汚い穴
マリヤとアンジェロは重なっていた。
予定通りだ。
シルバには黙っていたが、マリヤとアンジェロの不貞の証拠を掴むのは、俺たちの計画の一環だった。
だが。
「ああああ……」
はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。
いざ見ると、心が張り裂けそうだ。何も知らずに見ていたら、本当に死んでいたかもしれない。
もちろん、すでに前の世界で経験した痛みだ。
だけど、決して慣れることはない、最も残酷な痛みの一つだった。
また裏切られた。
いや違う。現在進行形で、俺は裏切られ続けている。俺を裏切り続けている。
「……シルバ。予定が早まった。急いでランセを呼んできてくれ。想定より早く、メインディッシュが来た」
「……?ああ、わかった」
レンファウの姿をしたシルバは、東棟へ向かう。
ここは城内の中央に位置して、ランセとロッソは、執事ら使用人が生活する東棟に潜入していたのだ。俺とブランは、二人で書斎で繰り広げられる情事を黙って見守ることになった。
「大丈夫か、ジュン」
表情には出さないが、ブランが俺を気にかける。
「ありがとう。わかってたことだ、問題ない」
俺は視線を書斎に向けたまま答えた。
「そうは見えない。ランセが来るまで、部屋に戻ろう」
「大丈夫だって」
カッカッカッカッカッ。
「!?」
「誰か来る!」
「お前ら」
曲がり角から現れたのは、グチモームス城内の兵士二人組だった。
まずい!!
完全に見つかった。逃げようもなく、緊張が走る。戦っても勝てるかわからない。こんな状況、言い訳のしようもない。なにより、ここで騒がれたら、マリヤとアンジェロにも気づかれ、俺たちは拘束されるだろう。
計画が!!!!
「レンファウ議員の側近だな、へへへ、いいもん見つけちゃったなぁ?」
「……え?」
「うちの姫様と執事は、毎日この時間ここでお楽しみでな」
「俺たち二人は、毎日ここを巡回してこっそり覗いてんのよ(笑)」
ゲスい顔をした兵士の一人は、にやつきながら俺の肩を叩いた。
「毎日、ですか?」
俺は、冷や汗をかきながら、体温がどんどん下がっていくのを感じた。ドン引き以上のドン引きだ。
「ああ、ジュン王子と婚約しているくせに、とんだ淫乱令嬢だよなあ(笑)」
「ほんとそれ(笑) あ、お前らな、見るのは自由だけど、間違ってもこのことは漏らすなよ。キャンデーラと最悪戦争になる」
「その前にあの執事に消されるわ(笑)」
「間違いねえ(笑)あいつ、あんな爽やかな顔して、鬼畜な奴隷商だからな。一生奴隷になりたくなけりゃ、見るだけ見て、とっとと部屋に戻んな」
下卑た笑い声で、俺の脇から部屋を覗き込む二人の兵士。
「おほ~相変わらずエロいな姫様、小さい身体なのに」
「アンジェロのデカチン、キツキツじゃねえか(笑)」
今日もこれでいいや。そう下品なコメントを残して、二人は去っていく。
はぁ。
最低な気分だ。自分の目を、いますぐに潰してしまいたい。
アンジェロの乳首をいやらしい手つきでいじるマリヤ。お返しに、マリヤの小ぶりな乳を吸うアンジェロ。
行為に夢中になって、俺たちに気づく様子は全くない。舌と舌を絡ませ、上も下も、隙間なく繋がっている。
吐き気がする。
数分後、腰の動きが激しくなり、ついにアンジェロが果てた。イチャイチャしながら服を着て、時折口づけを交わしている。
まじ死ねよ。
「アンジェロ様ー!アンジェロ様はいらっしゃいませんか!?」
!?
大きい声で、アンジェロを呼ぶ声が、廊下の遠くから聞こえる。
さっきより速く反応できた俺とブランは、すぐさま、声のした反対側へ走り、物陰に隠れた。
アンジェロも気づいたのだろう。間もなく書斎からゆっくりと姿を現した。遠目で見ても、服はややよれている。大声の主である使用人らしき男が、アンジェロに耳打ちする。
「レンファウ議員が東棟に?」
「はい。あそこにはアレがありますので、一応ご報告を」
「わかった。すぐ行く」
呼びに来た使用人と共に、アンジェロが速足で廊下の角を曲がった。
「おい」
「うわ!」
後ろから不意に声をかけられ、咄嗟に声が漏れてしまった。振り返るとランセが。
「遅いよランセ。ロッソとシルバは?」
「引き続き東棟を探らせてる。つうか、もうアンジェロとマリヤがヤってるって本当かよ?」
「ああ」
「じゃあやろうぜ」
「いや、それが、もう終わっちゃって。アンジェロは東棟に向かったんだ」
「はあ!?」
ランセが、非難するような目で俺とブランを見る。
「どうすんだよ!?夜にやつらがおっぱじめるまで待つ気か!?」
「それしかないだろう」
ブランが言うと、ランセはありえねえ!と一蹴した。
「今日はもうやらない可能性もあるな」
俺が頭を抱えると、ブランがぼそりとつぶやく。
「なら、明日に計画は変更すればいい」
「悠長なこと言ってる場合じゃねえだろ!レンファウの変身魔法も12時間後には解ける。奴がゲロったら、計画は台無しだ。奴隷たちも全員無事には助けられなくなるぞ?」
「うーん……」
「……仕方ねえ。アンジェロ本人はこの際必要ねえ」
「え?」
「ジュン、お前がアンジェロになれ」
「は?」
先程からごちゃごちゃ言っている、俺等の計画の一つ。
それは、アンジェロとマリヤの性行為を、ランセがその目で見届けるというものだった。
これは凄い重要なことだった。
え?だったら、最初から俺とランセがチームになっていれば良かったって?
まさかこんな時間からおっぱじめるとは思わないって。だから、ランセには捜索チームとして、一~二時間ほど探ってもらおうとしてたのに。
てか。
え?
「俺がアンジェロって、」
「お前に変身魔法をかけ直す。今からお前はアンジェロになって、マリヤに肉棒を突っ込んで来い」
「ふざけてるなら、最悪な冗談だぞランセ」
「大真面目だ。アンジェロに変えるのは、別にブランでもいいんだぜ?」
ランセはじっと俺を見る。
「ブラン、ジュンの婚約者とは、流石に悦べない」
「でも」
俺が口ごもると、ランセは、ジュン、と諭すような声色で言った。
「婚約者のアソコに、更に別の男のチンポを入れたくなきゃ、お前が入れるしかねえ。違うか?」
俺の気持ちも知らないで。いや、知ってるからこそ、だからこそランセは言ってくれているんだ。
だけど気持ち悪すぎる。
さっきまでアンジェロが入っていたところに、俺がアンジェロの姿になって、入れるなんて。
「嫌なら計画は中止にしよう。俺だって、お前がヤッてるのを見たかねえわ」
そう言ってランセが笑った。だが声は真剣だ。
「……わかったよ。悪いけど、変身魔法をかけてくれ」
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「マリヤさま」
声がうわずっていないか心配だ。
「え?」
マリヤが驚いた表情を浮かべる。
何かミスったか?
あんな急いで出て行って、すぐに戻ってくるわけなかったか。言い訳を考えないと。
「どうしたの?二人の時は、様なんてつけないくせに」
「え?あ、ああ、そうだね」
ふぅ。
マリヤの表情は、俺が一度も見たことないものだった。
本当に好きな男にだけ見せる顔。
アンジェロに、惚れているんだな、お前は。
「うそ!?」
え?
「いつも一回やったらふにゃってしてるのに」
マリヤの視線は俺の下半身に向いていた。
アンジェロ・ジャッシュの姿をした俺のジュン・キャンデーラJr.は、いきり立っていた。
なぜだか自分でもわからないが、ピンっと天を衝くように、まっすぐ。
扉の陰からランセが見ている。
ヤれ。
背中に刺さる視線が俺にそう言っている。
「どうする?」
マリヤが物欲しそうな顔で俺を見る。
吐き気がするわ。
顔面に淫乱な性欲まみれのビッチですと書いてある。
はぁ。
覚悟を決めて、俺はズボンを脱いだ。
「しよう」
最も屈辱的で最も背徳的で最も絶望的な瞬間。
どうなる次回?




