人のすることじゃねえ
三度目のシルバ!レンファウを天誅だって!?巻き添えはごめんだ!!
相変わらず、きらびやな銀の武具に身を包む、≪罪人殺しの剣鬼≫、シルバ・アージェント。美しい銀髪が風に揺られている。
「レンファウ・シーワーケルと、その一味!これより貴様等を成敗してくれる」
凛とした双眸で堂々たる宣言。相変わらず、“高潔”な存在感だ。
だがまずい。
俺は冷や汗をかいた。ランセの変身魔法は何度だって使える。自然と解けるのが12時間というだけだ。また魔法をかけ直してもらえばいい。
いいんだけど。
すでにグチモームスの領内に入ってしまっている。
ここで変身魔法を解き、正体をシルバに明かすのは造作もないが、グチモームスの人々に見られる可能性は大いにある。不用意に変身を解きたくない。
何がきっかけで計画が破綻するかはわからないし。
「待ってください。私はあなたの味方です」
俺は腹をくくって、シバタヒロシの姿のまま、シルバの前に歩み出た。
「ふざけるな、奴隷商人の味方など私にはいない!」
「声が大きい!ここで事を荒立てれば、もっと大きな獲物を取り逃がしますよ!」
俺の一言で、シルバの眉根がぴくっとかすかに動いた。
「大きな獲物だと……?」
「ワタヴェ商会会長、次期会長の首です」
「なに?」
グチモームスの人々が、緊迫した空気の中で立ち話をする俺たちを遠巻きに見て、ひそひそと話している。早いところこの場を立ち去りたい俺は、かいつまんで、ここに来た目的を伝えた。
「……つまり、お前たちはレンファウを利用して、奴隷売買の決定的な証拠を掴み、ワタヴェ商会を壊滅させるというのだな?」
「はい」
「くだらん。そんな作り話を誰が信じる?身柄をギルドに引き渡されたくなくて出鱈目を言っているのだろうが、私を欺こうなどと、100年早いわ」
鼻で笑ったシルバは、殺気を漂わせて剣を構える。まずい!彼女のスキル『ゼロ秒』は、攻撃しようと思った瞬間に攻撃は完了する!
「本当です!だから『ゼロ秒』の発動だけはやめてください!!!」
「なんだと?」
「俺のスキルは『読心術』です!あなたのスキルも、あなたの心の中も俺にはわかってます!めっちゃ怪しんでいるのはわかりますが!もう少し話を聞いてください!」
「ブラン、知らなかったぞ。ジュンは『読心術』が使えるのか?」
「アホ、あれはハッタリや」
「……おめぇさんたちは黙っとけ」
三人がコソコソ話している中、俺はシルバの目をじっと見た。疑ってる目だ。
「あなたは、世界中に蔓延する奴隷売買、奴隷制を敷く国、奴隷商人たちを嫌悪している。また、ギルドの仲間を増やすため、かつてのS級魔法使い、ランセ・アズールをスカウトしに行き、聞く耳を持たず、破廉恥な行為を見せつけたランセに対し、強い不快感を抱いた。違いますか?」
「……当たっている。私がランセのところに行ったのは、ギルドの仲間にも伝えていないのに」
それは知らなかった。けど、ハッタリは上々だ。
「それと。先ほど名乗られた、シルバ・アージェントという名前も偽名ですよね?」
「!?……いや、不正解だ」
「そんなはずはありません!心の中のあなたが言ってるんですよ。本名が知られてしまうと、故郷の家族や友人に危害が及ぶ可能性がある。本名は、信頼できる仲間にしか打ち明けない、と。シルバ・アージェントは偽名です」
「……当たりだ」
「俺の『読心術』のスキルにかかれば、誰であろうと、全てがお見通し。最強のウソ発見器みたいなもんです」
俺のスキルを目の当たりにして、シルバは俺のスキルを信じ込んでいるようだ。俺を値踏みするように睨んでいる。
「俺たちと手を組みませんか?」
「なに?」
「俺の目的はこのグチモームスにいる、人でなしのクズどもを全員断罪することです」
これは俺の本心だ。
不貞の婚約者、マリヤ・グチモームス。
人の女を寝取り、奴隷売買に手を染める執事、アンジェロ・ジャッシュ。
こいつらが何の罪悪感もなく、のうのうと生きているのが、俺は心底許せない。
「だから、レンファウを使って城内に入り、ワタヴェ商会の闇をあばくつもりでここまで来ています」
「……」
俺が本音でしゃべっているのが伝わったのだろう。シルバの表情が少なからず和らいだ気がする。
「俺のスキルなら、奴隷売買に関わった人間を取り逃がすことはありません」
「……なるほど」
「城内に入ってからの動きはある程度、段取りをつけています。しかし、万が一グチモームスの兵士たちと一戦を交えることになったら、こちらは4人だけ。あまりに心もとないというか」
「私に戦えと?」
「はい。『読心術』であなたの強さもわかっているつもりです。シルバさんが仲間になってくれたら心強い。奴隷解放のためにも、協力し合いませんか?」
これも本心だ。
鉄壁のタンク役であるロッソ、最強治癒能力のブラン、S級魔法使いのランセがいれば、十中八九負けることはないだろう。
だが、もしグチモームスに、シルバと同等のS級の戦士がぞろぞろいたら。
もしも俺が不測の事態に陥ったら。
強い用心棒が一人いるだけで安心感がまったく違う。
更に更に。
シルバのことはまったくわからないが、なんとなく感じていたことがある。
それは、この人考えなしの単独行動多すぎだろ!ということ。
見た感じ今も一人だし、ランセのスカウトも独断だったって言ってたし、初めてあったBARのときも一人だった。
こんな人にグチモームス領内をウロチョロされたら、マジで俺の計画を邪魔される可能性すらある。
計画遂行のためにも、是が非でも仲間に!!!!!!!お願いシルバさん!!!!
「わかった」
「いいんですか!?」
「ああ、今回もギルドメンバーには、時期尚早だと言われて、独断で来ていたからな。仲間が多いに越したことはない。協力し合おう」
「よろしくシルバさん」
「うむ。お前たちの名前は?」
「俺はロッソや」
「ブランだ、性の悦、」
「俺はランサー」
シルバに名前を知られているランセだけ偽名を使って自己紹介した。
「お前は?」
そう聞かれて、俺はシバタヒロシと言おうとしたが。
「先ほど誰かジュンと呼んでなかったか?」
シルバに指摘された。え、どうしよ?
「あ、いやその、ジューンです」
「ジューン?」
「はい、その、えー、ジューン・ブライド、ジューン・ブライドって言います。よろしく」
前の世界でなんか聞いたことある、よくわかんないフレーズを名乗ってしまった。別にジュンで良かったんだけどな。
「そうか。よろしくな、ジューン・ブライド」
俺は、シルバと固い握手を結んだ。
「来たわよ」
そこで、さっきまで黙っていたレンファウが突如口を開き、俺は、はっ!とした。
「お久しぶりですレンファウ議員」
レンファウを迎えに来たのは、俺が今もっともボコボコにしてやりたいいけ好かない若きチンポ執事、アンジェロ・ジャッシュだった。
「活きのいい奴隷をわんさか仕入れていますよ」
キャンデーラの屋敷で見た爽やかな表情とは異なり、奴隷商人の下卑た笑みでアンジェロは言った。
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グチモームスから離れた、こじんまりとした馬小屋のような施設に案内され、俺たちは言葉を失った。
そこでは、人間、亜人、獣人、エルフ、あらゆる種族の奴隷が、老若男女問わず、100人あまりが裸で鎖に繋がれていたのだ。
助けて。助けて。殺してくれ。お母さーん。助けてくれ。怖いよ。許してくれ。ママー。絶対にゆるさない。殺してやる。助けて。助けて。助けて。助けて。
奴隷たちがうめき、わめき、泣き叫んでいる。
なんだよこれ。
俺の中から、無意識のうちに、心の奥底からの言葉が出た。
「人のすることじゃねえ……」
奴隷。人権を侵害する非人道的行為。それを目の当たりにして、ジュンことジューン・ブライドはどうするのか!?




