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卵料理と華胥の花  作者: 浅黄悠
4/12

乗り過ごし/月魚(帰り道2~3)

 乗り過ごし


 夢の浅瀬に膝が浸かったまま

 隣町の駅に飛び出す

 後悔が押し寄せる間もなく

 対岸で電車が動き出した

 次の電車は当分来ない


 乗客はとっくに掃けた後

 少年は電話を切って顔を上げる

 東は揚げ物屋と商店街の空洞

 西にはバス停とコンビニ

 噴水のある西口を選んでベンチに座ると

 いよいよ温い静寂



 _____


 月魚


 ロータリーの噴水が吹き上がる。

 ガス燈の形をした明かりの下、少年はルーズリーフ製の紙飛行機を作っていた。

 完成し、手から離さずに放り投げる仕草をすると、紙飛行機の先端がちょうどコンビニの入り口を指していた。


 コンビニから出てきた少年はロータリー脇のベンチに戻る。

 うめおにぎりの包装をはがして食べようとすると、

「おい」とささやく声がした。

「そこの人間、それは何だ。食べられるのか」

 驚いて顔を上げても、空の電話ボックスがあるだけだった。声のした方を向いたままおにぎりをひとくち食む。

「やっぱり食べられるのか。おい、おれにもそれをよこせ」

 こん、と電話ボックスの壁にぶつかる音。

 指先よりも小さい、半透明の小さな生き物が壁をつついていた。

「早くそれをくれ。お腹が空いた」

 電話ボックスの扉を開けてうめおにぎりのご飯を少し手に乗せて渡すと、ごはんの粒二つを食べただけで生き物は少し大きくなって、輪郭がくっきりとした。虫かと思った体には尾ひれがついていて、どうやら魚のようだった。

「変わった味だけど悪くねえな、うん。ありがとよ」

 声もわずかに大きくなったようだった。満足そうに、魚は空中を一回転した。

「なんでしゃべれるの? もしかして、新種の生き物なの」

 少年が聞くと、魚はあっさりと言った。

「おれは月魚だ。しゃべれる月魚なんて別に珍しくないだろ」

「月魚? 白魚じゃなくて?」

「月魚だ」

「しらすじゃなくて」「月魚だ」


 *


「ここのクモ、おれが巣に引っかかったハエを一匹頂戴しようとしたらおれを絡めて食べようとしたのよ。ハエはたくさん絡まってるのにな。喋れないから言い訳も通じないと来てる」

 少年はこの不思議な生き物に聞きたいことがたくさんあった。たくさんありすぎて、何から聞けばいいか分からなかったので、黙っていた。

 耳を澄ましてようやく聞こえるほどの小さなため息が聞こえた。

 電線の向こうに月が登っていた。

「おれはこんなことしてる場合じゃないんだ。なあお前、一緒に連れて行ってくれないか」

「どこに行くのか知らないけれど、僕はこれから家に帰るだけだよ」

「帰る、か。お前、本当の家への帰り方は知ってるのか?」

 怪談話でも始めるかのような。少年は無愛想に言った。

「JR線、そこの駅の4番ホームから約10分。最寄り駅から徒歩15分」

「じぇーあーるせんって何だ?」

「すぐそこだよ。電車っていうのに乗って行くんだ」

「電車ならおれも知ってるぞ。でかくて速い月魚の仲間だろ」

「え?」

 月魚があまりに自信たっぷりに言ったので、少年は飲んでいた水筒の中身を吹き出しそうになるのを必死にこらえた。「違うよ。電車っていうのはね……」

「みんなを乗せて光のいっぱいあるところに連れてってくれるっていうから、俺もあいつの腹の中に乗ってここまでやってきたんだ。でも、ちょっと外に出た隙に置いてきぼりにしやがった。そうこうするうちに夜になっちまってよ」


 月魚は光をすって大きくなっていく生き物である。光のないところでは、ぐんぐん光が身体から出て行って、身体が小さく透明になってしまう。

「そうして最後にすぽんと空気になって消えちまう奴らが、蛙のタマゴほどいっぱいいるんだ。つまり、俺たちにとって光は水と同じだな」

 月魚は語った。


「じゃあ、夜明けまではずっと電話ボックスにいるつもりだったの?」

「ああ、でもここの光は弱いし、濁っているから、夜明けまで生きられるかちょっぴり不安なんだよ。だからお前に頼んだんだ。清い明るい光の場所にいれば、長生きすることもできるし、大きくなってお前を照らすこともできる。電車になってお前を運ぶこともできる」


 *


 少年は鞄からごそごそと物を取り出していた。

「スマホの電池いくらだったかな。水筒は……うーん」

「そうだ、光るもの持ってなくてもおれが入れる入れ物でもいいぜ。光がはね返っておれの方に戻ってくるような壁があれば、おれの身体から光が出つくしちまうなんてこともないだろ。でもどうせなら外が見えるやつがいい」

「注文が多いなあ」

 しばらく鞄をあさりつづけた後、ふと思いついてさっき作った紙飛行機を折りなおす。

 よくくずかごに使われる形の箱に、サイズを変えてもう一つ折ったルーズリーフの箱と重ねて、穴を開けた。

 片手に乗るぐらいの箱に月魚が入ると、灯篭のように微かな光が中にゆらめきだした。

 涼しげな白い光。

「ほら、これでいいでしょ。光が欲しいならそこのコンビニにでも」

「あ、これ思ったよりも良さそうだな。それじゃ、まずは電車のところに戻るとするか。はやく行こうぜ」

 箱を鳴らして跳ねまわる月魚に、調子のいい奴だなと思いつつ、少年はおにぎりを包装でくるみ、崩れないよう鞄に入れることにした。

 

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