニティ、でございますねぇ。いやぁ、素晴らしいの一言ですなぁ~。大言壮語と笑われそうなお題目を、このような僻地で本気で取り組んでいらっしゃる皆さまに、僭越ながらわたくしより拍手を送らせていただきます。オホ」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。
心のこもっていない乾いた音は数秒後、すぅーっと止んだ。
「わかった上でご足労いただいたようで。で?ヨシモルトが俺等に何の用だべ?」
一番隊隊長、カイナス・レオネハートが、ギョロリとした目を細め、淡々と問いかける。
「オホ。ヨシモルトは元よりメスガサキ国の公共事業を司る営利団体。わたくしめも含め、国家の中枢を担う者はみな、商人でございます」
「何の用だって聞いてんだ」
「オホホ。ですから商人が口を開くときは、商売の話と相場は決まっている、そういうわけでございます」
男の語り口が癪に障ったのだろう。ロッソがなんやお前と口を挟んだ。
「まどろっこしいんじゃボケ!商売ってどういうことや!!!!!」
「オホホホホ。一つ取引を致しましょう。そちら様には、こちらが提示する期日までに、全国に点々とご展開されている奴隷解放ギルドすべてを閉鎖していただいた上、ギルド解体をご発表してもらい、その上でそちらが抱える全ての奴隷たちを、我がヨシモルト興業にご納品いただきたく」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そこに居合わせた人間は、発言者であるマルクを除いて全員、愕然とした。
何を言ってるんだこいつは。
そこにいる数百の奴隷とギルドメンバーたちは、各々烈火のごとく怒りの声をあげた。
その中で一人、七番隊副隊長のケイだけが深刻な表情のまま、冷静にヨシモルトの使者へ話しかける。
「万が一、万が一その条件を飲んだら、」
「何言ってるぜよケイ!?そんな話、飲むわけがなぁぜよ!」
「オホホ。強そうなお父様。熱くなってはいけません。商談は最後までお聞きなさらないと。お兄さん、いいご質問でございます。もしもこちらの条件を飲んでくだされば」
「……!!」
怒鳴り声をあげていた人々が、このキチガイ商人が何を口にするのかが気になり、その先を聞き逃すまいと口をつぐんだ。
「オホホ。そう、飲んでくださるのなら、あなた方の大切な同胞、シルバ・アージェント女史の身柄を返還し、あなた方をメスガサキの撃滅対象から外して差し上げます」
「シルバ!!!!!!!!!!!!」
その場の全員が声を上げた。
「シルバが生きとるがか!?」
ニグが前のめりに詰め寄る。
「オホホ。いいご質問でございます。勿論、最低限、生きては、おりますよ?」
「最低限とは何だ?」
ブランが首をかしげる。
「そうですねぇ、心臓は動いている、とだけ言っておきましょう。いかんせん、どんなに拷問を加えても、または咥えさせても、何一つ満足のいく情報は得られず、また、ナニ一つ満足させることのできない生娘だったのでね。少々、いや、かなり手荒らな真似はさせていただきました。いえ、現在進行形で、させていただいております」
「てめええ!!!!!!!!!!」
下衆なヨシモルト使者へ襲い掛かろうとするニグ。それを背に負う大剣を、早業で抜いたカイナスが制する。
「待つべニグ。交渉は終わってねえ」
「冗談じゃないき!!!!わしらのシルバを!!!!!!!!!!!!」
「落ち着け」
「どういて落ち着くことが出来るんじゃ!?どういてぜよ!?」
「だってよ、ここでこいつ殺っちまったら、ヨシモルトとの全面戦争は避けられなくなんべ?それに、シルバがまだ生きてるんだったら、お前の行動で、シルバが死ぬんだ」
「……それは」
納得いかない様子で両拳を固く結ぶニグランをにんまりと見やるマルク・レイヴァーロゥマン。
「オホホホホ。そこのお偉いさんの言う通りでございます。貴方さまが、ギルドのトップで御座いますか?」
交渉すべき相手を見定めたマルクが、カイナスに対象を絞って話しかける。
「ギルドマスターはいま不在だ。俺は一番隊隊長のカイナスだべ」
「カイナス?もしや、マップレイプ様?」
「あ?わりぃが人違いだ。俺はカイナス・レオネハート様だべ?」
「オホホホホ。わたくしとしたことが。失礼いたしました。ではレオネハート様、ギルドマスターがお戻りになりましたら、お手数ではございますが、色よい返事を口にできる使者だけを、メスガサキへ寄越してくださいませ」
「ん?いいのか?返事はあとで?」
「ええ。国王陛下のご指示でございます。急かす必要はない。ただ、急がなければ人質が先に死ぬぞ、とも仰っておりました。オホホホホ」
「はっ、おめえら馬鹿だろ?殺したら人質じゃなくなるぞ?」
ロッソ同様、癪に障ったランセが口を挟んだ。すると、一瞬むっとした表情を浮かべたマルクは、一度深呼吸し、オホホ、と笑った。
「もちろんシルバ女史一人の命で、ギルド解体、ならびに数百の奴隷を一発で手に入れられるのがベストです。しかし、そんなことをしなくても、あなた方を解体させることや、あなた方の抱える奴隷どもを手に入れるのは、我々ヨシモルト興業、事務所総出でかかれば、そう難しいことではございません」
――まあ、早期取引が成立するのに越したことはないので、二つほどお土産をお持ちしました。
そうそのクソ野郎は言ったという。
「シルバの髪を奴は持ってきた。乱暴されて引きちぎられ、頭皮がこびりついた、血まみれの髪の毛をな」
「ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
俺はいてもたってもいられず、部屋を飛び出そうと扉に突進した。しかし、立ちふさがるランセが、水魔法で俺のことを拘束した。
「それを見て、部屋の外では阿鼻叫喚。みんながみんな泣き叫んだ。それと同時におめえさんの気が動くのを感じて、急いでここにやってきたってわけだ」
「放せ!!!!!!!放せよランセ!!!!!!そいつをぶち殺すんだ!!!!!!メスガサキを!!!!!!ふざけんなよランセ!!!!放せ!!!!!放せよ!!!!!!」
「駄目だ。いま行ったら、お前はトラウマをかかえることになる。あのクズが持ってきたのは髪だけじゃない。奴はポケットからまん丸い小さな玉を二つ取り出したんだ」
「……なんだよそれ」
「シルバの目玉だ」
ランセは、肉体の内側でうごめく激情を押し殺し、神経を張り詰めたまま、目の前で起きた事実を冷静に口にした。
「あいつの目はえぐり取られたんだ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺はこの異世界に来て初めて、心の底から死んでしまいたいと思った。
シルバは死んではいなかった。それを喜ぶことすら今のジュンには叶わなかった。
愛した人は、髪も目も奪われて。次回、ジュンがする決意とは。次に彼が向かうべき場所とは。
いつになるかわかりませんが、次回もご期待くださいませ!




