3話「恐れはしません、悪は悪なのです」
場の空気は冷えきっていた。
それぞれの両親は共に私に味方してくれている。
しかし当事者であるトマスとオフィリアだけは謝る気にはなっていないようであった。
「勝手に家に来たウェルネリアだって悪いだろ、無礼だろ」
「そうよ! あたしたち楽しんでたのに! よくも邪魔してくれたわね!」
二人は私に対して怒りの感情を抱いているようだ。
「トマス! 止めなさい、そういうことを言うのは。駄目よ。何を言ったとしたって、非があるのは明らかにこちら。これはもう無礼とか何とかそんなことを言い返したからってごまかせる問題じゃないのよ」
注意するトマスの母親。
彼女はまともだった。
「そうだぞ。俺は今とても恥ずかしい。みっともない息子を持って」
トマスの父親も続けた。
「取り敢えず、娘とトマスくんの婚約は破棄ということで」
「慰謝料も支払ってもらいますぞ」
最後、両親がそれぞれ言って、話し合いは終わった。
トマスとはもう一緒にはいられないことになってしまった。
でもそれでもいい。
むしろその方がありがたい。
どのみち、彼を信じることなんてもうできはしないのだから。
少しでも離れていたい。いや、心のためにも、離れている方が良い。一度裏切った彼と関係を続けていても傷が癒えるのが遅くなるだけだ。
だから、これで良かった。
選んだ道に後悔はない。
◆
「美味しいクッキー買ってきたわよ!」
「あ。ありがとう母さん」
「ううん! いいの! さ、食べて食べて」
トマスと離れてからは実家で一日のほとんどの時間を過ごすようになった。
「これ、面白いわ。何か入っているみたい」
「ナツツルンナッツね」
裏切りに傷つき、それでもなお、人は進んでゆく。
それこそが人生だ。
「何それ」
「甘いナッツよ。美味しいの」
「へえ……」
「ウェルネリアは嫌いよね、ナッツ。でもそれは絶対美味しいから! 騙されたと思って食べてみて?」
言われてクッキーを口に含めば。
「うん――って、あ! 美味しい! これは好きかも!」
良い香りが口腔内に広がる。
「でしょでしょ」
「ええ! 好き! これ気に入った!」
「良かったわ」
「また買える?」
「もちろんよ。明日にでもまた買ってくるわね? 今度はたくさん」