第一章⓪-4 『置き文を探すって本当ですか?』
フラッカは仕切りのカーテンを片手で開けてこちら側に来た。
「これがその手紙です。開けてみてください」
そう言って渡された手紙は綺麗に二回折り畳まれていた。俺はそっとその手紙を開封した。その手紙はなぜか下のほうが破かれている。ズラーっと何行か書かれた文をぶつぶつと声に出して読むことにした。
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「私は鬼丸病院の院長の鬼丸京です。まずはお詫びを――」
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「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺が手紙を読み始めるとなぜかフラッカは食い気味に止めてきた。
「どうしたんだよ急に」
「どうしたも何も、そこに何か文章が書かれているのですか」
「ほら、これ見てみなよ。ちゃんと書かれてるよ?」
フラッカはなぜか混乱した表情を浮かべていた。そしてフラッカは俺の手から手紙をバシッと奪うようにして取り、これでもかと言わんばかりに顔を近づけてその中身を確認し始めた。そして目玉が飛び出るくらいに大きく目を開く。
「――私が変と言ったのは、昼間に中身を確認したとき、この紙には変な単語が書かれていただけだったからなんです!」
「なんだって。でもさっき手紙のようなって」
「それはおじいさんが『手紙』と言って私に渡してくれたので、てっきりこれは手紙なのかなと思い込んでいまして」
「じゃ、単語ってなんて書かれてたんだ?」
「えっと、確か『nite』って書いてましたよ」
「そのまんま読んだら『にて』だな」
「私もそう思いました!ただ『にて』ってなんでしょうか。聞いたことありませんし、そもそも英単語としてあるのかどうかも」
「にて、ないて、ないと……ナイト!ナイトだ!」
「ナイトってあの英語の『night』ですか?でもナイトって夜って意味じゃ――」
「――それだよ!夜って言いたかったんだ」
「どういうことですかそれ」
「鬼丸先生は夜にこの手紙を読めって言いたかったんだよきっと!」
「なるほど!綴りミス、でしょうかね」
「さぁ、それはわからない。とりあえず、最初からまた読んでみるよ」
「では、ゆっくりお願いしますね」
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「私は鬼丸病院の院長の鬼丸京です。まずはお詫びをさせてくれ、君達を騙した形になって大変申し訳ない。君達にはあることを託したくてそちらの世界に送らせてもらった。君達がいるその世界は紛れもない現実世界だ。ゲームの世界ではない。だからもし、そこで君達が命を落とせば当然だが終わってしまうというわけだ。くれぐれも自分の命だけは大切にしてくれ」
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やはりここに俺らを送ったのはあの院長で間違いないみたいだ。
「なぜあの先生が私たちを……あっ、続けてください」
「いや、それがなぜか途中で終わってるんだよ。どうやらこの手紙には俺たちがここに送られた経緯が何一つ書かれていないみたいだな。それに下の方は破かれた跡があるし」
「それは私が古着屋のおじいさんに渡された時にはもうすでに破れていましたよ」
「そうなのか?変な手紙だな」
それに破かれていることとは別にもう一つ気になった点がある。それはフラッカへの手紙のはずなのに『君』ではなく『君達』と書かれていることだ。俺のことも含めているのだろうか。だけど、俺とフラッカがこうして一緒に行動しているのは紛れもない偶然のはず。だがもし、俺も含めているとすると……
「ナイユフ、急にどうなされたのですか?」
「俺もそれ持ってるかもしれないんだ」
そう言って俺はハンガーにかけてある自分の病衣の左ポケットに手を突っ込んだ。そこには個人カードとは別の何かが入っていた。取り出してみるとそれは綺麗に二回折り畳まれた手紙だったのだ。俺は急いで開封した。今度は上の方に破かれた後のあるモノだった。
「やっぱりあったぞ!」
「手紙じゃないですか!また読んでみてください!」
「えっと、なになに」
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「私が君達に託したいこと、それは私の父である鬼丸優作の遺書を探してほしいんだ。それが紙なのか、はたまた別の何かなのか私にもわからない。だが父は死ぬときは必ず遺書を残すと、そう私に言った。だからお願いだ、どうか生きて父の遺書を地球に持って帰って来てくれ」
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「い、遺書?今、遺書と仰いませんでしたか?」
「そう書いてあるんだよ、ほら見てみなよ」
「本当ですね。これは、その、大変なことになりましたね」
そう、大変なのだ。一刻も早く地球に帰る方法を知りたいというのに、帰る方法ではなく父の遺書を探してほしいという何とも身勝手なお願いをされてしまったのだ。しかも俺らを水球に送った理由が遺書探しだって?ないないないないない、そんなの。「世界を支配している魔王を倒してほしい!」とか「大事な王女である娘を救ってくれ!」とかなら甘んじて受け入れよう。あぁ、どうしよ。
「なぁ、一緒って言ったってこれからどうやって探せばいいと思う?」
ただでさえ、どうしたら良いのかわからない状態。しかも眠い。
「――とりあえず寝ますか」
「よし、寝よう」
もう夜中というのもあり、今日は寝ることにした。
次の日の朝
「おーい、起きろ。おい、いつまで寝てんだ」
誰かの声がする。父さんの声ではない。
「まだ寝させてくれよ」
「いいからさっさと起きろ」
バンッ!
と何か硬い棒状のもので思いっきり腹を殴られた。
「早く支度しろ」
「いてーよ!なんだよもう、支度ってなんだよ」
その声はジャンだった。
「出かけんぞ」
まだ寝ぼけている俺には何が何だかさっぱりだった。
「あれ、フラッカは起きたのか?てか、どこへ?」
「フラッカはもう起きてる。銭湯に行くぞ」
俺はその一言で一気に目が冷めた。
「なに!?戦闘だと」
ここは異世界。俺らの常識は通用しない。戦闘がいつ起きてもおかしくないとは思っていたが、いささか早い気も。
「10分で支度しろ」
「で、でも武器なんて俺たちまだもって――」
「あ?いつまで寝ぼけてんだよ。風呂だよ風呂」
「へ?」
俺はたたき起こされて、とりあえず水だけを飲むことにした。脳が水分不足だと訴えてきたからだ。出発する準備が整った俺はパン屋の前に出た。そこにはもうすでに準備が整い、俺の準備ができるのを待っていた三人の姿が。
「よし、そろったな」
「おはようございます、ナイユフ」
こんな美少女に朝の挨拶をされる日が来るなんて、俺は夢にも思っていなかったこの状況を堪能していた。最高な一日になりそうな予感がする。
「おはよう、フラッカ。ジャンもエリさんもおはよう。そういえばジャン!あんなカッチカチのめん棒で殴るなんてとんでもねーな」
「わりーな、ああでもしねーと起きそうになかったからな」
「まぁいいよ。それより今何時だ?まだ暗いし眠たすぎるんだが」
「五時半だ」
「五時半!?そりゃ眠いはずだわ!」
「ま、無理もねぇ。俺らが住んでいた日本には朝から風呂に入るなんて文化はねーもんな。ここワイト国じゃ朝風呂が常識だな。さっ、さっさと行くぞ」
俺らは近くの銭湯に向かい始めた。パン屋から徒歩で5分の所にあるらしく、名前は『かの湯』というらしい。地球では銭湯にはほとんど行ったことがなかったから、どういう設備が備わっているのかとかいまいちわかっていない。
なにやらこわばった表情をしている美少女が口を開いた。
「そういえばエリさんはどこの方なんですか?」
「私は生まれも育ちもここワイト王国なのよ」
「へぇーじゃあエリさんにとってはこれが日常なのか」
「ほれ、着いたぞ」
本当に5分で着いてしまった。
そこには日本で見たことがあるような外観をした銭湯がドンっと建っていた。大きな文字、しかも達筆な字で『かの湯』と書いてあった。
「おお!結構でかそうだな」
「そうだな、日本と違って家に風呂はねぇからみんな銭湯に行く。つまりそれだけの広さが必要なんだよ」
「おっ、今日は男湯は右だな」
「右と左じゃ何か違うのか?」
「基本的には同じだ。風呂場の形状も湯の効能もな。ただ一つ……まっ、これは入ったらわかるだろ」
「いや、普通に教えろよ」
「そんなことより、お前らどうする?ここは毎日来るところだ。大抵の奴は年間費を払ってここを訪れている。もちろん俺らもそうだ。もしお前らがずっとここに住むってんなら、年間のパスを買った方がいい。ほかに行く予定があんなら回数券にしといたほうがいいかもな」
「どうするフラッカ?」
「まだ、いろいろと決まっていませんしとりあえず回数券だけ購入しますかね」
「そうだな。あ、でも俺たちまだ金が……」
「そんぐらい出してやんよ」
「いいのかこんなに手厚くしてもらっちゃって」
「構わねぇよ、どうせお前ら一文無しなんだからな」
ということで俺らの回数券をジャンが買ってくれることになり受付をすることになった。
「ばあさん、回数券を買いてーんだけど何種類あるんだ」
「回数券なら5回分から売ってるよ。5から10回分まである」
「それなら、大人用の10回分を二枚くれ」
「あいよ、10回分一枚で100キンツ、二枚で合計200キンツね」
ジャンはじゃらじゃらと音を鳴らして小銭らしきものを支払った。
「キンツ?」
「この世界の共通通貨だ。どこの国でも同様に使えんだよ」
「まさにヨーロッパでいうところのユーロだな」
「まぁそんなとこだ」
「じゃいつものところで30分後ね」
エリさんがそう言い放つと、エリさんとフラッカは左側の女湯に消えていった。
そしてジャンはなぜかニヤニヤしていた。
「なんの顔だよ」
「いっとくけど、出世払いな」
分かってた。この男ちゃっかりしているタイプの大人だ。でもちゃんと頼りになるからそこはまじで助かる。不安も大きい中でここまでの存在に出会えたことにはちゃんと感謝しなくちゃだよな。
男湯に早速入ろうとしていたその時――
「なんだお前、早く脱げよ。時間はそんなにねーぞ」
そこで俺はジャンの局部に目がいった。
「ぐっう!?」
俺はとんでもない物を見てしまった。例えるならこれは、ジャングルに潜む魔物。街を踏みつぶし歩く怪獣。いや違う。これは……俺が大好きで何度も見返したあの映画に出てくるモノホンの『エイリアン』だ!!
間違いない、俺はこれに絶対に勝てない。
「何悟った表情してんだよ。俺は先に入ってるからな」
「お、おう。すぐ入るよ」
あれは15㎝定規じゃたりねーな。