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卵料理と華胥の花  作者: 浅黄悠
6/12

出発~臨時列車(帰り道4)

 「出発~臨時列車」


 時刻は進む

 中学生は

 明るい明るいと

 はしゃいでいる魚を持って

 ドームの改札に立っていた


 少年は魚の気持ちを考えた

 電話ボックスから駅の階段まで息が続かない遠さのこと

 駅から駅まで

 ここから自分の家まで……


 さっきから魚を置いていくタイミングを計りかねている


「そういえば、」

「本当の帰り方、ってどういう意味」


「ああ。よく言われている話だ」


 家に帰るときは時々回り道をしていかなければならない時がある

 自分の居場所から出かけて帰ってくる者たち

 それぞれには正しい帰り道がある


 正しい帰り道は毎日全く同じ道ではない

 少しだけ違っていたり曲がりくねっていたりする

 人間でも動物でも、子供たちはそのことをちゃんと知らない心のうちに分かっているものだから

 たまには道草したりいつもと違うことをしながら帰ってみたり

 自然と正しい道がどこなのか探しはじめていて

 不思議なことにちゃんと正しいやり方で家に帰ってこれる


 しかし大人になれば、道草を面倒にして毎日毎日同じ道を同じ表情で歩きだす

 子供の頃より早く自分の安心できる場所に帰りたいという思いが強いはずのに


 そうやって帰ってくると実は本当の自分の家、居場所に帰ってきたことにはならない


 たまにいつもと変わらず家にいるはずなのに

 どこか自分の安心できる場所に戻りたい、帰りたいと思うことがあるのは

 そういった訳だ


 あるいはそんなことすら思わない、気が付かない者もいる

 間違え続けていれば本当の居場所は遠くなっていって


 しまいには帰れなくなるのだ



「全部飲み込めた訳じゃないけど、それって怖い話だよね」


「お前も本当の家にそこそこ長いこと帰れていないみたいだな。誰かに帰り道を任せていたら同じ帰り方になっちまうのも無理はないけどな。たまには電車に、今日は別の道を通ってみたいって言ってみたらどうだ」


「あのな、そもそも電車っていうのはね線路っていう道しか走れないものなの。線路を外れてどっかをふらふらしてたら危ないし、みんな困っちゃうんだよ。それに。道草はだめって人間なら誰でも一度は教わるんだよ。道草が実はいいことだっていうんならどうしてそう教えてくれないんだ」


「そりゃあ道草が下手なやつも結構いるもんだからな。大人になっていくと正しい道がどこか良く分からなってくるんだから、なおさらだ」


「ふーん。で、本当の家に帰れなくなった人はどうなるんだよ」


「気になるか。そういうやつらも、ここが自分の家って思ったところにいることはできるぞ。でも本当は」


「本当は?」


「ふふ、どうなるんだろうな。大体その辺の大人なんて自分の居場所がどこかも分からなくなったやつらばかりだろう。お前もそうなるんだ」


「やだ」


「じゃあおれを連れてくんだな。おれならきっと正しい道を示す案内魚になれるぜ」


 月魚は虫眼鏡で見ないと分からないぐらい小さいひれで胸を叩いた

 ……ように見えた

 最初から分かっていたけれど変な魚


「君は分かるっていうの?」


「もちろん!」


 上手く丸め込まれた気がする

 でもまあ

 連れていって大事になるわけでなし

 せいぜいおにぎり一つがなくなるだけか


 駅のホームに降りると人は掃けていた


「ほら、すぐ来るぜ」


 アナウンスが流れ

 闇の中から電車がやってきた

 星を流した銀一色の車両

 少し古風な開放的に広く作られた窓

 なのに傷も煤もない


 『臨時』

 行先表示を見上げた少年は考える

 こんなに早く帰りの電車は来なかったはず……

 でもホームは間違っていない

 アナウンスの告げる方向も正しかった


「早く乗ろうぜ」


「ねえこれ、合ってるのかな。それに、追加料金がいるかも」


「おれが乗ってきたやつと同じ色だぞ。ほら、乗せてやるから早くしろって電車(こいつ)が言ってるだろうが。なんだ聞こえないのか?」


 車両にローファーの音が響く

 ロングシートの車内には誰もいないのに

 曇りない乳色の電灯が妙に緊張を間延びさせ

 少年はつい柔らかい座席に腰を下ろした


「ちゃんと帰れるんだよね」


「だからさ、この電車はそんないい加減な奴じゃなさそうだってば」


 溜息は扉が閉まる音に紛れ

 疑いをいなすように

 電車はゆっくりと動きだした

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